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 料理を食べていても、鼻にその異臭が残っていて、料理自体の臭いみたいで気分が悪くなった。
 「たべないの?」
 「ああ、胃が変だ。よかったら、食べてくれるかい?」
 結局ユキは2皿のチャーハンと野菜炒めを食べた。料金を払い店を後にすると、
 「お腹すかないの?」
 「ああ、あの店員の脇が臭ったんで、げんなりだよ、女の腋臭は嫌いじゃない」
 「すけべ」
 路地を引き返し、リニアバスに乗るつもりだった。
 「ねぇ、この辺自殺が多いのかしら」
 「なんで」
 「地面、見て。チョークで何か書いてある。」
 「浮上ジャケットの墜落だよ、これ」
 「そうかしら」
 たしかに言われるとおり、チョークで文字や図形が書かれていた。
 バスターミナルに着くと、職員が、もうリニアバスは明日以降です、地上バスしかありません、という。仕方なく地上バスに乗ることにした。
 「私の叔父さんが、地上バスはホフクバスだって言っていたの。のろいし、故障が多いし、ガラクタだって言っていた」
 「ヘコキバスって言う人もいる、プスープスーって空気を年がら年中出すからだろうね、叔父さんっていくつくらいの人なの?」
 「もう死んだ。とにかく文句屋。褒めたことなんかないの。皆に嫌われていたわ。そんな叔父は死ぬまで文句ばっかり言っていた。テレビをつけると叔父のコメントが始まって、耳が遠くて大声だから、テレビが聞こえないくらいでしょ、それに長いし、叔父のコメントは聞かないと怒るから、みんな黙って聞いているの。疲れちゃう」
 「すごいね」
 「強烈よ」
 地上バスに揺られて、30分くらいすると、日が沈み、森の中を走っていた。バスに灯りが点いた。終点で降り、運転手が
 「この先は徒歩になるよ、双六みたいなものだよ」といった。
 そのとおりで、終点の先の道を歩くと、地面に大きく「スタート」とあり、その先に切り株のようなものが埋まっていた。私たちはジャンケンをして、一歩進んだり、振り出しに戻ったりした。そんなことをしていたので、すっかり遅くなってしまった。
 旅行案内業と肩書きを持つ女は事務所で書類や本をダンボールに詰め、積んでいった。女が私たちを見て、
 「ああ、滝が来るのよ、大水。一日一回は来るの、だから忙しくって」
 女の話ではこの集落はどこから来るか分からないが、大水がうねって流れてきて、飲み込んで、干上がるという。そのため、大事な物はダンボールに入れて積んでおかないと、下流に流されると言うのだ。建物は無事らしい。建物の中だけが流されるそうだ。
 「で、旅館を探していらしたご夫婦ね」と女が言った。「もう温泉街みたいなもので、ほらごらんなさい」といって、事務所の窓をさす。


すると、干上がった川の中に私たちはいて、川岸は丸石で石垣になって、樹木の緑が見下ろす、砂利を敷き詰めた小道が川の両岸を走っていた。蛍が出そうな雰囲気だった。
 「私たちの旅館は?」
 「あそこの、ほら提灯があるでしょ、そこ」
 砂利道をユキと私は歩いていった。振り返って集落を見ると、まだ窓の中にはダンボールを積み上げる女の姿が見え、さらに他のビルの窓にも同じ作業をしているせわしない人々が見えた。
 部屋の明かりを消してみると、窓の向いが宴会場で、人々の騒ぐ声が聞こえた。
 「御銚子や皿の音がするわ」
 「楽しいんだろうね」
 「ね、こっちに来ない?何の音かしら、コーっていっている」
 「大水だよ、気が散るかい?」
 「平気」
 翌朝、旅館を出て、再び集落を見ると、人々は今度はダンボールから荷物を出していた。
 ユキと二人で川岸の砂利道を歩いていると、
 「ね、柳ってさ、よく幽霊が出るでしょ」
 「ああ」
 「わたし、なってみる」
 そうユキが言うと、彼女が川岸から川へ飛び込んでしまった。私はおどろいて、川を覗き込むと何もなく、大きな岩や葦が生い茂っているだけで、水が干上がっていた。私は、叫んで、彼女の名前を呼び続けた。足の悪い少年が通り過ぎると、光景は一変した。どこかのベージュ色の建物が見えた。近づいてみると、
 「社員寮なんですよ」支配人が言った。
 なるほど互いのプライバシーを守るためか、建物は斜めに各部屋が設けられており、一つの部屋からベランダに出てみても、隣の住人と顔を合わすことがない。一つ一つの部屋を外から見ると、誰も住んでおらず、一ヶ所だけから煙が立ち昇っている。
 「バーベキューなんですよ」再び支配人が言う。三人ほど男がいて、網を囲んで、イカを焼いている。社員は無言で、表情は死んでいる。ただたまたま居合わせた、電車の乗客のようだった。何か聞こうにも気が引ける。一人が
 「もうじきだよ」と言った。2人が肯く。背後の生い茂った椎の木が風に揺れ、音を立てた。煙が大きく揺れた。
 「たいへんだよ」私の近所にいる子供がやってきた。
 「おじさんとこ、怖い人がいっぱいいるから、知らせて来いっていうから来たんだよ」
 「怖い人って?」
 「しらない、とにかく怖い人」
 支配人に、この辺にタバコ屋はありますか、と訊いた。すると、支配人は電車で一駅すると大きなスーパーがあるから、そこならあるだろうといった。
 駅に着いて、こげ茶色をした木製の電車が入ってきた。線路の衝撃を直接受けるため、ひどく揺れ、乗客はつり革を持って項垂れていた。多くの死体がぶら下がっているようだった。駅に到着して、さっそくタバコ屋を探し始めた。


たしかに支配人のいうように大型スーパーがあった。しかし、そのスーパーではタバコは取り扱っておらず、二階から渡り廊下を使って、市場に出られるらしい。ギシギシいう狭い階段を上がると、小さな蛍光灯でたいへん薄暗かった。その弱々しい蛍光灯の下には呉服を着たマネキンが転がっていたり、自転車の古くてサドルもないものが錆び付いて倒れていた。
 「渡り廊下は?」と私がいうと、隅に寝転んだ店員が指をさした。不透明なビニールで仕切られた奥へと入っていくと、トンネルのような場所に小さな店が詰って営業していた。
 パイプがショーケースの中に乱雑に重なって置かれ、とても高い値段だった。
 「紙巻タバコはありますか」と訊くと
 「うちは扱っていない」とそっけなく答えが帰ってきた。

 仕方なく、外へ抜けると、住宅街に出て、日本家屋でも古びた杉板が雨ざらしで、傷んだ家があった。その家の二階の一角が軒こそあるものの奇妙な具合に削られており、そこには薄汚れた麻袋で作った人形が、詰め込みすぎた衣装ケースのようにぎっしりと垂れ下がっていた。自動車の黒いファンベルトのようなものが人形の首に繋がり、上で吊るされている。この家には近づかないほうがいい気配が漂っていた。
 「止めときな、あすこだけは」と誰から聞いたのか知らない文句が頭に浮かんだ。
 自分の家に行くと、家の周りに近所の人が棒立ちに見学していた。二階の曇りガラスからユキの泣く声が聞こえたので、玄関に入った。すると、2階に続く階段にはひな壇のようにして、任侠が大勢で記念写真をとっているところだった。目つきは鋭く、顔も精悍であったが、皆一様に痩せていた。とても通れそうもないため、いったん外に出て、家の脇から裏庭に出ようとした。家の脇には大きな物置があって、二階のトイレを増築したため物置の上の空間は這って進む感じだ。クモが巣をいっぱい作っていた。夕焼けのオレンジ色の中、裏庭の木のシルエットが揺れていた。物置の上を這い、どうにか裏庭に出た。裏のサッシの前にユキの運動靴が置いてあった。このサッシは開けにくいため、網戸を引っかけてしまい、今では剥がれた選挙ポスターのように半分垂れている。梯子をとなりの裏庭から借りて、二階へ向け、立てかけた。まだ、ユキの泣き声がする。どうにか二階に行くと、スーツを着た会社員や学生服を着た男が4畳半の部屋にたくさんいて、机の下でユキが体を丸めて泣いていた。私はすごんで、
 「出て行くんだ!」と叫んだ。
 男たちは言葉を発せず、表情も変えず、階段を軋む音を立てながら下りていった。男たちが出払ってから、ユキに何をされたのか訊くのだが、何も答えが返ってこなかった。
 私が階段を恐る恐る降りようとすると、任侠の集団はなく、かといって振り返ると、見知らぬ街の坂の途中で、またしてもユキがいなくなってしまった。私はユキを探していた。
 

 雑貨店があった。中に入ると、コーヒーショップと処方薬局を兼ねた店であった。カウンターの奥に40歳くらいのエプロンをつけた女が一人で切り盛りをしており、カウンターの前には、大きな本棚が斜めにせり出していて、その本棚の周りを囲むようにして安っぽいソファーが置かれていた。店内には薬局の待合室のように処方箋を持った老人がいっぱいいた。ソファーが一ヶ所空いているので、私はそこに座り、コーヒーを注文した。カップに入れたコーヒーを受け取り、飲もうとすると老女が隣に腰掛け、カウンター奥の女と世間話を始めた。しばらくして話が萎むようにして、その老女は一人呟き始めた。「この処方箋、何も書いていないのよ」わたしが横から処方箋を見ると、


確かに何も記入されておらず、頼りなげな彼女の文字で薬の名前が鉛筆で書き足されていた。
 「先生に書いてもらったほうがいいんじゃないですか?」
 「でもね、…センセもお忙しいでしょうし」と言った。
 私はそのときコーヒーを半分以上飲んでいたが、この老女から便臭がするため、喉にコーヒーが通らなかった。それなのに私はカウンター奥の女にお代わりを注文した。女は無愛想にコーヒーを渡し、私は受け取ったが、店内の空気が埃っぽく、老女の臭いがいっそうひどくなったので、私は一口もつけずに、コーヒーをカウンターにおいて、店を出た。
 高架歩道はとても道幅が広く人は疎らで黒いアリのようだった。私は長いことユキを探して歩いていたが、疲れてしまい、高架歩道脇の螺旋階段が続く出口に向った。螺旋階段をゆっくり下りて、木戸を開けると、そこは病院であった。
 病院とはいえ、廊下がなく、各診察室を通らなくてはならない構造だった。私は小児科の診察室にいた。診察室の片隅では消毒器の蒸気がゆっくり立ち上っていた。硬い、分厚い木の机に医師がいて、カルテを書いていた。インク壷にペン先をつけて、静けさの中、ペン先の擦れる音しか聞こえなかった。看護婦がマスクをつけ立っていた。私はそこを通り抜けると結核病棟に通じていた。咳き込む音しか聞こえず、暗くてよく見えない。息を止め、ドアを抜けると、更衣室になっていた。私の背丈くらいの高さに白い、小さな角型のタイルで固められて湯船が3つL型に配置されていた。スポウツ選手は背丈が大きいため、このような湯船になったのだろうと推測したが、それにしても高すぎる。配管は天井に剥き出しになって、カルシュームの結晶を纏っていた。もうまもなくスポウツ選手が来るので、出なくてはならない。迷路のようになっているので湯船のタイルづたいに歩いていくと、便所に出た。腐った蛋白質の臭いが強烈で、便器はなく、中央に黒い排水溝への穴だけがあり、その周りには汚れたちり紙がくしゃくしゃになってたくさん積もっていた。どうにかシャワー室らしき所にドアがあることを発見し入ると、消化器科に通じていた。ズボン姿の看護婦がいた。黒い十字架がプリントされたヘルメットを被り、話し掛けてきた。
 「何か用ですか。消化器科ではありませんよ。精神科病棟です」と、とても早口で言った。
 困ったことになった。今度は出口がない。患者が私がポケットから取り出した黄色いキャップを取ろうとしてくるので、逃げ回った。看護婦らは口で注意するだけで、患者たちの動きを制止してくれない。部屋の隅まで走って、ようやく被り、地下に潜った。けっきょくユキのいる外科にはいけなかった。

 ジャンクは地上を歩いていた。大きな更地が階段状に、ちょうど棚田のように伸びているところを歩いて、私は伝えておいたユキの失踪をジャンクは手を貸すとのことで探してくれている。私は上空で、コックピットにいて、冷房が効いていた。海岸線を旋回し、地面に近づいたり、離れて列島が見えたりした。不安定な視界だった。ジャンクは「ここまで探したがいないよ」と言った。そして「ノンノン様なら分かるかもしれない」と付け加えた。
 「だれ?ノンノン様って。」
 「俺とユキさんなら知っている。肝心のユキさんがいない、村長なら知っている」
 「連れて行ってくれるか」
 「かまわない」
 脳信号は止まった。


 ジャンクと私はノンノン様に会いに行った。
 「あのやかましい子です、どこにいますか」
 「そうだね、迷ってしまったみたいだよ、それに帽子をなくしたらしい、なにせ入り組んでいるからね、交換機のようにして接触するにしても確率は低い。見つかりそうもないね」
 「どうにか探す手立ては」
 「この帽子と言うのは階層が変化するだけで、この世界から出ることではないんだよ。帽子がないとすると、この世界のどこかでずっといつづけることになるんだ。それがどこにいるか調べようがないんだ。ユキさんは恐らく見つからないでしょう、飲み込まれたんだよ、諦めなさい。気持ちはわかるけど。もし、帽子を濫用して探そうとすれば、危険だよ、特にジャンク、お前は気をつけたほうがいい」
 そう言われて、私とジャンクは別々にユキを探し始めた。
 
 私は何度も帽子を被った。自棄を起こしていた。前の病院に再び入ったり、ユキと歩いたバスターミナルにも出たし、村長の部屋にも出た。ただ一箇所だけ気になる空間があった。
 

 長屋があった。その長屋の入口には八百屋が借りていて、産みたての卵がボール紙に敷き詰めた籾殻の上に収まっていた。その先に井戸端があって、人影はなかった。ある一軒の家の屋根にはおそらくこつこつ集めたらしい植木が数多く置いてあり、物干し場は今にも崩れそうであったが、物干し竿に肌着が干してあった。またある家では戸口が開いており、室内は暗いのだが、裏から漏れる明かりで室内がうっすら見通せた。その薄暗い居間には空咳をする老人が寝たきりで放置されていた。
 長屋を抜けると広い河原に出た。長屋の軒が退いていき、巨大な団地が船の上に建っていた。十二階ほどの高さであったが、横幅は極端に長かった。豪華客船の優雅さはなく、どうも動く団地を目的に造船されたかのようで、寛ぐというよりも、その団地からの生活臭が感じ取れた。
 団地の一室には簾を垂らし外が明るいというのに、その一室を見ようとすると、簾越しに室内が見えるため、夜ではないかという錯覚が生じた。ステテコ姿の中年男性が足を伸ばして、崩れた姿勢のままビール瓶を傾けていた。またある一室では若くして脳に損傷を受けた息子の介護をするやつれた母親の姿も見えたし、ある一室では小さな子供が、兄弟げんかをして、一人が組み伏せていた。
 団地を載せた船の速度はとても遅く、進んでいるのか、停泊しているのかが分からなかった。
 私は長い間その船の一室一室を注意深く見ていたが、ユキはおそらくこの団地船の一室にいるのではないか、これになぜか確信を持っていた。しかしあまりにも数の多い部屋で、船を反対から見ればまたこちら側と同じ数の部屋があるのであり、注視するも根負けをし、すっかり疲れきってしまった。そしてあきらめた。もちろんこの目の疲れる注視することに労をいとわないことこそユキを心から真剣に探す気はあるのか?と問いかけられ、そして妙なことにユキへの愛情の度合いを測られているような気がした。結局は見つけることなど不可能なのだとおもい、しばらくぼんやりしていた。



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