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美緒は、沢富が話し終えても、じっと頭を下げていた。おどおどした沢富は、周りを見渡した。周りのお客は、沢富を怪訝そうな眼でじっと見つめていた。「美緒さん、ちょ、ちょっと、頭を上げてください。美緒さん、早く」美緒は、ゆっくり頭を持ち上げた。美緒もあたりを見渡した。二人は、見つめられていた。美緒は、ハッとした。思いつめると、周りのことが見えなくなる悪い癖が出たと恥ずかしくなった。

 

 

 

顔を真っ赤にした美緒は、必死に謝った。「やっちゃった。バカバカ、ごめんなさい。ごめんなさい」沢富は、雰囲気を変えようと明るい声で話し始めた。「のどが渇いたでしょう。ジュース、もう一杯どうです?」この場から逃げ出したかった沢富は、さっと立ち上がり、カウンターに向かった。周りの人たちから、援助交際を迫っている中年のスケベな男と見られたのではないかと思うと、どっと脂汗が額からにじみ出た。ジュースとコーヒーをトレイで運んでくると、明るい声で、話しかけた。

 

 

 

「いい天気になりましたね。そうだ、ドライブでもどうです。ブルーのスズキハスラーを先月購入したんです。唐津のおいしい海鮮料理のお店を知っているんです。そこで、食事しましょう。あ、も~こんな時間だ、お腹空いたでしょう」美緒は、笑顔で返事した。「はい、お腹ペコペコ」沢富は、愛車のスズキハスラーの助手席に美緒を乗せ、アクセルを踏み込んだ。かわいいハスラーは、美緒の片思いをはぐくむかのように、二人を唐津方面に運んでいった。

 


 

抗がん剤の実験

 

 

 

2月28日()、主治医は、婦長のマンションのリビングで、ブランデーを片手にあの日のことを弁解していた。「君は、あの日の実験を医療ミスというのか。あの日の心臓実験は、医学上必要な実験だったんだ。君は、実験には、口を出さなくていい。看護師は、医者の指示に従って、補助をすればいいんだ。結果的に心停止になったが、それは実験結果であって、医療ミスじゃない。何度も言うようだが、医者の実験に、口を挟むのは、よしたまえ。今まで通り、僕の指示に従っていればいいんだ」

 

 

 

婦長は、光が差し込む窓から、博多湾に浮かぶ白いクルーズ船を眺めていた。「そんなつもりで、いったんじゃないの。予想外の実験結果だったもので、ちょっと、ぼやいただけよ。植物人間の性的反応と心臓の関係を調べるためだったのね。でも、急死したことがショックで、何か、今まで感じたことのないわだかまりができたのよ。実験だと割り切れない自分に腹立たしさを感じていたの。ごめんなさい」

 

 

 

主治医は、足を組換え、ブランデーを一口含み、ゆっくり喉に流し込んだ。「あの実験は、初めての試みだった。性的興奮には、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の五感が大きく作用し、さらに、大脳皮質の右脳におけるイメージ作用によって、興奮が増幅される。こん睡状態にある植物人間においては、視覚、味覚、イメージが作用しないため、嗅覚、聴覚、触覚の三つの感覚によって、どの程度の興奮が起きるかを実験したかったんだ。そこで、AV女優の音声、婦長の体臭、婦長の肌の刺激を与え、心電図の記録と心拍数のデータを取ったんだ」

 


 

婦長は、あの日の実験を鮮明に思い出していた。主治医は、録音されたAV女優のよがり声を被験者の耳元で聞かせ、自分は、被験者の顔にまたがり、ワレメからこぼれるヨダレを鼻孔にこすりつけ、その匂いをかがせた。そして、ペニスが徐々に勃起し始めると、自分は、被験者の右手をつかみあげ、ブラをはずしたバストに手のひらを押し当て、3分ほど、ゆっくりこすり続けた。

 

 

 

ペニスの勃起度が80パーセントほどになったとき、自分は、すばやく被験者の股間に割り込み、目一杯口を大きく開け、黒い亀頭を口の中に押し込んだ。舌先で、膨張した亀頭をゆっくり何度も嘗め回していると、さらに大きくなった黒い亀頭の先から、ビュッと精液が飛び出した。そして、口に含んだ精液をビーカーに吐き出した。視線を主治医に向けたとき、鋭い目つきの主治医が、心電図を確認していた。そのときだった、突然、鼓動を表す波形が直線に変わった。すばやく、主治医は心臓マッサージを行ったが、再度、鼓動は起きなかった。

 

 

 

「あの植物人間の人体実験は、医学の進歩に貢献したのね。あなにとっては、私とのセックスも人体実験だったのよね。もう、39になるわ。私を被験者にするのは、この辺でいいでしょ。これからは、ピチピチの若い看護師を被験者にすればいいわ。きっぱり、別れましょう」主治医は、予想しなかった別れ話を聞かされ、窓際の婦長にさっと目をやった。「おい、なにを言い出すんだ。約束は必ず守る。もうしばらくの辛抱だ」

 


 

婦長は、振り向くと、主治医にいやみを言った。「いつもの言い訳は、もういいわ。守る、守るって、いつまで待てばいいのよ。もう、10年も待っているのよ。女には、待てる限界があるの。男には、それが分からないんだわ。奥さんは、国会議員の娘でしょ。あなたは、奥さんと別れることができないのよ。もう、これ以上、待てないわ」主治医は、左手のブランデーグラスを置いて、すっと立ち上がった。「妻の死は近い。頼むから、もうしばらく待ってくれ。必ず、結婚する。信じてくれ、美佐子」

 

 

 

婦長は、顔を引きつらせ懇願する主治医にゆっくり近づき、震える唇に軽く右手の人差し指を押し当てた。「本当なの?奥さんの命は、いつまで?もう、これ以上は、無理よ」主治医は、婦長の耳元でつぶやいた。「あと1ヶ月だ。きわどい抗がん剤の実験をする。言ってる意味が、分かるだろ。もう少しの辛抱だ。愛している、美佐子」婦長に数々の弱みを握られている主治医は、婦長と結婚せざるを得なかった。二人の唇が静かに重なると、お互いの舌は、愛を確かめるように激しく絡み合った。

 


この本の内容は以上です。


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