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S妹!ともりちゃん中編.jtd

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S妹!ともりちゃん中編.jtd

 

目次

 

 

 

 


第4話

第4話

 

 とある家庭のよくあるような日常の風景。部屋に幼い兄妹が二人。兄はベッドの上でギターを抱え、妹は床に座り込んで兄の演奏を聴いている。最後の締めに、兄はギターを軽く左手で引っ張り上げ、右手で弦をじゃらんと鳴らした。

 兄は音楽が好きだった。妹は兄の音楽が好きだった。

 妹は尋ねた。

「お兄ちゃんはどうしてそんなに音楽が好きなの?」

 兄はゆっくりと弦をはじきながら答えた。

「音がふるえるからさ」

 

 窓の外から小鳥数羽がさえずる音が聞こえる。窓縁に止まっていちゃつきながら何かをさえずっている。そんな様子を、寝起きの友利奈緒はぼんやりとした頭で眺めていた。珍しいこともあるものだ。いやそれとも、今までもこういうことはあったけど気づかなかっただけか。あんな夢を見たからだろうか。友利奈緒は、さっきまで見ていた夢の内容を反芻していた。

「音がふるえる、って一体何すかね…。音ってそもそも縦波の振動のことだから、ふるえなきゃ音じゃないというか、ふるえがふるえるって意味かぶってますよね…。あれですか、縦波にさらに横波振動も加えたいんですかね…。…兄貴って物理もダメダメだったと思うんだけどなー。…物理と言えば超ひも理論ってのもあったなー、素粒子は全部仮想ひもの振動だとか言う。…ひもはふるえるのかー」

 寝ぼけ頭のままで、奈緒はそんなことをぶつぶつ呟いていた。自分でもなにを言っているかわからないし、そんなことをいちいち気にとめていられるほどには頭は冴えていなかった。だから、適当に呟いたキーワードから、次々と関連性の薄い連想が湧き出てきていた。

「…ひも…乙坂有宇…いやでもあいつ一応今は自分で稼いでるからひもじゃないんだっけ…でも歩未ちゃんはあいつは将来ひもになるしかないとか言ってたような…」

 

 歩未は何もひもとまでは言っていないはずなのだが、奈緒の頭の中では既に「乙坂有宇=ひも」という定義ができあがっていた。

「ひも…ひもって何で作るんだっけ。糸とか繊維か。紙も作れるなー。…いや、どうせ糸や繊維で作るなら、服がいいよなー」

 服という単語で、奈緒は先日同級生から下着を盗んだ否強制的に買い上げた一件を思い出した。恥ずかしさで一気に目が覚め、顔が赤くなった。部屋に自分一人しかいないことは分かり切っているはずなのに、必死に部屋中を見渡して自分の真っ赤になった表情を見られていないか確認した。

 自分以外誰もいない。それを確認して、奈緒は落ち着きを取り戻した。

 

 パジャマから制服に着替えてる間に、奈緒は考えていた。

「(そういえば私、私服もろくなの持ってなかったなー)」

 下着もろくなの持ってなかったけど。と、心の中で付け加えた。ここで言うろくなのというのは、彼女の顕在意識としてはあくまで「世間一般の常識からして」という建前になっていたが、深層心理は違った。ろくな服じゃない、というのは、乙坂有宇が気に入りそうな服じゃない、ということだ。しかし奈緒はまだ、そこまで気づいてはいなかった。

「ろくな服ってのは、しかし一体どんな服になるんですかねー」

 そういって奈緒は制服の裾を下に引き、着替えを完了した。

「この制服も、すごく目立つけどかわいい制服ってほどでもないし、一体どんな意図があるんすかねー。男子なんか一体いつの時代だって感じの詰め襟だし」

 星の海学園は能力者を隔離保護するための学園だから極力目立たないようにと言う意図かとも思ったが、それにしては男子はともかく女子の制服のえんじ色の上着は目立ちすぎる。

「逆に、人目に付きやすいから拉致の危険性が減る、って事っすかねー」

 そう考えると確かに、男子の詰め襟も時代遅れで地味だが、それ故にかえって目立つ。そうか、目立たないようにではなくてむしろ逆か。能力者を守るために数多の大衆を味方に付けられるようにしろと。

「そういうことっすか? Sさん」

 奈緒はそう目の前にはいない「尊敬する人」に問いかけた。

 Sというのは彼女が尊敬する人の名のイニシャルだが、その人は名を表に出したがっていない事を、奈緒は知っていた。だから奈緒も、表ではその人物の名は決して出さず、「あの人」とか「尊敬する人」という呼び方をしていた。万一にもうっかり名を口にしてしまわぬよう、自分の心の中でもイニシャルで呼ぶように心がけていた。

 いつも生徒会室にやってくるずぶ濡れの男をヨハネと呼ぶのも、「Sさん」だけを特別扱いして周りにいらぬ疑念を抱かせないように、との彼女なりの配慮だった。

 

 たった一人歩く通学路。上からは有事に備えて外を歩くときは極力友人と行動するよう言われているが、奈緒からしたら友人という存在自体が信じるに値するか疑わしい存在だった。否、正確には、信じるに値するだけの友人がこれまでいなかった。「トモダチ」という看板を掲げただけの、ただの搾取者の手先。そんな人間とはもう関わり合いにはなりたくない。──そして。自分自身も、そういう人間にはなりたくない。

 そう理由を付けて、奈緒は一人で登校していた。一人と言っても、人気のない裏道山道を歩くわけではない。寮も学校も、わりと人口の多い場所に立地している。通学時間帯には上から派遣された警備担当者が要所要所に張り込んでいる。勝手な寄り道さえしなければ、そこまで危険なことはない。

 

 むしろ過保護なのではないか、とすら奈緒は思っていた。上の警備行動にではない。前方を歩く一組のバカップル、ではない、バカ兄妹に対してである。

「歩未、この先にマンホールがある。お兄ちゃんの陰に隠れて歩きなさい」

「マンホールがそんなに危険なのですか?」

「マンホールというのはマンが入るからマンホールなんだ。だが、何マンかはわからない。だから危険だ」

「マンといったら多くの鍵っ子は宮沢謙吾を連想すると思うのですが」

「そうだ。奴は危険だ。なんと言ってもロマンチック大統領だからな。歩未のようなかわいい女の子を見たら口説いてくるのは間違いない」

「歩未は兄様以外に口説かれたりしません」

「俺のようなクズ男に口説かれてしまうようだから余計に心配なんだ」

「兄様はクズなどではありません。以前のようなカンニングももう今はしていないではないですか。それだって、兄様のような生き方がちょっぴり下手でも優しい人間いっぱいいます。でもそういう人はあっという間に搾取し淘汰されてしまいます。現代資本主義社会が悪いのです。そうです、政治と社会が全部悪いのです。兄様は悪くありません」

「あ、ああ。ありがとう。だが、どっちにしてもマンには気をつけないといけないぞ。悪徳営業マンとかな」

「でも、マンといったら普通は正義の味方ではないのですか? ウルトラスーパーデラックスマンとか」

「あれが正義の味方などであるものか。いいからお兄ちゃんの陰に隠れていなさい。何だったらおぶってあげよう」

「やめてください! 歩未はそんな子供ではありません!」

「なんだ、おんぶじゃなくてお姫様だっこがいいのか? お兄ちゃん、高城みたいに筋肉ついてないから、ちゃんと抱き抱えられるか心配だなあ」

「そんな事頼んでません、もう、お兄ちゃん恥ずかしいです!」

 

「…なんだあいつら…」

 延々愚かな兄妹会話を繰り広げる乙坂有宇と乙坂歩未の後ろで、友利奈緒は呆然と立ち尽くしてその光景を見ていた。

 どうしよう、声をかけた方がいいのだろうか。二人とも知った仲なのに、無視して通り過ぎるのはよろしくない。しかし、あれは邪魔しない方がいいような気もする。馬に蹴られて死ぬ類の話な気がする。いやでも待て、あの二人は兄妹であって、恋人ではない。何を遠慮することがあろうか。それよりも、他にも通学生が通る往来の真ん中であのような恥ずかしい会話をしているのは、本人にとってもよろしくない。ここは友人として、生徒会の上司として、止めるべきではないだろうか。

 友利奈緒は葛藤した。

 結局声はかけなかった。否、正確にはかけられなかった。兄妹の絆で結ばれた二人の間に割って入るなど、今の友利奈緒には無理だった。

 

 その日の午後、奈緒は生徒会室で意気消沈していた。なぜこんなに凹んでいるのか、奈緒は自分ではわかっていなかった。薄々は感づいていたが、正確にはわからなかった。そのもやもや感が、余計に奈緒を苛立たせ、心をすり減らさせるのだった。

 

 凹んだままの奈緒が机に突っ伏していると、西森柚咲が入ってきた。奈緒は視界がドアに入る程度にほんのわずかだけ顔をあげ、柚咲の姿を確認した。

 あいつ、本当は黒羽だったっけ? この間音坂と高城と3人で話し合って、姉の方は黒羽と呼んで妹は西森と呼ぶことにしよう、って決めたんだっけ。そういえばこの事、まだどっちの本人にも言ってなかったなー。ああ、うん、でも今はいいや。なんかそんな気分じゃない。

 奈緒が心の中でそんな言い訳を連ね机に突っ伏したままでいると、柚咲が机のそばに歩み寄ってきた。

「友利さん大丈夫ですか? お加減が悪いようですけど」

「オカ研? Rewriteの話は今はしないで。せっかくの最終回をあいつ等のせいで一気に話題かっさらわれちゃって、こっちずっと不機嫌なのよ。しかも艦これの鹿島の方が後なのにあっちの方が人気出るし。私だってローソンで買い物してるんすよ?」

「何の話ですか?」

「いや、気にしなくていい」

「そうですか。では私は何を気にしたらよいのでしょう?」

「無理に気にする必要はないと思うんですが…」

「いいえ、気にせずにははいられません。今の友利さんは明らかに尋常ではないです。どのくらい尋常でないかというと」

 柚咲は一呼吸ためてから、言葉を継いだ。

「まるで恋する乙女のように尋常ではないです」

「!!!」

 奈緒は柚咲の言葉で一瞬にして硬直させられた。図星、という言葉が脳内に浮かんだ。図星? 図星とはどういう事? 海図と関係あるんだったか? 

「後で調べておきます」

「は?」

「あ。いや、こっちの話っす」

「何か調べ物をなさりたいんですか?」

 満面の笑顔で、柚咲が奈緒に顔を近づけてゆく。

「それは一体なんですか?」

「北極星…かな」

「星占いですか!」

「いや、もっと現実的なものっす」

「現実的、ですか」

 そこで柚咲の動作が一瞬止まり、そして顔つきが変わった。

「現実的な話なら、柚咲よりアタシに任せな」

「黒羽さんっすか…」

「何だそのがっかりした顔は」

「いえ、失礼しました。妹さんよりは対処しやすそうなので助かります」

「結局失礼だな君は」

「そうですか? まともに話が通じるという意味で言ったのですが」

「ふん。まあ、そういうことならいい」

 黒羽美砂は奈緒の目の前で机に腰掛けて、身をよじらせてきた。

「で。調べ物というのはデートの方法か?」

「なんすかいきなり」

「いきなりじゃないさ。柚咲も言ってたように、今あんた、恋する乙女なんだろ?」

「やめてください」

 奈緒は顔を背けた。

「おーおー、かわいいねえ」

 美砂は人差し指を空中で一回転させた後、それで奈緒の頬をつついた。

「相手は乙坂有宇か?」

「…。」

「強気なあんたが返答なし。わかりやすいねえ」

「なんすか」

「なんすか、だって!」

 美砂は声を上げて大笑いした。奈緒は膨れてますますだんまりになってしまった。

「まあまあ、そんなに機嫌を損ねなさんなって。相談に乗るということは、悪いようにはしないということだぜ?」

「さんざん人をからかっておいてっすか?」

「まあ、それは悪かった。あんたがあんまりにも可愛いもんだからさ」

「…。」

「そんなに可愛いあんたは、こんなところで悶々と悩んだりしてないで、勝負に出るべきだ」

「勝負?」

「乙坂有宇をデートに誘え」

「私がっすか?」

「言いたいことはわかるが、そこは譲歩しろ」

「いや、譲歩とかいう話ではなく」

「そのデートは勝負の場だ。一撃でしとめろ」

「一撃って…簡単に言ってくれますね」

「もちろん簡単じゃないさ。だが秘策がある。こいつでちょっと検索してみな」

 美砂は奈緒の机においてあるパソコンをとんとんと叩いた。

「キーワードは、アクシーズ フィント リズリサ」

「アクシーズ フィント リズリサ っすか?」

 奈緒はキーボードをたぐり寄せて、言われたとおり検索エンジンに問い合わせを行った。画像一覧に可愛らしい服の数々が表示される。

「うわ、なんすかこの服!」

「いわゆる、『童貞を殺す服』って奴さ」

「殺してどうするんすか」

「もちろんものの例えさ。可愛い女の子がこういう服着てるだけで、童貞は参っちまうって話さ」

「へぇ…」

 奈緒はしばし食い入るように画面を見つめていた。あいつ、乙坂有宇もこういう服好きなんですかね。

「そういや」

 奈緒は画面を見つめたまま美砂に問いかけた。

「黒羽さんは、なんでこんな事に詳しいんですか?」

「え!?」

 美砂は一瞬だじろいだ。が、すぐに平静さを取り戻して、奈緒に答えた。

「そりゃあもちろん、クールだからさ」

「クール? この服が?」

「服が、というより、童貞殺しがクールなのさ」

「その言葉からしてクールさがみじんも感じられんように思うのですが」

「何を言うか。童貞殺しのクールさは日本政府も認めるレベルだぜ」

「そんな話、初耳ですが」

「キミは賢そうに見えて世情に疎いなあ。クールジャパン、って言葉くらいは聞いたことあるだろ?」

「はあ。なんかオタク文化を偉い人達が日本の誇りだビジネスチャンスだとか言って海外に売り込もうとしてる、アレのことっすか」

「ソレのことっすよ」

「でもあれって、クールジャパンとかいいつつ、なんだかんだ言って男性向けが中心っすよね。美少女アニメだの、美少女アイドルだの、美少女人工ボーカロイドだの」

「そう、まさにそこよ」

 美砂は人差し指をぴっと上に立てた。

「偉い人達が『クールジャパン』を海外の誰に売り込もうと考えてるのかは知らねえ。が、現実には、海外の誰でも彼でもに売り込めるってっわけじゃねえよな。ターゲットは特定の層、具体的に言うと、特定の若い男性層。つまり、童貞だ」

「はあ。なかなか鋭い考察っすね」

「クールジャパンってのはつまり、海外の童貞に美少女何チャラを売り込んで金をふんだくろうって戦略、言い換えると海外の童貞を殺そうって話なのさ。つまり」

 美砂は立てていた人差し指を空中で一回転させて、そして何かをねらい打つような仕草をした。

「童貞殺しはクール、ってわけさ」

「今の話聞いてるとクールと言うよりえげつない話に聞こえてくるんすけど…」

「何を言うか。日本政府が認めるクールさだぞ」

「その日本政府って機関、どこまで信用していいんすかね」

 二人とも顔を見合わせたまま、一瞬無言になった。

「ま、まあ、それはそれとしてだ」

 美砂は取り繕うように髪を少しだけかきむしり、そしてパソコンのキーボードとマウスを自分の方に引き寄せた。

「もっと身近なクールな話があるんだ」

 そう言って美砂はパソコンの画面を奈緒に見せた。

「これ。最近できたアウトレットモールだってさ。ちょっと遠いけど、無料の送迎バスがあるから、こっからでも十分行けるぜ」

「はあ。どちらかというとクールと言うよりホットスポット、って感じの場所ですね」

「え? ここってそんな言い方するのか?」

「話題のお店とか観光地とか、ミーハーな人が行く場所はそう呼ばれますね」

「そ、そうなのか。そうか。クールだと思ったんだがな。そうか。それはちょっと困ったな」

 美砂は頭に片手をやって考え込みだした。その様子を見て、奈緒は問いかけた。

「もしかして、ここ行きたいんすか?」

「え!? あ、いや、ほらやっぱりクールにキメるためにはいろいろと研究しておかないといけないだろ? 敵を知り己を知れば百戦危うからず、ってな」

「なんかちょっと違う気もしますが…わかりました、つきあってあげますよ」

「おいおい、勘違いすんなよ? あくまでも、あんたの服を選びに行くんだからな?」

「え…っと…」

 奈緒は目を泳がせ美砂の顔とパソコンの画面に映った可愛らしい服を何度も見比べ、そして無言でこくんと頷いた。


第5話

第5話

 

 駅はずれの仮設バス停から無料のバスに乗り込み、奈緒と美砂はアウトレットモールに向かっていた。二人掛けの席に並んで座る。奈緒は窓側、美砂は通路側。バスが発車すると、奈緒は無言でひたすら車窓を眺めているだけだった。

「おいおい、折角のデートなのに黙って窓眺めてるだけかよ」

「デートとか言わんで下さい。女の子同士で楽しくお出かけしてるだけです」

「楽しくお出かけなら余計だんまりは無いだろう」

「そうですね。失礼しました」

 ふう、とため息をついて、奈緒は窓から目を離した。

「正直、お出かけもデートも、あまり経験がなくて」

「まあ、それはアタシもないな」

「ないんですか? いつも男二人、ええと名前なんて言いましたっけ。あの二人と一緒じゃなかったんですか?」

「それはデートとは言わねえ」

「そうでしたか。勉強になります」

「この程度で勉強になるとか言われても…」

 美砂は肩肘をついて片手で頭を抱え込んでしまった。

「お前…これじゃあ、いつも妹と一緒に出歩いてる乙坂有宇の方が、まだこの手のスキル高いぞ」

「兄妹って話だったら、私にも兄はいますけどね」

「ありゃ。そうだったのか」

「まあ、事情があってずっと入院中なんですが」

「そうか。…いい兄貴か?」

「馬鹿な兄っすよ」

 う、う~ん、と美砂は腕組みをしてしばし考え込み、そして返答した。

「まあ、なんだ。男ってのはみんなバカだからな。バカなのはしゃーない、しゃーない」

「そっすね…」

 そう答えつつも、奈緒は心の中で反論していた。馬鹿じゃない、尊敬すべき男の人もいる、と。

 

 二人はアウトレットモールに着いて、とりあえず店を眺めて回っていた。十代の女の子が着るような服を置いている店はあまり無さそうだった。

 ふと、美砂が立ち止まって奈緒の袖を引き、ある店を指さした。奈緒がその店の中を見ると、試着でもしているのかスーツを決め込んで鏡の前で悦に入っている高城の姿が視界に写った。

「どうしますか。見なかったことにした方がいいんすかね」

「馬鹿言え。こういう時こそ弱みを握るチャンスだろ」

 そういって美砂はずんずんとその店に入っていった。奈緒も慌てて美砂の後を追って、その店に入っていった。

「高城さぁ~ん、こんな所で何してらっしゃるんですかぁ~?」

 奈緒が、うわっきもっ、と思うぐらいに、美砂は柚咲の声色を真似て高城に話しかけた。

「ゆっゆゆゆゆゆゆさりんさん! いや、このようなところをまさか見られるとは、これはお恥ずかしい…」

 あ、やっぱり見られて恥ずかしいことだったんだ。と、奈緒は心の中で思った。

「なにしてらっしゃるんですかぁ~? もしかして、おデートの服装選びですかぁ~?」

「でででデートっ!? デート、デートなどということは、そのような烏滸がましい。ああ、でも許されるのなら是非したいです!」

「??? よくわかりませんね」

「はい、確かにデートはよくわからないです、Date型といっても内部的には20世紀基点だったりUNIXTimeだったりそれを西暦に変換してさらには日本だと和暦も混在して、本当によくわからないですね」

 お前それ、相手が柚咲でも美砂でも話の意味理解できねえぞ。奈緒はまたしても心の中でそう思った。だが敢えて口には出さなかった。

 案の定、美砂は話についていけなくてしばらく呆然としていた。が、気を取り直して、高城に一歩歩み寄って右肘を高城の左肩にもたれかけさせながら言った。

「安心しろ。あたしだよ」

「その声と態度…美砂さん!?」

「ああ、美砂さんだ。柚咲じゃなくて残念だったな」

「いえ決してそのような! ああ、でもさっきの話を聞かれなくて良かったのだからここは良かったと言っておくべきか…いやでももしこんな場所でゆさりんと出会えるのならばそれはまた僥倖…ああ、私は今どういう判断をすればよいのか!」

「普通に落ち着け」

 その言葉に高城は気を取り直し、眼鏡を片手の指でくいと直して、肩に貼り付いている美砂のことは放置して、奈緒の方に向き直った。

「お二人してこのような所で、何をしておいでかな?」

「そちらこそ」

「私は、ゆさりんの熱烈なる信者として世間に後ろ指を指されないよう恥ずかしくない服を選びにここに来ているまでです。そちらは?」

「童貞を殺す服を探しに来ました」

 高城の態度が余りにも堂々としていたために、奈緒もつい堂々とありのままをしゃべってしまっていた。口にしてから、奈緒はしまったと思った。

「ほほう…」

 高城はさも意味ありげに眼鏡に手をやり、片手で眼鏡を外し、もう片方の手で眼鏡拭きを取り出し、ゆっくりと眼鏡を拭き、そして眼鏡を戻した。その間高城はずっと無言だった。その間に奈緒は真っ赤になっていた。

「お前、生徒会長いじめるなよ」

 まだ高城の肩により掛かったままの美砂が文句を言う。

「別にいじめたつもりはないのですが」

「だったらスルーしてやれよ。それが優しさってもんだろ」

「そういう優しさは正直如何なものかと思いますが…。それはさておき、一点疑問があったもので」

「疑問?」

「おそらく生徒会長が殺したがっているのは、乙坂君のことだと思いますが」

「物騒な言い方すんなよ」

「失礼。では、乙坂君を落としたがっている、と訂正します」

「ああ、その辺が落としどころだな」

「その落としたがっている乙坂君なのですが」

「おい、うまいこと言ったんだからちゃんと褒めろよ」

 高城は美砂を無視して続けた。

「乙坂君は果たして童貞なのでしょうか?」

「えっ」

「えっ」

 奈緒と美砂が、立て続けに驚きの声を上げる。高城は真顔だった。真顔のままで、次の言葉は出てこなかった。奈緒と美砂もしばらく沈黙していた。

 暫くして美砂が口を開く。

「いや、あいつは童貞だろう。アタシは信じてるぜ」

「デスヨネ…」

「信じて良いのでしょうか?」

「信じるしかないだろう。いや、仮に童貞じゃないとして、相手は誰だ?」

「星の海学園に来る前に付き合ってた人がいましたが…」

「あの人は正式に付き合っていたわけではないですね。そういう行為に至るにはほど遠かったかと」

「ほら。相手がいない」

「いや、まだ一人、心当たりが…」

 そう言いつつ、奈緒は次の言葉を言いよどんでいた。美砂と高城が、せかすように奈緒を見つめる。奈緒は目を逸らしながら、声を落として続きを言った。

「歩未ちゃん…」

「えっ…」

「いやまさかそれはいくらなんでも」

「断言できますか!?」

 奈緒はムキになって二人に詰め寄った。

「いやそんなムキになられても」

「いやしかしですね! あの二人仲良すぎなんですよ兄妹って範疇越えてます私も兄貴いるからわかります! しかも一緒に暮らしてるし」

「あの、生徒会長。兄妹が一緒に暮らすのは別におかしくないかと。それに二人が一緒に暮らせるよう取りはからったのは、他ならぬあなただったかと」

「だってあんな関係だと思わなかったんすよ!」

「あんな関係ってどんな関係だよ…」

「い、い、い、言わせるんですかそれを!? 私をいかがわしい女にしたいんですかあなた!?」

「生徒会長、少し落ち着かれた方がよろしいですよ」

「落ち着きたいっすよ、落ち着きたいけど、でも!」

「やれやれ。しゃーねーなー」

 美砂は頭をかきむしった後、すうっと息を吸い込んで、そして大人しくなった。代わりに柚咲が現れた。

「はっ! ここは一体どこでしょうか。服屋さんですか? 私服を買いに来た覚えは無いのですが。あっ、友利さん。高城さんも。やや、なにやらお二人から修羅場の雰囲気を感じます!」

「仰るとおりです柚咲さん、生徒会長が情緒不安定で大変なところなのです。あ、後ここは最近出来たばかりのアウトレットモールで、柚咲さんは生徒会長と一緒にここに来たのです」

「情緒不安定な友利さんと一緒にここに来たのですか私は?」

「いえ、生徒会長が情緒不安定になったのはつい先程です。柚咲さんがお疲れだったので眠ってらっしゃったその間に」

「そうだったのですか。すみません記憶が無くて、本当に疲れてるみたいです」

「柚咲さんはお忙しいから仕方が無いですよ」

「でもその間に友利さんは情緒不安定に」

「生徒会長の情緒不安定の原因は乙坂君なので、柚咲さんが気にすることはありません」

「おまっ…それバラすか!?」

 思わず大声を上げる奈緖。高城と柚咲は一瞬沈黙し、二人同時に奈緖の顔を見た。奈緖ははっと気づいた表情になり、そしてそのまま顔を真っ赤にした。

「友利さ~ん。なんて可愛らしい!」

「可愛らしくないです!」

「可愛らしくないです、だって。…うぷぷっ」

 高城が思わず吹き出してうずくまっている間に、柚咲は奈緖の周りをゆっくりとぐるぐる回っていた。

「なんすか」

「いいえ。乙坂さんが原因で情緒不安定になった友利さん。そしてここはアウトレットモール。さしずめ目的は…」

 柚咲は奈緖に向き直って、右手の人差し指でぴっと奈緖を指さした。

「童貞殺し!」

「何故その言葉を!?」

「あ、いえ。ちょっと物騒な言葉でしたね。デートの服選び、といった方がよろしいでしょうか?」

「よろしいも何もそれ以外無いっす」

「ですが、私達はまだ学生なので、制服デートという選択肢もあるのですよ?」

「私の制服姿じゃあいつは反応しないんです…」

「何の話ですか?」

「いえ。こっちの話っす」

「ふむ。乙坂さんは友利さんのフォーマルな姿にはあまり興味が無いと」

「そういうことなんですかね?」

「だから可愛らしい服で意外性を出そうというわけですね」

「意外性という程でも無いですが…まあそういう事でいいです」

「そうですかそうですか。それならば、私がいろいろお着替えさせて…いえ服を選んで差し上げますよ。高城さんも付き合って下さい」

「私とお付き合いですと!? いえそのような他のファンの手前もありますしああでもこれは柚咲さんの意志でもあることですし何よりこのチャンスを逃したらもう一生こんなチャンス」

「友利さんの服選びの為に男性側の意見が欲しいだけですよ」

「あ。あ、あはは、そうですよね、男性の意見は重要です」

 落胆した高城を伴って、奈緖と柚咲は乙坂殺しの服を選びに行った。その道すがら、ある店の服に奈緖の目がとまった。

「友利さん?」

 立ち止まってその服を見ている奈緖に、柚咲が話しかける。

「あの服が欲しいのですか?」

「あ、いや。私じゃなく。ちょっと知り合いに、と思って」

「友利さんが着ても似合うと思いますよ?」

「そうすかね…」

「似合うは似合うかも知れませんが…生徒会長が着ると少し怖い印象になるかも知れません。乙坂君はヘタレなので、逃げ出すかも知れませんね」

「やっぱそうっすか」

 そう言いつつ、奈緖は店の中に入っていった。

「え、生徒会長、今の私の助言聞いてましたか!?」

「聞いてましたよ。そっちこそ、私の話聞いてたんすかー? 知り合い用って言ったと思うんですが」

「知り合い…」

 高城は奈緖に聞こえないように、そっと柚咲に尋ねた。

「誰でしょう?」

「さあ…高城さんの方が付き合い長いんだからわかるんじゃ無いんですか?」

「私の記憶では、生徒会長に服を贈るような友達はいないはずなのですが…。」

「おいおい、ずいぶんな言い方すねー」

 奈緖はさっさと服を購入して戻って来ていた。

「随分とお早いですね」

「金ならうんとあるんで」

「じゃあ、友利さんの服を選ぶのも時間はかかりませんね! うんと可愛い服を選びましょう!」

「え? あ、はい」

 奈緖は戸惑いながら、柚咲に手を引かれて店舗街連れ回市の旅に連れて行かれた。

 

 

 

5-2

 

 服を選んだ翌日。奈緖は教室で、乙坂の席に歩み寄っていった。後ろにいる高城が、時が来たとばかりに眼鏡をかけ直す。

「乙坂さん。ちょっといいすか?」

「あ? ああ」

 顔を上げ、奈緖の顔を見る有宇。その顔を見て奈緖は、一瞬躊躇する。主目的は、デートの誘い。それは後ろにいる高城がバックアップしてくれる手筈になっている。

 但しそれはあくまで表向きの話。奈緖にはもう一つ目的があった。先日の一件で潜在意識から表に出てしまった、奈緖の懸念。乙坂有宇と乙坂歩未の関係。ただの仲の良い兄妹なのか、それとも…。

 それを確かめなければならない。

 奈緖は”S能力”発動の準備をした。

 

 奈緖の能力は、組織の公式記録では"Secret"、隠蔽能力という事になっている。但し対象は1人のみ。対象以外の周りの人間からは普通に姿が見える。何故か。奈緖は既にその理由に気づいていた。この能力はあくまで副次的なものであり、本来の能力は別のものであるということに。

 友利奈緒の本来の能力は、"Search"。対象者の脳内情報をを検索し操作する。それが彼女が本来持つ能力。検索対象が1人であることには変わりないが、同時に複数人の脳内情報を検索することはさすがにハードルが高すぎる。いわば、レベル不足の問題だ。能力そのものの問題では無い。

 ところで、人間の大脳野で最も多くの領域を占めるのは、視覚処理、即ち目から入ってくる映像を処理する部分だ。両目から入ってくる光学情報を3次元解析する、これだけで大脳の全情報処理量の実に3分の2を占める。脳に何らかの干渉や損傷が起きて負荷が増大すれば、視覚情報にも影響が出る。疲れると目がかすむ、というのは典型的な症状だ。

 

 奈緖が対象の大脳にアクセスした場合にも、やはり負荷がかかる。特に、最近傍の動体に対する視認はほぼ不可能になる。多くの場合、その最近傍の動体とは、対象を蹴り飛ばしている友利奈緒だ。

 これが友利奈緒が対象からだけ姿が見えなくなる原理である。

 本来の能力は、それだけに留まらない。対象者の大脳にあるほぼ全ての情報にアクセスし、シナプス結合状況が複雑で無ければある程度の情報操作も可能である。

 但し、殆どの人間がコンピュータの扱う2進数データを言語として認識すらできないように、奈緒も対象の大脳構造をある程度把握していない限り、アクセスした情報の意味を読み取ることは出来ない。何度かアクセスして、対象者を理解しなければならない。

 乙坂有宇に対してはどうか。友利奈緒は、実は既に彼の大脳情報に何度かアクセスしている。初対面以来、事ある毎に口実を付けて、あるいは姿が見えなくなることを利用して密かに、有宇の脳内にアクセスしてある程度構造を把握済みだった。

 ただ、具体的にどれこれの情報が欲しい、というときには、そのようなこそこそとしたやり方ではさすがに駄目だった。落ち着いて堂々と解析しながらアクセスする時間が必要だった。

 今回はその絶好の機会だ。奈緖が有宇をデートに誘う。すかさず、後ろにいる高城が説明とフォローをしてくれることになっている。有宇が振り向いている隙に、彼の脳内にアクセスし、乙坂歩未に関する情報を引き出す。高城には出来るだけ時間をかけて有宇が納得するまで説得してくれと言ってある。十分な時間が確保出来るだろう。

 覚悟を決めた奈緖は、先程の言葉の続きを言う。

「乙坂さん。私とデートして下さい」

「はぁ!?」

 予想通りの反応。奈緒はそう思いながら、高城に目配せをした。意気込みを感じさせるほど大きく頷いた高城は、有宇に話しかける。

「乙坂さん。私からも御願い致します」

「はあ? 友利本人はともかく、何で高城までが?」

「ですからそれをこれからご説明致します。…少々長くなりますがよろしいですかな?」

「あ、ああ。わかったよ」

 そう言って有宇は体ごと向きを変えて、高城と向き合う。奈緖のことは視界に入っていないはずだ。姿が見えようが見えまいが、関係が無い。

「(よくやった高城)」

 奈緖は心の中で呟きながら、有宇の脳内を検索し始めた。自我形成.環境情報.対人関係.家族.妹.乙坂歩未。順繰りに追っていく。関連野に辿り着くと、そこから延びる情報経路をリストアップする。特に感情野に伸びる情報。

 恋愛という情報への経路が出来かけていて、奈緖は一瞬落胆した。が、それがまだか細いものでしかないことにすぐに気づく。海馬への経路を辿っても、家族として過ごした記憶しか確認できない。

 男女の深い仲にはなっていない。その確証が得られた。奈緖は安心して、有宇へのアクセスを解除した。有宇はまだ高城と話し込んでいる最中だった。

「そういうわけで、乙坂さんには是非このスマートウォッチを受け取って貰いたいのですよ!」

「そう言われてもなあ」

「今ならお得なんですよ!」

 高城がなにやら有宇に押し売りしていた。

「…何してんすか」

 奈緖は思わず声のトーンを低くして、高城に問い掛けた。

「おお、生徒会長」

「おお、じゃねーよ。デートの誘いに乗るよう説得してくれるという話だったんじゃないんすか」

「はい、そういう話だったのですが、身の危険がどうこうという話からこの緊急連絡装置を渡す話になりまして。いえ、元々これは乙坂さんに渡すつもりでしたので、私としても好都合だったと言いますか」

「…なんかいろいろ引っかかるな」

「そうですね、生徒会長にもお渡しするつもりでしたので改めてご説明致します。この緊急連絡装置、まあ実際には中国製の安いスマートウォッチに格安SIMをセットしたものなのですが、GPS位置情報を私のスマホ宛に飛ばせるアプリがインストールされています。それを使って呼び出していただければ、私の能力を使ってすぐに通知された位置に飛んでいく、という話なのです」

「お前そんなの作ってたから、この間Date型がどうこう言ってたんすか。確かにあれミリ秒単位で時間合わせしないと計算狂うとは聞きますけど」

「本当は柚咲さんにお渡ししたくて仕方が無かったのですが。あの方はお優しいので、逆に遠慮してしまって受けとっては貰えないのでは無いかと。」

 高城は拳を握りしめ天を見上げ涙するが如く語り続けた。

「ですが。生徒会のお二人にもお渡ししたとなれば、逆に受け取らない方がよろしくないと、柚咲さんもきっとそう判断することでしょう」

「お前、善人ヅラしていながら結構やることエグいな」

「柚咲さんの安全を守るためです。多少の強引さは致し方ありません」

「はぁ」

 奈緖は有宇の手にある”緊急連絡装置”を覗き込みながら言った。

「しかしこれ、電池切れおこしたら意味無いっすよね? しょっちゅう使うわけでも無いのに毎日充電とか結構面倒すよ?」

「そこはご安心下さい。柚咲さんに渡すものは待機のみなら300日バッテリーが保つ高級タイプをお渡ししますので。もちろん、電波が圏外ということを防ぐため通信会社を2社契約したデュアルSIMタイプです」

「え? あたしらのは安っい中国製で格安SIMって話でしたよね? なんすかその差」

「いやそれはもちろん柚咲さんとあなた方を同列に扱うわけには…」

 高城は眼鏡を直す振りをして動揺を隠そうとしていた。

「…まあ、いいです。で、デートの説得はどうなったんすか?」

「はい、そこで乙坂さんが身の危険を感じると言いだしたので、これは丁度いいと思い私はこの緊急連絡装置を」

「ほう…」

 奈緖は落胆と失望と怒りと軽蔑の入り交じった表情で、有宇を見下ろした。振り返った有宇はその表情に気づき、禍々しいオーラが溢れんばかりの奈緖の様子に思わず後ずさりした。

 事態の深刻さを悟った高城が、とっさにもう一つの緊急連絡装置を奈緖に渡す。

「ほら、生徒会長もこれを。回数制限はありますがいつでも呼び出していただいてかまいませんよ」

「いつでも、っすか」

 奈緖は暫く手のひらの上の緊急連絡装置を眺めていた。そして、思い出したように言った。

「あ、乙坂さん。デートの返事は?」

「あ、ああ、そうだな、歩未と相談して…」

 そこで奈緖がきっと有宇を睨みつけ、有宇は一瞬怯んだ。

「いや、違うんだ、予定が被ってないかを確認するだけだ、空いてる日なら大丈夫だから!」

「そっすか」

 奈緖は自分の席の方向に向きを変え、有宇を背にして言った。

「じゃあ、都合のいい日連絡して下さい。私はだいたい都合付けられますんで」

 そう言って奈緖は自席に戻っていった。



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