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 女は村長を大きな声で呼んだ。村長が奥から出てきた。
 「沖縄から来ていた婆さんに頼むか…そうだ、昨年死んだんだ。えーっと、占い師ならねぇ、…もうだんだん数が減って、インチキが多くなってね、なにせこの技術進歩でしょ、ねぇ…えーっと、…近所にいるノンノン様にお願いしよう、占い師なんだけど、あんたの具合を見てくれるよ、おーい、ヨウ…、いや、彼女が案内する」そういうと追い出されてしまった。
 「ご案内します」といって、ジャンクは先ほどの世界平和のティーシャツの女に付いていった。
 「夏でいっぱい汗をかくでしょ、するとお水を飲むじゃない?ちょっと、ごめんなさいね、茂みに入るわ」
 「ええ、構いません、ここで待っています」
 女の小便の音だけが辺りに響いた。
 「来てもいいのよ」と茂みから声がした。
 「え?」
 「いらっしゃいよ」
 「あの、下血しているんですよ」
 「そうなんだ」女がジーンズを上げて茂みから出てきた。「もう少しで着くわよ」
 門前町のようなところに出た。明かりの少ない淋しいところだった。雷鳴のような音がした。空軍の飛行機だ。
 「今ごろ飛行機ですか」とジャンクは言った。
 「ええ、この辺はよく通るの、いまどきジェットエンジンなの、うるさいわ、村長ってスケベだから『怖いよ』といって抱きつくのよ」
 女がじっとジャンクを覗き込むようにして見つめた。
 「あなた独り者ね」
 「ええ」
 「いや、そうじゃなくて、孤児だったのね」
 「あ、そうですよ」
 「私もそうなの」

 「ノンノンさーん、信者さんをつれてきたのよー!開けて‐!」
 「信者じゃない」
 「いいから、耳が遠いの」といって、女が引き戸を乱暴に叩く。
 「壊れるじゃないか!やめてよ、もう!」
 引き戸が開いて、寝巻きを着た80くらいの老女が補聴器を調整しながら立っていた。
 「信者!信者!信者!」
 「うるさいのよ!あんたは!」とノンノン様は怒りながらガマグチから銀貨を渡した。
 「ありがと、じゃーね」といって、女が帰っていった。
 「あがんなさい」ジャンクはノンノン様からいわれると、中に入った。
 「今日は遅いから、泊っていきなさい」
 「悪いんですが、下着がすごく汚れていて、…」


 「そうか、そうだったね、風呂に入りなさい、夏でもこの辺りは草木が多いからけっこう冷える」
風呂に入っていると、
 「ここに下着を入れなさい」とノンノン様は言って、白い麻袋を置いた。ジャンクが風呂から出ると、その麻袋には大きく丸にかこまれた「念」という印が書いてあった。別室で鐘が鳴り、読経が始まった。ジャンクはそのまま布団に入って、眠った。
 次の朝ジャンクはノンノン様の自宅を出て、改めて家を見た。上空を浮上ジャケットを着た人が通過した。朝日は眩しく2階に赤い柄のついた厚手の冬布団が数多く干してあり、日光が布団でさえぎられ、ジャンクの顔に陰をつくった。1階の軒下には紙でできたショッキングピンクの自転車が置いてあった。乗れるのだろうかと触れてみると、案外頑丈なつくりであった。
 朝食は麦飯とタクアンと青菜のおすましだった。ノンノン様が、
 「ここでしばらく静養するといいでしょう」かしこまって座り麦飯を口の運ぶジャンクにいった。「こうしていろいろな人に接するだろ、すると“もらっちゃうん“だよ、だからそれと引きかえに体がぼろぼろになる。これも運命だと諦めている。それに近頃はツンボにもなってしまった。これは年のせいだろうね」
 ジャンクはまだ下血が続いていることを大声で言った。
 「いままでやってきたことのせいだよ、あまり体を粗末にしちゃいけない」ジャンクは自分が食べるために体を売っていたことだと気がついた。さらに、ノンノン様は
 「食べるためには労働することだ、ここから遠くないところでアルバイトを募集しているよ」
 「将来はどうなるんでしょうか」
 「そうやって手相を見ても役には立たないよ、何事も予兆というものがある、今日はなんだか気が引けると思って出かけると事故になったとか、これを渡しておきましょう」とノンノン様はいい、お香の匂いがする黄色い帽子を手渡した。「なに?という顔しているわね、これを被ると、地面に飛び込めるんだよ、脱出できる、このさきとても頭のおかしい男があなたの前に現れる、用心することだ。」
 「誰ですか?」
 「小林、そう、あの博愛協会の小林だよ、協会に入ることを一時期考えたね、だめだよ、あれはジョーカーだ、奴は頭がいかれている、人を殺しもしている、あなたのところに近寄る小林の象が見えたんだよ、とても優しい顔をしているが、私が見つめると、顔が溶け出して、そして腐った。死臭が強かった。たぶん殺された人びとの怨念だろう。博愛協会なんて嘘だよ。」
 「両親はどこにいますか?」
 「お父様は死んでいる。冥土にいるよ。この世界にはいない。お母様はいきていらっしゃるが、たぶんこの先会えないだろう。一人ぼっちとはいえ、仲間が近く現れるよ。もう古い殻を捨て去る時期だよジャンク。この帽子をけして乱用しないように。」
 しばらくすると、ジャンクの下血が治まった。ノンノン様の祈祷と食事のおかげだと考えた。


 「さぁ、ジャンク、わたしは体を休めないといけない、いろいろな人が来るから力を奪われてしまうんだ。私は少し静養しなくてはならない。」そう言って、ノンノン様は布団を被った。

 

 ジャンクはノンノン様の家を出て、船に乗り込んで、町に出たころ、市場に入る入口の前に人が大勢行列を作っていた。ジャンクは炊き出しではないかと、列に並ばずに、様子を見るため、先頭に行ってみた。すると、手荷物検査をしている治安当局が人びとの列の原因だと分かった。治安当局の局員による検査は、かなり粗かった。バッグをひっくり返し、黄色い帽子を探して、無いと分かれば、そのトレーを左に寄せ、持ち主が自らバッグに中身を戻していた。検査台の上にバッグを乗せると、優しいひくい声で、「こんにちは。奥さま。申し訳ないですね」と声をかけるのが小林だった。後ろに手を回し、鳩が歩くように円を描いて歩いていた。行列の中には熱心な信者がいるらしく、「お声を聞かせてくださいまして、感無量です」と拝む者もいた。ジャンクは、行列からはみ出しているため、局員が身元を調べたいと言って、両脇に手を入れられ、つるされるようにして、護送車に放り込まれた。
 護送車の中は、オレンジ色のランプが頼りなく光り、周りは黒いカーテンで覆われているのかと思ったら、窓自体がなく、間隔を置いて縦に明り取りというべきか空気孔というべきか、切れ込みが入っていた。異臭がひどく、皆がどうも宿無しらしく、浮浪者を一斉に集めているらしい。ジャンクは、隣に座っている男に声をかけた。「これからどこへ行くんだろうか」「知らん、ただ噂じゃ、殺されるらしい、問答無用で」外で、ドイツ語のような感じに「シュタッツ」と叫ぶと、護送車のドアが曲がるほどの感じで引かれた。長いこと揺られていたら、異臭と空腹で吐きそうになった。左右に大きく揺れるところを見ると、町を出たのだな、とジャンクは想像した。ブレーキが軋んで止まった。すると、護送車から一人ずつ下ろされ、手錠と腰縄が施された。どこかのあばら家だろうか、倉庫だろうか、厩舎のようにもみえる建物の一階に全員が運ばれ、長い列を作った、丸椅子の上に皆は腰かけた。一人が上の階で呼ばれると、口の中にマウスピースを入れられ、引きづられて真鍮でできたノブ、厚い木の板でできたドアから一室の中に入った。もう一人は、ちょうど入口の前に待機をしていたが、泣き叫ぶ声が室内から漏れてくる。それとともにコンプレッサーの音も聞こえてくる。「次、次、ストップ」合計三名が室内に入った。室内には、処刑台が一つ大きなランプの下に置かれており、頭を剃りあげ、入れ墨を施した男が処刑台に浮浪者を座らせ、首を腕を回して押さえていると、同じ顔をした男が皮ベルトで固定をした。コンプレッサーは餌に飢えた獣のような声に聞こえる。浮浪者の両こめかみに、鈍く光る黒ずんだ銀色をした万力のような装置がかぶせられ、処刑台の下からは、銀色の蛇腹のケーブルが伸び、黄色い名刺入れほどのコントローラに白いボタンがついていて、それを押す前に固定具の具合を調べるように怒鳴っていた。「大丈夫です」と頭に入れ墨を入れた男が言った。すると、ボタンを押した。コンコンコンとコンプレッサーが圧を増す回転を続け、次に低い空気の破裂音がすると、浮浪者の両こめかみに金属の槌がめり込んで、白目を出し死亡した。頭蓋骨破壊装置だった。残りの二人に顔から血の気が失せた。
 やがてジャンクの番になると、手錠と腰縄が外された瞬間は、あの装置が自分の前で空になった後だと考え、次に男どもがジャンクを捕まえ、手錠と腰縄を外しにかかった時、ジャンクは、両膝を曲げたまま飛び上がると、両方の男の顎に音を立ててあたり、男たちはのけぞって、倒れこんだ、ジャンクは懐から黄色の帽子を素早く取り出すと、それを被り、地面に飛び込んだ。


 1階に出て、もう一度飛び込むとあとは口を大きく開けたり閉めたりして顎の痛みを消そうとする男どもと、ボタンを操作していた小林だけになった。


 私がシンくんと出会ったのは危ない町でのことだった。私はハローワークでさんざん待たされて、イライラしていたため、紹介状をもらい、自販機で「氷結」を買って、飲み干して、ポケットを探ると小銭しかなかった。電車賃くらいにしかならない。また母から借金をしなくてはならない。
 職安通りを歩いていると、人が倒れていた。髪を短く刈り込んだ男で、血だらけになっていた。声をかけた。返答があるため、死んでいないことが分かった。
 「警察に知らせようか」
 「ダメです、ママが怒ります」
 「でも、そのケガ、酷いよ、とりあえず病院に連れて行こうか」
 「病院もダメです」
 話していると、私の自宅に連れて行くことになった。信現と言う名前で、寺の後継ぎというより住職であることが分かった。なぜシンくんを運ぶことになったかといえば、金を持っていたからであった。
 自宅に着くと、私の母が出てきて、血だらけのシンくんを見て、誰なのか尋ねた。母はなぜ病院に行かないかと言うことも聞いたが、シンくんはママに怒られると言うだけであった。
 傷は恐らく4針は縫わなくてはならない切り傷で、あとは顔が腫れるような内出血があった。母は切り傷を見て、
 「ここは縫わないといけないわ」と言うと、
 「ママがひどく怒るんです」と言った。
 「ママに怒られるもなにも、…しょうがない、おばさんが縫うわ」
 シンくんが、そうしてください、と言うので母は、消毒エタノールをかけ、傷口を縫うことにした。私の母は以前洋裁に凝って雑誌をよく読んでいた。
 「いたっ」
 「母さん、そりゃ無理だよ、それって縫い針でしょ、外科が使うのは釣り針みたいなものでしょ」と私は言った。
 「昔テレビでラグビー選手がケガをしたとき、こうして縫っていたのを見たことがある」と母は言った。
 「いたっ」またシンくんが顔を歪めた。
 「うるっさいわね、病院に行けばいいのに、断るからよ」
 4針ですむところを7針くらい縫った。
 氷を入れたジップロックで顔を冷やすと、シンくんは小便に起きるとき以外は眠っていた。母が
  「動物はああやって自分でちゃんと治すのよ。それより、仕事はどうなったの?」
  「ああ、紹介状はもらったんだ。まず望み薄だね」
 三日後、シンくんはどうにか布団の上で起きていることができた。今日は面接日だ。私はシンくんと話をした。シンくんが次のような話をし出した。


 シンくんのママは教育熱心で、シンくんはあまり勉強が得意ではなかった。
 シンくんのママへの依存は大人になっても直らなかったし、大学受験のときにママは鬼のようになってシンくんを叩き上げ、合格させたが、シンくんは変調をきたし、薬物療法と精神科のカウンセリングで、現在なんとか住職として生活している。
 親として嫁が来ないとなると、あととりがいなくなり、寺を明渡すことになると考えたママは、お見合いをさせた。ところが、お見合い当日にシン君はもじもじしていると、ママが話し始めて、ちょっとした拍子に子供のことを話し出した。
ママの言うには、子供は必ず男の子で、シンくんのような性格で、寺のあととりとなってもらう。それから大学に行かないとだめ、それには、初夜にマジナイをかけるから、私は側にいます、こういうのもシンも年をとると精子の数は少なくなり、それだけ繁殖能力が落ちるためです、と言い、相手の父親は怒り出した。
 お見合いが駄目なって、友人からノーマン・ベイツみたいだ、といわれ、やけを起こしたシン君は、友人から止めておけといわれたのに、街頭で女を5000円で買って、ママに連れられ、泌尿器科に行った。すると、単なる尿道炎で、性病ではないことが分かり、ママはすごく安心して、すごく怒った。ところが、この出来事で、相手の女が、怖い人とつながりがあったため、シンくんをゆすろうと考えたらしく、怖い人が寺に来ることになった。ママは少しも動揺はしなかったものの、シンくんはベルの音、電話の音、車の音を聞くとびくびくして、薬の分量が多くなったが、それでも現実に起こっているわけで、治らず、シンくんはあるとき家出をした。2,3年ほどして、寺に戻ったシンくんは、見違えるほど精神的にも進歩した姿だったが、あるときママが、あなたは一度ママを捨てたのね、と、ことあるごとに言われ、再びなよなよした元のシンくんになってしまった。ママには逆らえないよ、と、こぼすことが多くなった。
 ママがそこまでシンくんを縛り付けるのは、ママの夫で、前の住職であったシンくんのパパが樹海で心中をしたためであった。相手が檀家であったために、ママはこっぴどく攻め立てられて、いまの寺に移ったときに、5歳のシンくんを間違いがないよう管理しだしたのであった。シンくんには罪がない、とんだとばっちりを受けたのだ。住職としてシンくんがボランティア活動をするときでも、ママは女の人に根回しをして、シンを誘惑したら、ただじゃおかないわよ、と脅かし、そうこうしているうちに、シンくんの所作が女のようなっていったため、オカマが寺にいる、オカマが寺にいる、という悪口が流れだし、シンくんはますます悩んだ。やけを起こしたシンくんは再び危ない町へ向って、けがをしたところを私と会ったのだという。話し終えたシンくんが、眠ると言うので、面接に向った。

 

 面接場所は新宿で、30分前に着いたため、バッグからi-podを取り出し、聞いていた。すると、一人の男が近づいてきて、
 「そんなイヤフォンをしていて、聞こえるんですか」と尋ねた。
 「時間を見ているんですよ」



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