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到着

 カルカッタに比べるとデリーは少し近代的だ。ムンバイはもっと都会だというが、行ったことが無いからよくわからない。それにしても、この街は人が多い。おそらく東京よりも人口密度が高いのではないかと思う。なのに田舎だ。私の故郷の田舎町と同じで、田畑こそ見えないが、あまり高いビルも見えない。にもかかわらず、この喧騒は何なのだろう。よくぶつからないなと思うくらい、人が行き交い、その間をリクーシャがすり抜ける。なんとも奇妙なエネルギーが溢れている。
 ただ、それは街の半分の事で、もう半分は、西洋的なたたずまいであったりする。それが、元イギリスの植民地であったこの国の風景なのだろう。突然、空気と時間の流れが変わったりするのである。私は、そこの中心にある公園がお気に入りで、よく散歩に出掛けた。公園で寝転んでいると、妙な親父が近寄ってきて
「耳、グッドね。気持ち良いよ。」
と話しかけてくる。耳掃除を生業としている親父だ。

「うさんくさいな。」

と思って最初は断っていたのだが、試しにやってもらったらこれがすこぶる調子がいい。信じられないほど耳垢が出てきて、気持ちが良くて癖になってしまった。だから、探しはしないまでも、ここにくると、「耳掃除の親父来ないかな。」

なんて思いながら待っていたりする。それが、その日は、なかなか親父が現れず、

「もうそろそろ帰ろうかな。」

と思っていたところへ、学生らしきインド人が話しかけてきた。
 どこから来ただとか、他愛も無い話をしているうちに、うちの大学に遊びに来ないかという。その日は別段予定も立ててはいなかったし、

「いいよ。」

と二つ返事でその男についていった。

 大学というのはどこの国も一緒で、閑散としている。まあ、たまたま僕の行っていたのが、地方の国立だったからそうなのかもしれない。研究棟に入ると、少し薄気味の悪い薄暗い廊下を歩いていった。大学というのが、そんなもんだと思い込んでいなければ、よその国で警戒心も無く,見知らぬ彼についていくことは無かっただろう。ちょうど、デリーでの滞在も二週間が過ぎて、変に自信も出てきていたし、この国の香辛料の匂いに酔っていたのかもしれない。
 「どうぞ。」

彼が、ドアを開けると、それまでとは一転して、室内は明るかった。そして、入り口から何台ものコンピューターが並んでいる。数人の学生がコンピューターに向かって、難しい顔をしている。大体インド人は、日本人から見ると、皆、無表情で気難しそうに見える。

「君の国のマシンが多いでしょう。メードインジャパンベリーグーね。」

確かに、コンピューターはNECだとかSony だとか、日本のが多かった。
「あなたの国、お金持ちだからすぐ、物を捨てる。古いパソコンが、たくさん入ってくるから、僕たちはそれを安く使えます。おかげで技術がどんどん発達して、もうすぐ、日本を追い抜いてお金持ちの国にインドはなります。」
と彼は自慢げに言った。インドにコンピューターの技術者が多いのは知っていたが、大学でその予備軍たちは、すでにその技術を駆使してお金儲けをしているらしかった。まあ、そんなことは好きにしてくれればいい。彼は、日本人だと皆コンピューターができるように思っているらしかったが、残念ながら僕は、トランプゲームも出来ない程のコンピュータ音痴だった。
 「ところで、あなたは何時までこの国にいるのですか?」
と彼が訊いて来た。僕は、何時までいるかなんて考えていなかった。
「さあ。」
と僕が応えると、彼はいぶかしげな顔をした。どこの国にもいるが、「不法滞在者」というやつだと思われたのかもしれない。不法ではないが、あまりろくなもんでもない。日本で自殺でもしようかと思ったのだが、そんな勇気も無くてインドへやってきたのだから。知らない国にでも行けば、「行き倒れ」にでもなれはしないかと思ったのだが、もしそんなことになったら、面倒を見るほうは迷惑千万だろう。僕は、この国の人に迷惑をかけに来たには違いなかった。
「何か、気に障ることでも」
インドの青年が、珍しく心配そうな顔をして覗き込んでいた。「珍しく」というのは、インド人は皆、無表情で気難しそうだと思い込んでいたからそんな風に感じたのかもしれない。
「いや、別に、何か?」
「難しい顔をしたまま黙っていたから。」
僕が、考え事をし始めてから、結構時間が 経っていたらしい。
「まあ、また来るよ。残念だけど、僕はあまりコンピューターには興味が無いからね。」
青年は寂しそうな顔をした。また、インド人にそんな感情がある事を発見した。彼は、門のところまで送ってくれて、

「また会おう。」

と言って、電話番号や、住所をメモした紙をくれた。僕は、何も渡さずに

「じゃあ。」

とだけ言って、彼と別れた。彼はまた、寂しそうな顔をした。 


奥付



飛行


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著者 : つかさ すぐる
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