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 なんのことはない、彼は黄色が好きだったのだ。服も黄色、ノートも黄色、クリアファイルも黄色、靴も黄色、帽子も黄色、財布も黄色、…黄色が警戒信号であることと彼の黄色に拘ることはそう短絡的に関連はしないように見えた。髪の毛を黄色に染めてみた。ネクタイも黄色にしてみた。そうこうしていくうちに部屋の壁も黄色にし、カーテンも黄色、テレビも黄色、電話も黄色、「イエローバード」を聞いていた。

 友人の話では彼は小さいときに、黄色の車を見てから黄色が、彼の色だと決まった、決定打となったと言っているが、どうみてもおかしい。友人はその点、好奇心が強いので彼に接触しだし、黄色の秘密を彼から探ろうとした。そして、初めは外で会って、いろいろなところに行って、彼と親密になろうとした。

 そうすると、今度は互いの家を訪問しだす。そして、話を聞いているうちに、黄色の秘密がわかった。その秘密というのは、彼には黄色の服を着た双子の看護婦が見えるというのだ。ほら、そこにいるでしょ、といって友人に指し示すが、友人には見えない、それで友人は見えないというと、彼は怒り出し、もうそういう人とは付き合いたくない、といって別れたのだそうだ。

 しかし、話はそこでは終わらない。友人の部屋に一本のひまわりが送られてきた。それを契機に友人は黄色に冒された。ミイラ取りがミイラになったのだ。彼の警戒色は毒を持っていたのであった。

 

「何を思いつめているのか分からないけれど、俺がそんな無理難題を吹っかけたか?」
 彼女は顔を上げた。
「いいえ、…そんなことはないわ。ただ、そう、そんなに私の家にいることが嫌なのかなと思って、外に行きたい外に行きたい、というんですもの…」
「きみにはなんか、引っかかるというか、外に出すのを拒んでいるように思えるんだ。この家の秘密など公言はしないし、それに、第一俺はこのあたりに住んでいないんだ。知り合いをつくられると困るというのならば、外であった女の人が、にこやかに、『おはようございます』と大きな声で言っても無視して、口をしっかりと閉めて、そう、こうやって、――できるかぎりの演技はしてみた――だから、そうだな、とりあえず、一緒に外にいけるだけのレベルの服が欲しい。きみがスーツを着るのならば、俺もスーツが欲しい。同等の服で嫌ならば、」
 ここで彼女は切り込んできた。
「じゃ、なに?私があなたにろくに満足な服を与えないで、この家に閉じ込めておくとでも言うの?」
「違う、そうとれる、といいたいんだ。わからないかな、だから、服を用意してくれるだけでいいんだ、で、できない、どうしてもできないならば、その理由を知りたいんだ」
「わかったわ」
 彼女はそう言って、財布を持ち、外に出て行った。男は、なぜ彼女が服を用意しないのかを考えてみたものの、結局は俺を露出狂の枠に閉じ込めるためだとしか言いようがなかった。

 服を彼女が買ってくる間に、時間がかかりそうなため、男は何をしようかと思い始めた矢先に、休診札を掲げているにもかかわらず、待合室のドアを叩く音がした。

 そこで待合室に向かい、ドアを開いた。すると、あの初診の男が立っていた。


「休診とありますが、いったい何時ならやっているのでしょうか。この歯科医院では休診がやたらと多く、実際診察などしておられるのか、と思いましてね、思い切ってドアを叩いたのですが、あなたは旦那さんでしょうか?」
 帽子を取り去り、礼儀正しく尋ねた。
「旦那でなく、恋人だ」
「ああ、で、先生は、いらっしゃるのでしょうか。できれば、診察をしていただきたく思いましてね。いらっしゃいますか?」
「いない、この歯科医院は、ほとんどやらないんだ、他の歯医者を探したほうがいい」

と、つっけんどんに答えた。
「では待たせていただきます」

と言い、待合室に入り込もうとした。
 しかし、ドアをほとんど立ち塞がるかのように男は立っていたため、初診の男は隙間を狙って、どうにか潜ろうとする。意地悪なことに、その隙間を、手を伸ばして、入れないように、邪魔をした。
「すみません、ちょっと通してくれませんか」
「いや、いないと言ったはずだ、今日は診察はしない」

と語気を強めにして言った。
「恋人を取られる心配をしていらっしゃるのでしょうか」

と、額に汗をかき、それをハンカチで拭きながら言った。
「いいや、違う、さっきも言ったように、診察は決まっていないし、今日は診察をしないと言ったじゃないか!」
「ですが、虫歯がひどくなったようで、痛いのです、待たせていただけないでしょうか」

と懇願するように言った。
男はそれがなぜなのか分からない、普通こうまでして拒否されたら根負けをして速やかに退散することだろうに、この初診の男はいつまでたっても、低姿勢で、丁寧で、穏やかだ。年齢からいえば、頭髪の薄さからいえば、俺のほうが若い、それなのに、この男は、腹を立てずに、頼んでいる。
 この男なら、彼女に対して献身的な行動、行為をすることだろう。だとするならば、その献身さが仇となって、二階に住む奴隷Mの二番煎じをこの男はやらかすというものだ。だとするなら、滑稽だ。
 その点、俺は彼女の奴隷にはなっていない。その証拠に、たった今彼女を買い物に行かせたし、関係も持っている。それも一週間もだ。それに腹痛という、ちょっとした出来事に対しても乗り越えてきたわけであり、彼女との人間関係についても濃密になっているからだ。

 

ねずみ魚(下)につづく


この本の内容は以上です。


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