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聞こえるは君の声

バイト初日。

意外にも人が多くてあたふたしていたけど
春川さんと森井さんのサポートもあって、私はなんとかその日を乗り越えることができた。

「お疲れ。大変だったでしょ?」
西山さんが、お客さんのいなくなったテーブル席でぐったりしていた私にコーヒーを持ってきてくれた。
「あ、すいません」
「その内きっと慣れるよ。わかんない事とか困ったことがあったら俺でもいいし、春や森井さんでも、誰でもいいからすぐ助け求めてね」
「はい、ありがとうございます」

「今日ちょっといつもより混んでたから大変やったな」
森井さんが言う。

「・・・・・・」

「あ、これな」
つい目視してしまった私に気づいて、森井さんが笑う。

コック服だった時、背中が変に盛り上がっていた森井さん。
だけどウエイターの時は、背中を盛り上がらせていたものを外に出していた。
盛り上がりのその原因は


小さな羽だった。


「あの、それは・・・」
「これ、作り物」
「作り物ですか?」
「そう。結構凝ってるやろ?
せやからホンマに羽生えてるように見えるんちゃうかなぁって、背中につけてみたんやけどさ。
俺アホやったから、ボンドべったりつけて、直接皮膚に貼り付けてもうてん」
「え・・・直接ですか?」
「そ。普通に考えたらボンドでつけるなんてアホな事するわけないねんけど、俺その時、出来のいい羽できて興奮してたから、ついね」
「それで、羽、取れなくなったんですか?」
「うん、そういう事」
森井さんがそう言って微笑んだ。
背中に生えたようにあるその小さな羽は、なんか本当の羽に見えてしまって。
私はなんだか、その言葉を素直には受け止め切れなかった。

でも、本人がそう言っているし、まさか本当の羽があるわけないから私は、私の中にあった違和感を押さえ込んだ。

そしてその時
ちらっと見た西山さんの、あの表情が気になって
忘れられなかった。


バイトを続けていく内にいろいろ気づいたことがあった。
その内の一つが森井さんの羽で、そしてもう一つが

西山さんの事。

西山さんはいつも元気があって、いつも笑っているイメージがある。すっごくプラス思考な人なんだと思う。
ただ、森井さんと羽の事で話している時に見た、あの西山さんの表情を見て一つ、思い出したことがあった。

私は、ここにバイトに入る前から、この喫茶店の前をよく通っていた。それで、たまに見ていた。
西山さんはこの喫茶「hideaway」の上のマンションに住んでいる。
それで夜、西山さんがそのマンションのベランダから空を見ながら

すごく悲しそうな顔をしているところを。

いつも明るくて、みんなには悩み事なんかないように見せているけど、実は何かすごく悩んでるんだと思う。

多分、あの顔は私だけしか知らない。

何があったんだろう。ずっとずっと悩んでいるなんてよっぽどのことだ。
あの表情を見て思い出した。あの時の顔は、私があの時に見た表情とよく似ていた。

 


夜10時過ぎ。
あの時もこんな時間だった。
友達と遊んだその帰り、喫茶店の前をたまたま通り過ぎた時に西山さんを見つけた。
友達と遊んだり、なんだかんだで遅くなった時に通ると、よく西山さんがいた。

ものすごくつらそうな、あの顔をして。

外は寒い。とりあえず着込んで喫茶店の所まで行く。
そして西山さんがいつもいたベランダがよく見える位置に行く。

喫茶店がある通りは、この時間帯になると車の行き来も少なくなる。静かな夜の道。私の心臓の音だけが響く。

いなかったら、すぐ帰ればいい。
街灯の明かりを頼りに、私はベランダを見た。


あ、

いた。


あの時と同じ顔で
あの時と同じように
ただじっと遠くの景色を見ている西山さんが。

あの、悲しそうな、つらそうな顔の原因を知りたい。

私はなぜか、強くそう思った。

 

 


この本の内容は以上です。


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