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はじめに

日本が台湾を統治し始めた翌年明治29年(1896)台湾の各重要都市に「国語傳習所」が設置され、台湾の人たちは日本教育を受けるようになった。そして同年公布された「台湾公学校令」により国語傳習所は公学校と改められ台湾の初等教育機関となったのである。1899年から1918年(台湾教育令発布前年)までで公学校の数は94から394校へ、学童数は9,817から107,659人へ、就学率は204から15.71パーセントへと増加している。

 

この時期の授業科目は修身・礼儀・国語(日本語)・会話.・算術・習字・体操・農業等で、国語と修身で台湾住民の日本人化が進められたという当時の台湾人子弟の通う公学校で使用された『公学校修身書』は教師用と児童用とに二つに分かれてあり、各学年に一巻ずつ用意され、台湾総督府により公学校用に大正2年(1913)3月17日に第一版が出版された。本冊子は大正8年(1919)1月31日第3版印刷発行された教師用を原本として作成したものであるが、現代の若い人たちの便宜を図り、旧仮名遣いで書かれた原文を現代仮名遣いに書き直してみた。なお修身教科書に出てくる名前は台湾の子供たちにも親しみやすいようにわざわざ阿義、阿福、阿香などの名前で登場しているのはそのままにした

 

戦前日本教育を受けた洪伯若先生は当時を振り返って次のように述べている。

日本人の教育は非常に道徳教育を重んじた。小学校では修身と云う科目を設けて、人となりの教育を施した。高等女学校ではお作法と云う学科があり、日常生活の種々な礼儀作法や女性としてあるべき振舞等の教養を身につけさせた。修身科では1.正直な人になれ。人を騙すな。2.礼儀を正しくし、目上を敬え。3.規則を守れ。4.信用のある人になれ。5.時間を厳守せよ。6.自分の本分を守れ。7.人に迷惑をかけるな。8.是非をはっきり分別せよ。9.清潔を保ち、よく整頓せよ。10.過ちがあれば正直に認め、確実に改めよ。11.親に孝行を盡せ。----などの道徳観念の培養に力を注いた。

 

台湾人は五十年間、このような教育を受けたお陰で、当時の社会は治安がよく、窃盗事件が少なく、強盗、殺人事件は極まれにしかなかった。島民は皆よく法律を守り、紀律正しく、社会の秩序が良かった。又、皆よく勤勉に働き、倹約を重んじ、目上を尊重し、物事の是、非やよしあしをよくわきまえ、到る処清潔で、実に住み易い社会だった。」

 

 

洪先生の話は戦後の台湾社会と比較しての話で100%日本統治時代を肯定しているわけではないだろうが、日本教育を受けた人たちは口々に今の日本人には日本精神がないという。彼らが持っている「日本精神」はこの修身教科書で学んだことが血となり肉となったからだという。


目次

巻一

 第一課  学校

 第二課  時刻をも守れ

 第三課  兄弟仲良くせよ

 第四課  行儀よくせよ

 第五課  整頓

 第六課  きれいにせよ

 第七課  親の恩

 第八課  親の言いつけを守れ

 第九課  兄弟仲良くせよ

 第十課  天皇陛下

 第十一課 国語を勉強せよ

 第十二課 親切

 第十三課 自分の物と他人の物

 第十四課 うそを言うな

 第十五課 過ちを隠すな

 第十六課 生物を苦しめるな

 第十七課 人に迷惑をかけるな

 第十八課 よい子供

 

巻二

 第一課   天皇陛下

 第二課   親の恩を大切にせよ

 第三課   友達は助けあえ

 第四課   兄弟仲良くせよ

 第五課   行儀

 第六課   清潔

 第七課   飲食に気をつけよ

 第八課   根気

 第九課   親の恩を忘れるな

 第十課   台湾神社

 第十一課 公共物を大切にせよ

 第十二課  約束を守れ

 第十三課  正直

 第十四課  欲張るな

 第十五課  規則に従え

 第十六課  自分のことに気をつけよ

 第十七課  よく働け

 第十八課  悪い勧めに従うな

 第十九課  よい子供

編集後記


第一課 学校

 

学校は皆さんを教育してよい人とするところで、皆さんはよい人になろうと

思って入学したことは入学式の時に聞いて覚えているでしょう。そうすると

 学校へ入りさえすれば誰でもよい人になれるかというとそうはいきません。

 よ人になるには色々心得なければならないことがあります。

 

よい人になるのは第一学校を休まないようにしなければなりません。

 今日は暑いとか、風が吹くとか、路がわるいとかいって休むことのよくない

のは いうまでもありません。少しはからだがだるかったり、頭が重かったり

しても、 之をこらえて学校へ出るくらいの元気がなくてはよい人には

なれません。

  

第二にはいつもおとうさんやおかあさんのおっしゃることをよくきいて、

 先生の教えて下さる通りにしなければなりません。そうすればきっと

よい人に なれますが、之に反しておとうさんやおかあさんのおっしゃる

ことをきかず、 先生の教えに背くような子供はけっしてよい人になる

ことはできません。

 

皆さん、この絵をよく御覧なさい。

此処は学校の教室です。先生は壇の上に立って

 何か御話をしておられます。生徒はめいめい自分の席に着いて静かにその

御話を 聞いています。生徒の目は皆揃って先生の方に向いています。体を

歪めたり、 頬杖をついたり、わき見をしたり、欠伸(あくび)などをして

いる生徒は一人も 見当たりません。

 

 

皆さん、この絵をよく御覧なさい。

 

今はお休みの時間と見えて、大勢の生徒は運動場に出て先生と一緒に

遊んでいます。 面白そうに毬を投げている子供もあります。

 楽しそうに唱歌を唱っている子供もあります。皆さんもお休みの時間には、

 この子供のように元気よく遊びなさい。けれども人の遊んでいるじゃまを

したり、 我儘なことを言い出したり、又は少しの事におこったり泣いたり

して、友達を 困らせるようなことをしてはなりません。

 

 

つまりよい人になろうというには、第一に学校を休まぬこと、第二に

父母先生の 教えをよく守ること、第三は授業中は一心に気をつけて学ぶこと、

第四に遊戯中は 元気よく仲よく遊ぶこと、この四つが大切です。

 


第二課 時刻を守れ

 

この絵を御覧なさい。

 

ずっと向こうに見えるのは学校です。

 授業の始まる時刻と見えて、子供は学校へ急いで行きます、

 それに二人の子供は路ばたの小溝にはいって、小さな魚を捕っています。

 ちょうどそこに通りかかったのは阿義という同級生です。二人は

 「一緒に魚を捕ろうではないか。」と言って、しきりに阿義に勤めました

けれど阿義は聞き入れません。

 「そんなことして授業の時に遅れてはいけない。」

 と言って、さっさと学校へ急いで行きました。

 

阿義は今年四年生になりますが、いつも時刻をちゃんと守ります。入学して

から 一度も欠席や遅刻をしたことがありません。授業の始まる合図を聞くと、

 どんな面白いことをして遊んでいる時でも、すぐにやめて集まって来ます。

 また自分の家にいる時でも、朝起きる時刻や、その外何事もきまりをよく

しますし、外へ出ても、道草をくったり、食事の時刻に遅れて家へ帰ったり

するようなことは 一度もありませんでした。

 

阿義がこのようにきまりよく時刻を守りますので、その妹の阿香までが、

いつの 間ににいさんをお手本にして、よく時刻を守るようになりました。

 

 


第三課 友達は仲良くせよ

 阿義の家には一匹の三毛猫と一羽の美しい小鳥を飼っていましたが、妹の

 阿香は何とかしてこの三毛と小鳥を仲よくさせようと思いました。

 それで、三毛に食べ物をやる時には、小鳥を籠から出して一つ皿で一緒に

 食べさせたり、小鳥を三毛の背中にとまらせて一緒に遊ばしたりしました。

するとだんだん慣れてきて、しまいには傍で見ていても羨ましいほどに仲

よくなりました。阿香はたいそう喜びまして、毎日毎日安心して小鳥を

 へやの中へ放して三毛と遊ばせました。

 

 ある日いつものように小鳥を籠から出してへやの中に放しておきました。

 ところが三毛はいきなり小鳥をくわえて正面のテーブルの上にとびあがり

ました。阿香はたいそう驚きまして「放せ。早く放せ。」と叫びましたけれ

ども、なかなか 放しません。いくらふだん仲よくしていても、やはり獣は獣

だけあってあさましい ものだ。と思いながら、ふと入り口の方を見ますと、

どこからはいって来たものか、 一匹の黒猫が恐ろしい目つきをして、そこに

立っています。

 

 そこで阿香は小鳥の危うかったところを三毛が助けたのだということを悟り

まして すぐ黒猫を追い出して戸をしめました。そうすると三毛はさも安心

したという風で、 テーブルから下りてきて小鳥を放しました。小鳥は嬉し

そうに羽ばたきをして、 三毛の背中に飛びあがりました。阿香はこの有様を

見て、鳥や獣でもこれほどまでに 仲のよくなるものかと、非常に感心しまして、

これからは益々三毛と小鳥をかわい がりました。

 

 

この絵をご覧なさい。

 

二人の子供は気ちがいのようになってつかみあっています。

 向こうから来られるのは先生です。この日一人の子供が毬を投げて遊んで

いますと、 他の一人の子供がそこへ走って来て、おもわずその毬を踏みました。

毬を投げていた子供は腹が立ってたまりませんから、大きな声で口ぎたなく

悪口をいいました。 走って来た子供は自分が悪かったとは思いましたけれど、

余りむやみに悪口される ので、残念でたまりませんから、同じように悪口を

言い返しました。こんな風で両方 が負けていないで悪口のいいあいをしている

中に、とうとうつかみ合いとなって しまったのです。

 

先生はすぐ二人を引き分けて、喧嘩をしているわけをお尋ねになりまして、

 「こんな何でもないことに原を立てて人を悪口してはなりません。又人に

対して越度のあったときはすぐにおわびをしなければなりません。たとえ

悪口されたからと いってこちらから悪口をいってはなりません。ことに

つかみ合いをするなどは大そう よくないことです。」といって親切に二人の

子供を諌め誡められました。

 

 

皆さんは子供のつかみ合いと三毛が小鳥を助けた話を比べて見て、

 どんなに思いますか。人間に生まれながら、鳥や獣に劣るようなことが

 あっては恥ずかしいではありませんか。

 



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