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たしかに支配人のいうように大型スーパーがあった。しかし、そのスーパーではタバコは取り扱っておらず、二階から渡り廊下を使って、市場に出られるらしい。ギシギシいう狭い階段を上がると、小さな蛍光灯でたいへん薄暗かった。その弱々しい蛍光灯の下には呉服を着たマネキンが転がっていたり、自転車の古くてサドルもないものが錆び付いて倒れていた。
 「渡り廊下は?」と私がいうと、隅に寝転んだ店員が指をさした。不透明なビニールで仕切られた奥へと入っていくと、トンネルのような場所に小さな店が詰って営業していた。
 パイプがショーケースの中に乱雑に重なって置かれ、とても高い値段だった。
 「紙巻タバコはありますか」と訊くと
 「うちは扱っていない」とそっけなく答えが帰ってきた。

 仕方なく、外へ抜けると、住宅街に出て、日本家屋でも古びた杉板が雨ざらしで、傷んだ家があった。その家の二階の一角が軒こそあるものの奇妙な具合に削られており、そこには薄汚れた麻袋で作った人形が、詰め込みすぎた衣装ケースのようにぎっしりと垂れ下がっていた。自動車の黒いファンベルトのようなものが人形の首に繋がり、上で吊るされている。この家には近づかないほうがいい気配が漂っていた。
 「止めときな、あすこだけは」と誰から聞いたのか知らない文句が頭に浮かんだ。
 自分の家に行くと、家の周りに近所の人が棒立ちに見学していた。二階の曇りガラスからユキの泣く声が聞こえたので、玄関に入った。すると、2階に続く階段にはひな壇のようにして、任侠が大勢で記念写真をとっているところだった。目つきは鋭く、顔も精悍であったが、皆一様に痩せていた。とても通れそうもないため、いったん外に出て、家の脇から裏庭に出ようとした。家の脇には大きな物置があって、二階のトイレを増築したため物置の上の空間は這って進む感じだ。クモが巣をいっぱい作っていた。夕焼けのオレンジ色の中、裏庭の木のシルエットが揺れていた。物置の上を這い、どうにか裏庭に出た。裏のサッシの前にユキの運動靴が置いてあった。このサッシは開けにくいため、網戸を引っかけてしまい、今では剥がれた選挙ポスターのように半分垂れている。梯子をとなりの裏庭から借りて、二階へ向け、立てかけた。まだ、ユキの泣き声がする。どうにか二階に行くと、スーツを着た会社員や学生服を着た男が4畳半の部屋にたくさんいて、机の下でユキが体を丸めて泣いていた。私はすごんで、
 「出て行くんだ!」と叫んだ。
 男たちは言葉を発せず、表情も変えず、階段を軋む音を立てながら下りていった。男たちが出払ってから、ユキに何をされたのか訊くのだが、何も答えが返ってこなかった。
 私が階段を恐る恐る降りようとすると、任侠の集団はなく、かといって振り返ると、見知らぬ街の坂の途中で、またしてもユキがいなくなってしまった。私はユキを探していた。
 

 雑貨店があった。中に入ると、コーヒーショップと処方薬局を兼ねた店であった。カウンターの奥に40歳くらいのエプロンをつけた女が一人で切り盛りをしており、カウンターの前には、大きな本棚が斜めにせり出していて、その本棚の周りを囲むようにして安っぽいソファーが置かれていた。店内には薬局の待合室のように処方箋を持った老人がいっぱいいた。ソファーが一ヶ所空いているので、私はそこに座り、コーヒーを注文した。カップに入れたコーヒーを受け取り、飲もうとすると老女が隣に腰掛け、カウンター奥の女と世間話を始めた。しばらくして話が萎むようにして、その老女は一人呟き始めた。「この処方箋、何も書いていないのよ」わたしが横から処方箋を見ると、


確かに何も記入されておらず、頼りなげな彼女の文字で薬の名前が鉛筆で書き足されていた。
 「先生に書いてもらったほうがいいんじゃないですか?」
 「でもね、…センセもお忙しいでしょうし」と言った。
 私はそのときコーヒーを半分以上飲んでいたが、この老女から便臭がするため、喉にコーヒーが通らなかった。それなのに私はカウンター奥の女にお代わりを注文した。女は無愛想にコーヒーを渡し、私は受け取ったが、店内の空気が埃っぽく、老女の臭いがいっそうひどくなったので、私は一口もつけずに、コーヒーをカウンターにおいて、店を出た。
 高架歩道はとても道幅が広く人は疎らで黒いアリのようだった。私は長いことユキを探して歩いていたが、疲れてしまい、高架歩道脇の螺旋階段が続く出口に向った。螺旋階段をゆっくり下りて、木戸を開けると、そこは病院であった。
 病院とはいえ、廊下がなく、各診察室を通らなくてはならない構造だった。私は小児科の診察室にいた。診察室の片隅では消毒器の蒸気がゆっくり立ち上っていた。硬い、分厚い木の机に医師がいて、カルテを書いていた。インク壷にペン先をつけて、静けさの中、ペン先の擦れる音しか聞こえなかった。看護婦がマスクをつけ立っていた。私はそこを通り抜けると結核病棟に通じていた。咳き込む音しか聞こえず、暗くてよく見えない。息を止め、ドアを抜けると、更衣室になっていた。私の背丈くらいの高さに白い、小さな角型のタイルで固められて湯船が3つL型に配置されていた。スポウツ選手は背丈が大きいため、このような湯船になったのだろうと推測したが、それにしても高すぎる。配管は天井に剥き出しになって、カルシュームの結晶を纏っていた。もうまもなくスポウツ選手が来るので、出なくてはならない。迷路のようになっているので湯船のタイルづたいに歩いていくと、便所に出た。腐った蛋白質の臭いが強烈で、便器はなく、中央に黒い排水溝への穴だけがあり、その周りには汚れたちり紙がくしゃくしゃになってたくさん積もっていた。どうにかシャワー室らしき所にドアがあることを発見し入ると、消化器科に通じていた。ズボン姿の看護婦がいた。黒い十字架がプリントされたヘルメットを被り、話し掛けてきた。
 「何か用ですか。消化器科ではありませんよ。精神科病棟です」と、とても早口で言った。
 困ったことになった。今度は出口がない。患者が私がポケットから取り出した黄色いキャップを取ろうとしてくるので、逃げ回った。看護婦らは口で注意するだけで、患者たちの動きを制止してくれない。部屋の隅まで走って、ようやく被り、地下に潜った。けっきょくユキのいる外科にはいけなかった。

 ジャンクは地上を歩いていた。大きな更地が階段状に、ちょうど棚田のように伸びているところを歩いて、私は伝えておいたユキの失踪をジャンクは手を貸すとのことで探してくれている。私は上空で、コックピットにいて、冷房が効いていた。海岸線を旋回し、地面に近づいたり、離れて列島が見えたりした。不安定な視界だった。ジャンクは「ここまで探したがいないよ」と言った。そして「ノンノン様なら分かるかもしれない」と付け加えた。
 「だれ?ノンノン様って。」
 「俺とユキさんなら知っている。肝心のユキさんがいない、村長なら知っている」
 「連れて行ってくれるか」
 「かまわない」
 脳信号は止まった。


 ジャンクと私はノンノン様に会いに行った。
 「あのやかましい子です、どこにいますか」
 「そうだね、迷ってしまったみたいだよ、それに帽子をなくしたらしい、なにせ入り組んでいるからね、交換機のようにして接触するにしても確率は低い。見つかりそうもないね」
 「どうにか探す手立ては」
 「この帽子と言うのは階層が変化するだけで、この世界から出ることではないんだよ。帽子がないとすると、この世界のどこかでずっといつづけることになるんだ。それがどこにいるか調べようがないんだ。ユキさんは恐らく見つからないでしょう、飲み込まれたんだよ、諦めなさい。気持ちはわかるけど。もし、帽子を濫用して探そうとすれば、危険だよ、特にジャンク、お前は気をつけたほうがいい」
 そう言われて、私とジャンクは別々にユキを探し始めた。
 
 私は何度も帽子を被った。自棄を起こしていた。前の病院に再び入ったり、ユキと歩いたバスターミナルにも出たし、村長の部屋にも出た。ただ一箇所だけ気になる空間があった。
 

 長屋があった。その長屋の入口には八百屋が借りていて、産みたての卵がボール紙に敷き詰めた籾殻の上に収まっていた。その先に井戸端があって、人影はなかった。ある一軒の家の屋根にはおそらくこつこつ集めたらしい植木が数多く置いてあり、物干し場は今にも崩れそうであったが、物干し竿に肌着が干してあった。またある家では戸口が開いており、室内は暗いのだが、裏から漏れる明かりで室内がうっすら見通せた。その薄暗い居間には空咳をする老人が寝たきりで放置されていた。
 長屋を抜けると広い河原に出た。長屋の軒が退いていき、巨大な団地が船の上に建っていた。十二階ほどの高さであったが、横幅は極端に長かった。豪華客船の優雅さはなく、どうも動く団地を目的に造船されたかのようで、寛ぐというよりも、その団地からの生活臭が感じ取れた。
 団地の一室には簾を垂らし外が明るいというのに、その一室を見ようとすると、簾越しに室内が見えるため、夜ではないかという錯覚が生じた。ステテコ姿の中年男性が足を伸ばして、崩れた姿勢のままビール瓶を傾けていた。またある一室では若くして脳に損傷を受けた息子の介護をするやつれた母親の姿も見えたし、ある一室では小さな子供が、兄弟げんかをして、一人が組み伏せていた。
 団地を載せた船の速度はとても遅く、進んでいるのか、停泊しているのかが分からなかった。
 私は長い間その船の一室一室を注意深く見ていたが、ユキはおそらくこの団地船の一室にいるのではないか、これになぜか確信を持っていた。しかしあまりにも数の多い部屋で、船を反対から見ればまたこちら側と同じ数の部屋があるのであり、注視するも根負けをし、すっかり疲れきってしまった。そしてあきらめた。もちろんこの目の疲れる注視することに労をいとわないことこそユキを心から真剣に探す気はあるのか?と問いかけられ、そして妙なことにユキへの愛情の度合いを測られているような気がした。結局は見つけることなど不可能なのだとおもい、しばらくぼんやりしていた。


 団地船は下流に向かって動いていたようで、船尾が見えるころには団地の非常階段が目に入り、もうユキには離れ離れになってしまうのだと悟った。
 私は再び長屋に入り込むと、井戸端には日本髪に割烹着姿の女が4,5人いて、無言で私を見ていた。まるでひどく責められているかのようだった。女一人探せない男と思われている気がした。

 再び合流したジャンクと私は街を走っていた。そこに合流した見ず知らずの男も並走した。高架歩道を三人は走っていた。
 「こいつさっきからいちいちうるせえんだよ」とジャンクはいって、ジャンクと私は男を縁に追い詰めると、その男が下に飛び降りた。頭蓋骨が割れ、透明の液が流れ出し、死んでしまった。しばらく見ていたが、ジャンクは
 「どうせたいした奴じゃないし」といった。
 ジャンクと私はよりスピードを上げ、息を切らして、地下鉄の入口で深呼吸をした。体中から汗が流れた。そこは地下鉄の終着駅で、田圃に囲まれ、土でてきたプラットホームにはけっこう人がいた。野菜を籠に入れ、背負い、もんぺをはいた農婦がいて、帽子を被った会社員もおり、学生たちもいた。お花畑の中を真っ赤な丸の内線がゆっくり入ってきた。私たちはその地下鉄に乗り、暖かな日を浴びてのんびり揺れていた。ジャンクはしきりに
 「あいつはたいした奴じゃないし」といった。私は答えようがなかった。

 警察はあの遺体を検死するだろうし、目撃者がいれば、私たちは捕まる。
 一回郊外に向け走り、所沢に着いて、引き返し、都心に向うけっこう不便な丸の内線だった。所沢での停車時間はかなり長く、乗客の数も減り、私たちは降りた。青い砂利の引き詰めた、何本もの線路が走る機関区のような駅だった。ジャンクと私は別れ、発車時刻には戻ろうということになった。
 一軒の大型書店に私は入った。地下3階で6階建ての古風な書店で、リニア化されていなかった。1階の写真集売り場で私は時間をつぶしていたが、死んでしまった男がとても気になった。緊縛された女の写真を見ていた。和服を着て、車椅子に乗って入店した女と向き合う形になった。急いで、写真集を本棚に戻そうとしても、本棚に隙間のないほど詰っていたため、その写真集がなかなか入らず、帯を引っかけ破れかけてしまった。どうにか戻すと、車椅子の女が後ろを通過した。陶器の写真集を取り出し、見ていると、車椅子の女がいつのまにか後ろにいた。
 「いい趣味でいらっしゃるのね」
 「とんでもないです、時間つぶしです」と私は答えた。
 「私も体が不自由になって、気づきましたの。人の命は大切。」
 とても気になって、書店を出た。ジャンクが駅の前でイライラして待っていた。
 「電車行っちゃったよ」ジャンクが言った。
 「あのさ、自首したほうがいいと思うんだ」私は提案した。
 「ああ、そう考えていたんだよ」ジャンクは少し疲れているみたいだ。

 

 私はどこか知らぬところを歩いていると、回廊が見えて、歩き続けていた。


 L型の回廊が現れた。手前の廊下を両足を切断された女が身をくねらせ、這っていた。その女が向かう場所はL型の回廊の縦に伸びる何段あるか分からない、瓦を重ねたような長い階段であった。女はその階段の上り口まで来ると、深いため息をついた。階段の上は回廊の屋根で見えなかった。
 階段へ私は女を乗せると、再び女は一段一段昇っていった。女に付き添うようにゆっくりと私は階段を上っていった。
 上りつめると、急に視界が理科の実験室のようなところに変化した。中央には歯科医院で見かける寝椅子が置かれ、それと一体になってついている台には様々な形をした金属の器具がどんよりした光沢を持って置かれていた。寝椅子自体は剣道の面のような形の金属が、体を固定させるように備え付けられていた。これは小林が使用する拷問装置だと分かった。
 その拷問台から離れた位置に黒板と教壇、それにピンクの学習机が見えた。それに向かい合うようにして、奥の壁際には小さなロッカーがあり、誰かが閉じ込められているようだった。そのため私はロッカーを開いた。中からシンゲンが出てきた。振り返ると、教壇の上に両手両足の切断された女が緊縄された状態で置かれていた。女は汗を顔に浮かべて、苦しみもがいていた。先ほどの回廊であった女とは違う女だった。顔は殴打され続けたようで、ひどく腫れていた。ここが小林の部屋であることは間違いなかった。
 回廊で会った女が入口から顔をのぞかせた。おそらく小林に、私が実験室に入り込んだことを告げ口したのだろう。回廊が騒がしくなった。手術用手袋が入口のドアを開けようとして目に入った。
 私は急いでキャップをかぶり、地面に潜った。
 実験室に小林が入った。告げ口をした、這う女が下から小林を窺って、「確かに見ました」というが、小林は大変不機嫌になり、地面を這って逃げる女をつかまえ、上に持ち上げ、床に叩きつけた。女は小便を漏らし失神してしまった。苛立ちのため息を小林がつくと、今度は教壇に乗せてある女の顔を何度も何度も殴りつけた。そしてそれが済むと、実験室から出て、妻を視姦しに妻の部屋に入っていった。実験室内に電話のベルが響いていた。

 

 一方ジャンクはその頃治安取締局に追われていた。黒く塗装された杉板で組み立てられた電車の中をジャンクは走り続けて、距離をとったときに車窓から電車のかまぼこ型の屋根に這い上がり、その不安定な列車の屋根をジャンプしたり、走ったりして逃げ続けるのだが、治安取締局の連中のほうが不安定な足元に慣れているらしく、すぐに距離が縮まってしまった。ジャンクが必死に逃げるだけ距離はますます縮まった。そしてジャンクの襟首を取締局の男がつかむと、ジャンクの体を数人の男が押さえつけた。一人はジャンクのコメカミに膝を押し付け首を固定し、もう一人はみぞおちに膝を押し付け、もう一人はジャンクが固定され動けなくなったのを見計らって、足首に結束チューブを巻きつけた。男たちは息を切らし、汗で濡れているジャンクとはちがい、風呂上りのような顔つきをし、皆仮面のように表情が消えていた。脳信号で連絡すると、何分もたたないうちに空中警察が動き続ける列車上空に現れた。

 取締局がジャンクの身柄を小林の教育施設に送るように空中警察に静かに告げた。猛禽類が野鼠をさらうようにして、ジャンクは運ばれていった。小林が詳細にジャンクを取り調べ、再教育を行うまでの段取りをした



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