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  ステーションのお見送りスタッフとして、さいしょの勤務の夜がきた。

 開始時刻のめやすは夕方に連絡が入り、その十五分まえ集合という約束になっている。

 きょうさいごのお客さんを担当することになり、一時半開始ということで、俺は一時すぎにベッドを抜けだし居間のビューティフルチェアーに移る。ガウンを羽織って横たわろうとしたとき背後で物音がした。素裸にショーツだけ着けた緑が立っていた。

「起こしちゃったか」と、俺。

「ていうか寝れてねえ」と、緑。

 彼はキッチンに向かい、ボトルウォーターとグラスをもってくる。俺は体外離脱からもどると水を飲む習慣があって、彼はよく瞑想中の俺のそばにすきな銘柄のボトルを用意しておいてくれていた。

「サンキュー」と俺がいうと、緑はだまってうなずき、ソファーに横たわって毛布にくるまる。

「終わるまでここにいる」すすんと鼻を鳴らして彼はいった。

「すきなように」

 二階に三部屋もあって、ぜんぜん使っていないので、ひとつを瞑想室にしようと思ったことがある。ビューティフルチェアーしかないその部屋で瞑想を始めようとしたとき、緑がティーセットをはこんできて床におき、「茶、ここにあるから」とかなんとかぼそぼそと声をかけてきた。一階に帰るのかと思いきや、そのまますこし離れたところに座って仕事の書類らしきものをひろげて眺めている。「どうしてここにいるの」と訊いたら、「おれいないほうがいい?」と、すこしおびえた目をしていった。「楯が視界から消えるのがいやだ」ともいった。彼は部屋数のある広い家に住んでも、俺のいるところに来てしまうのだった。

 ならば、と、ビューティフルチェアーは居間にもどして、瞑想はそこですることにした。けっきょく一階しか使わないのでは……と、もったいない気持ちになっていたとき、未来東京からの客人たちに二階に泊まってもらえたことで、家にたいしてもうしわけが立った気がした。

 ステーションのフューチャークラシコ葬祭社ブースへ行くと、多織さんの弟のしん呉さんが、きょう見送られるおばあちゃんにつき添っていた。きょうも整髪剤できっちりなでつけている、しん呉さんの七三わけ。多織さんは濃いまつ毛の丸い目が伯母さん似、しん呉さんはたれ目が伯父さん似だ。

 彼は俺に気づいて手招き、おばあちゃんに紹介する。「ここからはこの荻原がご案内します」

「はじめまして、荻原楯です。よろしくお願いします」

「こんにちは、よろしくね」

 ころんと太ってまっかなほっぺたをした、可愛らしいおばあちゃんだった。丸い小さな鼻のうえには宝石にふちどられた赤い眼鏡。ふりふりの白いレースのドレスに、大きないちごの刺繍のあるピンクのカーディガン、いちごの花にふちどられた赤い帽子、みたらし色の三つ編みヘアー、いちごのマスコットがついた底のぶ厚い赤い靴。

「なんとお呼びしたらよいでしょう」

「いちごちゃんって呼んで」

「いちごちゃん」と、俺が呼ぶと、いちごちゃんは赤い頬をますます赤くして、「ありがとう! うれしい!」

「楯これ、呼び出しリスト」

 しん呉さんは胸の内ポケットからカードを取りだす。カフェエリアの一角をさし、「ご先祖のかたたちはもうあそこに」

「了解」

「ほんとに助かるよ、おまえがもどって来てくれて」

「こちらこそ。つぎからは兄さんたち来なくて大丈夫。ゆっくり休んで」

「ありがとう。あとは任せる」

 そういうと、しん呉さんはすうっとすがたを消した。

「いちごちゃん、こちらへ」

 俺はふりふりファッションの彼女を、カフェのご先祖さまたちに引きあわせる。ご先祖たちはそれぞれいろいろなところにすでに転生しているけど、彼女と会うためになつかしい容姿になって来てくれている。

「わーん、あたし死んじゃったよ~」と、いちごちゃんはけらけら笑って、いちごちゃんのお母さんとおぼしき女性に抱きついた。

「いちごちゃん、少しょうお時間をください。生きている人たちを呼び出してきます」

 俺はカウンターにもどり、カードにある呼び出しリストの人びとの意識に、かたっぱしから電話をかけるように接触していく。いま眠りの浅い状態でいる人ならたいてい反応を得られる。兄さんたちによれば俺は、この呼び出し作業が異様に速いらしい。いちごちゃんのお友だちは六名ほどだったので、ステーションでの体感時間一分ほどで全員の意識に触れ、釣りあげることができた。

 ステーションにあらわれた皆さんは全員就寝中だったとみえ、くったりとした部屋着やパジャマを着ていた。きゅうに空港のような真っ白な明るい空間に引っぱりだされて、目をしばたたかせている。

「やーだー皆ねまきなんか着ちゃって、あたしのさいごの見送りなんだから、一世一代のオシャレしてみせてよ!」

 いちごちゃんが駆けよってくるのを認めると、ご友人たちは見るまに同テイストのひらひら、ふりふりとしたキュートな装いに変身していった。いちごのほか、ケーキやキャンディ、猫やうさぎ、骸骨やユニコーンや天使といったモチーフのドレスを着こなしている。

 俺はカフェに着席した皆さんにパフェやケーキをはこび、死ぬーとかギャーとか女の子らしい甲高い声をあげて談笑しているいちごちゃんグループを、カウンターから眺める。

 やがてメンバーはお茶会に満足したのか、ひとり消え、ふたり消え、テーブルにはいちごちゃんだけが残った。

「おつかれさまでした」と、俺。

「あはは、ちょっとうるさくしちゃった? ごめんなさい!」と、いちごちゃん。

「ここではだれも気にしません」

「ホント? ならよかった。あー楽しかった、おいしかったあ」

「そろそろ行きましょうか」

「手をつないでいい?」

「よろこんで」

 俺といちごちゃんは手をつないで、ゲートに向かって歩きだす。

 いちごちゃんは、ステーション上階にある図書館――この宇宙の過去から未来にわたるすべてのできごとの記録が収められた図書館で、人類の装いの歴史について学び、もういちど地球に転生したいというプランをしっかりともっていた。

「この先は、あなたの本来のすがたにもどっていいんですよ」

「本来のすがた?」

「たいていの人は、自分がいちばん幸せだった時代のすがたになります」

 この人は晩年がもっとも楽しかったのではという気もしながら、いちおういってみる。予想どおりいちごちゃんは、「じゃああたしは、このままでいい!」と、明るく宣言した。ステーションでは心の輝きがそのまますがたにあらわれる。いまや彼女は可愛らしいファッションのうえに虹色の光をまとっていた。

「あたしね、若いころ、子どもがおおくて働きっぱなしで、自分の時間なんかまったくなかったの。やっと十年まえに仕事も終って、お友だちとお洋服買いにいったりファッションショーしたり、撮影旅行したり、いまがすっごく楽しいの――あれ? もう終わったことだから過去形ね。楽しかったの」

「そのようですね。ではそのままで。とても素敵ですよ」

「ありがとう! 楯さん、あなたもとってもステキ! 天使さまみたい。いちばんすきなお洋服着て、あなたみたいな見目麗しい青年にエスコートされるのずっと夢だった」

「光栄です。僕もあなたにお会いしたかった」

 目が熱くなるのを感じながら俺はいった。

 白くそびえるゲートにたどりつく。

 未知の世界に足をすくませる人もいるこの門で、思いきったように俺の手を離すと、フリルが層をなす裾をひるがえして、いちごちゃんは駆けぬけていった。

 俺は茫漠とした雲海に立ち、いちごちゃんの気配が淡くなって消えるまでを全身で感じていた。胸に手をあてる。一期一会の切なさにいつまでもしびれている。俺が見送ってきた人たちは、いまどこでどうしているだろう。まだ階層のどこかを歩いている人もいれば、地上に肉体を得て生まれ変わっている人も、ほかの星へ転生した人もいる。だれもが創造主である生命に用意された壮大な旅の中にいて、乗換駅のようなこの場所で俺はたくさんの人と一瞬だけのふれあいを重ねてきた。久しぶりにお見送りを担当して、自分はこの仕事がとてもすきだったことを思い出す。

 ブースにもどるとカウンターの脇に緑が立っていた。現実の彼はショーツ一丁で毛布にくるまっているけど、ここでは仕事によく着ていくグレーのスーツすがたで。

「来てたのみど」

「おつかれ。復帰ごの初仕事どうだった」

「おもしろかった」

「このあとは?」

「もう終わり」

 そう答えると彼はほっとした表情になり、「すこし歩かねえ?」

「いいよ」

 ならんで歩きだす。

「すぐ来られた?」と、俺。

「いや、久びさでちょっと緊張してたのか、なかなか」と、緑。

 訓練を受けていない一般人としては、彼はすじはいいほうなのだけど。なんせ、ステーションに行ったらあれもしたいこれもしたいと期待感が強すぎて、それがリラックスのさまたげになる。

「もういいや、こんやは行けなくてもしゃあないって寝落ちかけたころに、すうっと体がもちあがってこっちに来られた。あきらめたころに願いは叶うってよくいうけど、瞑想ってほんとそんな感じだな」

 お見送りエリアを離れ、見渡すかぎりなにもない真っ白な空間を歩く。

 

 

 


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奥付

ふたりは揺られ宙(後篇)

  

著者    雪舟えま emma YUKIFUNE

http://yukifuneemma.com/

装画    雪舟えま 「愛は軽い、蝉のように」 紙、ボールペン

発行日  2016年5月5日

発行所  たとる出版 電子書籍部

http://shop.tatorubooks.com/

 

 

 定価  300炎 


  

電子書籍プラットフォーム : ブクログのパブー(http://p.booklog.jp/)

運営会社:株式会社ブクログ


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最終更新日 : 2016-05-06 00:47:06

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販売価格300円(税込)

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