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はじめに

  はじめに

 

 

 

三木露風が詩壇に頭角を現した時代は、近代詩の歴史の上でまれにみる転換期にさしかかっていた。薄田泣菫、蒲原有明はすでに詩業の頂点を極め、その閉塞感を打破する運動が次世代の若き詩人たちによって推進されようとしていた。

 

 そうした機運に乗じて二人の詩人が有力な後継者と目されて、新詩壇から喝采をもって迎えられた。それが北原白秋であり、三木露風であった。資質を異にし詩風において好対照であった両者は、各々の流派を形成し、お互いに覇を競った。二人は直接対抗意識をあらわにすることはなかったが、各陣営の詩人たちは露骨な敵愾心を抱き、相手を攻撃し論難した。

 白秋側では室生犀星であり萩原朔太郎であった。露風側には服部嘉香、柳澤健、川路柳虹が陣取った。この応酬に止めを刺したのが、萩原であった。大正62月に刊行した処女詩集『月に吠える』が好評を博したのに自信を深めた彼は、5月「三木露風一派を放追せよ」を『文章世界』誌上に発表し、露風一派の象徴主義を激しく「賎辱」し、彼らを詩壇から追放すべき正当性を主張した。これによって露風陣営は壊滅の憂き目にあった。

 

 以上が詩史上の通念となっている争闘の顛末であることは、あまねく知られている事実である。これを受けて現在のわれわれは露風一派を否定的評価をもって遇するのが習わしとなっている感がある。しかし近代詩研究者の諸論文をつぶさに検証してみると、論者の立脚点や論法に、露風の作品および思想を十分に読み込んだ上でなされたとは思えない立論が多く見受けられる。

 

 本書はそうした露風観、露風像に対して新たな視線を投げかけることで、生涯詩人としての自負と矜持を貫いた露風の実像に迫るべく企図されたものである。

 

 彼が人生の半ばに著した自伝『我が歩める道』の表題が示しているように、彼の詩人としての歩みは、道の追及にあった。この道は単に人生経路を意味するばかりでなく、求道という精神的遍歴の道程をも意味していた。トラピスト修道院に赴き、キリスト者の生活を選んだのも、彼にしては詩壇からの逃避ではなく必然の結果であった。彼にとって如何に生きるべきかという倫理的問題意識は、生涯を通して脳裏を離れることはなかった。それはつまり誠の道を詩作の上に具現する営みとして彼を鼓舞し続けた。そのために芸術至上主義の立場からの批判は甘んじて受け入れて憚らなかった。彼から見れば誠に裏付けられない美は、真実の美とは認められなかったのである。

 

 晩年にはおびただしい俳句や短歌を制作しているが、白秋とは異なり結社を運営することもなく、あくまでも余技の域を超えるものではなかった。あくまでも彼は詩作を己が天命と悟り、誠を詩の形式において表現すべく精進を続けた稀有な詩人であった。

 

 本書は、露風の詩作品の背後に秘められた、ハイデッガーいうところの「詩の場所」としての世界観を解明しようとする試みの書である。

 


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