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紀伊山脈から、四国山脈と続く列島南部の地殻のが、阿蘇カルデラのパンチ穴へと向けて、豊後水道からリアス式に上陸する、九州東海岸―――。

地域の中核大分市より、車で一時間半ほど南下した細長い半島の北部、北に開けた小さな漁村の駐在から、所轄の警察署に連絡があったのは、二日前のことでした。

集落の端の小さな入り江に、得体のしれぬ舟が漂着した。漆黒の木造船で近在の漁船とは明らかに違う、密航者が地域に潜伏している可能性があるとのこと。

応援要請を受け、最寄りの佐伯警察署から派遣された十数名の巡査に付随して、黒木玲子白河笑子の婦人刑事コンビに派遣命令が発令されたのには、大分県警本部に、幾分かの厄介払いの意識があったのかもしれません。

なにせこの二人、波風ないところにあえて大騒動を惹起せしめるのが、常のようで・・・・。

 

 

 

「なに!この匂い、臭くって息もできない。」

「磯の香りですよ黒木先輩、のどかでいい香りじゃないですか。」

県警のワゴンから地面に降り立ったなり、婦人刑事コンビの無遠慮な大声が、静かな入り江に響き渡ります。

前を行く中年女刑事は、長いストレートヘアーにパープルのスプリングコート、後を追うギャル刑事に至っては、タンディム庇の鹿撃帽とギンガムチェックのワンピース、鹿撃帽の左右には髪を縛った一対のリボンという出で立ち・・・・ワゴンの中からまとめ役の老刑事が、苦虫を噛み潰した表情で見つめています。

 

通報された漂着船は、既に住民たちの手で陸揚げされ、黒々とした巨体をコンクリートの岸壁に横たえていました。

全長約6m直径2m程の円筒形で、黒く塗装された木造の外装板が、大きく破損して内部の構造が現れています。

「舟というより、まるで潜水艦ね。」

「なにを載せてたんだろ、誰かが運び出した後なのかなあ。」

「ここから、海底に落下したのかもしれないですよね。」

破損した穴から頭を中に入れながら、白河笑子が呟きます。

 「お前ら何言ってる!密航者が乗ってたに決まってるだろ!」

振り返ると、さっきの老刑事が呆れ顔で立っていました。

「他の巡査たちは、密航者の捜査を開始したんだ、君たちは住民の聞き込みに廻ってくれ!」

「聞き込みって?」

「密航者の隠れそうな場所を聞き出してくれ、空き家とか、倉庫とか、誰もいない神社だとか・・・・。」

「―――お言葉ですが課長、これは人を乗せる舟とは違うと思います。」

「どうしてだ!黒木君」

「多分この舟は、内部に海水を充てんした状態で、水面下を比較的低速で推進させるのだと思います・・・・もっと専門的に、舟を検証して貰えませんか。」

「ついでに、これも調べてください・・・・外装板の内側に書かれていました。」

そう言って白河笑子が老刑事に見せたのは、デジタルカメラのモニターです。

そこには黄色いパステルの走書きで、不思議な英字の表記がありました。

―――UO2:YC―――

 


 「確かに、黒木刑事の言うように、水に浮かぶ舟ではないようです。」

大分県警本部3階の会議室―――。

幹部数名が、佐伯警察署と繋いだテレビ会議システムで、黒木玲子の要請で臨場した鑑識からの報告を受けています。

全長6.35m、直径1.98mの円筒形で、 外装は黒く塗装された木材(ヒバ材)が、長手方向に張られています。1m於きに厚さ5mmのステンレスベルトで円周方向に補強してあります。」

長い樽のような船体構造が、スクリーンに映し出されます。

「両端はドーム状に成形されたFRP製のカバーで覆われ、イルカのヒレのような方向舵が其々3か所、本体の軸に対し120度の間隔で突き出しています。また、本体の中央付近に、20m以上ある細い金属製のロッドが、先端に浮子をつけた状態で取り付けられ、GPSアンテナであることが確認されました。」

「FRPカバーの片方には、ドームの頂点に直径30cmの穴が開いておりステンレス製のパイプが口を開いています。同様な穴とパイプは、本体側面に2か所確認されました。」

「内部構造は、外装のステンレスベルトの位置にヒバ材で出来た円形の仕切り板があって、全体の強度を確保するとともに、内部空間を6つに区分けしています。外装板が大きく脱落した部分があって、内部の様子が映像で御覧になれるかと思います。」

「仮に、穴のあるFRPカバーの反対側を船首だとしますと、船首側の最初の区画にGPSと航行制御のシステム、次が燃料タンク、船尾側の2区画に燃料電池ウォータージェット式の推進装置がレイアウトされていました。」

「残る2区画には・・・・?」

「なにも入っていません、空でした。」

「―――人が乗っていたのか?」

 

 

 

「重要なのは、外装の木材に一切の防水処理が施されていないことです。」

「目地のコーキングもなければ、FRP防水コートも施工されていません。更に、空だった2区画には、大きなスライド式のハッチがあるんですが、水密パッキンのような防水措置も一切ありません。」

スクリーンには、本体の軸方向に沿ってハッチをスライドさせるシーンが、映し出されています。

「それで、結論としてどうなんだ?」

「これは人間を乗せる舟ではなく、内部に海水を満たして、水面下20m程のところを、機密裏に物を運ぶ潜航艇だと結論づけました。」

「20mとした理由は?」

「GPSアンテナの長さからです。日本近海で吃水が20mを越える大型船の航行は、マンモスタンカー以外滅多にないので、安全深度です。外装に木材を多用しているのは、アクティブソナー対策、燃料電池動力のウォータージェット推進は、パッシブソナーに備えたものだと考えます。」

「無人で航行できるのか?」

「GPSで設定された座標に、自立して航行が可能です。」

「航続距離は?」

「航行スピードにもよりますが、大体200海里(約370Km)程度だと思います。」

経済水域の外から侵入できるわけだ、今回の航行経路は分かったのか?」

「今GPS付属のストレージを専門機関で解析中です、多少時間がかかります。」

「外装板が脱落した理由が分かるか?推定でもいいが―――。」

「破損部分の木材に、三角形の歯が数枚付着していました、サメだと思います。」

「サメに襲われた海域の見当はつくか?」

「GPSストレージの解析が終われば、何か分かるかもしれませんが、正確な場所の特定は・・・・。ただ、燃料電池の燃料(灯油)が満タンでしたので、目的地に到達して燃料を補填された後なんだと思います。外装板が脱落した位置で制御システムからのラインも破断していますので、それ以降漂流した模様です。」

「―――了解した、ご苦労だった。」

 


スクリーンの映像が消え、遮光カーテンが開かれて、会議室に紅い夕陽が差し込んできました。

「―――どう思う?禁止薬物の新手の密輸だろうか?」

夕日に照らされて、県警幹部たちの硬直した顔が一層紅く輝きます。

「余りに手が込んでいます、潜水艦で密輸なんて聞いたことがありません。」

「経済水域の外側まで漁船かなんかで持ってきて、200海里を潜航させて、豊後水道の何処かで国内の仲間が回収するんだろうか?」

「サメに襲われる前に、積み荷を回収したんだろうか?」

「回収した後、舟をどうするんでしょう?アジトに持って帰るってわけに行かんでしょ。」

「燃料を満タンにして、沖合の仲間の漁船に向けて、来た道を返すんじゃないですか。」

「兎に角、GPSの解析結果を待つ他ないようだな・・・・。」

「それと、白河から提出のあった、舟の内側の走書きの件はどうなってる?」

「それも、鑑識に調べさせていますが・・・・どうも本体に掛かりきりで、手が廻らないようですね。みんなそれどころじゃないみたいで。」

「―――大体、黒木と白河は今何やってんだ?」

「佐伯市のホテルに泊まり込んで、現場近くの集落の聞き込みを続けているようです。」

「密航者がいないんなら、聞き込み続けても仕方ないだろ。」

「田舎の漁村にあの二人がいる間は、こちらに波風立たないと思いますので・・・・。」

「―――それもそうだ。」

 

 

 

「本部長のハゲ親父、厄介払い出来たってほくそ笑んでるんじゃない、今頃。」

「そうですね、刑事を2名も派遣して、佐伯の高級ホテルに期限未定で予約しても何も言ってこないし―――。」

「それよりあなた、昨夜は痛かったわよ少し・・・・。」

「ごめんなさい・・・・昨夜は新品おろしたてのだったから。じゃ次は、使いふるしたので・・・。」

「―――使いふるしって気になるわね。」

「ごめんなさい、先輩のことじゃないですよ・・・・そんなこと、とんでもないわ!」

顔を赤らめた白河笑子を愛しげに見ながら、髪を束ねたリボンの捩れを直してやります。

―――この二人、警察庁公認LGBTカップルです。

2年前に知り合い、ときめいて愛し合い、カップルとなりました。

時代の趨勢がLGBTを許容しようとしています。

お堅い行政機関であっても、それを排除することは許されず、特に現政権による政策指導もあって、既に千組を超えるカップルが、公的機関の公認を取得しています。

しかし、現実には強い向かい風もあって、県警への出向という厄介払いは、この二人に今でも課せられる現実でした。

「東京離れてもう2年ね、あなた帰りたいんじゃない?・・・・ごめんね。」

「大丈夫!先輩と一緒ですから。」

「昔はね、別々に出向させるのが普通だったのよ。特に男子のカップルの場合ひどかったの、北海道と九州とかね・・・・。」

「イジメですよね、悪意を感じるわ。」

「態のいいお仕置きよ!」

「地方に飛ばされても、こうしてあなたと仕事ができるなら私は満足よ、まだ充分じゃないけど・・・・いい時代になった。」

番匠川の水面が、夕日に染まる城山史跡を映しこみ、穏やかな時の流れの中で、二人は互いの息遣いを、肌で感じ取っていました。

 


「そりゃまあ、そうゆう風に訊きゃ、そう答えるじゃろうがのう・・・・。」

集落の南端、小高い丘の中腹に、地域の墓所菩提寺があります。

菩提寺の住職は、既に90半ばで、顔の下半分に白い髭を蓄えた好々爺です。

「そうなんです、皆さん誰に聞いても、昔は良かった、活気があったって―――。」

白河笑子がメモを取りながら、明るく答えます。

 漁師もよかった、百姓もよかった、土方 (どかた) も、医者も、教師も、坊主もよかった、そうゆうちょるじゃろうが・・・・。」

 

 

 

年代物の煙管に、刻み煙草を燻らせながら、住職が続けます。

「ピークは40年前じゃったのう、人の数が多て、町営住宅も足らんようなっちょって・・・・佐伯と合併前は鶴見町ちゅうとったんじゃが、町役場の連中も活発でのう、東京の芸能プロダクションに地元の歌謡曲つくらして、有名な演歌歌手に歌とうて貰ろうて、それなりヒットもしたもんじゃあが。」

「県知事の発案で、一村一品ゆうて、鶴見も海産物大いに宣伝して回ったんじゃあが、鳴かず飛ばずじゃったのう・・・・他の町村じゃあ、いい塩梅もあったにいのう。」

 「その内、気い付いたら年寄しかおらんようなって・・・・佐伯と合併すんで、経済圏拡がるじゃーいいよったけんどのう、益々人がおらんようなって、空き家が増えて、向こう三軒両隣、誰もおらんちゅう家も出てきてのう。」

「佐伯じゃスーパーに代わって、コンビニがぼちぼち増えとったが、こっちは昔からやっとる雑貨屋が、どんどんのうなってしもうてのう。」

「空き家対策に市が家主の間に入って、古い民家改装して、光ケーブル引き回してのう、外国企業のOA技術者に貸家で誘致してみたんじゃあが、あいつらコンビニがねえとダメちゅうけえ、市も一年で放り出しちょったわあ。」

「農業や、漁業じゃもうダメなんですか?」

「魚もみかんも、加工品は値段が輸入にかなわんじゃろうが・・・・後継者もおらんし、佐賀ん関みたごと高級品でやれりゃあいいけんどのう。」

障子を開け放った本堂の板の間に、長い参道の石段から吹き上げる昼下がりの潮風が、怠惰に弛緩した時間を運び上げてきます。

 

「岬の突端に旧海軍砲台の跡があっての、5年前外資系の化学メーカーが、そけえ工場造って進出してきたのが、最近の大きな話題ちゅうことになっちょる。」

「近在の土方が根こそぎ駆り出されて、大規模な建設工事に多少は潤ったもんじゃ。」

「何を作る工場なんですか?」

「産業用の火薬ちゅうとったのう―――。砲弾と装薬を保管しちょった海軍の地下施設、そんまんま使こうて、火が出たら一気に海水放り込めるきい、火薬作るにゃ都合がいいわけじゃ。廻りに民家もねえし、最初は火薬に反対しとった住民もおったが、背に腹は代えられん、少しでも雇用に寄与するんならちゅうことで―――ふたを開けたらガッカリじゃ。」

「どうしたんです?」

「この手の工場、いま殆ど無人じゃちゅうんじゃ。雇われたのはほんの一部の技術者だけでの、建設工事が終わったら、土方は皆お払い箱じゃった。」

「その工場の話、もっと詳しく訊きたいんですが・・・・。」

黒木玲子が身を乗り出します。

「―――じゃったら、電気技師で2年間働いちょった男が、寺の下に住んじょるけえ、後でわしから電話しとっちゃるわ。」

「夜にならんと帰らんがいいかのう?」

「勿論です、お願いします。」

  


「はい、確かに砲台跡の化学工場で、2年間働いていました。いえいえ出身は東京です、魚釣りが好きで、定年前に脱サラして此処に移り住みました。安定した収入先が無いものですから、あの工場の仕事は好都合でした。」

「―――どんな火薬を作っていたんですか?」

「車のエアバック用から、採石場の発破火薬まで様々ですねえ、砲台がある岬の下の入り江に、工場の建屋と事務所があったんですが、50人位が働いていました。火薬の製造は全てオートメーションでやってましたから、あの規模の工場としては、従業員は少ないと思います。」

「地元からの採用は、私を入れて20人でした。道路が無いものですから、会社が準備した通勤ボートで通っていました。」

「住職さんの話では、旧海軍の地下施設そのまま使っていたそうですが?」

「はい、入り江に波止場があって、海軍はそこから地下の弾薬庫に砲弾と装薬を運び入れていたようです、弾薬庫に何かあった場合ただちに海水を導入できる設計と聞いています。」

「地下弾薬庫から、岬の上の砲台まで3本の立坑が建ち上がっていまして、昔は大きなリフトが中にあって、砲弾と装薬を運び上げていたようです。」

「その弾薬庫と立坑の内2本に、かなりの規模の化学プラントが建設されていて、火薬製造の心臓部だと聞かされていました。全てオペレーションルームからの遠隔操作で、常時中に人はいません。電気設備の点検で、何回か中に入りましたが、異様な臭気とひどい湿気で、長く留まれたもんじゃありませんでした。」

 

「勤務していた2年間で何か変わったことは?」

「そうですね、工場が稼働して半年位は、受電容量不足で苦労しました。九電から高圧で受電しているんですが、変電設備がすぐにオーバーロードするんです、緊急にガスタービンの発電機を2台導入しましたが、それでも余裕はありませんでした。弾薬庫のプラントが相当電気を喰ってたようですね。」

「―――それが、半年後からピタッと容量不足が無くなって、逆に九電に売電もできる状態になりました。立坑のプラントの不具合が解消されて、全体の電気使用量が下がったと説明されましたが、私が見るところ使用量が下がったんじゃなくて、工場の何処かで大量に発電されてるようなんです。」

「工場の内部の写真か、何かありませんか?」

「私のいた工場建屋や事務所、波止場の写真はありますが、弾薬庫と立坑内部のプラントは撮影が禁止されていました、企業機密ゾーンなんだそうです―――。それが、私の同僚に不届きな奴がいましてね、オペレーションルームの電気設備の点検中に、工場の監視カメラのストレージが直接インターネットに接続されていることに気が付いたんです。ログインコードが工場長の指紋だったそうで、アクセスに苦労したらしいんですが、退職した後、プラント内部の映像だといってファイルを送ってきました。」

「見せて貰えませんか?」

「出所を伏せて頂ければ、データー差し上げます。」

 

地下監視No7)と見出しのある映像には、矩形の大きなコンクリートの部屋に、金属製の筒のような装置が一面に並び、複雑な配管が取り巻いています。

「この装置で、火薬の原材料の不純物を取り除くんだと、説明されました。」

立坑監視No3)とある映像には円形の立坑の床から、金属製の棒が無数に突き出て上部の巨大な装置に繋がっているようです。何れも監視カメラの調整が取れていないのか、画面が時々チラつきます。

「其処彼処に、黄色い粉末と黒い粉末の入った大きなボトルが大量に置いてありましたが、何に使うのか説明はありませんでした。」

「完成した製品ってどの様な物なんですか?」

「―――それが変なんですよ、てっきりダイナマイトのような筒型の代物だって思ってたら、サッカーボールのような球形の容器に固めて入れるんです。」

「それは、どうして?」

「火薬はどうしても不安定だから、一定量を厳密に区分けして頑丈な容器に収める、表面積が最も小さい球体が一番いいんだ、と説明されました。容器を組み立てる技術者も限られていまして、特に一番デリケートな部分は工場長(マネージャー)が一人でやっていました、その作業中は工場全体ピリピリしていましたね。」

 

 

 

話を訊き終り、ワゴンを停めた岸壁まで下りてくると、陽の落ちた海の対岸に、水際の灯りが一直線に拡がり、波間に反射して明滅を繰り返しています。

山から吹き降ろす乾いた夜風が爽やかで、思わず抱き寄せた笑子の唇に、玲子は優しく自分のそれを重ねました。

  



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