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佐伯市大島沖で、底引き網に奇妙な球体が掛かったのは、佐伯に木造船が漂着する前日のことです。引き上げたのは佐伯とは海を隔てた、四国宿毛港の漁師でした。

サッカーボールほどの大きさの金属の球体で、無数の木切れと一緒に網に絡まっていたので、後で網を解くつもりで、漁港の漂流ゴミ置き場に据え置かれていました。

警察が佐伯沖の海底を調査しているのを訊きつけて、漁師仲間が漁協に届けたのでした。

 

 

 

連絡を受け、高知県警の鑑識が宿毛港へ向かいました。

漁協の地下に安置された球体の表面には、無数の歯形が残されています。

「―――サメだな、何度も噛みついてやがる。」

「歯も何枚か残ってますよ、エサと間違えたんでしょうね―――。」

表面にある小さなビスを外すと、外装の金属カバーが二つに割れて、透明な樹脂で保護された複雑な回路(プリント基板)が現れました。

 こりゃまずいな、本部に連絡して処理班を依頼!我々は宿毛署に協力して周囲の安全確保。」

自衛隊爆発物処理班による屋外非破壊検査の結果は、警察庁・防衛省に止まらず、政府首脳・内閣を震撼させました。

X線CTを使った断層映像の解析によると、プリント基板の下は32面の爆縮レンズ構造、その下は恐らく炭化タングステンの中性子反射体、中心は――核物質PU239――

プルトニュウム爆弾に他ならないとの報告でした。

 

緊急の閣議の結果、当該事案は特定秘密保護法の対象と規定され、必要な部局以外の箝口令が徹底されました。

その矢先、佐伯市で工場大爆発のニュースが飛び込み、期せずしてマスコミの関心が、責任者である工場マネージャーに集中して、その動向が周知に晒される状況となりました。

大分県警本部長宛てに、国家公安委員会から緊急の呼び出しが届いたのは、そのような経緯の下でした。

 

黒木玲子と、白河笑子が立坑の中から救出されたのは、爆発から10時間後のことでした。

製品の爆破試験に使われていた、3本目の立坑に逃げ込んで最悪の結末を逃れました。

二人とも鼓膜を損傷し、無音の中で必死に助けを求めましたが、携帯電話の微弱な電波と、電気技師が送った工場の見取り図とが決め手となって所在が特定され、意識が朦朧としかけた直前に助けられました。

 

化学工場は全てが破壊し尽くされていました、2本の立坑は上部構造が崩壊し完全に埋没して、砲台のあった岬の突端が大きく陥没しています。

地下工場には大量の海水が浸入し、瓦礫と共に水没して、当面はダイバーも潜れない状況です。

後日の詳細な検証により、この大爆発は大量の黒鉛による粉じん爆発であることが確認されました。

 

5日後のことです、二人の病室に優しい表情で、刑事部長が入ってきました。

「どうだい、もう耳は聞こえるのか?」

「ええ、ご心配おかけしました・・・・。」

ベッドから身を起こして、黒木玲子が答えます。

白河笑子は軽く会釈して、「部長が場所を指示してくれたんですってね!」

「工場の見取り図を送って貰ってたのを思い出してな、携帯電話の発信位置と重ね合わせたら、立坑の中だった。」

「密輸事件の海底調査に伴って、水上警察とヘリを配置しておいてよかった、10分で水上警察が現場に入れたそうだ。」

「私たち以外に、けが人は?ガイドさんが二人同行してくれてたんですけど・・・・。」

「その二人なら現在集中治療室だ、実際かなり厳しいらしい・・・・今のところ、犠牲者は出てないが、君たち以外、工場に人が居たかどうかはっきりしないんだ。」

「密輸事件のその後進展は?」

「密輸品の現物がまだ出てきていないからなあ・・・・それについて君たちにひとつ聴きたいことがある。そもそも、君たちは何の為にあの工場を見学したんだ?」

「何かあったんですね?」黒木玲子が身を乗り出します。

「一昨日、国家公安委員会からうちの本部長が緊急に呼び出しを受けた、―――今回の工場爆発と密輸事件を結びつけて考えてるのかって、それなら早く工場の責任者を検挙しなさい、大分県警が動かないなら外事情報部が指揮を執る―――、と言われたようだ。工場長はマスコミの注目を集めていて下手なことじゃ逮捕もできん、外事情報部が動く位だから、余程のことだと思うが、例によって官僚は何も教えてくれんとぼやいていた。」

「外事情報部の下には国際テロリズム対策課がありますよね・・・・。」

急に笑子の方に向き直ると、大声で。

「―――笑ちゃん、退院よ!準備があるから早くして!」

「―――は、はい!」

さあ、部長!下手人をしょっぴきに行きましょう―――。」

  


「あなた方、無事だったんですね!よかった・・・・。」

 

 

工場マネージャーは、ずっと逗留している佐伯駅前のホテルに缶詰めの状態でした。

マスコミ取材陣のカメラの放列が、廻りの歩道を埋めています。

部屋の窓から、歩道を見下ろすマネージャーの背中に、玲子が声を掛けます。

「ガイドして頂いたスタッフのお二人、ご心配ですね。」

「助かっても脳に後遺症が残るって医者に言われました、私の責任です。」

「現場はあれからご覧になりましたか?」

「こんな有様で、病院に見舞いにも行けないんです。どうしろと言うんですかね、日本のマスコミは・・・・それで、今日は何か?」

「実は、先日の漂着船のことなんですが、外装板の裏側に妙な走書きがありました、UO2:YCって書かれていたんですが、お心当たりは?」

「―――勿論、ありません。」

「文字の意味は解りませんが、積み荷の受取人が書いたものかも知れません、筆跡を確認したいんです、同じように書いて貰えませんか?」

「断じて心当たりありませんし、そもそもパステルなんかで筆跡が分かるんですか?」

ハッと驚いた気配を間に挟んで、「―――なぜパステルと分かります?誰もそんなこと言っていませんけど。」黒木玲子が追い詰めます。

慌てた様子もなく、「海水で濡れた木材にきれいに文字が書けるとしたら、オイルパステルぐらいしか思いつかないじゃないですか、それとも余程特殊な走書きだったんですか?」

「パステルの成分から、ごく微量の放射性アイソトープが検出されました。それで、御社の通勤ボートも検査させて頂きたいのです。」

「―――同じ反応が出るって言うんですか?当社が密輸の荷受人とでも思ってられるんでしょうか・・・・。うちのスタッフは日頃から様々な火薬原料(金属)に接しています、その中には多少の放射性同位体の混在も、考えられないことも無いんですよね!」

流石に、言葉の裏側に苛立たしさが感じられます。

「直ぐに承諾頂かなくても結構です、ボートは工場の波止場に水没していて、証拠保存にも問題ありませんから・・・・もう一つ、お願いがあるんですが。」

と言いながら、笑子に持たせていた重そうなバッグを、目の前の机に上げさせました。

「これは、県警の別の部門からの依頼なんですが、どうしても工場爆発の瞬間の映像が欲しいんです、監視カメラの映像を探したんですが、オペレーションルームが完全に破壊されていて、サーバーの復元も不可能のようで・・・・。」

バックを開けて中の物を笑子が取り出すと、マネジャーの顔色が見る見る変わります。ラテン系特有の紅みがかった健康的な肌色が一気に青白くなり、眼を一杯に見開くと、今度は一転どす黒く変色しました、額に脂汗が噴出しています。

「一台だけ無事だった監視カメラがありました、ストレージが内蔵されているようで、USBコネクタから吸い出そうとしたんですが、パスワードが分からなくて・・・・マネージャーのパソコンならデータ吸い出せるかと思って、現物持ってきました。」

バッグからは所々黒く変色した、監視カメラの本体そのものが出てきました。

今にも泣きそうな表情でわなわな震えながら、「触るな!伏せろ!起爆シークエンスは起動しているんだ!ホテルが吹っ飛ぶぞ!こっちに持ってくるな!」

それだけ叫ぶと、両手で頭を抱えて、部屋の隅に蹲ってしまいました。

 

これに何を仕掛けたの!泥を吐きなさい!」

両眼を見開き鬼気迫る表情で、マネージャーの前に仁王立ちした黒木玲子が、胸ぐらをつかんで顔を上げさせると、虚ろな眼で監視カメラを確かめた後、観念したように悲しげに瞼を閉じて、「コンポジションC-4プラスチック、全ての監視カメラに仕掛けました・・・・。インターネット経由で私のパソコンから起爆できるようにしてあります。」

あなたが、起爆したのね!

何も言わず、黒いカールの頭を深々と下げました。

 

「黒木!裁判所から逮捕状が下りたぞ、そいつ逮捕しろ!しょっぴけ!」

逮捕状を振りかざしながら、刑事部長が、部屋に走りこんできました。

  


宿毛市で発見されたプルトニュウム核爆弾の電子基板部分から、工場マネージャーの指紋が採取されたことにより、国家公安委員会の指示で、警察庁が逮捕状を直接請求、取得しました。

罪状は、日本に核兵器製造を規制する法律がないため、当面、放射線障害防止法違反と記載され、その他の罪状の立証を待って、再逮捕することとされました。

 のちの調査により、酸化・還元炉と称された化学反応炉は、プルトニュウム239生産のための黒鉛炉であり、地下工場の設備は、二酸化ウランから六フッ化ウランに転換、ガス化して遠心分離を行う一連のプラント(カスケード)だったと報告されます。カスケードでウラン235を濃縮し、副産物のウラン238を黒鉛炉に送って、プルトニュウム239を生産する全工程を、一切人の手を介することなく、全て自動で行なわれていました。

 

集中治療室で生死を彷徨っていた二人の工場スタッフが、障害も残さず回復し、その証言がマネージャーの罪状を更に補強しました。

当初のもくろみでは、二人の刑事を帰した後、自分たちの起爆で工場を破壊する予定だったのが、核兵器製造の事実を知る自分たちも含めて、この世から葬り去られるところだったと説明しました。

プラスチック爆弾で、黒鉛炉の粉塵爆発を誘発するアイデアは、爆発物の専門家であるマネージャーが考えたようです。

取引の相手は、国際的な闇の兵器仲介組織、文字通り死の商人です。あの漂着船と通勤ボートを使って、二酸化ウランを受け取り、代わりに完成品の核爆弾、またはプルトニュウム239・ウラン235の金属素材を送り返していました。

首謀者であるマネージャーが、取調官に語った事件の回想が、のちに公開されています。

「なぜ工場を爆破したのか?」という取調官の問いかけに対しマネージャーは、「製品と原材料の受け渡し方法が、少しでも発覚・露呈した場合、早急に設備を処分するのが当初からのプランだった、婦人刑事が工場の素性に疑いを持ってると思ったので、人間も含めて証拠を抹消する必要が出てきた。」

「どうして日本で?」という質疑に対しては、「調達できる工業製品・化学素材の品質・数量・種類の豊富さに於いて日本以外では不可能だった。最も好都合だったのは、都市部を越えてローカル地域にも浸透しつつある人々の地域社会への無関心さだ。高齢化・過疎という社会背景が、我々に味方した。」

 

 

 

事件の全容が明らかになるに伴い、政府は特定機密保護法適用を解除し、全世界に向けて、事件詳細の開示を行いました。これは内々に事件の経過を通知していた、同盟国政府からの強い要請を受けてのことでした。

日本政府のこの情報開示は、深刻な核テロ警報とも受け止められ、瞬時に世界を駆け巡って、各国政府・機関は直ちに対応を求められる事態となりました。

 


 「 退院したその足で、ホームセンターに行くんですよ先輩―――びっくりしちゃって。」

「同じメーカーの監視カメラ購入して、鑑識の若い子に頼んで細工して・・・・。」

「バーナーで焼いたり、黒い塗料で汚したり・・・・。」

「マネージャーの仕業だってどこで分かったんですか?」

見てたのよ、監視カメラが最初に破裂するのを―――。ストレージが直接インターネットに繋がっていて、ログインコードが工場長(マネージャー)の指紋だって、電気技師が言ってたじゃない。」

佐伯署の応接室で婦人刑事二人は、刑事部長と楽しく会話しています。

「ところで黒木、まだ答えを聞いてないんだが・・・・。」

「工場を見学した理由ですか?―――工場内部の放射線を計りたかったんです。」

と言いながら、ペン型の線量計を差し出した。

「密輸品が出て来てない段階で、専門的な強制捜査の令状を取るのは、それしか無いと思って・・・・。」

「私が、走り書き文字のアイソトープの件を電話したからか?」

「先輩は、その前から文字の意味が二酸化ウランだって見当つけてたんですよ!」

「―――確証は、無かったですけど。」

「その文字のことでね、白河君が撮影した写真には消えかかって写っていなかったようだが、続きがあるそうだ。―――800KG:JUL/9/2025―――というんだが、意味が分かるか?」

「―――2025年7月9日にイエローケーキ800Kg!原始的だけど確実な次回注文書だわ。」

 

一か月後、二人の婦人刑事は再びあの菩提寺を訪れていました。

好々爺の住職は、今日も本堂の板の間で、何事も無かったように煙管の煙草を燻らせています。

「そうかい、そげえな事があったかいのう・・・・。」

「人がおらんけえのう。目配り出来んけえのう・・・・。」

煙草の香りが、祭壇の線香の香りと混ざって、穏やかな時の流れを一層際立たせます。

「戦前は、お国の為ちゅうて砲台造らせちょったが、こんだ知らん士が誰んでん知らん間に、そげえなおじいもん造りよったかい。」

「ほんに、落ちとる葉っぱ一枚一枚にも気い使こうとかなあ、いかんわあ。何があるか、わからんわあ。」

 

 

 

漂着船が引き上げられた岸壁のボラードに腰を下ろして、黒木玲子が呟きます。

「ねえ笑ちゃん、あのガイドの二人どう思う?」

「どうって?」

「あの二人、私たちと同じじゃないかと思うの・・・・。」

「・・・・。」

「最初の爆発の後、耳の聞こえない私たちを、立坑まで引きずって行ったじゃない。」

「一緒に立坑に入るんだと思ったら、そのまま外から扉を閉めて・・・・。」

「自分たちが死ぬのを、他人に見られたくなかったんじゃないかしら、死ぬ時だけは二人だけで居たかったんじゃないかしら・・・・。」

目の前の水際で、猫が二匹じゃれ合っています。

「分かりました先輩!今晩は私が、使い古したあれで、ひいひい泣かせてあげます。大股開かせて、エビぞりにして責めてあげるわ、覚悟なさい!」

 

リアスの夕陽が、二人のシュルエットを紅く紅く染めていきました。

―――終わり。

 

 以上、全てフイックションです。

  


奥付



リアスの夕陽で泣かせてあげる!


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著者 : 南海部 覚悟
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/tumanaya/profile


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