目次
はじめに
表紙
まえがき(本書の読み方)
エンタメエッセイ
アラサー男子は福山雅治の長崎稲佐山ライブでイケメンオーラに溺れ挫かれ人生を憂う
俺は「遊☆戯☆王リアルタイム世代の熱い思い出」を召喚!ドン☆
ネットや世間が何と言おうと俺はマクドナルドを食べ続けたい
「仮面ライダーフォーゼ論」【前編】~ギャップと懐かしさが魅せる宇宙文化祭
「仮面ライダーフォーゼ論」【後編】~君は弦太朗と“友達”になれたか
どうして「体育の授業」のおかげでスポーツが嫌いになってしまうのだろう
窪田正孝主演ドラマ版「デスノート」とは一体何だったのか【週刊デスノーザー増刊号】
「踊る大捜査線」とキャラ萌え理論
「NARUTO」全73冊+映画2本+傑作「BORUTO」を完走したので1万字かけて感想を語り尽くすってばよ!
オタク旦那とノンオタク嫁の家計事情 ~KEIZAI大戦ジェネシス
仮面ライダー龍騎に狂酔した中学2年生の1年間
ブログを太く強く育てる方法
映画レビュー
「アベンジャーズ / エイジ・オブ・ウルトロン」は駄作でも傑作でもない
「ウォーターボーイズ」の波紋、その邦画界へ流れ込んだ功罪とは
残り2万7,000時間。「遊星からの物体X」、“それ”がもたらす悲鳴を聴け
災害と神秘の狭間で。「GODZILLA」(2014)が還る場所
なぜ「セッション」のラスト9分19秒は素晴らしいのか? ~血とビートの殴り合い、恫喝の向こうの涙
「マッドマックス 怒りのデス・ロード」をひたすらに因数分解してみよう
スター・ウォーズがこわい
徹底原作比較。実写映画「バクマン。」が失った気持ち悪さと再調整の妙
開始15分のエッセンスと驚きの軽量化。「パシフィック・リム」が魅せる混濁した未来
おわりに
スペシャルサンクス
あとがき
奥付
奥付

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まえがき(本書の読み方)

 こんにちは、YU@K(ユーケー)です。この度は、本書「THE BEST」を購入いただき、真にありがとうございます。この本は、私が運営するブログ「YU@Kの不定期村」の出張版になります。雑多な話題のエッセイや映画のレビューなど、短時間で読める「読みもの」を計21編、収録しております。通勤通学の電車やバスの中、映画館で映画が始まるまでの数分間、営業途中のコンビニの駐車場、つまらない飲み会で休憩したいトイレの個室、暇でしょうがない休日の昼下がり。そんなあなたのスキマ時間の「暇つぶし」に活用いただけたら幸いです。

 また、本書は製作から全てを完全なる個人の手作りで行っております。すでにご承知のとおり、販売価格も0円です。文中の挿絵は、総勢12人の方々が無償で協力してくださいました(計20点以上)。この場を借りて深く御礼申し上げます。純粋な「何かを作りたい」「見て欲しい」「読んで欲しい」が沢山詰まった一冊です。あなたと本書が、ほんの数日の末永いお付き合いになりますことを、心から願っております。

 

■本書の読み方
・目次機能より、読みたいページに飛んで下さい。
・挿絵をタップするとブラウザが開き、拡大表示が可能です。(一部例外あり)
・挿絵の下には、それを描かれた方のアカウント等をリンクで埋め込んでいます。
・文中のリンクをタップすると、ブラウザで関連ページが開きます。
・各編最後にあるツイートボタンをタップすると、タイトル&URL&ハッシュタグ付きのツイート画面が開きます。加筆修正の場合は元記事、新規収録の場合はサンプル記事のURLです。ぜひTwitterにてご意見ご感想をお聞かせください。 (右下のものはテストボタンです。ぜひお試しにタップ&ツイートしてみてください。)



アラサー男子は福山雅治の長崎稲佐山ライブでイケメンオーラに溺れ挫かれ人生を憂う

 特に男が男に向けて言う「イケメン」は、何も顔のかっこよさだけを指すものでは無い、というのは広く知られたことだろう。マスクのクオリティはもちろんベースとしてあるけども、立ち振る舞い・雰囲気・ファッション・言動・仕事ぶり…、その総合値が「イケメン」なのだ。しかし俺は20代も後半になって、この言葉の限界に出会った。「イケメン」とは何なのだろうか。「神」も「教祖」も「偶像」も「帝王」も、果たしてそれの“類語”だったのだろうか。そう、2015年8月30日、福山雅治の故郷長崎・稲佐山で開催された凱旋ライブ『福山☆夏の大創業祭 2015』の最終日を観てきたのだ。以下、このライブのレポートを綴る。


 きっかけは嫁さんが抽選で当選したことだった。俺はというと、福山雅治は確かに好きなミュージシャンのひとりではあったが、正直ライブにわざわざ行くほどではなかった。母が彼の大ファンで、幼い頃からスティックのりをマイクに見立てて『Message』を熱唱していたのは記憶にあるが、シングル曲もおそらく6割ほどしか知らないし、オリジナルアルバムをちゃんと聴いたことは一度もなかった。とはいえせっかくライブを観に行くのだから、予習はしていった方が良い。緊急追加席の当選だったため、参加決定からライブ当日までわずか1週間。現時点で最新アルバムの『HUMAN』とニューシングルの『I am a HERO』をとにかくヘビロテし、雨降る長崎で当日を迎えた。
 当日JR長崎駅に着くと、そこにはすでにファンがごった返していた。やはり女性の比率が高い。デビュー25周年、しかも福山の故郷長崎・稲佐山での三度目のライブ。ファンにとっては「ここで行かずしてどこで行く」レベルの大舞台だろう。駅には、ファンのメッセージボードが展示されていた。中央には福山の直筆サインも。この辺りで嫁さんは大興奮、浮足立っていた。俺も興奮はしていたが、やはり福山ビギナーとしての一抹の不安もあり、ライブでしっかり楽しめるかで頭がいっぱいだった。駅の裏手のグッズ売り場に行く。自分達よりも、大の福山ファンである母のグッズを買いに来た。プレゼントするからどれが良いか選んで、と品目ボードを撮ってLINEで送る。「更年期で年中必需品だから扇子をお願いします!」との返事だった。歳をとったな、母よ。今年はろくに実家に帰れなくてすまない。次の帰郷時には福山のライブDVDでも買って帰ろうかな。
 シャトルバスに乗って稲佐山の中腹まで。およそ20分。ローソンで買ったチケットを見せ、係員がテキパキと俺たちを誘導していく。25年活動しているミュージシャンのライブだけあって、やはり客層も、正直そこまで若くはない。母の年齢を考えるとそれも納得だ。ライブというお祭りに来たというより、地方に伝わる神社を訪れるために完全装備で登山するプロ参拝客の集団のようであった。でも何ら間違ってはいない。俺たちは“拝む”ために山を登ったのだ。


 ライブ会場に着くとチケットを引き換えにブロック整理券を渡され、同時に白い妖怪ウォッチを貰った。見慣れない代物に困惑したが、どうやら腕に付けるものらしい。取り急ぎ右の手首に装着。興奮する嫁さんを会場ののぼりと一緒に記念撮影後、指定ブロックに出向く。我ら夫婦はあまりライブというものに行った経験が無い。俺も学生時代にラルクとミスチルのドームツアーに行ったくらいだ。だから、野外ライブなんて初めての経験だった。
 アーチ状の大きなディスプレイが印象的な稲佐山特設ステージは、すでに沸いていた。女子トイレはもちろんのこと、男子トイレまで長蛇の列。観客の多くが、この空気の塵のひとつまで持ち帰ろうと熱気を露にする。野外ライブに初参戦の俺たち夫婦は確実に準備不足だった。他の観客はビニールシートを敷いてすでに精神統一に入っていたし、中には持ち込んだ簡易座椅子に座って小説を読んでいる人までいた。仕方なく入場時に貰ったチラシをお尻に敷き(唯一福山が“写っていない”チラシを選んだのは言うまでもない)、そこでスマホの天気予報を見て、どうやらカッパを持ってこなかった俺たちが正真正銘の馬鹿野郎なのに気付いた。
 開演1時間前、会場では福山のラジオが放送された。事前に録音していたのか、この稲佐山ステージで待機する客に向けた内容。ファンサービスがすごい。あの艶やかでエロいボイスで読み上げる視聴者投稿ハガキの話題で、「福山雅治はセックスが上手いか否か」というトークに突入。まだ明るい夕方の4時過ぎに世界三大夜景にも数えられる稲佐山に福山のセックストークが響き渡る。「抱かれたい男ナンバー1に選ばれても、期待値が余計に上がるだけで得ではない」。そう福山が語る。「でも、俺がライブに向ける情熱をもしセックスに注いだら、それはやばいことになりますよ」。単なるエロトークかと思いきや言葉の端々でまさにライブ直前の我々を盛り上げていく魅惑の46歳。「俺のセックスはまさにライブだね。もうね、泣くよ、お互い。『KISSして』から始まって『Squall』で終わる」と笑いを誘いつつ、ついに開演が迫る。


 開演のブザーが鳴り響き、いよいよ高まる会場。手拍子の一体感が興奮を加速させるも、やはり俺は少し不安だった。女性ファンが多いアーティストだし、知らない曲も多いし、心底楽しめるだろうか…。そんな中、一台の白いバンのドアが会場左後方で開いた。前方の画面にバンから降りる男の脚が映る。ギャァァァァアアアアアア!!!!と一瞬にして割れる会場。教祖・福山雅治46歳はまさかの会場後方から登場し、観客とタッチをしながら客席のど真ん中を駆け抜け、そのまま花道最前方に立ち上がる。嫁さんは大興奮でギャーギャー叫んでいる。「見て!近くを通った!福山!通った!見て!見て!やばい!」と、まるでギルデロイ・ロックハートを見付けた時のハーマイオニー・グレンジャーのように目を見開き俺の腕を掴み揺らす。落ち着け、俺を見ても仕方ないぞ、俺は福山じゃない。俺は福山じゃない。落ち着け。落ち着くんだ。
 教祖は、割れんばかりの歓声に包まれていた。俺は絶句した。なんだあの生物は。“あれが俺と同じ生物学上の「人間/男」なのか?”。芸能人はオーラがすごいとか、そんなありきたりな表現では毛頭足りない。俺を含めた会場にいる全ての人間の毛穴のひとつひとつから羨望と期待と憧れを吸い出し自らの身にまとうかのようなその立ち振る舞い。大気中に偏在する霊子のみならず霊子で構成された尸魂界の物質をも分解して自身の武器として再構築していたクインシーの石田雨竜を思い出して欲しい。まさにあんな感じだ。1曲目『その笑顔が見たい』からの『HELLO』に続き、気付いたら俺も少し飛び上がって全力で手拍子をしていた。
 福山のMC。「帰って来たばい長崎~!」と故郷への想いをぶちまける。この日のライブは、長崎の別会場・水辺の森公園や全国の映画館、そして香港や中国でもライブビューイングが行われ、WOWOWでも生中継されているとか。そのためか、会場のカメラの数が尋常じゃない。手持ちカメラのスタッフも多数、会場の四方には大型クレーンがあり、各々から伸びた糸の中央に繋がれたカメラが縦横無尽に動き回る。その更に上空にはヘリの空撮まで(ヘリのプロペラ音までイケメンだった)。全国、そして全世界への感謝を叫ぶ福山。「みんな!せっかくだから大きな声で“ましゃ~”って叫んでくれ!聞かせてくれぇい!せーのっ!」、会場「ましゃぁぁぁぁぁあ~~~!!」。“ましゃ”とは福山雅治の愛称だ。会場は大盛り上がり。続いて「男性の諸君!今日は来てくれてありがとう!大声で“福山~”って叫んでくれ!せーのっ!」


俺「ふくやまぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」


 つい、一瞬で喉が枯れるくらいに叫んでしまった。まるで「イモータン・ジョ~~!」のウォーボーイズだ。十数分前のライブを不安視する俺はもう死んでいた。あのカリスマ性は、もはやイケメンを超えたイケメン。皇子でも王子でもなく、帝王の風格。偶像であり教祖。俺の心は完全に掴まれていた。己のスタンドであるスタープラチナに心臓を掴ませる空条承太郎くらいには掴まれていた。


 ライブの所々のムービー、そしてMCで、福山雅治の長崎への複雑な思いが語られる。18歳の時、地元で5ヶ月のサラリーマン生活を経て上京した。「ここには何もない」と、長崎を捨て、東京に夢を見た。そんな男はアーティストとして成功し、2008年には「長崎ふるさと大使」にも任命された。自分が半ば見捨てた土地・長崎の人々は、いつも自分を応援してくれていた。「音返し(おんがえし)」と称された彼の長崎関連の音楽活動は原爆を含め平和への祈りに届き、被爆クスノキを歌った『クスノキ』というナンバーは海をも超えて歌われた。故郷と夢という彼の中だけのバランスが、いくつもの曲に溢れていた。『約束の丘』『18 -eighteen-』『遠くへ』『蜜柑色の夏休み 2015』『昭和やったね』と、福山の長崎への想いを込めたナンバーがライブ前半のメインだった。幼少期の記憶、祖母とのやり取り、思い出の景色、初めて演奏したライブハウス、離れて行った故郷。これらの曲を、この稲佐山で歌うことに意味がある。
 巨大ディスプレイにはまるで歌番組のようにリアルタイムで歌詞が映し出される。知らない曲も多かったが、その言葉のひとつひとつをじっくり歌い上げる福山の想いを察するに、つい涙腺が緩んだ。彼はどんな気持ちで、今この歌を歌っているのだろうか。「アーティストの持つテーマにどれだけ観客がついていけるか」という問題は、常に大きなライブでは付きまとうだろう。観客からしてみれば、究極的な部分でアーティスト本人の“想い”はどうでもいいのだ。我々を楽しませてくれれば良い。極端な話、ファンに人気の高い曲でセットリストを組んで演出を派手にすればそれで多くの観客が喜ぶのかもしれない。
 そんな会場で、福山雅治は誰よりも“自分”を歌った。言うなればこれほどに自己中心的なことはないし、全ての観客を自身のアルバムに強制連行しているようなものだ。でも、彼がひたすらに“自分”を歌うことを、会場のほとんどのファンが“喜び”と感じていた。とっても特殊な空間だった。それは、彼がこれまで述べてきた長崎への想いや音楽活動を、多くのファンがすでに知っているからだろう。こんなにも悠然と我が通り受け入れられる空間があることを、俺は初めて知った。

 

by 聖月 [Twitter]


 あいにくの雨天だったからこそ、即興でアコギを持ち出し会場の皆と『長崎は今日も雨だった』を合唱する。そんなサービス精神の塊のような男は、常に生き生きと、ステージを駆け回った。曲のたびにギターを交換し、常に誰よりも観客のことを考え、誰よりも自分自身が楽しみ、歌と演奏に心血を注ぐ。ディスプレイに映し出される映像の全てのカットがイケメン以上のイケメンで、どこで静止したとしても絵画として美術館に飾れるだろうと思った。甘美な表情も、男臭い眼差しも、少年のような笑顔も、終始俺を魅了した。以前から彼のファンだった人は、もうこの上なく夢心地だったろう。花道で歌うバラードパートでは、周囲から鼻をすする音が何回か聞こえた。特に『道標』あたりは、福山自身も万感の思いのようだった。言うまでもなく嫁さんも号泣していた。
 雨は降ったりやんだりを繰り返した。ギリギリの所でどしゃ降りにならない空が完全に暗くなった頃、ライブも後半、アップテンポの曲で盛り上がろうと福山から号令が放たれた。『HUMAN』で盛り上がりが最高潮になったタイミングで、右腕の妖怪ウォッチが突如点灯。曲のフレーズに合わせて点いたり消えたりを繰り返し、白・赤・緑に色を変え、観客の手拍子や手扇子を彩る。事前に曲の進行に沿うようプログラムされているのだろう。一体感が段違いだ。まさに俺自身が、全員が、「福山雅治のライブ照明」になったのだ。気付けば、今夜の俺たちこそが「稲佐山の夜景」そのものだった。
 インスト『Revolution//Evolution』でこれでもかとギターをかき鳴らし、『GAME』『ステージの魔物』と縦横無尽な低音ボイスを畳み掛け、『Cherry』ではまるで愛撫するかのようにギターを撫で回し、『I am a HERO』で会場の盛り上がりは最高潮に達する。放たれるスモークと勢いのある火柱、レーザービームが夜空に突き刺さり、照らされた雨がまるでラメのように光る。そんな舞台装置よりもはるかに輝く福山は、雨と汗を散らしながら観客を煽る。しきりに「一緒に歌ってくれ」と一体感を要求し、ディスプレイに映るカメラに向かって手を伸ばす。一見好き放題やっているようで、実は緻密に計算されたエンターテイナーとしての一挙手一投足にため息が漏れる。25年間、ファンとライブという形で接してきた彼の経験則が、見事に爆発していた。


 盛り上がりの中ライブは一旦終了。しかしそこで謎のコールが湧き上がる。「持ってこーい!持ってこい!持ってこーい!持ってこい!」と、両手でステージの熱気を引き寄せるかのようなジェスチャーをするファンの方々。近くの女性にいたっては、膝から曲げて屈伸をしながら両手を振り、まるでどこかの地元のお祭りの慣例パターンかのように全身で「持ってこーい」を繰り返す。どうやらこれが長﨑流の“アンコール”コールらしい。理解した後に、俺も負けじと声を上げる。「持ってこーい!持ってこい!」。まもなく、教祖再登場。『明日の☆SHOW』『何度でも花が咲くように私は生きよう』『追憶の雨の中』を歌い上げる。デビュー曲でもある『追憶の~』は、ラストに何度も何度もジャンプをして、野外特設ステージは大いに揺れた。その後にサポートメンバーをひとりひとりフルネームで紹介し、何度も感謝の意を述べる福山。逆にメンバーからも垂れ幕のサプライズを受け、そのチームの仲の良さを観客に見せつけた。
 そこから再度「持ってこい」からの、二度目のアンコール。時間はすでに3時間を超えている。アラサーの俺は立ちっぱなしで正直ちょっと腰が痛いのに、46歳の福山はあと数時間もやれそうなくらいに元気だった。もはや人間じゃない。『少年』『暁』と見事なクールダウンを決め、何度も何度も、本当に何度も長崎と稲佐山に礼を述べ、福山雅治はステージを後にした。疲労感は多幸感だった。帰りのシャトルバスに乗る際には、花火が打ち上がった。


 イケメンを超えたイケメンの所業を拝んだ俺たち夫婦は、分に5回の感嘆のため息と一緒に山を降りた。思わず頭を駆け巡ったのは「俺って、なんなんだろう…」というマイナスな感情だった。人類を福山雅治寄りかそうでないかで分けた時に、生物学的に福山雅治寄りの方に数えられるであろう俺だけど、あまりにも自分とは桁が違う生き物を目にして、自らの人生のちっぽけさを実感した。同じ人間、いや、同じ男として、彼と同じ性染色体を持っていることが申し訳なくなった。いや違う、そもそも比べるもんじゃない。分かってる。でもそれほどまでに言葉を超えたイケメンオーラがほとばしっていて、見事に溺れ、挫かれたのだった。
 帰りの電車の中、夫婦で感想を言い合った。辿り着いた結論は、「早く結婚してくれ」というものだった。つまり、彼の遺伝子をここで絶やしてはいけない。それは人類の損失だからだ。福山雅治のあの遺伝子を、一代で完結させてはいけない。そんな討議を交わしたくなるほどに、彼は正真正銘の「イケメン」だった。立ち居振る舞い・雰囲気・ファッション・言動・仕事ぶり、その総合値が人智を超えていた。家に帰った後に、嫁さんはシャワーより先に家計簿を開き、ファンクラブの会費と睨めっこをしていた…。

 

※そしてこのライブレポを執筆して程なくして本当にご結婚されました。おめでとうございます。



俺は「遊☆戯☆王リアルタイム世代の熱い思い出」を召喚!ドン☆

 大人になって紙の札を触る機会はどうしてもお札くらいになってしまったけれど、今でもたまにトランプをやるとカードを「切る」(シャッフルする)動作だけは人並み以上にできる自信がある。束になったトランプをランダムに抜いて上に重ね、それを繰り返す。シュッ!シュッ!シュッ!…というあの動作。否が応でも血が騒ぐ。今から始まるのが他愛のないババ抜きであったとしても、心の奥底には幕を開ける「決闘(デュエル)」に奮い立つ自分がいるのだ。


 高橋和希により1996年から週刊少年ジャンプで連載を開始した漫画、「遊☆戯☆王」。気弱な高校生・武藤遊戯がある日祖父から貰った千年パズルを解いたことをきっかけに、自身に古代エジプトの王の魂を宿す。二重人格となった彼は、あらゆるゲームで戦い続ける“遊戯の王”となりながら、失われた王(ファラオ)の魂を探る友情と闇の戦いに挑んでいく…。連載開始当時に小学生だった自分はこの作品をリアルタイムで読んでおり、98年の東映アニメーション制作によるアニメ化、そして00年にカードゲームをメインとした「デュエルモンスターズ」としてのアニメ化、社会現象となったOCG(オフィシャルカードゲーム)の大流行など、その全てに大いに揉まれてきた。

 そんな遊戯王世代の回顧録をひたすらに綴りながら、原作「遊☆戯☆王」を中心にその物語の魅力に迫ってみたい。


 原作の「遊☆戯☆王」が「友情」の物語であることは広く知られた話だ。遊戯は、自身をいじめていた城之内や本田を更なるいじめっ子から庇い、その行動が回り回って城之内をプールに飛び込ませる。彼のずぶ濡れの行動がパズルの最後の1ピースであり、その友情成立を経て完成した千年パズルは、遊戯に通称“闇遊戯”という裏人格を潜ませる。「ジョジョの奇妙な冒険」で知られる荒木飛呂彦の影響を強く受けていると公言するだけあり、その奇怪演出とホラーテイストの中で活躍する闇遊戯のダークヒーローっぷりは当時の私には新鮮であった。ゴゴゴ…といった擬音の演出など、ジョジョ視点で読み込むと原作序盤は別の面白さが垣間見える。サブキャラや脇役が再登場する箱庭感覚の物語などは、まるでジョジョ四部のようでもある。

 スポーツや格闘、戦闘をせずに、「主人公がゲームで悪を裁く」。それも必殺仕事人のごとく闇に紛れて人目のないところでそのゲームが行われ、負けた悪人に対してはこの上ない皮肉の効いた罰ゲームを喰らわせる。その所業は遊戯“本人”でさえ気付いていない。そんな影のヒーローとして描かれていく闇遊戯の活躍は非常にエキセントリックであり、どこかバットマン的な“闇の仕置きヒーロー”のようなカッコよさも併せ持っていた。(まさにアメコミチックなダークヒーロー・ゾンパイアという存在が出てくるあたり、高橋先生も相当なアメコミ好きだと思われる)


 この連載序盤から後に宿命のライバルとなる海馬が登場し「M&W(マジック&ウィザーズ)」というカードゲームも初登場。そして、物語終盤の鍵を握る存在・シャーディーも登場し、古代エジプトの謎が物語の根底にあることが示唆されていく。また、カプセル・モンスター・チェスや龍札(ドラゴンカード)など作者オリジナルのゲームの多数登場。読者にとっては初めて出会うゲームなのに、短時間でしっかり「勝つための説得力のあるロジック」を提示してくれるのが面白い。海馬が遊戯を陥れるために仕組んだプロジェクト「DEATH-T」を潜り抜け、カードゲームとしての魅力、そして友情物語の側面が次第に強化されていく。

 その後、後になって考えると物凄く重要な戦いであった闇獏良とのTRPG「モンスターワールド」が展開されていく。千年リングというアイテムを持つ獏良は遊戯と同様の二重人格であり、その闇の人格と遊戯が、城之内ら仲間をゲーム内のコマとして扱うテーブルゲームで火花を散らす。この闇獏良と闇遊戯の戦いは、原作において度々行われている。TRPGに始まり、バトルシティのトーナメント編や、記憶編での盗賊王との対決、そして闇獏良は実質的なラスボスとしてその記憶のテーブルゲームの対戦者となっている。海馬は遊戯のライバルとして名を馳せているが、実は遊戯の(記憶を巡る)真のライバルはこの獏良だったと言えるだろう。海馬は、ライバルというより好敵手と表記した方がニュアンスは近いのかもしれない。

 このTRPGにおいて、表人格の遊戯と闇遊戯は初の邂逅を果たす。それまで自分の記憶が飛んでしまうことに薄らと気付いていた遊戯だが、初めてはっきりと「もうひとりのボク」を自覚するのである。ここからこのふたりは、王国編の海馬戦やペガサス戦を経ることで、関係性が進歩していく。


 前述の闇獏良との戦いまでが、98年に放送された東映アニメーションによるアニメ版だ。いまだにFIELD OF VIEWによる主題歌「渇いた叫び」は印象深いし、EDのWANDSが歌う「明日もし君が壊れても」もカラオケでよく歌ってしまう。アニメ自体はオリジナル展開も多かったが、初期のカードゲームにまだずっぽりはまっていない頃の原作の雰囲気はよく演出されていた記憶がある。遊戯役は緒方恵美、海馬役は緑川光と、キャストも豪華だ(ちなみにこのアニメ版の海馬の髪色は懐かしの緑色である)。脚本には井上敏樹に小林靖子と特撮オタク的にはこれまた反応せざるを得ない面々が並んでいるが、現在はろくにDVDも出ておらず半ば闇に葬られている…。

 また、東映アニメ版は1999年に劇場版も製作されており、あの「デジモンアドベンチャー」や「ドクタースランプ」と同時上映された。今では城之内の右腕として定着している「真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)」だが、この映画版では幻のレアカードであるレッドアイズを手に入れた気弱な少年・青山翔悟がオリジナルキャラとして登場し、海馬と遊戯がそれをかけて戦うという構図になっている。「邪悪なる鎖」によって強化された「青眼の白龍3体連結」のカードは印象深く、四枚分割のスペシャル版を嬉々としてコレクションしたのも思い出に残っている。ちなみに、遊戯はこの時「メテオ・ブラック・ドラゴン」を召喚し3体連結を打ち破った。

 


 さて、物語はペガサスが主催する“決闘者王国(デュエリストキングダム)編”へと突入していく。明確に「M&W(マジック&ウィザーズ)」のルールが整備され(しかしダイレクトアタックという概念がないため実は結構ガタガタなルールであった)、人気を博したカードゲーム中心の物語が展開されていく。この王国編は2度目のアニメ化となる「デュエルモンスターズ」にて映像化され、人気によりオリジナル展開やバトルシティ編と続き、原作最終話の映像化にまで届く。アニメの中で遊戯や海馬が使うカードは実際に売られたカードと全く同じデザインであり、その購買意欲を引っ提げてカードダス版とは異なるOCG(オフィシャルカードゲーム)が展開された。当時は「サンダーボルト」か「青眼の白龍」を持っていれば勝つくらいにはバランスが稚拙であったが、後に効果モンスターや魔法・罠が充実していき、その戦略性や流行はギネス級のヒットに繋がっていく。兎にも角にも、この原作における“王国編”がその全ての契機となっているのだ。

 「見えるんだけど、見えないもの」、からの「友情」で勝ち進む遊戯と城之内。インセクター羽蛾のグレート・モスを破り、梶木漁太のシーステルスアタックを看破し、闇のプレイヤーキラーの城をカタパルトタートルで撃ち落とし、次々とスターチップを獲得していく。常に一手先を行く並外れた思考と、「敵を濡らして感電させる」「月を破壊する」「属性反発作用で敵モンスターを倒す」というとんでもアイデアを炸裂させていく遊戯。この頃の遊戯王はルールがグラグラだったおかげか、高橋先生の斬新で特異なアイデアが飛び出しまくっていたから面白い。城之内は運と勢いをメインに勝ち進み、遂にはあのバンデット・キースまでもを破る。墓破りからのメタルレッドアイズという勝ち方は本当にお見事だった。

 さて、時系列が前後するが王国編で欠かせないのが海馬と遊戯の再戦だ。都合3度目の戦いとなるが、モクバの命を救うために自らの自殺で脅迫し勝ちをもぎ取った海馬。この時にとどめを躊躇った表遊戯が次第に裏遊戯との交流を深めるきっかけになる。明確に意思に反発したこの時が、後のマインドシャッフルにまで繋がっていくのだ。心を見透かすペガサスにマインドシャッフルで対抗し、更には友情パワーでカードが見えない!、という展開はいつ見ても面白い。こんなにも荒唐無稽な不思議パワーと不思議パワーのぶつかり合いなのに、最高に説得力があるのだ。


 かくして王国で優勝した遊戯だったが、立ちはだかる御伽龍児によるDDM対決を経て、シリーズトップクラスの人気を誇るバトルシティ編へ突入していく。ちなみに、DDMは実際に玩具化され私も当時かなり買ったクチだが、そもそもダイスがうまく展開せずにグラグラした道の上に駒を置くことになったりで、全く流行らなかった思い出しかない。さて、バトルシティでは新たに神のカードという存在が明かされ、遊戯と海馬のような若者が争い合う絵が描かれた石板も登場する。一見カードバトルに傾倒しているようで、しっかりと本筋が続いているのがポイントだ。グールズというレアカードハント集団に、イシュタール家という墓守の一族。新たな千年アイテムも登場し、遊戯と海馬はその渦に否が応でも巻き込まれていく。

 ベストバウトとして挙げたいのは、やはり遊戯と人形の決闘だ。マリクに操られた人形は、オシリスの天空竜を従え遊戯を絶体絶命のピンチに追い込む。が、オシリスの効果を最大限に発揮させるためのマリクのゴッド5コンボを逆に利用し、永久ドローに追い込み山札を尽きさせ敗北に追い込む。ライフポイントを0にせず勝つという高橋先生のロジックが光る一戦だ。バラバラとカードを落とす人形と、そして消滅していくオシリスの見開きのカットはいつ見ても美しい。決勝トーナメントでは、ウィジャ盤を操る闇バクラと遊戯の対決、マリクの名を騙るリシドと城之内の互いを認めた戦い、舞を一方的にリンチに追い込むマリクの悪行と、決められた運命を変える海馬の底力がイシズに伝わる決闘、その全てが見どころ満載だった。更には、マリクをあと一歩まで追い詰める城之内の奮闘(ギアフリード!あと一撃が…!)、そして遊戯と海馬の運命が決着する準決勝と、シリーズにおいても外せない戦いが続く。

 あくまで力と己のパワーのみで利己的に勝ちを求める海馬と、仲間と目の前の相手を見つめる遊戯。オベリスクや三体の青龍という物量で攻める海馬と魔法を駆使して対抗する遊戯は、その戦術までもが対照的である。その後の決勝戦では神のカードが大盤振る舞いされるラー攻略戦であったが、最後の最後にマリクのサレンダーで終わるのがとにかく綺麗だ。ラーの能力がいつの間にか裏マリクとの同化を果たしていて、打倒ラーが同時に裏マリクの除去にすげ変わっているのが上手い。


 この頃のOCGの盛り上がりは、私の世代としては最高潮だったように思える。ユニオンやスピリットといった特殊な効果モンスターが次々と現れ、ルールは複雑化していった。常に禁止カード・制限カードを確認しておかなければならなかったし、カードテキストの解釈で友人と喧嘩になったりもした。サイバーポッドで引いたカードは相手に見せるのが必須だったかどうだったか…。
 アニメはオリジナルのノア編やドーマ編が挟まれていく。ノア編では、まるでデュエルマスターズの牛次郎との決闘のようなテーマモンスターを決めての特殊ルールだったりで、「クリボーが勝手に」の名台詞もここで飛び出した。ドーマ編はオレイカルコスの結界というカードが面白く、ネットで一時期流行した遊戯のバーサーカーソウルによる羽蛾ボコ殴りもこの時である。(ちなみにこのシーン、走る列車の上で戦っている)

 


 さて、原作はついに最終ターン、記憶編に突入する。遊戯は自身の名・アテムを求めて王家の記憶を辿る旅に出る。また、分離した表遊戯や城之内たちも、彼を追い記憶の中に突入していく。最終的には獏良との戦いになだれ込み、そうして、あの運命の遊戯vs遊戯が訪れる。気弱で貧弱だった表遊戯が、ゲームの天才である裏遊戯と決闘し、彼を負かす。これ以上ないメッセージ性に満ちた、見事な決闘だった。アニメ版では原作で短縮されてしまった尺が補われ、思い出のカードが多数登場している。ぜひとも未見の方にはこの最後の遊戯対決だけでも観ていただきたい。

 

 遊戯王という物語の何が面白いかというと、もちろんカードを中心としたゲームの駆け引きも大きいが、とにかく登場人物たちが真っ直ぐに生きているのが魅力的なのだ。溜め込んだり、抱えたり、そういったことをするキャラクターはあまりいない。どいつもこいつも、今いる自分をとにかく信じて、正直に真っ直ぐに生きる。その真っ直ぐさが交差し火花が散ったとしても、互いに一歩も引かずに自らの信念と主張をカードに込めて斬り合う。そんな、どこまでいっても男らしく清々しいまでのサッパリした奴らの共演こそが、遊戯王の魅力なのだ。

 今でも、実家のタンスの奥底にはおそらく数千枚の遊戯王カードが眠っている。30を前にしたこの歳になっても、懐かしさに惹かれて兄弟で古いカードを持ち出して一戦交えたりしてしまう。いい歳して何をやってるんだと言われようが、我々にとってはこれが大事な血脈なのだ。電卓がひとつしかなければ80008000と打ち込んで左の方が1400ダメージなら14000000と0を4つ多く打つ。サイコロが無い時は台所の母に「なんか数字言って!」と叫んでその結果でギャーギャー騒ぐ。そんな数々の思い出が、あの紙切れの束に詰まっているのだ。



ネットや世間が何と言おうと俺はマクドナルドを食べ続けたい

 昨今、日本マクドナルドが苦戦を強いられている。ネットを探せば容易に目に入るほどに、ストライキの影響でポテトが販売休止になったり、異物混入で騒がれ対応がまずかったり、色々な問題が立て続けに起こっている。それに伴い、ネットや世間からのマクドナルドに対する風当たりも一層強くなった。ネットで検索してマクドナルドに関するエントリーを見てみると、「こんなのを喜んで食べてるのは味覚障害」「企業としての信頼は地に落ちた」「高かろう悪かろうで誰が行くのか」など、辛辣なコメントが多数ぶら下がっていることが多い。
 嘆かわしいことだ。
 俺は単なるマクドナルド愛好家だ。俺の人生はマクドナルドと共にあった。別に仕事はマクドナルドとは全く関係ないし、株主でもない。そう、こうやって醜い前置きでもしないと、今やマクドナルドに対して良いニュアンスの意見は叫び辛くなった。これから書くことは、俗にいうステマとか、社員の工作とか、そんなものではない。まあ、それを疑われたからといって反証する材料が出せる訳でもないが、純粋に、マクドナルドが大好きな「俺の」「一個人の」意見だ。以下、愛を込めて「マック」と表記したい。


 俺の人生はマックと共にあった。まず、母がマックを好きだった。だから、俺たち兄弟もマックが好きになった。父はあまりファストフードを食べない男だったが、仕事柄出張が多く、父が家を空けた時に、兄弟全員で母が「今日はマックにする?」と言い出すのを待っていた。母の手料理は最高だったが、たまに食べるマックも最高だった。車で20分ほどかけて、よくマックに行った。もう20年ほど前のことだ。今ほど、どこにでもマックがある時代ではなかった。
 マックは、俺たち家族にとって間違いなく「ごちそう」だった。決して値段が張る外食でもないし、見た目が豪華な訳でも、お店が綺麗な訳でもない。しかし、間違いなく父を除く家族の「ごちそう」だった。俺も、弟も、マックが好きだった。こんなことを書くと、「マックごときをごちそう扱いだなんて可哀想な子供だ」などと思う人もいるだろう。知らん。俺たちにとっては間違いなく「ごちそう」だったのだ。うだうだ言うな。俺の幼少期はマックと共にあった。
 今の若い子は知らないかもしれないが、昔はマックのメニューも包装も違っていた。もちろん、100円マックなんてものはなかった。ナゲットも今の5ピースではなく9ピースなんてものがあった。ハンバーガーの箱も、今とは随分雰囲気が違ったんだ。昔の俺はてりやきマックバーガーが一番好きだった。あれは意外と綺麗に食べるのが難しいんだ。口の周りをソースで汚して、その味が残ったままポテトを食べて、コーラで流し込む。考えただけで涎が出てきた。


 俺が思うに、マックのポテトには何らかの麻薬が仕込んである気がする。あれには異常なまでの中毒性がある。定期的に食べないと体がポテトを欲して止まなくなるのだ。揚げたてのポテトはもちろん旨いが、俺ほどのツウになると冷めたポテトこそが“真価”だ。あのヘニョッとしたポテトにかろうじて残る塩味がたまらないのだ。そして、焦げて黒くなった先端部分のカリカリが残っていた時の歓びは、何にも代えがたい。ちなみに、ポテトに入っている麻薬は、コーラと一緒に摂取すると効果が倍増する。
 やがて、俺は運命の出会いを果たすことになる。1991年に発売が開始された、そう、月見バーガーである。毎年のように言っているが、俺は月見バーガーを食べるために毎年秋を待っている。この月見バーガーがどれだけ最高なのか、俺の言葉では語り尽くせない。公式サイトの紹介文を掲載するから、それを読んで欲しい。


 「月見バーガー」は、1991年の初登場以来、毎年秋の風物詩として親しまれている、人気の季節限定メニューです。満月に見立てたぷるぷるたまご、ジューシーな無添加100%ビーフパティ、スモーキーなベーコンを、月見バーガー専用のトマト風味のクリーミーな特製オーロラソースで味付けし、香ばしいゴマつきバンズでサンドしました。
日本マクドナルド公式サイト


 毎年、秋になるとそわそわしてしまう。月見バーガーが食べられるからだ。こいつとの思い出は無数にある。前の会社に勤めていた時、飲まされた酒に潰れ二日酔いで目を覚ました日も、重い頭を抱えながらマックに行った。月見バーガーを食べながら、昨晩の記憶を辿ったものだ。ネットでは、年々月見バーガーが値上げされていると、鬼の首をとったかのように叫ぶ輩がいる。年に1回なのをいいことにこっそり値上げしているのだ!騙されるな!…という論旨らしい。俺にとってみれば大層くだらない話だ。俺は「月見バーガー」を食べるのだ。「安いハンバーガー」を食べに来ているのではない。

 

by 飛翔掘削 [Twitter][HP]


 そもそも、「マックは高くなった」「ファストフードなのに高くちゃ行く意味が無い」という意見に、俺はいつも疑問符が浮かぶ。俺はいつも「マクドナルド」を食べにマックに行っている。「安いファストフード店」に行っているのではない。「マクドナルド」に足を運んでいるのだ。数百円の値上がりなどさしたる問題ではない。もちろん、安い方が客が多くなるのは分かる。だが、今ここに限っては俺の好みの話をしている。マックはマックだ、値段じゃあない。
 話が横道に逸れた。そう、てりやきマックバーガーが長らく俺のベストだったが、月見バーガーがその座を華麗に奪い取ったところまでだった。いつだったか正確には覚えていないが、月見バーガーやグラコロといった期間限定バーガーが一堂に会したキャンペーンもあった(エブリデイスマイルキャンペーン…だったか?)。相当前の話だ。間違いない、まさに「アベンジャーズ」だ。あんなバーガーやこんなバーガーたちがアッセンブルしたあのキャンペーンの強烈さは、今も脳裏に焼き付いている。


 高校の時、そのすぐ横にある商業施設のフードコートに、マックが入っていた。部活の帰りに、よくマックで談笑したものだ。ジュースを買って、ポテトを1つだけ買って、それを皆で分け合いながら、中身の無い話をした。これが青春だ。俺の青春はマックと共にあった。大学の時、マックでバイトしている友人がいた。皆で茶化し半分でお店に行って、お決まりの「スマイルください」をレジに立つ友人にお願いしたこともあった。友人は、レシートの裏面にボールペンでスマイルマークを書いてくれた。座布団1枚案件だった。大学時代といえば、就活も思い出の1つだ。24時間のマックが近所にあったので、よくそこでエントリーシートや履歴書を書いた。コーヒーのみを頼んで居座る大学生はお店には相当迷惑だったかもしれない。許してくれ、客足が少ない夜遅い時間にばかり行っていたから。そこで何十枚もの書類を書いたものだ。おかげさまで当時は内定をいくつかいただけた。マックのおかげだ。俺の就活はマックと共にあった。
 就職した先で、営業マンをやっていた。外回りが多かったので、よくマックを食べた。よっぽど田舎まで行かない限り、マックが見つからないことは無い。お客さんに謝らなければいけない場面も多々あった。そんな陰鬱な営業の帰り道で、マックに寄ってささやかな打ち上げをしたものだ。ポテトの塩味が、俺に元気をくれた。俺の営業はマックと共にあった。


 今でも新作バーガーが出るとほぼ必ず食べることにしている。近年だと、2012年のグランドキャニオンバーガーが美味しかった。あれはレギュラーに加えてもいけると思う。俺が保証する。というか、定期的に売ってくれ。頼む。ああ、メガマックも良かった。
 程なくしてこの頃、店頭からメニューの一覧表が消えたことが話題になった。ネットでは散々叩かれていたのを覚えている。確かに、その気持ちは分かる。が、俺にとっては何の問題も無かった。メニューなんてほとんど覚えている。それに、あらかじめ入店前にクーポンをチェックして今日食べるメニューのあたりをつけている。店に入ってから悩むことは、まず無い。
 マックの店内の雰囲気が好きだ。あの油の匂いと、独特な空気。「ああ、俺は今から体に悪い物を食べるんだな…」という感動が、俺を襲う。往々にして、旨い食べ物は体に悪い。だから何だと言うのだ。俺は修行僧じゃないんだ。身体に悪い物を食べられる幸せを、噛みしめていたい。レジの奥の雰囲気も、好きだ。もちろん、あそこに立ち入ったことは無い。しかし、システム化されたルールの中で効率よく生産されていく宝石たちを眺めるのは、目の保養になる。楽しい。テレレ!テレレ!という、ポテトが揚がったのか何かよく分からない時に鳴る機械音も、風物詩だ。あの空間にずっと居たくなる。でも、お店が混雑している時は、パッと食べてすぐに立ち去るのが愛好家としてのマナーだ。

 

 俺の人生はマックと共にあった。好きなものは好きと言える気持ち、抱きしめてたい。

 確かに、ここ数年の企業としての迷走ぶりは、目に余るものがある。異物混入の騒ぎも、これだけ店舗数が多ければヒューマンエラーを防ぐのは難しいだろうなと同情しつつ、諸々の対応の悪さは批判されて然るべきだった。ネットを開くと、マックに肯定的な意見を見かけることは少なくなった。一時はきのこたけのこ戦争と双璧を成していたマックマクド戦争も、今では息をひそめた。もう皆、そんなことを話題にしていない。マックをいかにこき下ろすかに注力している。
 嘆かわしいことだ。
 マックよ。もっと頑張ってくれ。俺はこれからも食べていきたい。来年も、再来年も、ずっと、ずっと、お前と共に生きていきたい。日本マクドナルドよ、頑張れ。頑張ってくれ。今年の春は何バーガーを食べようか。今年の夏は何バーガーを食べようか。春の桜も夏の海も、あなたと見たい、あなたといたい。今年の秋は何バーガーを食べようか。今年の冬は何バーガーを食べようか。秋の紅葉も冬の雪も、あなたと見たい、あなたといたい。




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