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席に戻った刑事は、ちょっと間を置いて、話しかけた。「突然のことで、困惑されたでしょう。婦長に聞いたんですが、お父さんの病状は、安定してらっしゃったみたいです。それなのに。なんか、僕が行ったためにあんなことになったんじゃないかと思って、申し訳ないです。ごめんなさい」刑事は、できる限り下手に出て、刑事への警戒心を解くことにした。

 

 

 

 美緒は、刑事のへりくだった態度に面食ってしまった。「そんな~、刑事さんのせいじゃありません。父は、病気で亡くなったんです。心臓が弱っているって、先生がおっしゃっていました。刑事さん、そんなに気にしないでください」刑事は、さらにへりくだった態度で話し始めた。「そういっていただくと、気が楽になります。でも、本当に、病死であれば、問題なにのですが、ちょっと、気になる点があるもので」

 

 

 

 美緒は、刑事が言わんとすることがまったく分からなかった。単なる病死に過ぎないのに刑事が気になると言うことは、父に何か隠されたことがあるのではないかと勘ぐった。「父は、心不全による病死じゃないんですか?刑事さん」刑事は、ちょっと間をおいて話し始めた。「いや、病死には、間違いないはずです。主治医も、はっきりと心不全による心停止と言っています。ただ、美緒さんが第一発見者ですから、もし、よければ、その日のことを、できるだけ詳しく話していただけませんか?」

 


 

美緒は、あの日のことをできる限り具体的に思いだそうとした。「あの日は、バレンタインデーで、父にチョコレートを持っていきました。当然、食べさせるためでなく、いつも、バレンタインデーのときは、父にチョコレートをあげるんです。あ、そう~、3階でエレベーターを降りて、廊下の角を曲がった時、主治医と婦長さんに出くわしました。お二人は、びっくりされて、一瞬立ち止まられました。私も、ぶつかるかと思い立ち止まり、ちょこんと挨拶してすれ違いました。

 

 

 

それから、角から二つ目の父の病室のドアを2回ノックして入りました。病室には、誰もいませんでした。あ、でも、ほんのり甘い香水の匂いがしました。婦長の香水の匂いじゃないかと思いました。確か~、部屋に入った時刻は、確か、7時ちょっと過ぎだったと思います。そして、父親の寝顔を見て、部屋の隅においてある丸椅子をベッドの横に持ってきて、腰掛けました」

 

 

 

 美緒は、あのときのことを必死に思い出していた。刑事は、真剣な眼差しで、メモ帳に一言も漏らさず記入していた。「なるほど、できれば、もう少しゆっくり、話してもらっていいですか?それと、面会には、いつも、何曜日に、行かれてましたか?」美緒は、目をキョロキョロさせて話し始めた。「いつも、土曜日です。日曜日に行ったのは、初めてです。その日は、バレンタインデーと日曜日が、偶然、重なっただけです」

 


 

刑事は、話を促した。「そうですか。それでは、病室に入られてからの話をしてください」美緒は、人差し指を右ほほに当て、首をかしげながら話し始めた。「丸椅子に腰掛けて、そして、ショルダーバッグからウイスキーチョコを取り出しました。父は、糖尿病だったので、チョコレートは、いつも、ちょっとかじる程度でした。チョコを手に持って、父に声をかけました。大好きなウイスキーチョコ、もって来たよ、って」

 

 

 

 刑事は、目を輝かせて、話に聞き入っていた。「よくわかります。この調子で、頼みます」美緒は、傾げた顔をひょいと持ち上げて、上目づかいで話し始めた。「声をかけると、たまには、まぶたをちょっと開けることはあるんですが、その日は、無表情でした。チョコを枕の右横に置きました。ぐっすり、寝ているみたいでした。いつものことなんですけど、面会にやってきたときは、父の体を拭いてあげるんです。浴衣を開いて、タオルで肩のほうから、胸、お腹、股間、脚と拭いていきました」

 

 

 

 刑事は、小刻みにうなずいた。「なるほど。体を拭かれて、突然、胸騒ぎが起きて、緊急ボタンを押されたのですね」美緒は、大きくうなずいた。「そうです。何か、いつもと皮膚の感触が違っていました。それで、ほほを父の口元に当てたんです。まったく、鼻息の感触が無かったんです。もしかして、と思い、緊急ボタンを押しました」刑事は、メモ帳をじっと見つめ、質問した。

 


 

「そうですか。最初に病室に飛び込んできたのは、誰でしたか?」美緒は、一度うなずき答えた。「主治医です。後を追うように、すぐに、婦長がやってきました」刑事は、腕組みをして、窓から国道を流れる車を眺めた。振り向くと、さらに尋ねた。「美緒さんは、お父さんの体を拭いているときに、何か、ちょっとしたことでもいいんですが、気になるようなことは、なかったですか?どんな、ささいなことでもいいんです。どうです?」

 

 

 

 美緒は、しばらく黙っていた。ちょっと気になったことがあったが、口に出して言うのが恥ずかしくて、言い出せなかった。刑事は、紅潮した顔から、何かを思い出したに違いないと直感した。「美緒さん、何か、気になることが、あったんじゃないですか?何でもいいんです、話してください」美緒は、うつむいて黙っていたが、思い切って話すことにした。顔を紅潮させた美緒は、恥ずかしそうに話し始めた。「あります。いつもと、あの時だけは、ちょっと違いました」

 

 

 

 刑事は、固唾を呑んでじっと美緒の顔を見つめた。そして、大きく目を見開き尋ねた。「思い切って話してください。その、違ったことを」美緒は、一度うなずき、話し始めた。「あの、それが、あそこの先から白いものが出ていました。それで、ウェットティッシュでふき取りました」美緒の顔は真っ赤になっていた。刑事は、眉間にしわを寄せ、質問した。「きっと、それは精液だと思います。そうだとすれば、浴衣にもついていたでしょう」

 


 

 美緒は、顔を左右に振った。「いいえ、浴衣には、ついていませんでした。私も、ゆかたについていると思い、手のひらで確かめてみました。でも、浴衣に濡れたところはありませんでした」刑事は、首をかしげた。そして、しばらく、考え込んだ。メモ帳をパチンと閉じると、話し始めた。「とても、参考になりました。ご協力ありがとうございました。お腹がすいたでしょう。好きなものを食べてください。遠慮なく」

 

 

 

不自然

 

 

 

 2月22日()、いつもの屋台で沢富刑事は、伊達刑事に美緒から聞いた話で気になる点について相談していた。「先輩、例の覚せい剤取引にかかわっていたと思われる栗原隆治には、娘がいましてね、何か、手がかりがつかめないかと思って、先日、その娘、美緒ちゃんに会って来ました。それとなく、父親が亡くなった日のことについて話を聞いてみたんですが、ちょっと、気になる点がありました」

 

 

 

伊達刑事は、芋焼酎のお湯割をおいしそうに飲みながら、適当に返事した。「ああ、あの病死の件か。俺たちには関係ない。ほって置けばいいんだ。サワは、ちょっとでも気になると、クビを突っ込む悪い癖がある。余計なことはしないほうが、身のためだぞ」沢富刑事もできればかかわりたくなかったが、ちょっとでも気になることがあると、考え込んでしまう癖があった。

 



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