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スクリーンの映像が消え、遮光カーテンが開かれて、会議室に紅い夕陽が差し込んできました。

「―――どう思う?禁止薬物の新手の密輸だろうか?」

夕日に照らされて、県警幹部たちの硬直した顔が一層紅く輝きます。

「余りに手が込んでいます、潜水艦で密輸なんて聞いたことがありません。」

「経済水域の外側まで漁船かなんかで持ってきて、200海里を潜航させて、豊後水道の何処かで国内の仲間が回収するんだろうか?」

「サメに襲われる前に、積み荷を回収したんだろうか?」

「回収した後、舟をどうするんでしょう?アジトに持って帰るってわけに行かんでしょ。」

「燃料を満タンにして、沖合の仲間の漁船に向けて、来た道を返すんじゃないですか。」

「兎に角、GPSの解析結果を待つ他ないようだな・・・・。」

「それと、白河から提出のあった、舟の内側の走書きの件はどうなってる?」

「それも、鑑識に調べさせていますが・・・・どうも本体に掛かりきりで、手が廻らないようですね。みんなそれどころじゃないみたいで。」

「―――大体、黒木と白河は今何やってんだ?」

「佐伯市のホテルに泊まり込んで、現場近くの集落の聞き込みを続けているようです。」

「密航者がいないんなら、聞き込み続けても仕方ないだろ。」

「田舎の漁村にあの二人がいる間は、こちらに波風立たないと思いますので・・・・。」

「―――それもそうだ。」

 

 

 

「本部長のハゲ親父、厄介払い出来たってほくそ笑んでるんじゃない、今頃。」

「そうですね、刑事を2名も派遣して、佐伯の高級ホテルに期限未定で予約しても何も言ってこないし―――。」

「それよりあなた、昨夜は痛かったわよ少し・・・・。」

「ごめんなさい・・・・昨夜は新品おろしたてのだったから。じゃ次は、使いふるしたので・・・。」

「―――使いふるしって気になるわね。」

「ごめんなさい、先輩のことじゃないですよ・・・・そんなこと、とんでもないわ!」

顔を赤らめた白河笑子を愛しげに見ながら、髪を束ねたリボンの捩れを直してやります。

―――この二人、警察庁公認LGBTカップルです。

2年前に知り合い、ときめいて愛し合い、カップルとなりました。

時代の趨勢がLGBTを許容しようとしています。

お堅い行政機関であっても、それを排除することは許されず、特に現政権による政策指導もあって、既に千組を超えるカップルが、公的機関の公認を取得しています。

しかし、現実には強い向かい風もあって、県警への出向という厄介払いは、この二人に今でも課せられる現実でした。

「東京離れてもう2年ね、あなた帰りたいんじゃない?・・・・ごめんね。」

「大丈夫!先輩と一緒ですから。」

「昔はね、別々に出向させるのが普通だったのよ。特に男子のカップルの場合ひどかったの、北海道と九州とかね・・・・。」

「イジメですよね、悪意を感じるわ。」

「態のいいお仕置きよ!」

「地方に飛ばされても、こうしてあなたと仕事ができるなら私は満足よ、まだ充分じゃないけど・・・・いい時代になった。」

番匠川の水面が、夕日に染まる城山史跡を映しこみ、穏やかな時の流れの中で、二人は互いの息遣いを、肌で感じ取っていました。

 


「そりゃまあ、そうゆう風に訊きゃ、そう答えるじゃろうがのう・・・・。」

集落の南端、小高い丘の中腹に、地域の墓所菩提寺があります。

菩提寺の住職は、既に90半ばで、顔の下半分に白い髭を蓄えた好々爺です。

「そうなんです、皆さん誰に聞いても、昔は良かった、活気があったって―――。」

白河笑子がメモを取りながら、明るく答えます。

 漁師もよかった、百姓もよかった、土方 (どかた) も、医者も、教師も、坊主もよかった、そうゆうちょるじゃろうが・・・・。」

 

 

 

年代物の煙管に、刻み煙草を燻らせながら、住職が続けます。

「ピークは40年前じゃったのう、人の数が多て、町営住宅も足らんようなっちょって・・・・佐伯と合併前は鶴見町ちゅうとったんじゃが、町役場の連中も活発でのう、東京の芸能プロダクションに地元の歌謡曲つくらして、有名な演歌歌手に歌とうて貰ろうて、それなりヒットもしたもんじゃあが。」

「県知事の発案で、一村一品ゆうて、鶴見も海産物大いに宣伝して回ったんじゃあが、鳴かず飛ばずじゃったのう・・・・他の町村じゃあ、いい塩梅もあったにいのう。」

 「その内、気い付いたら年寄しかおらんようなって・・・・佐伯と合併すんで、経済圏拡がるじゃーいいよったけんどのう、益々人がおらんようなって、空き家が増えて、向こう三軒両隣、誰もおらんちゅう家も出てきてのう。」

「佐伯じゃスーパーに代わって、コンビニがぼちぼち増えとったが、こっちは昔からやっとる雑貨屋が、どんどんのうなってしもうてのう。」

「空き家対策に市が家主の間に入って、古い民家改装して、光ケーブル引き回してのう、外国企業のOA技術者に貸家で誘致してみたんじゃあが、あいつらコンビニがねえとダメちゅうけえ、市も一年で放り出しちょったわあ。」

「農業や、漁業じゃもうダメなんですか?」

「魚もみかんも、加工品は値段が輸入にかなわんじゃろうが・・・・後継者もおらんし、佐賀ん関みたごと高級品でやれりゃあいいけんどのう。」

障子を開け放った本堂の板の間に、長い参道の石段から吹き上げる昼下がりの潮風が、怠惰に弛緩した時間を運び上げてきます。

 

「岬の突端に旧海軍砲台の跡があっての、5年前外資系の化学メーカーが、そけえ工場造って進出してきたのが、最近の大きな話題ちゅうことになっちょる。」

「近在の土方が根こそぎ駆り出されて、大規模な建設工事に多少は潤ったもんじゃ。」

「何を作る工場なんですか?」

「産業用の火薬ちゅうとったのう―――。砲弾と装薬を保管しちょった海軍の地下施設、そんまんま使こうて、火が出たら一気に海水放り込めるきい、火薬作るにゃ都合がいいわけじゃ。廻りに民家もねえし、最初は火薬に反対しとった住民もおったが、背に腹は代えられん、少しでも雇用に寄与するんならちゅうことで―――ふたを開けたらガッカリじゃ。」

「どうしたんです?」

「この手の工場、いま殆ど無人じゃちゅうんじゃ。雇われたのはほんの一部の技術者だけでの、建設工事が終わったら、土方は皆お払い箱じゃった。」

「その工場の話、もっと詳しく訊きたいんですが・・・・。」

黒木玲子が身を乗り出します。

「―――じゃったら、電気技師で2年間働いちょった男が、寺の下に住んじょるけえ、後でわしから電話しとっちゃるわ。」

「夜にならんと帰らんがいいかのう?」

「勿論です、お願いします。」

  


「はい、確かに砲台跡の化学工場で、2年間働いていました。いえいえ出身は東京です、魚釣りが好きで、定年前に脱サラして此処に移り住みました。安定した収入先が無いものですから、あの工場の仕事は好都合でした。」

「―――どんな火薬を作っていたんですか?」

「車のエアバック用から、採石場の発破火薬まで様々ですねえ、砲台がある岬の下の入り江に、工場の建屋と事務所があったんですが、50人位が働いていました。火薬の製造は全てオートメーションでやってましたから、あの規模の工場としては、従業員は少ないと思います。」

「地元からの採用は、私を入れて20人でした。道路が無いものですから、会社が準備した通勤ボートで通っていました。」

「住職さんの話では、旧海軍の地下施設そのまま使っていたそうですが?」

「はい、入り江に波止場があって、海軍はそこから地下の弾薬庫に砲弾と装薬を運び入れていたようです、弾薬庫に何かあった場合ただちに海水を導入できる設計と聞いています。」

「地下弾薬庫から、岬の上の砲台まで3本の立坑が建ち上がっていまして、昔は大きなリフトが中にあって、砲弾と装薬を運び上げていたようです。」

「その弾薬庫と立坑の内2本に、かなりの規模の化学プラントが建設されていて、火薬製造の心臓部だと聞かされていました。全てオペレーションルームからの遠隔操作で、常時中に人はいません。電気設備の点検で、何回か中に入りましたが、異様な臭気とひどい湿気で、長く留まれたもんじゃありませんでした。」

 

「勤務していた2年間で何か変わったことは?」

「そうですね、工場が稼働して半年位は、受電容量不足で苦労しました。九電から高圧で受電しているんですが、変電設備がすぐにオーバーロードするんです、緊急にガスタービンの発電機を2台導入しましたが、それでも余裕はありませんでした。弾薬庫のプラントが相当電気を喰ってたようですね。」

「―――それが、半年後からピタッと容量不足が無くなって、逆に九電に売電もできる状態になりました。立坑のプラントの不具合が解消されて、全体の電気使用量が下がったと説明されましたが、私が見るところ使用量が下がったんじゃなくて、工場の何処かで大量に発電されてるようなんです。」

「工場の内部の写真か、何かありませんか?」

「私のいた工場建屋や事務所、波止場の写真はありますが、弾薬庫と立坑内部のプラントは撮影が禁止されていました、企業機密ゾーンなんだそうです―――。それが、私の同僚に不届きな奴がいましてね、オペレーションルームの電気設備の点検中に、工場の監視カメラのストレージが直接インターネットに接続されていることに気が付いたんです。ログインコードが工場長の指紋だったそうで、アクセスに苦労したらしいんですが、退職した後、プラント内部の映像だといってファイルを送ってきました。」

「見せて貰えませんか?」

「出所を伏せて頂ければ、データー差し上げます。」

 

地下監視No7)と見出しのある映像には、矩形の大きなコンクリートの部屋に、金属製の筒のような装置が一面に並び、複雑な配管が取り巻いています。

「この装置で、火薬の原材料の不純物を取り除くんだと、説明されました。」

立坑監視No3)とある映像には円形の立坑の床から、金属製の棒が無数に突き出て上部の巨大な装置に繋がっているようです。何れも監視カメラの調整が取れていないのか、画面が時々チラつきます。

「其処彼処に、黄色い粉末と黒い粉末の入った大きなボトルが大量に置いてありましたが、何に使うのか説明はありませんでした。」

「完成した製品ってどの様な物なんですか?」

「―――それが変なんですよ、てっきりダイナマイトのような筒型の代物だって思ってたら、サッカーボールのような球形の容器に固めて入れるんです。」

「それは、どうして?」

「火薬はどうしても不安定だから、一定量を厳密に区分けして頑丈な容器に収める、表面積が最も小さい球体が一番いいんだ、と説明されました。容器を組み立てる技術者も限られていまして、特に一番デリケートな部分は工場長(マネージャー)が一人でやっていました、その作業中は工場全体ピリピリしていましたね。」

 

 

 

話を訊き終り、ワゴンを停めた岸壁まで下りてくると、陽の落ちた海の対岸に、水際の灯りが一直線に拡がり、波間に反射して明滅を繰り返しています。

山から吹き降ろす乾いた夜風が爽やかで、思わず抱き寄せた笑子の唇に、玲子は優しく自分のそれを重ねました。

  


「玲子さん、部長からメールです・・・・。」

白いipadを差し出しながら、白河笑子が眠そうな声を上げました。

受け取ったタブレットを掛け布団の上に放り出し、腕を笑子の肩に廻して、その唇を奪います。

白い肌を寄せ合いながら、敏感な部分に手を這わすと、昨夜の余韻が早朝の気怠さと共に甦ります。

「携帯に電話すればいいのに・・・・。」

黒木玲子も眠そうな声を上げます。

「あれで、気を使ってるんですよ。」

笑子が悪戯っぽく耳元で囁きます。

 

「漂着船のGPSストレージの解析が終わったって・・・・出発地点は日向灘沖合の公海上、到着点は佐伯市大字大島沖合、サメに襲われたのもその近くみたい・・・・舟はサメに襲われた後、急浮上しているから、恐らくその時に積み荷が落下したんだろう、その地点の海底の調査を開始するって―――。なにこれ!」

ipadを掴んで身を起こします。

「どうしたんです?」

「詳細な解析によると、舟はこの間を過去60回以上往復しているんだって!」

 

「もう一通メール来てますね。」

笑子が横から覗き込みます。

「昨日の電気技師からよ、帰り際に頼んでおいた地下弾薬庫と、立坑の見取り図が届いたんだわ。後で昨日の監視カメラの画像ファイルと一緒に、県警本部に送っておいて。」

突然玲子の携帯が鳴動します、慌てた様子の刑事部長の声が受話器から聞こえてきました。

「今朝のメール読んだか!ひとつ言い忘れたことがある。舟の裏側にパステルで書かれていた文字の件だが、文字の意味はまだ解らんが、パステルの成分を分析したら、ごく微量だが放射性アイソトープの反応が現れた、現在物質名を特定中だ。積み荷の受取人に心当たりついたか!」

「目星を付けた化学工場が近くにあります!今から、そこの工場長(マネージャー)に会ってきます!」

早朝のホテルに、中年女刑事の甲高い声が響き渡ります。

「―――だから、最初から電話すりゃいいのに。」

笑子が横でクスクス笑っています。

 

 

 

「―――その舟の積み荷の受取人が私たちだと、おっしゃるんですか?」

化学工場のマネジャーと面会したのは、佐伯港に近いレストラン・小山の個室ブースでした。

日本語も流暢な小柄な白人で、カールした黒髪からラテン系かと思われます。

「そうは言っていません、まだ積み荷が何であるかも特定されていないんです。ただ、積み荷が海外からの密輸品の可能性があります、あの地域で外資系の工場は御社だけですから、周辺にあらぬ噂を広めない為にも、質問にお答え頂きたいのです。」

「私どもは、この国の複雑な法規制をクリアして、5年前にこの地に進出してきたんです、現在でもコンプライアンスは完全に維持されています、国の定期的な検査も受けていますし、違法な事案は一切ありません。」

「なぜあの、辺鄙な場所に?」

「最良のロケーションだったからです、ご存じのように火薬や爆薬の製造は大変特殊なものです、民家の近くに立地できませんし、乾燥した環境もノーグッドです、今回は既設の地下施設と波止場が利用できたのが、最大のメリットでした。」

「職員の地元採用を一時大量にされたようですが、工場稼働後一気に減らした理由は?」

「地元採用は施設の建設が主な目的でした、先ほども言いましたように製品が火薬・爆薬ですから、工場を稼働させるにも特殊な技術が必要です。一部の設備メンテナンスの要員を除いて、工場がほぼ完成した2年目に解雇させて頂きました。」

「電力会社から訊いたんですが、最初は受電の容量不足で変電設備の事故が多発した、その後電力が余るようになったようですが?」

「それは自前の発電設備が稼働し始めたからです、酸化・還元炉というのが2基動いていまして、そこから出る排熱を利用して発電しています。」

¥880のパスタ・ランチの前菜を、器用にフォークでまとめながら、急に思い立ったように、「―――何でしたら、明日工場をご案内しましょうか?」

「見学可能ですか?」

「指定した場所での撮影を、ご遠慮さえいただければ大歓迎です。私は同行できませんが、現地のスタッフに指示しておきます。」

「操業中に、ご迷惑じゃないですか?」

「工場は、この一週間在庫調整で休業中です、なにせ在庫がたまるのが一番危険ですから・・・・。」

 


「舟に乗るなんて何年ぶりかしら、潮風が爽やかで気持ちいい!毎日通勤で乗れるなんてうらやましいわ。」

化学工場への通勤ボートは、佐伯港から東へ、リアス海岸の絶景の中を航行します。ボートの白い航跡の上空を、ウミツバメの群れがどこまでも追いかけてきました。

「先輩にひとつ訊きたいんですけど・・・・。」

「なあに?笑ちゃん。」満足そうな眼が輝いています。

「部長はまだ分からないって言ってましたけど、パステルの走書きの意味、先輩もう分かってるんじゃないですか?」

「どうして・・・・。」

「だって、昨日ホテルに届いた先輩宛てのAmazonの商品、線量計って書いていましたよ。」

悪戯っぽく笑子の顔を覗き込んで、「―――あなたの分もあるわよ。」

クリップの付いたペンのような線量計を差し出しながら、「あの後ね、私の友人にメールを送ってみたの、すぐに返事が来たわ。UO2は二酸化ウランに決まっているだろ!何勉強してたんだ!―――って。」

YCは?」

「イエローケーキ!つまり、天然ウランの密輸船だったのよ、あの舟。」

「その、先輩の友達っていうのは?」

「高校の化学の先生!」

 

 

 

工場のある入り江にボートが到着し、ブルーの作業服を着たスタッフ2名が出迎えてくれました。

「早速ですが、静電防止用の作業服とヘルメットを準備していますので、事務所でお着替えください。」

入り江の奥に拡がる整備された平地に、充分に間隔を於いて建てられた工場建屋は、全て鉄骨の平屋建て、通常と異なるのは、建物ごとに軒の上まである大きな土塁に四方を囲まれていることです。

「頑丈なコンクリートの建物じゃないんですね?」

「事故があった場合、コンクリートじゃ被害が大きくなるんです、建物を犠牲にして、爆風を閉じ込めないような設計です。」

笑子が深く頷いて、納得しています。

 

「―――地下工場に入ります、これ以降のカメラ等撮影はご遠慮ください、足元が暗いですから充分お気を付けください。」

背の高いイケメンのガイドが先頭に立ち、もう一人が後ろに立って長い階段を下りていきます、天井の要所要所から大型の監視カメラが、威圧するように見下ろしています。

大きな鉄の扉を開くと、一気に視界が開け、高い天井の広大な空間が広がっていました。

巨大な魔法瓶のような円筒形のタンクが整然と並び、無数のパイプがタンクの間隙に犇めいています。

「爆薬や火薬は、基本的に燃料と酸化剤で構成されています、そのどちらにも不純物が存在すると、充分な出力が得られませんし、不安定で大変危険です。ここでは同時に10種類の原材料の不純物を取り除き、精製することが出来ます。」

「爆薬と、火薬の違いは?」

ヘルメットを片手で押さえながら玲子が尋ねます。

「燃焼速度の違いです、音速以下が火薬、以上が爆薬。」

 

広大な地下工場から一転して、直径8m程の円筒形の部屋に出ました。

壁の岩盤がむき出しで異様な雰囲気です、相変わらず天井には複数の監視カメラが見張っています、上部に複雑な装置があって、そこから降りてきた30本程の金属の棒が足元の床を貫いています。

「此処は旧海軍が掘った立坑の中です、ここのすぐ下に酸化・還元炉と称しています化学反応炉があって、自然界に酸化物として存在する様々な化合物・金属を、この炉を使って穏やかに還元しています。出力が大きく安全で精密に制御できる新しい製品を、ここで研究・開発しているわけです。」

「じゃあ、還元炉で充分じゃないですか、酸化・還元炉というのは?」

柄にもなく笑子が、専門的な質問をします。

「どんな反応も、酸化と還元が並行して起きています、話が専門的になりますが、要は電子の遣り取りなんです、酸化される物質が電子を放出し、還元される物質が電子を受け取って・・・・。」

「酸化される物質に何を使ってるんですか?」

「粉末の黒鉛です。」

「じゃ、いくら穏やかな反応でも熱が出ますよね。」

「はい、水を循環させて冷やしています。この上の階に蒸気タービンを使った発電機がありまして、工場で使う電気を賄っています。」

「海軍の立坑はここだけですか?佐伯市の資料によると3か所あったように書いていますが?」

「酸化・還元炉がもう一基このすぐ隣で稼働しています。残る一つの立坑は、更にその隣に、抗壁をコンクリートで補強して製品の爆破試験場に使用しています。」

 

―――その時でした!!

頭上で鈍い破裂音がしたかと思うと、突き上げるような振動と加圧された空気の衝撃が足元から襲ってきました、天井の装置が粉々になって落下し、真っ黒い粉塵であっという間に視界が奪われます、甲高い笑子の悲鳴に重なって、「チキショー!填められた!」というガイドの声が聞こえてきました。

 



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