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「袮」

この字も、またまた「漢字源・第五版(学研)」では、「袮宜谷(ねぎたに)。鳥取の地名」とある。これも除外かと考えたが「ねぎ」を普通に変換すると「祢宜」と出る。ヘンが、衣ヘンではなく示ヘンなのだ。示ヘンの方は、比較的多くの地名で使用されており、「難読・異読地名辞典(東京堂出版)」を見ても、鳥取の地名は示ヘンの祢宜谷になっている。他にも色々調べたが、鳥取だけが衣ヘンであるという裏付けは取れなかった。グレーゾーンではあるが、除外するのは躊躇われる。余談だが、示ヘンの「祢」はカタカナのネの元になった漢字だそうである。

衣ヘンは、当然衣装関連。

ツクリの方は「爾」に異字体で、「目の前の相手である、あなた(なんじ)」とか「肯定(しかり)」とか「近い、身近」といった意味がある。つまりあなたの服であり、身近な服。夫婦でTシャツを共有してる感じだろうか?

と言う事で、きまわす。送り仮名は、す。

「袮す(きまわ・す)」

 

「閠」

門がまえは、通り抜けるための狭い空間の意味。門に一本棒を置くから閂(かんぬき)である。

玉は、きれいな石を三つつなげた形から作られた漢字である。転じて貴重なもの全般を意味するようになった。掌中の玉みたいな使い方である。貴重な物が門の中にある。

そう言えば、貴重な物を門外不出と言う。と言う事は、これはその門の中にある貴重品そのものを表したと考えていいのではないだろうか。

では、おたから、で。

「閠(おたから)」

 

「駲」

馬は、動物の馬から転じて乗り物関連(駅、駐車など)に多く使われる。

州は、水流で土砂が溜まって島のようになった所である。

乗り物で水と言えば船であろう。船が溜まっているのだから、船着き場だ。

「駲(ふなつきば)」

 

 

これで「挧」を除く11文字の読みと意味が決まった。あとは、この11文字を使って文章を書けば、見事成仏である。


幽霊文字成仏用小説

シャーロック・ホームズ余話

「学者の本棚」

 

「見たまえ、ワトスン君、あれが有名な墸(ふじさん)だ」

ホームズの言葉で目を醒ました私は、慌てて汽車の窓の外を見た。

午前中、東京から見た時は、残念ながら霞に隠れて見えなかった墸(ふじさん)が、横浜に向かうこの汽車からは、はっきりと見えた。

「やあ、噂に違わず美しい山だねえ。それは、そうと、もう、横浜かい?」

ホームズは懐中時計を取り出すと、

「ああ、あと10分ほどで到着だ。この国の人々は時間に正確だから、きっと定刻に着くに違いないよ。」

そう言って、懐中時計をパチりと閉じてポケットにしまった。その懐中時計は、さる公爵夫人のスキャンダルに関係する「妛(あげぞこ)靴の男事件」を解決したおり、公爵から送られたもので、総金張りで、たいした閠(おたから)だと思うのだが、ホームズは無造作に日常用に使っていた。彼には時計の外観より、機械の正確さが大事で、この時計は正確さにおいても一級品だったのだ。

「そうか。いや、こんな寒い時期では有名な椢(さくら)の花が見られなくて残念に思っていたが、冬の墸(ふじさん)は、素晴らしいねえ。これなら寒いのを我慢して来た甲斐があったよ」

私がそう言うと、ホームズは唇の端をちょっと上げて、皮肉そうな目つきで私を見た。

「ああ、もちろん事件の解決が最優先なのは分かっているさ。だが、神秘の国を少しは楽しんだっていいじゃないか」

そう、我々は日本政府の極秘の依頼により、この国有数の学者の変死事件に調査に来たのだ。今、この国は西欧の列強諸国に肩を並べようと必死にもがいている。今回の学者怪死事件にしても、過去のように、不可思議な出来事として放置してはならないのだ。徹底的に科学捜査が行われ、合理的な解決をしなければ、先進国の仲間入りはできない。ましてや、死んだのが有名な学者であれば、なおさら海外にも報道されるだろう。だからこそ、ホームズが極秘に呼ばれたのだ。

 

やがて、列車が横浜駅に到着した。ホームズは再び懐中時計を取り出し時刻を確認すると、それを私に見せた。定刻、彁(どんぴしゃ)だ。


「この国の時間に関する感覚は尊敬に値するねえ。遠からずイギリスなど追い越されてしまうかもしれないよ」

ホームズは上機嫌に言うと、改札口に向かった。私は、イギリスが追い越されるとしても1世紀も先の話だろうと思ったが、ホームズの上機嫌を損なうのはまずいと思い、黙って後に従った。

駅前には、通訳と地元の警察署長が、車の前で直立不動で待っていた。通訳はまだ少年のようだったが、美しい英語を使い、私は感心した。ホームズは通訳を介して、早速事件現場に案内してくれるように言った。

事件の詳細な報告書は、既に東京で政府高官から見せられていたので、道中、特に話す事も無く、私は窓の外をぼんやりながめながら、土産にKIMONOを買おうかと考えていた。この国の民族衣装は、実にエキゾチックな模様で、ぜひ何着か欲しいと思った。YUKATAはガウンとしてなら男女兼用になるので、妻と袮す(きまわ・す)事もできるだろう。

それにしても、ホームズは何故現場を見たがっているのだろう。報告書を見る限り、この国の警察はかなり詳細かつ正確に事件を記録していた。これまでのホームズであれば、椅子に座ったままでも解決できる類いの事件ではないのか?私がこれまで発表した事件は特別にホームズが変装したり罠をかけたりしなければならないほどの怪事件を選んだものであり、その背後には依頼者からの話を聞いただけで即座に解決してしまった事件が何倍もあるのだ。

ほどなく車は現場である学者の屋敷に到着した。屋敷は、私が想像していたエキゾチックな日本家屋ではなく、西洋建築の瀟洒な建物で、美しい海辺に面しており、変死事件などという壥しい(おどろおどろ・しい)出来事とは無縁に思えた。

 

学者が倒れていた部屋は、しかし異様だった。壁という壁、すべてが本棚で埋め尽くされているのだ。背表紙を見ると、日本語はもちろん、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語などをはじめ、アラビア語のようなものから、どこの文字かも分からないものまで、世界各国の本が並んでいるようだった。

もちろん学者であれば、当然と思うかも知れないが、窓さえも本棚がふさぎ、壁が見えるのはドアの上の部分だけというのは、やはりまともでは無い気がした。

 

学者は、この部屋の中央で仰向けに倒れていた。報告書によれば、死因は窒息死。だが、一切の外傷が見当たらない。首を絞められたわけでもない、口と鼻を無理矢理ふさがれたわけでもない、溺れたわけでもない。そして、死体の表情。窒息とはかなり苦しいはずなのに、なぜか微笑んでいたというのだ


ホームズは、ものすごい勢いで本棚に駆け寄ると本の背表紙を指差しながら、何かを探し始めた。やがて1冊の薄い雑誌を取り出すと、素早くページをめくり、あるページを見ると小さくうなった。そして満足げにうなずくと、本を元に戻し、今度はすべての本棚の背表紙をチェックしはじめた。膨大な量だったので、何時間かかるか分からないなと思い、私はいったん屋敷の外に出て、近くの駲(ふなつきば)などを、ぶらぶらと小一時間散策した。

戻ってみると、ホームズはまだ、本の背表紙を見ていた。

「やあ、ワトスン君。もう少しで終わるから、待ってくれたまえ。なあに、ちょっとした確認をしているだけだから」

「確認って、何をだね?」

「君もこの事件の報告書を読んだんだから、この学者が何を専門に研究していたか分かっているだろう?」

「ああ、ええと、何か動植物学者だったね」

「やれやれ、ワトスン君、相変わらず、君は目の前にある真実を、驚くほど見事に見逃すんだねえ」

ホームズは背表紙の調査を続けながら言った。

ホームズの皮肉には慣れっこなので、私はあっさり降参してみせた。

「すまない、専門用語で、よく分からなかったんだよ」

「この学者が主に研究していたのは、槞(ゴーヤ)蟐(クマムシ)だよ」

「えっ?何だって?」

私は聞き慣れない二つの単語に、思わず大きな声で聞き返した。

槞(ゴーヤ)蟐(クマムシ)さ。槞(ゴーヤ)はつる植物で、実は未熟なうちに採って食べるんだ。非常に苦いが健康には良いそうだよ。蟐(クマムシ)は1ミリ以下の微小生物だ。乾燥状態で飲まず食わずで数年放置しても、水分を与えると活動しだすという驚異の生き物さ」

まったくホームズの知識量ときたら、偏っているとはいえ底が知れない。

「うん、それで?」

「それで?」

ホームズは、しばらく黙った後、静かに立ち上がると、

 

「うん、この事件に関しては、君が真相にたどり着くのは難しいかも知れないね。まあ、あとは帰りの車の中で話そう。おい、通訳君、署長さんに事件は解決した。詳細はきちんと東京で政府の役人に言っておくから安心するように言ってくれたまえ」


そう言うと、さっさと部屋を出ていってしまった。残された警察署長は通訳の言葉を聞くと、慌ててホームズを追った。私も、後を追おうとすると、通訳の少年が話しかけて来た。

「あの人の言う事は、本当なんですか?本当にもう解決してしまったんですか?」

「ああ、彼がそう言うんだから間違いないよ。君も車の中で彼の話を聞くと良い。それにしても、君は素晴らしく上手に英語を使うねえ」

「ええ、いずれ海外に行きたいと思って勉強しているんです」

「そうか、偉いものだ。君のような若者がたくさん出てくれば、この国はあっと言う間にイギリスなんか追い越してしまうかも知れないねえ。ええと、君、名前は?」

「明智、明智小五郎と言います」

「そうか、明智君、がんばるんだよ」

私は、東洋の島国の少年を励ますと、いい気分で車に戻った。

「さあ、説明してもらおうか。何がどうなってるんだい?」

「うん、学者が槞(ゴーヤ)蟐(クマムシ)を研究していると言ったが、彼の蔵書をすべて見たが、殆どが蟐(クマムシ)のもので、槞(ゴーヤ)に関する文献は全体の1割にも満たなかった。ねえ、君、蟐(クマムシ)なんてものの研究は、そんなに多くはない。だが、あの蔵書の数。あそこには世界中の蟐(クマムシ)に関する文献が揃っていたと言っていい。東洋一、いや、あそこは世界一の蟐(クマムシ)図書館だったのだ。これは専門の研究者とはいえ、異常と言わざるをえない。もはや研究者と言うより偏愛者だ。偏愛はやがて同化に移行する。ある女優を愛するあまり自分が女優自身だと思い込む御婦人など、はいて捨てるほどいるだろう。かの学者先生は、自分が蟐(クマムシ)だと思い込んでしまったのさ」

「えっ?何だって?そんな馬鹿な。いや、そうだとして、何故窒息死なんか?」

「そこさ、今回調べたかったのは。君、蟐(クマムシ)が乾燥状態で飲まず食わずでも数年間平気だと話したろう。この生き物の驚くべき性質は、それだけではないんだ。なんと真空中で数日放置しても死なないのだよ。僕が探していたのは、その事を書いた論文だ」

「真空中でも死なないなんて、そんな生き物が本当にいるのかい?」

 

「ああ、事実さ。その論文は小さい科学雑誌に掲載された。僕が現場で見たかったのは、その雑誌がここにあるかどうかだったのさ。さすがにそれは報告書に書いてなかったからねえ。雑誌は、容易に見つかった。なにしろ、その論文を書いたのは僕なのだから。雑誌の背表紙も分かっていたからね。論文の所を開くと、何カ所もアンダーラインが引いてあったよ。そして論文の最後に赤い文字で『万歳!』と書いてあった。『万歳!』とは日本語の歓喜を意味する言葉だ」



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