閉じる


<<最初から読む

27 / 33ページ

 

「ちょ、ちょ、ちょっと、落ち着いて。早く、腰を下ろして、みんなが、こっちを向いてます。早く、早く」周りを見渡し、不思議な笑顔を振りまいた美緒は、ゆっくり腰を落とした。「マジにうれしかったんです。沢富さんに、気に入られて。もう、死んでもいいくらい」沢富は、美緒の喜びが理解できなかった。美緒を励ましたことぐらいで、こんなにも感謝されては、逆に恐縮してしまった。

 

 

 

額の冷や汗をぬぐいながら沢富は、話を続けた。「美緒さんの元気な顔を見られてうれしいです。とにかく、美緒さんが、幸せになることです。それこそ、お父様が望んでおられたことです。僕なんか、まだまだですね、美緒さんに、人生を教えられるとは」美緒は、沢富を見つめながら、クスクスと笑った。「沢富さんって、かわいいんですね。沢富さんのこと、ますます好きになりました。今後も、気楽に、付き合ってください。よろしくお願いします」美緒は、頭を下げた。

 

 

 

沢富は、またまた、理解に苦しむ美緒の態度に困惑した。「ちょっと、頭を上げてください。見られてますよ」美緒は、ひょいと頭を上げて、マジな顔で質問した。「ところで、沢富さん、付き合っている方、いますか?」美緒は、真剣な眼差しで、じっと沢富の顔を見つめ続けた。突然バケツの水をぶっ掛けられたように、驚きのあまり沢富の頭は、真っ白になった。いったい、こんなときに、なぜ、こんなことを聞くんだろうと、思った瞬間、心臓をキリで突き刺されたかのようにチクチクと痛みが走った。

 


 

「いや、まあ、いますが、それが?」美緒は、眉間にしわを寄せた。「その方と、お付き合いされて、長いんですか?近々、結婚なされる予定ですか?」真夏に大粒のひょうが突然降ってきたかのように、パニクッてしまった。「ちょっと付き合っているだけです。まだ、それほど深い関係ではありません」美緒は、ニコッと異様な笑顔を見せ、話を続けた。「沢富さんの好みに、とっても興味があるんです。その方は、どんな方ですか?」

 

 

 

沢富は、矢継ぎ早の質問にムカついたが、刑事として美緒にあれこれと尋問していた手前、美緒の質問に、答えざるを得なかった。沢富は、顔をしかめ、返事した。「まあ、どんな方って、職業は、タクシーの運転手をしています。明るくて、おしゃべりで、気さくな感じの人です」美緒は、眼球が飛び出さんばかりに大きく目を見開いて、顔を近づけ、質問を続けた。「美人ですか?胸は、大きいですか?」

 

 

 

さすがにこの質問には、ドン引きした。「まあ、美人ってほどでもないですが、かわいいって感じです。胸は、普通じゃないですか」背は低かったが、美緒は、若さとIカップのバストには、自信があった。「何歳でいらっしゃるのですか?」沢富は、女性刑事に尋問されているようで、ビビッてしまった。「は~~、確か、29歳だったような」美緒は、突然、ニコッと笑顔を作り、とどめの質問を突き刺した。

 


 

「沢富さんは、私のような女子は、どう思われますか?ズバッと答えてください」この話の流れは、止めようがないほど激しかった。話の流れを変えたとたん、パンチが飛んでくるのではないかと思えるほど、美緒の表情は、気迫に満ちていた。「はい、すごく、ポジティブで、明るくて、かわいいですね。僕が、高校生だったら、ファンになってるんじゃないかな~」

 

 

 

話をしている間に、美緒の表情が、急に、大人びてきたように思えた。もはや、刑事と事件当事者の関係ではなく、出会い系サイトで知り合った男女のお見合いのようになっていた。美緒は、フッと色気を感じさせる吐息を漏らした。「よかった。ぜひ、私と付き合ってください。今の彼女とも、今まで通りお付き合いされてかまいません。お願いします」美緒は、頭を下げた。

 

 

 

沢富は、感電したようにピョンと腰が跳ね上がった。頭の中の思考回路がバチバチっとショートして、気絶しそうになった。口を尖らせた沢富は、救いを求めるような表情で、頭を下げ続けている美緒に訴えかけた。「ちょっと、美緒さん。なにを言っているんですか。僕は、刑事です。今言ったように、彼女もいます。女子高生の美緒さんとは、付き合えるはずがないでしょ。困ります、そんな冗談は、やめてください」

 

 

 


 

美緒は、沢富が話し終えても、じっと頭を下げていた。おどおどした沢富は、周りを見渡した。周りのお客は、沢富を怪訝そうな眼でじっと見つめていた。「美緒さん、ちょ、ちょっと、頭を上げてください。美緒さん、早く」美緒は、ゆっくり頭を持ち上げた。美緒もあたりを見渡した。二人は、見つめられていた。美緒は、ハッとした。思いつめると、周りのことが見えなくなる悪い癖が出たと恥ずかしくなった。

 

 

 

顔を真っ赤にした美緒は、必死に謝った。「やっちゃった。バカバカ、ごめんなさい。ごめんなさい」沢富は、雰囲気を変えようと明るい声で話し始めた。「のどが渇いたでしょう。ジュース、もう一杯どうです?」この場から逃げ出したかった沢富は、さっと立ち上がり、カウンターに向かった。周りの人たちから、援助交際を迫っている中年のスケベな男と見られたのではないかと思うと、どっと脂汗が額からにじみ出た。ジュースとコーヒーをトレイで運んでくると、明るい声で、話しかけた。

 

 

 

「いい天気になりましたね。そうだ、ドライブでもどうです。ブルーのスズキハスラーを先月購入したんです。唐津のおいしい海鮮料理のお店を知っているんです。そこで、食事しましょう。あ、も~こんな時間だ、お腹空いたでしょう」美緒は、笑顔で返事した。「はい、お腹ペコペコ」沢富は、愛車のスズキハスラーの助手席に美緒を乗せ、アクセルを踏み込んだ。かわいいハスラーは、美緒の片思いをはぐくむかのように、二人を唐津方面に運んでいった。

 


 

抗がん剤の実験

 

 

 

2月28日()、主治医は、婦長のマンションのリビングで、ブランデーを片手にあの日のことを弁解していた。「君は、あの日の実験を医療ミスというのか。あの日の心臓実験は、医学上必要な実験だったんだ。君は、実験には、口を出さなくていい。看護師は、医者の指示に従って、補助をすればいいんだ。結果的に心停止になったが、それは実験結果であって、医療ミスじゃない。何度も言うようだが、医者の実験に、口を挟むのは、よしたまえ。今まで通り、僕の指示に従っていればいいんだ」

 

 

 

婦長は、光が差し込む窓から、博多湾に浮かぶ白いクルーズ船を眺めていた。「そんなつもりで、いったんじゃないの。予想外の実験結果だったもので、ちょっと、ぼやいただけよ。植物人間の性的反応と心臓の関係を調べるためだったのね。でも、急死したことがショックで、何か、今まで感じたことのないわだかまりができたのよ。実験だと割り切れない自分に腹立たしさを感じていたの。ごめんなさい」

 

 

 

主治医は、足を組換え、ブランデーを一口含み、ゆっくり喉に流し込んだ。「あの実験は、初めての試みだった。性的興奮には、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚の五感が大きく作用し、さらに、大脳皮質の右脳におけるイメージ作用によって、興奮が増幅される。こん睡状態にある植物人間においては、視覚、味覚、イメージが作用しないため、嗅覚、聴覚、触覚の三つの感覚によって、どの程度の興奮が起きるかを実験したかったんだ。そこで、AV女優の音声、婦長の体臭、婦長の肌の刺激を与え、心電図の記録と心拍数のデータを取ったんだ」

 



読者登録

サーファーヒカルさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について