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 団地船は下流に向かって動いていたようで、船尾が見えるころには団地の非常階段が目に入り、もうユキには離れ離れになってしまうのだと悟った。
 私は再び長屋に入り込むと、井戸端には日本髪に割烹着姿の女が4,5人いて、無言で私を見ていた。まるでひどく責められているかのようだった。女一人探せない男と思われている気がした。

 再び合流したジャンクと私は街を走っていた。そこに合流した見ず知らずの男も並走した。高架歩道を三人は走っていた。
 「こいつさっきからいちいちうるせえんだよ」とジャンクはいって、ジャンクと私は男を縁に追い詰めると、その男が下に飛び降りた。頭蓋骨が割れ、透明の液が流れ出し、死んでしまった。しばらく見ていたが、ジャンクは
 「どうせたいした奴じゃないし」といった。
 ジャンクと私はよりスピードを上げ、息を切らして、地下鉄の入口で深呼吸をした。体中から汗が流れた。そこは地下鉄の終着駅で、田圃に囲まれ、土でてきたプラットホームにはけっこう人がいた。野菜を籠に入れ、背負い、もんぺをはいた農婦がいて、帽子を被った会社員もおり、学生たちもいた。お花畑の中を真っ赤な丸の内線がゆっくり入ってきた。私たちはその地下鉄に乗り、暖かな日を浴びてのんびり揺れていた。ジャンクはしきりに
 「あいつはたいした奴じゃないし」といった。私は答えようがなかった。

 警察はあの遺体を検死するだろうし、目撃者がいれば、私たちは捕まる。
 一回郊外に向け走り、所沢に着いて、引き返し、都心に向うけっこう不便な丸の内線だった。所沢での停車時間はかなり長く、乗客の数も減り、私たちは降りた。青い砂利の引き詰めた、何本もの線路が走る機関区のような駅だった。ジャンクと私は別れ、発車時刻には戻ろうということになった。
 一軒の大型書店に私は入った。地下3階で6階建ての古風な書店で、リニア化されていなかった。1階の写真集売り場で私は時間をつぶしていたが、死んでしまった男がとても気になった。緊縛された女の写真を見ていた。和服を着て、車椅子に乗って入店した女と向き合う形になった。急いで、写真集を本棚に戻そうとしても、本棚に隙間のないほど詰っていたため、その写真集がなかなか入らず、帯を引っかけ破れかけてしまった。どうにか戻すと、車椅子の女が後ろを通過した。陶器の写真集を取り出し、見ていると、車椅子の女がいつのまにか後ろにいた。
 「いい趣味でいらっしゃるのね」
 「とんでもないです、時間つぶしです」と私は答えた。
 「私も体が不自由になって、気づきましたの。人の命は大切。」
 とても気になって、書店を出た。ジャンクが駅の前でイライラして待っていた。
 「電車行っちゃったよ」ジャンクが言った。
 「あのさ、自首したほうがいいと思うんだ」私は提案した。
 「ああ、そう考えていたんだよ」ジャンクは少し疲れているみたいだ。

 

 私はどこか知らぬところを歩いていると、回廊が見えて、歩き続けていた。


 L型の回廊が現れた。手前の廊下を両足を切断された女が身をくねらせ、這っていた。その女が向かう場所はL型の回廊の縦に伸びる何段あるか分からない、瓦を重ねたような長い階段であった。女はその階段の上り口まで来ると、深いため息をついた。階段の上は回廊の屋根で見えなかった。
 階段へ私は女を乗せると、再び女は一段一段昇っていった。女に付き添うようにゆっくりと私は階段を上っていった。
 上りつめると、急に視界が理科の実験室のようなところに変化した。中央には歯科医院で見かける寝椅子が置かれ、それと一体になってついている台には様々な形をした金属の器具がどんよりした光沢を持って置かれていた。寝椅子自体は剣道の面のような形の金属が、体を固定させるように備え付けられていた。これは小林が使用する拷問装置だと分かった。
 その拷問台から離れた位置に黒板と教壇、それにピンクの学習机が見えた。それに向かい合うようにして、奥の壁際には小さなロッカーがあり、誰かが閉じ込められているようだった。そのため私はロッカーを開いた。中からシンゲンが出てきた。振り返ると、教壇の上に両手両足の切断された女が緊縄された状態で置かれていた。女は汗を顔に浮かべて、苦しみもがいていた。先ほどの回廊であった女とは違う女だった。顔は殴打され続けたようで、ひどく腫れていた。ここが小林の部屋であることは間違いなかった。
 回廊で会った女が入口から顔をのぞかせた。おそらく小林に、私が実験室に入り込んだことを告げ口したのだろう。回廊が騒がしくなった。手術用手袋が入口のドアを開けようとして目に入った。
 私は急いでキャップをかぶり、地面に潜った。
 実験室に小林が入った。告げ口をした、這う女が下から小林を窺って、「確かに見ました」というが、小林は大変不機嫌になり、地面を這って逃げる女をつかまえ、上に持ち上げ、床に叩きつけた。女は小便を漏らし失神してしまった。苛立ちのため息を小林がつくと、今度は教壇に乗せてある女の顔を何度も何度も殴りつけた。そしてそれが済むと、実験室から出て、妻を視姦しに妻の部屋に入っていった。実験室内に電話のベルが響いていた。

 

 一方ジャンクはその頃治安取締局に追われていた。黒く塗装された杉板で組み立てられた電車の中をジャンクは走り続けて、距離をとったときに車窓から電車のかまぼこ型の屋根に這い上がり、その不安定な列車の屋根をジャンプしたり、走ったりして逃げ続けるのだが、治安取締局の連中のほうが不安定な足元に慣れているらしく、すぐに距離が縮まってしまった。ジャンクが必死に逃げるだけ距離はますます縮まった。そしてジャンクの襟首を取締局の男がつかむと、ジャンクの体を数人の男が押さえつけた。一人はジャンクのコメカミに膝を押し付け首を固定し、もう一人はみぞおちに膝を押し付け、もう一人はジャンクが固定され動けなくなったのを見計らって、足首に結束チューブを巻きつけた。男たちは息を切らし、汗で濡れているジャンクとはちがい、風呂上りのような顔つきをし、皆仮面のように表情が消えていた。脳信号で連絡すると、何分もたたないうちに空中警察が動き続ける列車上空に現れた。

 取締局がジャンクの身柄を小林の教育施設に送るように空中警察に静かに告げた。猛禽類が野鼠をさらうようにして、ジャンクは運ばれていった。小林が詳細にジャンクを取り調べ、再教育を行うまでの段取りをした


取締局の連中は屋根から車窓に滑り込み、席に今のことをまったく意に返さないような顔つきで行儀よく腰掛けていた。列車はもうレールの上を走っていなかった。列車の先には竹林が迫っていた。その竹林に列車は突っ込み、横転し、腹を出したとき、列車から彼らは一人、一人出てきて、どこかに消えた。
 ジャンクが拷問台に固定された。
 回廊を小林が便所サンダルでゆっくり歩く音が近づいた。小林は入口に入るときに、ウェルパスで手を消毒して、ゴム手袋をはめ、握り拳を作ったり、指を組み合わせたりして、手に手袋をなじませた。
 ジャンクはすでに体が震えだし、顔には汗がたっぷり浮かび、首筋を濡らしていた。小林は教壇の上の肉の置物の具合を調べ、そして拷問台に固定されたジャンクに近づいた。ジャンクは目を閉じるが、瞼が震えた。
 「瞼の無い女っているのを知っているか?」小林は若干高めの声でジャンクに呼びかけた。ジャンクは首を振った。
 「あれはたいそうキツイらしい。夢を見ることができないそうだ。生まれつき目の見えないやつは夢を見ないそうだ。瞼の無いものはヒアルロン酸で常に目を保護しなくてはならない」
 小林はひとつの金属器具をつまみあげ、ジャンクに見るように言った。ジャンクは目を閉じたままだった。
 「目は心を忠実に表す器官のひとつだ。私は君が“感じている”のか知りたいのだ。君の心を見たいのだ」
 突然小林はジャンクを覆っている額を固定する金属製の固定具を持ち上げ、はずすと、何かにとりつかれたかのように、執拗にジャンクを殴り続けた。小林のバックハンドブローで、涙と、鼻血が出た。「おまえは人を教育することがどんなに大変かを知っているか?教育とは一種の洗脳なのだよ。私は生物の教師だ。生命の神秘を知るには生物などという学問の枠で括るのでは狭すぎる。生命というものはそんなに簡単に了解できるものではないのだよ。」
 ジャンクの顔はしばらくすると、夏に収穫し忘れた膨らんだナスのようになった。それを見た小林は再びジャンクを固定した。
 「私は教師だ。この世界の秩序を乱すものを再教育する役目を負っている。」

 もうジャンクの唇は腫れ、歯は折れ、しゃべることができず、口の中の出血のため、喉に血だまりができ、彼が唯一できることといえば、気管の本能的な反射運動で血のあぶくを口から出すことだけだった。
 「さ、瞼を取って、心を見よう」
 実験室は悲鳴すら上げられないジャンクを、小林が事務的な手際で処理しだした。床にサンダルが軋む音とジャンクがもがく固定具に体が当たる音しかしなかった。
 再教育の完了した小林は「のんびり和尚」を見るため、学習机に向かった。

 

 ノンノン様は家庭教師をしているらしいので、家庭教師を探していた。どうやら側溝に跨る細いコンクリートの枠を渡り向いの家に入ることらしい。家の門扉には錆びついた看板が掲げてあり、「英語塾 きめ細やかな指導を実践します」とあり、診療所の赤いランプが軒についていた。ガラス戸をあけると、すぐ階段だった。下駄があり、上に上っていった。狭い畳敷きの部屋にノンノン様がいた。
 「引っ越したのですか?」
 「ジャンクは濫用したね、危ないよ。どうやら捕まったようだよ。」

 「捕まったって、取り戻せるでしょうに。」

 「今回は無理よ」

 「前もそうだった、ユキの時もだ!今度はジャンクも諦めると言うのですか!」
 「掟。この世界の掟なのよ。夢の世界を破壊することはできない。小林の役割は夢の世界を維持すること。モグラの兵隊はその夢の世界を破壊しようと映る、奴らにはね、だから狙われるんだよ、あの子には、きちんと注意した、帽子を濫用するな、と。濫用したら、目をつけられる。あたりまえのこと。約束事。場面を変化させる働きがあの帽子にはある。潜ることはその光景からの脱出。でも、夢の世界からの脱出ではないの。いずれあの子は帽子を取られてしまう。ユキさんと同じくこの世界にいつづけることになる。もし、小林に殺されたとしたら、あの子はこの世界でもこの世界の外でも存在を失う。消失してしまうんだ。跡形もなく。」
 「ただ、手をこまねいて見ていろというんですか」
 「仕組みよ」
 「夢から覚めるにはどうしたら?」
 「あなたは何も知らない、あなたもこの世界に入り込みすぎたのよ。夢は不思議なもの、でも危険なの。夢から覚めないと人は死んだも同じ。」
 「夢から覚めるには!」
 「階層だって言ったでしょ。深く入り込みすぎたのよ、あなたは!夢が覚めるのは階層を何層も越えていくことになるでしょう。夢の中で夢を見て、その夢の中で夢を見る。夢が論理をもったらどうなる?それこそ夢の世界の破壊でしょ!モグラの兵隊がやってきたことはこの階層を何層も跨いだことなの!夢の番人は怒ることでしょう。人の共有地への侵略者。分かってちょうだい。」


第1部終了する。


この本の内容は以上です。


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