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 「さぁ、ジャンク、わたしは体を休めないといけない、いろいろな人が来るから力を奪われてしまうんだ。私は少し静養しなくてはならない。」そう言って、ノンノン様は布団を被った。

 

 ジャンクはノンノン様の家を出て、船に乗り込んで、町に出たころ、市場に入る入口の前に人が大勢行列を作っていた。ジャンクは炊き出しではないかと、列に並ばずに、様子を見るため、先頭に行ってみた。すると、手荷物検査をしている治安当局が人びとの列の原因だと分かった。治安当局の局員による検査は、かなり粗かった。バッグをひっくり返し、黄色い帽子を探して、無いと分かれば、そのトレーを左に寄せ、持ち主が自らバッグに中身を戻していた。検査台の上にバッグを乗せると、優しいひくい声で、「こんにちは。奥さま。申し訳ないですね」と声をかけるのが小林だった。後ろに手を回し、鳩が歩くように円を描いて歩いていた。行列の中には熱心な信者がいるらしく、「お声を聞かせてくださいまして、感無量です」と拝む者もいた。ジャンクは、行列からはみ出しているため、局員が身元を調べたいと言って、両脇に手を入れられ、つるされるようにして、護送車に放り込まれた。
 護送車の中は、オレンジ色のランプが頼りなく光り、周りは黒いカーテンで覆われているのかと思ったら、窓自体がなく、間隔を置いて縦に明り取りというべきか空気孔というべきか、切れ込みが入っていた。異臭がひどく、皆がどうも宿無しらしく、浮浪者を一斉に集めているらしい。ジャンクは、隣に座っている男に声をかけた。「これからどこへ行くんだろうか」「知らん、ただ噂じゃ、殺されるらしい、問答無用で」外で、ドイツ語のような感じに「シュタッツ」と叫ぶと、護送車のドアが曲がるほどの感じで引かれた。長いこと揺られていたら、異臭と空腹で吐きそうになった。左右に大きく揺れるところを見ると、町を出たのだな、とジャンクは想像した。ブレーキが軋んで止まった。すると、護送車から一人ずつ下ろされ、手錠と腰縄が施された。どこかのあばら家だろうか、倉庫だろうか、厩舎のようにもみえる建物の一階に全員が運ばれ、長い列を作った、丸椅子の上に皆は腰かけた。一人が上の階で呼ばれると、口の中にマウスピースを入れられ、引きづられて真鍮でできたノブ、厚い木の板でできたドアから一室の中に入った。もう一人は、ちょうど入口の前に待機をしていたが、泣き叫ぶ声が室内から漏れてくる。それとともにコンプレッサーの音も聞こえてくる。「次、次、ストップ」合計三名が室内に入った。室内には、処刑台が一つ大きなランプの下に置かれており、頭を剃りあげ、入れ墨を施した男が処刑台に浮浪者を座らせ、首を腕を回して押さえていると、同じ顔をした男が皮ベルトで固定をした。コンプレッサーは餌に飢えた獣のような声に聞こえる。浮浪者の両こめかみに、鈍く光る黒ずんだ銀色をした万力のような装置がかぶせられ、処刑台の下からは、銀色の蛇腹のケーブルが伸び、黄色い名刺入れほどのコントローラに白いボタンがついていて、それを押す前に固定具の具合を調べるように怒鳴っていた。「大丈夫です」と頭に入れ墨を入れた男が言った。すると、ボタンを押した。コンコンコンとコンプレッサーが圧を増す回転を続け、次に低い空気の破裂音がすると、浮浪者の両こめかみに金属の槌がめり込んで、白目を出し死亡した。頭蓋骨破壊装置だった。残りの二人に顔から血の気が失せた。
 やがてジャンクの番になると、手錠と腰縄が外された瞬間は、あの装置が自分の前で空になった後だと考え、次に男どもがジャンクを捕まえ、手錠と腰縄を外しにかかった時、ジャンクは、両膝を曲げたまま飛び上がると、両方の男の顎に音を立ててあたり、男たちはのけぞって、倒れこんだ、ジャンクは懐から黄色の帽子を素早く取り出すと、それを被り、地面に飛び込んだ。


 1階に出て、もう一度飛び込むとあとは口を大きく開けたり閉めたりして顎の痛みを消そうとする男どもと、ボタンを操作していた小林だけになった。


 私がシンくんと出会ったのは危ない町でのことだった。私はハローワークでさんざん待たされて、イライラしていたため、紹介状をもらい、自販機で「氷結」を買って、飲み干して、ポケットを探ると小銭しかなかった。電車賃くらいにしかならない。また母から借金をしなくてはならない。
 職安通りを歩いていると、人が倒れていた。髪を短く刈り込んだ男で、血だらけになっていた。声をかけた。返答があるため、死んでいないことが分かった。
 「警察に知らせようか」
 「ダメです、ママが怒ります」
 「でも、そのケガ、酷いよ、とりあえず病院に連れて行こうか」
 「病院もダメです」
 話していると、私の自宅に連れて行くことになった。信現と言う名前で、寺の後継ぎというより住職であることが分かった。なぜシンくんを運ぶことになったかといえば、金を持っていたからであった。
 自宅に着くと、私の母が出てきて、血だらけのシンくんを見て、誰なのか尋ねた。母はなぜ病院に行かないかと言うことも聞いたが、シンくんはママに怒られると言うだけであった。
 傷は恐らく4針は縫わなくてはならない切り傷で、あとは顔が腫れるような内出血があった。母は切り傷を見て、
 「ここは縫わないといけないわ」と言うと、
 「ママがひどく怒るんです」と言った。
 「ママに怒られるもなにも、…しょうがない、おばさんが縫うわ」
 シンくんが、そうしてください、と言うので母は、消毒エタノールをかけ、傷口を縫うことにした。私の母は以前洋裁に凝って雑誌をよく読んでいた。
 「いたっ」
 「母さん、そりゃ無理だよ、それって縫い針でしょ、外科が使うのは釣り針みたいなものでしょ」と私は言った。
 「昔テレビでラグビー選手がケガをしたとき、こうして縫っていたのを見たことがある」と母は言った。
 「いたっ」またシンくんが顔を歪めた。
 「うるっさいわね、病院に行けばいいのに、断るからよ」
 4針ですむところを7針くらい縫った。
 氷を入れたジップロックで顔を冷やすと、シンくんは小便に起きるとき以外は眠っていた。母が
  「動物はああやって自分でちゃんと治すのよ。それより、仕事はどうなったの?」
  「ああ、紹介状はもらったんだ。まず望み薄だね」
 三日後、シンくんはどうにか布団の上で起きていることができた。今日は面接日だ。私はシンくんと話をした。シンくんが次のような話をし出した。


 シンくんのママは教育熱心で、シンくんはあまり勉強が得意ではなかった。
 シンくんのママへの依存は大人になっても直らなかったし、大学受験のときにママは鬼のようになってシンくんを叩き上げ、合格させたが、シンくんは変調をきたし、薬物療法と精神科のカウンセリングで、現在なんとか住職として生活している。
 親として嫁が来ないとなると、あととりがいなくなり、寺を明渡すことになると考えたママは、お見合いをさせた。ところが、お見合い当日にシン君はもじもじしていると、ママが話し始めて、ちょっとした拍子に子供のことを話し出した。
ママの言うには、子供は必ず男の子で、シンくんのような性格で、寺のあととりとなってもらう。それから大学に行かないとだめ、それには、初夜にマジナイをかけるから、私は側にいます、こういうのもシンも年をとると精子の数は少なくなり、それだけ繁殖能力が落ちるためです、と言い、相手の父親は怒り出した。
 お見合いが駄目なって、友人からノーマン・ベイツみたいだ、といわれ、やけを起こしたシン君は、友人から止めておけといわれたのに、街頭で女を5000円で買って、ママに連れられ、泌尿器科に行った。すると、単なる尿道炎で、性病ではないことが分かり、ママはすごく安心して、すごく怒った。ところが、この出来事で、相手の女が、怖い人とつながりがあったため、シンくんをゆすろうと考えたらしく、怖い人が寺に来ることになった。ママは少しも動揺はしなかったものの、シンくんはベルの音、電話の音、車の音を聞くとびくびくして、薬の分量が多くなったが、それでも現実に起こっているわけで、治らず、シンくんはあるとき家出をした。2,3年ほどして、寺に戻ったシンくんは、見違えるほど精神的にも進歩した姿だったが、あるときママが、あなたは一度ママを捨てたのね、と、ことあるごとに言われ、再びなよなよした元のシンくんになってしまった。ママには逆らえないよ、と、こぼすことが多くなった。
 ママがそこまでシンくんを縛り付けるのは、ママの夫で、前の住職であったシンくんのパパが樹海で心中をしたためであった。相手が檀家であったために、ママはこっぴどく攻め立てられて、いまの寺に移ったときに、5歳のシンくんを間違いがないよう管理しだしたのであった。シンくんには罪がない、とんだとばっちりを受けたのだ。住職としてシンくんがボランティア活動をするときでも、ママは女の人に根回しをして、シンを誘惑したら、ただじゃおかないわよ、と脅かし、そうこうしているうちに、シンくんの所作が女のようなっていったため、オカマが寺にいる、オカマが寺にいる、という悪口が流れだし、シンくんはますます悩んだ。やけを起こしたシンくんは再び危ない町へ向って、けがをしたところを私と会ったのだという。話し終えたシンくんが、眠ると言うので、面接に向った。

 

 面接場所は新宿で、30分前に着いたため、バッグからi-podを取り出し、聞いていた。すると、一人の男が近づいてきて、
 「そんなイヤフォンをしていて、聞こえるんですか」と尋ねた。
 「時間を見ているんですよ」


 「あの、ここから徒歩で品川に行くにはどうしたらいいですか」と訊いてきた。
 どう考えたって新宿からは遠すぎるので、
 「電車で行ったほうがいいです、徒歩じゃ無理ですよ」と答えた。
 「お金がないんですよ、それより、ぼく日本人じゃないんですよ」
 「言葉たいへんでしょ」
 「三ヶ国語話します、中国語、英語、フランス語です」
 「すごいですね」
 「ヤ、ヤ、ヤ」盛んに「ヤ」と繰り返した。
 こういう人を私は嫌うし、薬物でもやってそうな目つきなので面接時間なので行かなくては、とガードレールから道路に出ると、自動車に跳ね飛ばされた。私は頭をフロントグラスにぶつけて意識を失った。
 意識が戻ると、母が傍らで本を読んでいた。
 「何の本を読んでるの」
 「赤い鬼」
 「知らないよ」
 「部屋に赤い金魚を見る男の話し。誰も信じてくれないの。」
 「誰が書いたの」
 「同級生、それより眠りなさいな」
 「今、何時」
 「3時よ、昼の」
 「こつこつ音しない?」
 「近くで工事してんのよ」
 長く深い眠りが訪れ、私は夢の世界の入口に吸い込まれた。

 

 私は紺碧の空の下に一面広がる赤い砂漠にいた。しばらく砂に足を奪われつつも歩いていくと、レールが見え、そこに古い都電がやってきた。都電に乗り込み、市場の雑踏の中を都電はゆっくり進んだ。人々は都電を迷惑そうによけ、走る都電から私は降りた。アナウンスで、この都電は事故になると伝えられたからだ。市場には赤い、青い、黄色い、薄いグリーンの魚が並べてあり、その店では見たことのない文字で書かれた紙がぶら下がっていた。恰幅のいい女が主人であった。見慣れない形のジャガイモ、トマトも売っていた。市場を歩いていると、オイルで汚れた垂れ幕の細い路地があり、覗いてみた。通信機があり、男がアラビア語で通信している。その垂れ幕が揺れ、その路地から女が出てきた。
 「ちょっと来て」そう女が言った。
 私は女とともに市場を歩いた。大きなスチール製のごみバケツを子供が抱えて横切った。
 「こっちよ」と女が言い、再び路地裏に入った。その路地にはアラビア語で書かれた古新聞が液体に濡れて敷き詰められていた。新聞を踏む音を立てながら路地を抜けると、
 「さっきの人はスパイなのよ」と女が言った。
 「ここはアラビアですか?」
 「違うわ、アフリカよ」


 どう見ても私の家の近所であった。石垣の上には白い網がムベに絡まれ、アケビのような実をつけていて、その外壁の中は上に向かって、三段に作られている庭である。小さいころこの庭によく入っておじいさんに怒られた。その最上段は日の光で薄ぼんやり輝く白い母屋になっていて、光を取り入れるサンルームが見える。ぼんやりしているのは庭で焚き火をしているためだ。その焚き火の煙のせいで庭に植えた樹木の上に鳩が巣を拵えているのだが、鳩はもう耐え切れず、飛び立っていた。ここが彼女は「アフリカ」だと言うのだ。
 「わたし、モグラの兵隊なの」女は言った。
 「なに?モグラの兵隊って?」
 「ああ、あのね、これ持っているはずよ」と女はいって、懐から黄色いキャップを出した。
 「これね、被ると地面に潜れるのよ、持っているはず。」
 ポケットから出すと寺から来た手紙で法話の案内だった。女が見せて、というので渡すと、
 「これ、シンゲンって読むのかな?」
 「あ、そうだよ、シンゲン、頼りないお坊さんだよ」
 私はさらに女に引きつられて、団地に入った。子供の背丈くらいの大人が5,6人車座になって花札をやっていた。
 「一言も声をかけないで」女が注意した。
 エレベーターに乗って、降りると、公園があり、その隣に2階建ての消防小屋が見えた。誰も住んでおらず、赤い三輪車がガラス戸の内側に見えた。
 「この建物誰も住んでいないのよ」と言って鍵をあけている。狭い階段を上がると、畳の部屋になっていた。埃っぽい臭いがした。昼の暖かな陽射しが窓から部屋を照らし、開け放たれた便所の白い便器が影を作って目に入った。
 「ちょっと来て」というので付いていくと風呂場に案内した。青い小さなタイルの風呂場で、ここも部屋と同じく陽射しで鈍く光っていた。時間が止まったかのようだった。女は風呂場の水道から洗面器に水を張った。
 「さっきの手紙くれる?」女に手渡すと、洗い場の排水溝に詰めた。
 「詰っちゃうよ」
 「大丈夫、溶けるから」と言って、洗面器の水を流した。手紙は渦を巻いて流されていった。
 「さてと、今度はトイレに来て」
 女がトイレのレバーを動かすと水が乾いた便器に流れた。タンクの裏を手探りで女が探っている。
 「あった…」黄色いキャップを引きずり出し、私の頭にかぶせた。
 「いま、潜っちゃダメよ」
 女が畳に寝っころがって、足先でテレビのスイッチを入れた。使われていないブラウン管に電気が流れる音がして、映像が浮かんだ。とても背の低いジェームス・ブラウンがバイクのゴリラに跨り、走り去る、ジーンズの宣伝であった。
 「これからワイドショーを見るけど、いいかしら?」
 「かまわないよ」
 しばらく見ていると、博愛協会の宣伝が始まった。内容は貧困問題に対して博愛協会は援助をしているということと、特別施設での教育に力を入れているということが長閑な音楽と自然風景を映し訴えている。



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