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 まだ、人殺しで、数年で出てきたほうがましだと思った。向こうは犯罪者でも、その外にはきちんとした社会がある。ここはどう見ても、ガス会社を偽った裏の世界だ。最果ての、俺が夢うつつで見た「南極」の世界だ。
 ロビーのテレビには、エベレスト登山隊のドキュメントをやっていた。皆が見ていた。俺は涙で情けないくらいにくしゃくしゃに崩れた顔をして、滲んだ画面を見ていた。
 「リュックサックと竹ざお、これは植村直己さんのアイディアなんですよ…クレバスに落ちないように…」画面は次第に吹雪で白一色になる。雪崩だ、と誰かが言った。すると、画面の映像にひびと、壊れるビデオの狂った電気信号が入り、しばらく黒一色になってしまった。次の場面になったとき、俺は諦めた。テレビでは、霊安室が映し出されていた。そこには、黒いビニールでできた遺体を包む袋がクローズ・アップされた。ナレーションが入った。

 

 〈常識から逸脱したとき、そうエベレスト登山隊のAのように…人間はネズミとのあいの子になる。〉

 

 遺体袋のチャックを開いた。そうすると、中は傷を何度もこすりすけたような、真っ黒な毛のような、樹脂でできた全身、真っ赤な引きつった細長い目、そして、前歯が肥大化した、ネズミと人間のあいの子が、テレビ画面に大きく映し出された。
 俺は大声で半ば、きちがいじみて笑い叫んだ。誰かが、俺に何かを言っていたようだ、そんなことはまた先のことだ、これからじっくり話し合おうではないか。そうだ、これからなのだ、これから俺は一仕事するのだ。さ、見ていろ、俺は意気地なしでも、日陰者でもない、だから他人がどう言おうが俺は気にしない。俺はただ、今映っている画面がなにやら、俺の行き着く先を暗示しているようにしか思えない。そこで、俺は大声で神経がぷつりと千切れたように笑う。それでいい、それでいい。もうこの世には未練などない。どうなっても構わん。所詮ネズミ魚は人間社会でも拒絶されるのであり、俺はまんまとそのどつぼに嵌まった、滑稽な魚、歯科医がこの世の案内者、フォッグライト。その娑婆の味を堪能したネズミ魚は最果ての地で死を迎えるしかないのだろう。だとするのならば、この就職の決まったガス会社、犯罪者であろうと、倒錯した異常者でもなんでも遣って来ては、仕事を与える、あの寛大な八百屋である会長のもと、俺以外のものでも似たりよったりの社員、新入社員、皆が精を出し、そして、会長が思うところに皆を運んでいき、俺も間違いなく運ばれ、そして、世界が変わる。この革命じみた、荒唐無稽な会長の論理を覆す者達はいまだにこの世には存在しない。ここで、俺が一役かって、外界にこうした危険な機関があることを知らしめたところで、世の人々はネズミ魚の話などは少しも信じてはくれないだろう。先にも言ったように、この世では社会から拒絶されるのがおちというものなのだから。


この本の内容は以上です。


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