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床は水色のタイル張りで、汚水を流せるようにか、責めに使うのか水道が備えられており、汚水口の周りには黴が生えていた。壁には皮の相当分厚い音漏れを防ぐ設備が施されており、映画館でもこうまでしないが、劇場入口のドアのようになっていて、
「この部屋にどのくらい閉じ込められているんですか?」と、返答を待った。しかし、彼はなかなか話そうとせず、始終鼻詰まりのような奇妙な音を口からか、鼻からか分からないが発していた。そして、こっちが何か話題になりそうなことを探そうが、そのようなことはお構いなしであり、じっと男の自由な体を、特に目を見ていた。そして、他に誰も来ないことが分かったのだろうか、自己紹介をし始めた。
「わたくしは、このお嬢様と出会いましたのは、もうかれこれ三年前になります。わたくしは当時患者として、う歯がございまして、治療を受けに、このオキアミ歯科医院様を受診したのでございます。まず初めにお嬢様が先生でございまして、わたくしが患者であった頃のことから話をさせてくださいませ。先生は親切でありました。わたくしが痛がってもなお歯科を受診しなかった恐怖感をお嬢様は、いや先生は、全てお見通しのようでありまして、まるでわたくし、このようなわたくしの下種な心をお読みになられますことを非常にわたくしは、不思議に思いました。そこで、お嬢様は診察をすばやくして、わたくしにこれからゆっくり時間をかけて治しましょうと言いました。金銭的に問題はなかったのですが、わたくしはお嬢様のあどけないお顔を拝見してからというものの、このオキアミ歯科医院を受診するのが、う歯の治療でなのか、それともお嬢様目当てなのか、分からなくなっておりました。家庭内にも、職場にも問題を抱えておりまして、いっそのことお嬢様と生活をはじめたく心のそこで考えておりました。その点をお嬢様がはじめに感じたときは、わたくしが麻酔をかけられる時に白衣の裾をぐっと握り締めたときにお嬢様が白衣の下に何も身に纏っていなかったときでありまして、そのことをなんとなしに訊いたところ、私露出狂に興味があるの、というのであります。わたくしはそんなことは考えずにお嬢様を、今から考えるとそれが引き金になったのでしょうが、押し倒し、抱いてしまったのでした。そうすると、お嬢様はえんえん泣き出したので、わたくしがどうして泣くのです、と問いましたところ、私今、一人で生活しているの誰も私のことを思ってくれていないと思ったの、で、つい、などと言われました。しかし、それは真っ赤な嘘でありまして、わたくしはお嬢様とだんだん妙な関係になっていきました。それからというもの治療していくうちにお嬢様はあちらも、ここも、と、いたずらをする少女のような顔をしてう歯を探り出してわたくしは歯の半分を削られてしまいました。」
 「それ」といってMは口を開くと、確かに言うとおりに、歯は、普通の半分だということが前歯から分かり、そして奥歯にいたっては、十文字に削られて、それを見るために男は Mの口の中に顔を突っ込むようにしなくてはならなかった。
「神経が出て痛くないのですか?」
「それが不思議と痛くないのです。わたくしは、多量の麻酔――多量といっても通常の量よりも少し強めたもので、致死量には達しないわけでありまして、――それを打たれ、口の中は痺れてしまい、感覚がなくなってしまいました。麻酔の中を泳ぐおたまじゃくしのような私の舌は、あさっての方向を向いてだらりと、垂れ下がって、涎をたらしつづけたのでありました。そのときの麻酔が覚めていないのでしょう」
「いや、違う、全ての歯の神経を取られたんだ!」
「そういえば、お嬢様はピンセットを使って糸くずのようなものを捨てておりました…」
Mは、横目で首の座らない赤ん坊のように震えていた。


それが、真相を知ったためか、それとも永い監禁生活の障害なのか、判断できなかった。しかし、彼は彼女以外の人間にまるで生まれて初めて会うかのようにして、喜んでいたのだろうが、それは男にとって不愉快なことであった。それは、Mが手淫をしだしたからであった。彼は、男に注意を受けてもやめず、喋りだした。
「歯のことはもう申し上げることはございませんが、わたくしには教育哲学のようなものがありまして、それから分析させていただきますと、お嬢様は少女時代にかなり、衝撃的な暴行を受けたのであるまいか、と思われる節がございまして、わたくしとプレーをしていただきましている間に、心の中でお嬢様にこう問い掛けるのであります。『なぜそのように異性であるわたくしを責めるのでしょうか?』と。そうしますと、それに呼応するかのように鞭やらエネマを多めに与えられるのであります。学校にいたときに、この子はおそらくサディストになるだろう、という子…」と言う、Mの言葉を遮って、男は尋ねるのであった。
「じゃあ、もとは学校の先生だったんだね」
「そうであります。教師をしておりました。当時はまるで時代錯誤のような管理教育がなされておりまして、学校長は入学式、ことある毎に教育勅語をお読みになるなど管理教育というよりも、その仮面を被った軍国主義色の強い教育を施しておりました。わたくしは国語の教師をしており、大学時代には空手をしていました。そこで、体罰を容認するべく、その方針を現場で施行いたしたわけであります。学生に対しては痛みを持って物事を知るべし、とした考えでございます。手で鼻血が垂れるくらいに叩くことはそれは!、それは!――と言って、かなりの興奮をしたのだろうか、精液の代りに小便を垂らして――け、け、・・・・その頃に育った子供たちはやがて親となり、現在のすさまじい世の中が到来する訳であります。これは目にも鮮やかなりとも言えましょう。完全な帰結であったのであります。わたくしもその責を負うべきなのでしょう。」
「しかし、なぜだろうか?あなたはマゾヒストのように思えたりしている一方で、サディストのようでもあるようだが…」
「それが真正マゾヒストの性とも言えるのです。よくサディストはマゾあがりがいい、とおっしゃいます。それと同じく、マゾヒストにもサディストの要素がなくてはこうしたことはできないのでしょう…。これからはわたくしなどのことはどうかお構いなしにしてくださいませ。わたくしなどといったものは本当に、鯖の生腐れと申しますように、精神が腐りきっておりまして、その臭気が、汚臭がお嬢様の気に障りなどいたしましたら快楽の鞭が飛び交うのでありまして、わたくしはその鞭に打たれながらも、勃起をしてしまうのです。それから、エネマであります。これは妻にも要求していたのでありましたが、なかなか同意を得られずにいた、わたくしの快楽の極値でありました。これらが、マゾヒストの一種の傾向なのだと、お嬢様は分析なされました。」
「俺にはちんぷんかんぷんだ、逃げ出したらいいじゃないか!」
「いいえ、わたくしは忠誠を誓うことをいたしました。一種の儀礼、儀式でございます。そのために、それに背くことは微塵も考えたことなどございません」
「だけど、食べ物も与えられないで…すごく痩せているじゃないですか」
「しかし、これから栄養分をしばし与えられ、肥えさせるのでございます。そうしてまた痩せての繰り返しであります。これもひとえにお嬢様のお考えでありまして、わたくしはお嬢様に足蹴にされてもなお、ついていく所存でございます。」


「どうかしているとも、あなたは人間だ、それに元教師だ、なんでこんな真似をしているんですか、やめにしたらいい!」
 しかし、Mは倒錯した性関係を否定する言葉には一切耳をかさなかった。男はこのことを理解できず、どうにかこの駄目になってしまった人間が、少しでも立ち直れるようになれないものかと、もどかしい思いで話をするのであった。
「わたくしの役目ももう終わりのようであります。これはお嬢様が奴隷二頭を飼うか、ということです。もちろんあなた様を奴隷にするにはわたくしのように一年も必要がないでしょう。既に、あなた様は虜になっていらっしゃるようなので。」いつの間にやら、手淫を止めていた。
「その辺のことを少し詳しく話してくれないか?」と言って、「このケージはどうやって開けるんだね?」男はケージをこじ開けようと手を動かした。
「その、壁に、赤い壁にかかっています鍵がそうであります。」
 男は奴隷Mを解放してあげたのであるが、階下の廊下で話をするしかなかった。というのも、あまりにも汚れていたため、他の部屋を汚すおそれがあったからである。
「お嬢様ははじめわたくしを普通の男性として扱ってくれたのですが、教師という職柄どうしても、性癖が変わっているものがままございまして、わたくしの同僚などは覗きで興奮するのでありました。いつだったか、養護の先生がトイレに入っていったのを追いかけていって女便所に入り、その養護の先生のちろちろというお小水の音を聴いてマス…そんなことよりもわたくしの場合ですが、わたくしはどうも奴隷として扱われ、散々責め苦をあじわったところにどうやら性的な絶頂感があるようであり、それを妻は気付いてくれなかったんですが、お嬢様はそれはものの見事に見抜いて、とうとう今年で二年になりますが、ずっとあの部屋に監禁されております。なぜ、あなたを奴隷にできるのかは分かりませんが、わたくし、極限的に言うのであるならば、わたくしの心の底には、そうしたものが微かにあったということでありました。だから、あなたにある要素があるとするのならば、その要素をお嬢様は見事に見抜いて、あなたを奴隷にすることができるということであります。集合の問題とおんなしです。で、銀行員の話はいたしましたでしょうか?」といってMがそろそろ調子付いてきたときに、
「二リットルだよ!」と、背後から、彼女は凄んで言った。
「ああ、お嬢様!」と、Mは恍惚とした表情を仮面の下に浮かべて、拝むようにして、女の前にひれ伏した。
 俺は、トイレ、と言って向かった。すると、不鮮明な二人の声がやり取りされていた。二階へ向かう階段で、二人の声がいっそう狂ったようにこだまして、重い猿を麻袋に入れて階段をずるずると引き上げていくような音が耳に届いた。


 何の事はない。ちょっとした行き違いだ。彼女が男を連れてきたのであった。それが、あのバカ鴉でなかったことが唯一男にとって救いであった。奴隷Mは彼女の話では処分するらしく、そのために、部屋を改造すると言う。その大工かと俺は思ったのであるが、どうも様子が可笑しい。
「紹介するわ、Kさん。大学時代のクラスメートなの。なんだっけ?何のクラスだったけ?」
 Kは照れ隠しをするようにして、俺の前に出てきて、彼女とまるでこれからベッドに向かうかのような仕草をして、低い声で、不鮮明でこう言った。
「確か、フランス語、第二外国語は苦手だったんで、忘れちゃいました。フランス語でいいんだよね?」と、今度は彼女にふった。そこで、俺は少し頭にきて、


「もっと口の回りを良くすることだね。歯医者なんだろ。不鮮明な発音なら、フランスもドイツも日本もかわりゃしまい。このどもりめ!」
 これには、さすがのKも怒りを覚えたらしく、自慢話をしだした。
「ぼくは、きみの言うとおりに、うまく発音できないけれども、ぼくはいま美容歯科をやっていて、これは景気に左右されないんだ。結局金を使ってもきれいな歯並びにしたいし、きれいなきみのようなヤニで汚れた歯になりたくない願望があるからね。」
「どのくらい稼ぐんだい?」
「四千万。」
「すごいね」と言いつつ、俺はフックをこいつに決めた。「これで、自分の仲間に歯並びを治してもらいな、」と言い捨てた。彼女も彼女で、こんな奴を介抱している。
 大体こんな奴をなぜ彼女は連れ込んだりしたんだろうか、という疑問が俺には浮かんだ。そこで、彼女に訊いてみるが、いっこうに返事をしない。俺の待遇はどうなるのか、そして、この美容歯科の男を彼女にとって恋人として扱うのか、だとするならば、俺はどんな立場、彼女にとって、俺はどんな立場になるというのか、さっぱり見当がつかなかった。
「露出狂の枠として、二階にいるMのように逸脱した人間として俺をこれから扱う算段なのか?」
「違うってば!そんなことよりも、Kさんにひどいことするわね、これじゃ顔が腫れるわよ」
「腫れるように殴ったんだ。わざとだ。」
「何が不満だって言うのよ」
「別に…ただ、こいつをきみが連れ込んだからさ、こいつ高慢ちきだよ」
 Kは頬を擦りながら、苦笑いをしたが、その笑いが、男にとっては理解できないものであった。
「あーイタタ・・・こりゃ参ったよ。ちゃんと紹介してくれなくちゃ、ひどいよ、まったく、ぼくのことちゃんと説明しないから、こんな乱暴を働くんだと思うよ、そんなにひどいこと言ったかな。そりゃ、少し頭にきたことを認めはするさ、でも、パンチを食らうなんて真似、よくするさ、大学でもこんな奴には出会ったことはない」
「大学にいなくったって、世間じゃいるっていうことだよ、ぼく。」と、言って手入れの行き届いた刀を武士が磨くように、男はこぶしを作り、今度は腹に食らわせた。うっ、と唸り、美容歯科は倒れた。喧嘩になっちゃた!と、彼女は叫んで、止めようとするが、男は馬乗りになって、顔をこぶしでがんがん殴りつけた。何をそんなに憎んでいるのよ!と彼女は再び叫んだが、その辺はどうも男も理解していないらしくただ、なんとなく体が反応するのであった。
「おそらく、拒絶反応でも起こしたんじゃないかな、俺はこの家の一部のようになってしまったようだから、この家の敷居を俺以外のものが跨ぐとこうなっちまうんだろうな」と、冷静に彼女に男は話した。
「もう、止めて!お願いだから、これ以上Kさんを殴らないで、もうKさんを連れてこないから!誓うわ!」と、彼女が大声で男に言うと、男は殴るのをやめた。
「結局のところ、きみ次第ってことだよ、きみが変な奴を俺の目の前に突き出したら、きみを殴らない代りにそいつをきみの分まで殴ってやる、そういうことらしい」と、男は血だらけのこぶしをウールのズボンで拭った。Kは既に意識を失っており、顔はおそらくこれから紫色に変色すると思われるくらいに赤くなっていた。
「まるでオテモヤンだ」と、男はKを見ていった。
 不愉快なのは、Kをよりにもよって俺の部屋にふとんを新たに敷いて、介抱する彼女の考えだ。


もう一部屋あるのだから、そこに連れて行けばいいものを、どのような理由があるのか分からないが、これでは火に油を注ぐようなものだ。
 「なんだって、この部屋にこいつを入れるんだよ」
 「部屋がないじゃない?」
 「きみの部屋の隣がいいと俺は思ったんだが、使えないのか?」
 「あ、トイレの前の部屋は嫌な親戚が来たときだけよ」
 「なんで、こんな奴に肩入れをしたりするんだ」と男が言うが、彼女は氷嚢で、Kの顔を、首筋を冷やして、何も答えなかった。
 「おい、聞いているのかよ!」
 「そんなに怒鳴らないでちょうだい」彼女は大切な人を扱うようにKに接した。これはただの親切心や、友情などと言ったものではない。また、Kを連れて来ない、というのは喧嘩を止める――もちろんこちらが優位でつまらぬ揉め事ではあったもので、勝負というのには少しもふさわしくないものであったのだが――そのための口実でしかない。だから、このままだらだらと、彼女はKとやらをこの家に、いや俺がいる部屋にまるで仲のよい恋人のように寄り添って眠るようにしておくのだろう。しかし、この二人の男で誰がこの家から追い出されるのか、との考えには、俺は先ほどのアジを売っていた魚屋を想像し、新鮮なものを置いておく、と結論が出てしまうのであった。Mは放り出され、戸口ですすり泣いても、俺はそのまま路頭を彷徨い、そして、盛り場にくりだし、暴力バーで被害に遭って、誰か親切な人がいればどうにかなるだろう、少なくとも家には返してくれるだろう、ということまでも想像した。
 「そんなにKに尽くすんだったら、その愛情の一部を俺に分けても罰は当たらないよね」
 「なに言ってんのよ、この人妻子もちなのよ、それをあなたったら、もうしょうがないわね、奥さんに事情を説明しなくてはならなくなっちゃったわ、あなたからも詫びてちょうだい、なにを勘違いして、こうなったのかを!」
 「そう言って、俺をごまかすつもりだね、そうはいかないさ。こいつのこときみは好きなんだろう、そして俺を…」と言った瞬間、彼女は俺を平手で叩いた、そして、悪いことをしたように反省したようにして、
 「被害妄想よ、そう、あなたをじっとこの家から出さなかったからなのかもしれないけれども、ひどくなってしまっているわ」
 「なに、俺が被害妄想をもっているって言うのか?」
 彼女が頷いた。そして、またKの氷嚢を取替えに冷蔵庫に向かった。そして、時計を目にして、もう四時過ぎたわ、どうしよう、もう夜になってしまうわ、とそわそわと落ち着きがなくなってしまった。
 「そんなに慌てることないさ、簡単だよ、救急車を呼べばいいことなんだ」
 「なにバカ言っているのよ、警察が絡んだりしたら、あなたどうなっちゃうのか分からないの?まさか、俺は魚から変身して人間になって、そして、八百屋が一枚絡んでいて、そして、歯科医院で世話になって、とでも言うつもりなの。誰も信じちゃくれないし、それにあなた病院に強制入院されちゃうのよ!少しは考えてよ」
 図星だ。俺の体験したことなど誰も信じちゃくれない。彼女でさえ、魚をかろうじて信じだしたのは俺と、関係を持ち、新しいパーツ、アルジネイト、といったころからだろう。そうだ、金冠はどうなったのだろう。
 「こういうときに言うのもなんだけれども、俺の金冠は技巧師さんから届いたのか?」
 彼女はきょろきょろして、頭を掻きだした。
 「もういいかげんにしてちょうだい。と・ど・い・たわよ!こんな時に。もう少し頭がいいと思ったのに…」

 しばらく様子を見たのだが、歯ぎしりをしだしたため、脳にダメージがあるのでは、と女は考え、救急車をやむなく呼ぶこととなった。そこには、混乱と男の刑罰を軽くする計算が混ざった判断だった。



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