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「休診とありますが、いったい何時ならやっているのでしょうか。この歯科医院では休診がやたらと多く、実際診察などしておられるのか、と思いましてね、思い切ってドアを叩いたのですが、あなたは旦那さんでしょうか?」
 帽子を取り去り、礼儀正しく尋ねた。
「旦那でなく、恋人だ」
「ああ、で、先生は、いらっしゃるのでしょうか。できれば、診察をしていただきたく思いましてね。いらっしゃいますか?」
「いない、この歯科医院は、ほとんどやらないんだ、他の歯医者を探したほうがいい」

と、つっけんどんに答えた。
「では待たせていただきます」

と言い、待合室に入り込もうとした。
 しかし、ドアをほとんど立ち塞がるかのように男は立っていたため、初診の男は隙間を狙って、どうにか潜ろうとする。意地悪なことに、その隙間を、手を伸ばして、入れないように、邪魔をした。
「すみません、ちょっと通してくれませんか」
「いや、いないと言ったはずだ、今日は診察はしない」

と語気を強めにして言った。
「恋人を取られる心配をしていらっしゃるのでしょうか」

と、額に汗をかき、それをハンカチで拭きながら言った。
「いいや、違う、さっきも言ったように、診察は決まっていないし、今日は診察をしないと言ったじゃないか!」
「ですが、虫歯がひどくなったようで、痛いのです、待たせていただけないでしょうか」

と懇願するように言った。
男はそれがなぜなのか分からない、普通こうまでして拒否されたら根負けをして速やかに退散することだろうに、この初診の男はいつまでたっても、低姿勢で、丁寧で、穏やかだ。年齢からいえば、頭髪の薄さからいえば、俺のほうが若い、それなのに、この男は、腹を立てずに、頼んでいる。
 この男なら、彼女に対して献身的な行動、行為をすることだろう。だとするならば、その献身さが仇となって、二階に住む奴隷Mの二番煎じをこの男はやらかすというものだ。だとするなら、滑稽だ。
 その点、俺は彼女の奴隷にはなっていない。その証拠に、たった今彼女を買い物に行かせたし、関係も持っている。それも一週間もだ。それに腹痛という、ちょっとした出来事に対しても乗り越えてきたわけであり、彼女との人間関係についても濃密になっているからだ。

 

ねずみ魚(下)につづく


この本の内容は以上です。


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