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主治医は、笑顔でうなずいた。「いいですとも、面会は、今まで通りなされて結構です。これからも、お父さんを励ましてあげてください。でも、今後は、美緒さんのみの面会とさせていただきます。その点は、ご了承ください」美緒は笑顔でうなずいた。「本当に、ありがとうございます。何のお礼もできませんが、今後ともよろしくお願いします」甘い言葉に酔ってしまった美緒は、何の抵抗もなく、優しいイケメン主治医の誘惑を受け入れていた。

 

 

 

主治医は、人体実験のモルモットを手に入れることができたことにニンマリした。「こちらこそ、治療を任せていただいて、感謝しています。お父さんは、脳医学に多大な貢献をしていただくわけです。長生きされるように、最善を尽くしてまいります」脳医学と言われてもまったく理解できなかったが、主治医の優しい笑顔を見ていると元気だったころの父親と話しているような気持になった。

 

 

 

バレンタインデーの謎

 

 

 

 建国記念日の2月11日()に、沢富刑事はN総合病院を訪れた。沢富刑事の訪問目的は、美緒の父、栗原隆治(44歳)との面会だった。しかし、彼が植物人間で、面会謝絶であることを婦長から知らされ、ほんの3分でいいとお願いしたが、それでも拒絶され、やむなく面会することなく引き返した。そして、3日後の2月14日()、バレンタインデーに、栗原隆治は心不全による心停止で死亡した。死亡推定時刻は、午後6時から午後7時の間と推定された。第一発見者は、子供の栗原美緒(17歳)。彼女は、午後7時16分にベッド横に設置してある緊急ボタンを押した。

 

 

 


 

栗原隆治の死亡原因は、心不全による心停止と判断され、病死として処理された。この病死に関しては一切の疑問は生じなかったが、彼が、覚せい剤取引にかかわっていた疑いがあったことから、沢富刑事は、任意の事情聴取として娘の栗原美緒と面会し、死亡発見時の様子を聞きだすことにした。2月20日()、沢富刑事は、美緒と午前11時にマック前原店の窓際の席で待ち合わせをした。

 

 

 

 美緒は、いつもは、土曜日に父親の面会に行っていたが、2月11日()は、建国記念日の祭日だったため、面会に行った。その日の午後2時ごろ、面会から帰るとき、浅黒い顔の刑事が病院のロビーで顔をしかめて婦長と話しているのを垣間見た。刑事とは、そのときのたった一度の面識だったが、マック入り口横のカウンターから窓際を一瞥して、浅黒い顔の男性があのときの刑事だと即座に分かった。

 

 

 

美緒は、オレンジジュースをカウンターで購入し、カップを右手に持って、窓からぼんやりと国道202を見つめている刑事に近づいた。「刑事さんですね、お待たせしました」刑事は、声の方向に振り向いた。刑事は、必死に作った笑顔で声をかけた。「あ、美緒さん、お待ちしていました。どうぞ」刑事は、即座に立ち上がり、自分の前の席の椅子を引いて、背が低くかわいい美緒に笑顔を送った。美緒も笑顔を返し、腰掛けた。

 


 

席に戻った刑事は、ちょっと間を置いて、話しかけた。「突然のことで、困惑されたでしょう。婦長に聞いたんですが、お父さんの病状は、安定してらっしゃったみたいです。それなのに。なんか、僕が行ったためにあんなことになったんじゃないかと思って、申し訳ないです。ごめんなさい」刑事は、できる限り下手に出て、刑事への警戒心を解くことにした。

 

 

 

 美緒は、刑事のへりくだった態度に面食ってしまった。「そんな~、刑事さんのせいじゃありません。父は、病気で亡くなったんです。心臓が弱っているって、先生がおっしゃっていました。刑事さん、そんなに気にしないでください」刑事は、さらにへりくだった態度で話し始めた。「そういっていただくと、気が楽になります。でも、本当に、病死であれば、問題なにのですが、ちょっと、気になる点があるもので」

 

 

 

 美緒は、刑事が言わんとすることがまったく分からなかった。単なる病死に過ぎないのに刑事が気になると言うことは、父に何か隠されたことがあるのではないかと勘ぐった。「父は、心不全による病死じゃないんですか?刑事さん」刑事は、ちょっと間をおいて話し始めた。「いや、病死には、間違いないはずです。主治医も、はっきりと心不全による心停止と言っています。ただ、美緒さんが第一発見者ですから、もし、よければ、その日のことを、できるだけ詳しく話していただけませんか?」

 


 

美緒は、あの日のことをできる限り具体的に思いだそうとした。「あの日は、バレンタインデーで、父にチョコレートを持っていきました。当然、食べさせるためでなく、いつも、バレンタインデーのときは、父にチョコレートをあげるんです。あ、そう~、3階でエレベーターを降りて、廊下の角を曲がった時、主治医と婦長さんに出くわしました。お二人は、びっくりされて、一瞬立ち止まられました。私も、ぶつかるかと思い立ち止まり、ちょこんと挨拶してすれ違いました。

 

 

 

それから、角から二つ目の父の病室のドアを2回ノックして入りました。病室には、誰もいませんでした。あ、でも、ほんのり甘い香水の匂いがしました。婦長の香水の匂いじゃないかと思いました。確か~、部屋に入った時刻は、確か、7時ちょっと過ぎだったと思います。そして、父親の寝顔を見て、部屋の隅においてある丸椅子をベッドの横に持ってきて、腰掛けました」

 

 

 

 美緒は、あのときのことを必死に思い出していた。刑事は、真剣な眼差しで、メモ帳に一言も漏らさず記入していた。「なるほど、できれば、もう少しゆっくり、話してもらっていいですか?それと、面会には、いつも、何曜日に、行かれてましたか?」美緒は、目をキョロキョロさせて話し始めた。「いつも、土曜日です。日曜日に行ったのは、初めてです。その日は、バレンタインデーと日曜日が、偶然、重なっただけです」

 


 

刑事は、話を促した。「そうですか。それでは、病室に入られてからの話をしてください」美緒は、人差し指を右ほほに当て、首をかしげながら話し始めた。「丸椅子に腰掛けて、そして、ショルダーバッグからウイスキーチョコを取り出しました。父は、糖尿病だったので、チョコレートは、いつも、ちょっとかじる程度でした。チョコを手に持って、父に声をかけました。大好きなウイスキーチョコ、もって来たよ、って」

 

 

 

 刑事は、目を輝かせて、話に聞き入っていた。「よくわかります。この調子で、頼みます」美緒は、傾げた顔をひょいと持ち上げて、上目づかいで話し始めた。「声をかけると、たまには、まぶたをちょっと開けることはあるんですが、その日は、無表情でした。チョコを枕の右横に置きました。ぐっすり、寝ているみたいでした。いつものことなんですけど、面会にやってきたときは、父の体を拭いてあげるんです。浴衣を開いて、タオルで肩のほうから、胸、お腹、股間、脚と拭いていきました」

 

 

 

 刑事は、小刻みにうなずいた。「なるほど。体を拭かれて、突然、胸騒ぎが起きて、緊急ボタンを押されたのですね」美緒は、大きくうなずいた。「そうです。何か、いつもと皮膚の感触が違っていました。それで、ほほを父の口元に当てたんです。まったく、鼻息の感触が無かったんです。もしかして、と思い、緊急ボタンを押しました」刑事は、メモ帳をじっと見つめ、質問した。

 



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