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こぴかな時々あー++

ふくびきかなたん

 

 年末は何かと買い込んで準備をしないといけないと言いますけど。最近はコンビニはいつでも開いてるし大型スーパーも正月から開いてますし、無理して年末に物を買い込む必要は無くなっているのですよね。それでも年末に買い物をしてしまうのは、セールで値引きしているからとか抽選券が貰えるからとか、そういう理由の方がむしろ大きいと思いますの。

 この二人も、きっとそう。

 

「クドリャフカ。安いからってあんまり物を買い込みすぎてはだめよ」

「わかってますよ。だからこうしてリストも作ってますし、佳奈多さんにもついてきて貰ったのです」

「わかってるならいいのよ」

「あ、ブリが安いです! 佳奈多さん、ブリ大根作りませんか?」

「ブリも大根もリストには無いわよ」

「あっあっ、でも、おせちの材料にブリは必要かと」

「おせちにブリの照り焼きを入れるところはあるけど、ブリ大根は入れないと思うわよ。汁が垂れるし。意外と日持ちのしないものだし」

「わふ。でも、この前リキがブリ大根食べたいって言ってたのです」

「直枝が…?」

 二木さん、少し考えます。

「わかった。じゃあブリは私が買うわ」

「リキの名前を出した途端自分で買うと言い出す佳奈多さんに何か汚いものを感じてしまうのです…」

「そうよ。私は汚い女よ。…知っているでしょう?」

「佳奈多さん。お金は半分づつ出しましょう。それがいいと思うのです」

「…そうね。確かにそれが一番穏当な解決法だと思うわ」

 

 こうしてこの二人は、リストに無いブリと大根を買い込んだのでした。だから言ったではありませんか、値引きは怖いって。

「予定に無い物も買ってしまったので、抽選券がいっぱいになってしまいましたねえ」

「まあ、この際しょうが無いわね。それにほら、1等賞はタブレットPCですって。あなたそういうの欲しいんじゃ無いの?」

「葉留佳さんも欲しがりそうですねえ」

「そうね」

「佳奈多さん、半分づつ引きましょう」

「何を言ってるの? クドリャフカの買い物で貰った抽選券でしょう。クドリャフカが全部引きなさい」

「付き添ってくれたお礼です。それにブリと大根は半分づつ出してますし」

「そう。じゃあ引くだけ引いて、当たったら考えることにするわ」

 こうして二人は抽選会場に向かったのでした。はじめに能美さんが引きます。はい、3等賞が当たりました。

「佳奈多さん、3等賞あたりましたですっ! どうしましょう、3等賞、温泉権って書いてあります!」

「クドリャフカ落ち着いて。しかし3等賞で温泉旅行だなんて、随分と豪勢ねえ」

「温泉旅行ではありません。温泉権です」

 係の人が説明しています。

「あなたが何らかの理由で万一温泉を掘り当ててしまった場合、その時に必要な行政手続きその他諸々の費用を負担して貰える権利です」

「え…?」

「温泉が貰えるわけでは無いのですか?」

「違います」

「あの、じゃあ土地とか採掘権とか、そういうのは含まれてないんですか?」

「ないです。3等賞でそこまで入ってるわけ無いじゃないですか」

「ということは、温泉を掘る場所は自分で探さないといけないんですか?」

「佳奈多さんどこか温泉の出る場所知らないですか?」

「知るわけないでしょう。なんなのこの賞品。妙な賞品が含まれてるのね」

「商店街の店舗や常連さんからの提供品ですので。たまにこういうのも含まれてます」

「こういうのにこそ、残念賞って付けた方がいいんじゃないのかしら?」

「佳奈多さんは頑張って残念で無い賞引き当ててください…」

「抽選なんだし、頑張ってどうにかなるものじゃないと思うけど。ま、とにかく引いてみますか」

 そう言いながら、二木さんは所定の回数分を引きました。

「おめでとうございます! 特別賞です! 出た! 出ました! 本年度の抽選会最大の目玉賞品、遂に出ました!」

「え…?」

「佳奈多さん、やりましたね!」

「え、ええ。でも、特別賞って…? え、1等賞より上なの?」

「1等賞は値段が高いです」

「1等賞だものね」

「タブレットPCならそれなりの値段ですしね」

「じゃあ、特別賞は?」

「プライスレス」

「え?」

「と、提供者の方はおっしゃっていました」

「プライスレスって…あなたと過ごした30年とか、そういうの?」

「30年までは行きませんが、似たようなものです」

「いったい何なの?」

「直枝理樹を一日好きに出来る権利」

「…。」

「…。」

 

 二木さんと能美さんは、一瞬無言になりました。そして能美さんは、半ば本能的に、二木さんの手にある目録を奪い取ろうとしました。二木さんも本能的にそれを後ろに隠しました。

 

「す、すみません佳奈多さん、つい出来心で…」

「え、ええそうね。出来心も起きるわよね。仕方のないことだわ。仕方のないことよ」

 

 二人ともかなり動揺しているようです。

 

「よく考えたらこれはクドリャフカの買い物なんだから、あなたに権利があるのよね」

「いえでもこれは佳奈多さんが自分の分として引いたものですし」

「ブリの分でしょう? あれは半分ずつ出すという話だったじゃないの」

「でも引いたのは佳奈多さんです」

「ねえ、この権利、半分ずつには出来ないの? 半日ごととか」

「いかなる脅迫や圧倒的権力を以てしても権利の分割や譲渡は認めない、という付帯条件が付いています」

「なんでそんな強力な条件が付いてるのよ…」

「提供者の意向で」

「提供者って一体どこの誰なのかしら」

「すみません、後ろ並んでいるので。お話でしたら後日」

「そ、そうね」

「佳奈多さん、寮に戻って落ち着いてゆっくり考えましょう」

 二木さんと能美さんは、寮への帰路に就きました。すると、後ろから呼び止める声がしました。棗恭介さんです。

「待て、二木佳奈多」

「あら棗先輩。なんですか」

「理樹は俺のものだ」

 

 二木さんと能美さんは、3秒ほど無言になってしまいました。そして何事もなかったかのように会話を再開しました。

「クドリャフカ、ガスボンベは買い足さなくて良かったかしら?」

「ガスボンベは秋口にたくさん買い置きしてしまったのです」

「そうだったわね。円安で石油製品が値上がりすると思ったのに、原油価格が暴落するなんて」

「まさかサウジアラビアがシェールオイル潰しに走るとは思わなかったのです…」

「おい待て。おまえら一体何の話をしている」

「ガスボンベの話ですけど?」

「俺はガスボンベの話などしていない」

「あなたと話しているつもりはありませんから」

「人が話しかけているのに無視するなんて失礼じゃないか」

「いきなり意味不明なことを言い出すのも失礼だと思いますけど?」

「ん? そんなに意味不明だったか?」

「意味不明というか、脈絡がなかったのです…」

「そうか。確かに説明が足りなかったな。もう少しきちんと言おう。二木佳奈多、おまえが引いたその特別賞の理樹を一日好きにしていい権利は、俺のものだ」

 二木さんは、呆れたように大きくはぁとため息をつきました。

「この賞は私が自分で引き当てたものなんですけど?」

「そうだ。そもそもおまえが引いてしまったこと自体が間違いなんだ」

「なんですかそれ。意味が分かりません」

「その賞は元々俺が提供した。よって俺のものだ。以上」

「あの、提供したのでしたら、もう恭介さんのものではなくなっているはずなのでは」

「自分で引くつもりだった」

「は?」

「一度は俺の手から離れた理樹を、己の運気を以て自らの手に取り戻す。それこそが俺の理樹に対する愛の証になるんだ。付帯条件で理樹はいかなる暴力を以てしても俺から引き離せないようにしてある。誰にも邪魔はさせない。完璧な条件で、理樹との至福の一日を過ごせるはずだった。なのに、それをおまえはいともたやすく邪魔しやがって…」

「別に邪魔したつもりはないんですけど。そんなに欲しかったなら、私より先にこの賞引けば良かったじゃないですか」

「もちろんそうするつもりだった。だが抽選券が途中で無くなった。大急ぎで調達している間に、お前等が割り込んできて…」

「割り込んでません。ちゃんと順番守ってます」

「俺が抽選券無くて困ってる間に…。何でお前等そんなにたくさん抽選券持ってんだよっ!」

「すみません、私がたくさん買い物したばっかりに…」

「クドリャフカ。あなたは何も悪くないんだから、謝ったりしては駄目よ」

「わふ。でもこのままでは恭介さんがかわいそうなのです」

「違う意味でね」

「そんなかわいそうな俺のためにこの4等賞の炊飯機能付きモバイルバッテリーと交換していただけないでしょうか」

「特別賞と4等賞を?」

「あ、私それ欲しいです! 3等賞と交換して下さい!」

「ですって。よかったですね、4等賞よりランクあがりましたよ」

「あ、ああ」

 能美さんと棗先輩はお互いの景品を交換しました。

「…なんだこれ」

「温泉を掘り当てたときに行政手続きの費用を負担してもらえる権利、だそうです」

「そんなの使い道あるのかよ」

「あるんじゃないですか? あなたなら意図せず温泉を掘り当ててしまうことぐらいありそうですけど」

「ねえよ…さすがにねえよ…。そうだ二木、むしろお前の方が使い道があるだろう。おまえんとこの実家の裏山から温泉が沸いたときとか」

「三枝の山から温泉が沸くくらいだったら、カルトまがいの宗教ビジネスになんて手を出していないし、私達姉妹もあんな目に遭ったりしてません」

「そうですよねえ」

「あの、オバマケア1年分上乗せするので、理樹を好きにしていい権利と交換していただけ無いでしょうか」

「交換しません。するわけないじゃないですか」

 棗先輩は絶望の叫び声を上げながらその場に崩れ落ちてしまいました。

「行きましょうか、クドリャフカ」

「あの、恭介さん放っておいていいんでしょうか」

「おなかがすいたら寮に戻ってくるわよ」

「それもそうですね」

 

 二人は棗先輩を放置して寮に戻りました。

 

 

 そして自室に戻った二木さん。机に向かいながら権利証書をひらひらさせています。

「さて。どうしたものかしらねこれ」

「お姉ちゃ~ん。なにやら良いものをお持ちのようですねえ」

 三枝さんが二木さんにいやみらたらしく顔を近づけています。二木さんはその顔をぐいと押しのけました。

「あげないわよ」

「ちぇー」

 三枝さんは椅子をがらがらとひっぱってきて、隣に座り直しました。

「まあ、内容はクド公に聞いてますケドネ。理樹君を欲望の赴くまま好きにしていい権利ダトカ」

「いやらしい言い方しないでよ」

「じゃあ、どう使うつもりなんデスカ~?」

「別にどう使おうといいじゃないのよ…」

「理樹君にいかがわしい事しようと企んでるんじゃないんデスカ?」

「な、なにを言うのっ! 言いがかりよ。いいわよ、そんなに言うなら、明日この権利使うから、クドリャフカと一緒に見てなさい。私の直枝への思いがいかに健全か、見せてあげるわ」

「うん、まあいいけど。お姉ちゃん疲れてるみたいだし、落ち着いて休んだ方がいいよ。今日はもう寝た方がいいね、お布団整えてあげるね」

「え、ええ。ありがと…」

 

 

 そして翌朝。二木さんはすっきりした頭で、自分が何を口走ったかを理解したのでした。慌てて取り消そうと葉留佳さんの姿を探しましたが、部屋にはもういません。

 代わりに能美さんがやってきました。

「佳奈多さん。用意できましたよ」

「用意って?」

「佳奈多さんのリキに対する健全な思いを見せて下さるんですよねえ」

「そ、それはっ」

「大丈夫です、家庭科部の部室を使わせてもらえるよう了解を取りましたので。私達以外部外者は簡単には入ってこれませんよ」

「えっえっでも」

 二木さんは能美さんに家庭科部部室に連行されてしまいました。

 

 

 部室には既に直枝理樹が待機していました。

 

「直枝…。ごめんなさい、変なことになってしまって」

「大丈夫だよ佳奈多さん。それに僕、佳奈多さんのこと信じてるから」

「直枝…」

 

 直枝理樹に信じていると言われて、二木さんの中に抑えられない衝動が沸き起こりました。直枝理樹にすり寄って、そっと頬に手を伸ばします。そして、はっと視線に気づきました。三枝さんと能美さんがにやにやしながらじっとそれを見ていました。

「ちょっと、何見てるの!」

「イヤ、見せてくれるって話だったじゃないデスカ」

「大丈夫ですよ佳奈多さん。まだ健全です。続けて下さい」

「続けろと言われても…」

 二木さんは少し頬を赤らめながら直枝理樹の方を見ました。

「その…さわってもいいかしら、直枝」

「う、うん…」

 二木さんはまた手を伸ばして、そっと直枝理樹の頬に触れました。

 

 そのとき、部室の扉が勢いよく開かれました。

「二木ぃ佳ぁ奈ぁ多ぁぁぁぁ! 貴ぃ様ぁ!」

 血涙を流さんばかりの表情をした棗先輩がそこに立っていました。

「っ貴様、よくも俺の理樹に手を出しやがって!」

「えっ、確かに手を出してますけど。でもこれはそんないかがわしい意味じゃなくて」

「そうです! まだ健全です!」

「うるさい! 理樹を目の前にしてやましい気持ちを抱かない者がこの世の中にいるものか!」

「あ、それは確かにその通りです…」

「クド公!?」

「それをみんな我慢して、抑制して生きてきているんだっ。それを二木佳奈多、貴様は、貴様は、そもそも、理樹は、理樹は俺のほげしっ」

 棗先輩は蹴り倒されました。

「悪は滅びた…」

「鈴ちゃんいつの間に」

「兄が挙動不審だったのでまたばかなことをしでかしているのではないかと思ってこっそりあとをつけてみたら案の定ばかなことをしていたので、けり倒した」

「ま、まあ今回はお手柄というべきかしらね」

「ほめられた!」

「でも恭介どうしよう。のびてるけど」

「そうだな。ゴミ捨て場に捨ててくる」

「鈴さん、さすがにゴミ捨て場はきついのでは…」

「確かにゴミ捨て場までは遠いな。よし、玄関先まで引きずって放り出してくる」

「あの、きついってそういう意味ではなく」

「行ってくる。しばしまて」

 棗鈴は棗先輩を引きずって玄関まで行ってしまいました。

 

 しばらくして戻ってきました。

「帰ったぞ。あたしも見学していいか?」

「ほんとはあまり大勢の人に見られたくはないのだけど…でもさすがに断りづらいわね」

「そうか。ならあたしははるかの後ろに隠れてこっそり見学する」

「鈴も随分ふてぶてしく…たくましくなったね」

「ほめられた!」

「いやいやいや、今のは褒めてないから」

「そんなことより早く続きやれ」

「急かされてもね。見せ物じゃないんだし。…あら?」

 二木さんは直枝理樹の上着に手をかけました。

「直枝、脱いで」

「え? ええええ?」

「ほら。早く脱いで」

「だめだよ、そんな…やめて!」

「直枝。私の言うことが聞けないの? いいから脱ぎなさい」

「このエロ姉! もうデスカ? もうそっち行っちゃいますカ!?」

「佳奈多さん、少しは我慢して下さい…」

「だめよ。我慢できない」

「かなたはなにをしようとしてるんだ?」

「理樹君脱がせていやらしい事しようとしてるんデスヨ」

「は? 何言ってるの。上着の裾がほつれてるから、直したいだけよ。こういうのはすぐ直さないとどんどんひどくなってしまうの」

「あ、そうなんだ」

 3秒ほど沈黙の時間が流れました。

「クド公~。あんた一体何を我慢しろって言ってたんですかネェ~」

「葉留佳さんこそ! いやらしい事って何ですか!」

「思わせぶりな台詞でクド公に変な想像をさせるなんていやらしい、という意味デスガ?」

「ガーン!」

「はるか、たしかエロ姉とか言ってたような」

「そうだ。許し難きエロ姉だ」

 突如窓の外から声がしました。一同が窓の外を見ると、棗先輩が上からロープで下りてきていました。

「二木佳奈多。貴様は許され難き大罪を犯した」

「あなた程ではないです」

「理樹を脱がせるという行為は俺だけに許されたもの」

「あなたに許されてるかは知りませんけど、私今直枝に何をしてもいいことになってるはずです」

「では何をするつもりだった」

「裾を直すだけって言ってたの、聞こえませんでした?」

「本当にそれだけか?」

「そんなこと訊いてどうしようというんですか! いやらしい…」

「理樹にいやらしい事をしているのは貴様の方だと何度も…ん? さっきからロープが揺れているな。一体なんだ」

 

 棗先輩が上を見上げると、ロープをくくってある上の階に、西園さんがいました。

「あ、西園さんではないですか。そんなところで何をなさっているのですか。危ないではないですか。いけません、ロープをほどいてはいけません。ロープをほどいたら私は落ちてしまいます。あああぁぁぁぁ……」

 

 棗先輩は下に落ちてしまいました。

 一同は窓際に寄って、棗先輩が落ちたのを確認しました。

 しばらくすると部室に西園さんがやってきました。

「これでよろしかったでしょうか?」

「もう少し穏便な方法はなかったのかしら」

「手段を選んでいる余裕があったとでも?」

「まあ、無いわね」

「それより、美魚ちんがこっちの味方するとは意外デスネ」

「てっきり恭介さん側に回るものだとばかり」

「たまに誤解されるのですが、私は何も美少年同志の絡みばかりを追い求めているわけではありません。美しいものを側で見つめていたい、ただそれだけなのです」

「そーだったのか」

「才気溢れる美少女がか弱い美少年を手込めにする姿も、それはそれで美しいと思いますよ。ねえ、二木さん?」

「て、手込めだなんて。私は何もそこまで」

「そこまでって、じゃあこの人一体どこまでならやるつもりなんデスカネ」

「裾を直すだけって言ってるでしょう。ほら直枝、わかったでしょう。早く脱いで」

「う、うん」

「脱ぐのは上だけでいいのか」

「……そうよ」

「今の間はなんデスカ」

「棗さんの口からそんな台詞を聞くと思わなかったから、戸惑っただけよ。ほら、わかったらさっさと脱いで」

「うん、わかったよ」

「脱いだらこっちに渡して」

「うん」

「渡したら膝の上に寝て」

「うん、寝る。…えええっ!?」

「なによ。さっさとしなさいよ」

「いやいやいや、なんで膝の上で寝ることになるのさ」

「…膝が寒いのよ」

「あっ。すみません、この部屋少し暖房の利きが悪くて」

「真冬なのにそんな短いスカートはいてくるからですよ…」

「理樹君の前だからっていいカッコしようとしちゃって。部屋ではいつもジャージなくせに」

「葉留佳っ!」

「ぷー」

「何か膝掛けになるもの持ってこようか?」

「大丈夫よ。直枝がちゃんと私の言うとおりにすれば済む話だもの」

「そうか。深いな」

「いやいや、深くないから」

「だまれ理樹、ちゃんとかなたのいうことをきけ」

「はい…」

 直枝理樹は二木さんの膝の上に寝ました。

「ちょっと、何赤くなってるのよ」

「そんなこと言われても!」

「さっき上着脱いだし、風邪でもひいたのかしら」

「そんなすぐにひかないよ!」

「だめよ。あなた病弱なんでしょう? そういうのは気をつけないと」

「そうだ。気をつけないといけない」

 

 またしても棗先輩が、いつの間にか部屋に入り込んでいました。

「理樹は病弱だというのに、二木佳奈多、貴様は風邪をひかせるような真似をしやがって。許しがたき」

「だから風邪ひいてないよ!」

「どう責任をとるつもりだ二木。とりあえず理樹はこっちに渡せ」

「渡しません」

「理樹が死んだらどうする」

「それは…」

「えっ。そこで動揺するんだ」

「だって、直枝が死んじゃうなんて言われたら…私どうしたら」

「だから死なないよ」

「風邪を馬鹿にしてはだめ」

「風邪もひいてないから」

「では暖かいものでも食べさせてゆっくり寝かせるというのはどうだろう」

 いつの間にか来ヶ谷さんも部屋に入り込んでいました。

「調理室にこれが残っていたぞ。佳奈多君のものではないか?」

「そうよ、ブリ大根。直枝に食べさせようと思って作っておいたのよ」

「佳奈多さん何抜け駆けしようとしてるですかっ!」

「抜け駆けだなんて…。私はただ、直枝が食べたいって言ってたって聞いたから、食べさせたいと思っただけで…」

「二人で作るという約束だったはずです…」

「ブリ大根…だと? 何の話をしている」

「直枝さんがブリ大根を食べたいと言っていたらしくて、それで二人で買い物に行ったときにブリを買ってきたようです」

「俺はそんな話知らないぞ。俺が、この俺が、理樹のことで知らないことがあるなんて、そんな馬鹿な話…」

「そんな馬鹿な話があるのだよ。さあ、わかったら恭介氏もブリを買いに行こうか」

「そうだな。それは一理ある」

 棗先輩はブリを買うため部屋を出ていきました。

「さて。じゃあ、裾を直したら、ブリ大根食べさせてあげるわ」

「う、うん。ありがとう」

「本当はもう少し時間をおいて、味をしませたかったのだけど」

「じゃあ、味見程度に少しだけ食べて、残りは後で食べるよ」

「そうね。それがいいわ。裾は直ったわ」

 二木さんは上着を直枝理樹にかけました。

「じゃあブリ大根食べさせてあげるわ。一口だけよ。口開けて」

「うん。って、自分で食べれるよ」

「だめよ。食べ過ぎておなか壊したらどうするの」

「さすがにありえないよ」

「食べ合わせが悪かったりするかもしれないわ」

「ブリ大根を一口だけって言ってるじゃない」

「あなたふろふき大根と勘違いして、裸になって腰に手当てて牛乳一気飲みとかしかねないもの。そうしたらお腹壊すかもしれないでしょう?」

「ふろふき大根関係ないし、牛乳もここに無いよね」

「ちわーっす。牛乳の配達でーす」

「あれ、恭介さん戻ってきちゃった」

「ブリはどうした」

「校門を出たところで俺は間違いに気づいた」

「そこに行くまで気づかなかったのか」

「年末だから魚屋はもう閉まっている。校門を駆け抜けてもブリは手に入らない」

「そっちですか」

「そういうわけで間違いに気づいた俺は、ついでに二人の仲を邪魔することも間違いだと気づいた」

「ようやく気づいたのですか」

「二人の仲を邪魔するよりも祝福しようと思って、牛乳の宅配を始めることにした」

「意味がわからんが、とりあえず恭介氏が何も気づいていないということだけはわかった」

「宅配ついでに、りき瓶も回収しま~す」

「は?」

「おおっと、俺としたことが空き瓶をりき瓶と言い間違えちまったぜ。これもひとえに俺の理樹に対する愛情の深さの現れだな」

「って、何わけわかんないこと言いながら直枝を連れていこうとしてるんですか! やめてください!」

「こいつ全く反省してないな」

「ちょっと応援呼んできます!」

 能美さんが部屋の外に出てしばらくして、神北さんが入ってきました。

「恭介さん。自己満足で幸せが自分の中でぐるぐる回っても、それは幸せスパイラルとは言わないのですよ」

棗先輩ははらはらと涙を流しました。

「俺が…間違っていたと…?」

「残念ながら」

 棗先輩はがっくりとひざをつきました。

「俺は…俺はただ…俺だって理樹の頬を撫でたり理樹の上着の裾を繕ってやったり理樹に膝枕させたり理樹に手料理を食べさせてやりたかった、ただそれだけなのに…」

「だからといって二木さんの邪魔をしてはいけません」

 

 棗先輩が嗚咽を漏らしていると、能美さんが寮長さんを連れて戻ってきました。

「強力な助っ人をお連れしました! って、あれ? もう解決しちゃいましたか?」

「したというかしてないというか…。というより、神北さんはクドリャフカが連れてきたんじゃないの?」

「ほえ? 私はたまたま通りがかったらなんか大変なことになってたから、それで恭介さんにお説教しただけですよ」

「それだけ?」

「それだけ」

「なんで俺だけ?」

「なんでかな」

「俺…俺の扱い、余りに酷くないですか…? 抽選会の景品だって、わざわざ用意した特別賞二木に取られて、俺の手元にあるのはよくわからん温泉権とかいうの…」

「あ。その賞品アタシが用意した奴だ」

 寮長さんの言葉に、二木さん能美さんはじめその場の一同が一瞬凍り付きます。

「いやあ、かなちゃん辺りがこれひいたらおもしろいかなあ、とか、そう思ったんだけどねえ。…おもしろくなかったか」

「おまっ…おまっ…お前のせいで、俺、こんな、こんな目に…」

「うん、まあ、いろいろ言いたいことはあるんだろうけどさ。まあなんだ。話聞いたげるからアタシの部屋来な。特別に許可する」

「なんでそこで俺があなたの部屋に行く展開になるんですか…」

「素直じゃない子ねえ、話聞いたげるつってんのにさー。あー、宮沢君に井ノ原君、やっぱあんた達の力が必要だわ」

「ういーっす」

「寮長さんの部屋まで強制連行すればいいんですね」

「な、なんだ真人に謙吾、お前達まさか俺を裏切る気じゃ」

「うーし、肩行きまーす」

「足行きまーす。せーの」

「やめなさい君たちのやっていることはよろしくない。友よ、何故君たちはあーに魂を売ったのか」

 棗先輩は寮長さんの部屋に連れて行かれてしまいました。

 

 その後、二木さんが健全に直枝理樹を好きにするという話も自然とお開きという流れになったのですが。実はその後まだ時間がたっぷり残っているという事で二木さんがこっそり直枝理樹を保健室に連れ込んだ、という噂が聞こえてきまして。ええ、本当かはわかりませんけど。私が見たのは、人気のない場所で恥じらいながらブリ大根食べてる直枝理樹と二木さんの姿だったので。ええもういろんな意味で見てられなかったので、その後どうなったかは存じ上げませんけど。

 

 

 

 

 


こぴかな時々あー++

うさかな

 

 佳奈多さん、帰宅。

 

「ままー」

「あらかなたさんおかえりなさい」

「おかあさんおかえりなさいー」

 

 こちらは佳奈多と理樹の娘、理佳と理奈と理多。

 

「ただいま…パパは?」

「いない」

「どこか出かけたの? またコンビニかしら。しょうがないわね、娘を家に残して出かけるなんて…しょうがないわね」

「こんびにはなんでもあるからなあ」

「パパの真似しないの…」

「ままあそぼー」

「今帰ってきたばかりだから…」

「じゃあすぐできるのー」

「すぐ出来るのって?」

「うさちゃんやってー」

「うさちゃん!」

「うさちゃんやって!」

「…ちょっとそれは」

「うさちゃんー…」

「…しょうがないわね、ちょっとだけよ、帰ってこないうちに」

「やったー」

「ほーら。うさちゃんだぞー。ぴょーん。ぴょーん。ぴょーん」

「パパおきたー」

「えっ」

「ぱぱー」

「あ、あなた、なんでいるのっ!」

「いやいやいや、なんでいるのは酷くない?」

「だ、だってっ、出かけたって、あなた、だから、だからっ」

「具合悪くて隣で寝てただけだけど」

「いるなら言いなさいよっ!」

「だから寝てたんだって…そしたら、ぴょーんぴょーんって、佳奈多さんの声が」

 

 佳奈多さん顔真っ赤。

 

「ママ、かおまっかー」

「おさるさんのまねだー」

「違うわよ! ちょっとあっち行ってなさい!」

「そんな、理佳達に当たらなくても」

「そうよ! あなたが悪いの!」

「ええっ!?」

 

 佳奈多と理樹をよそに娘3人は部屋の隅で遊んでます。

 

「こんどはママのものまねするー」

「ちゃいていね…ちゃいてい」

 

「あれは止めなくていいの?」

「うるさいわね! 止めるわよ! …止めるわよ!!」

 

 

 

 

 

 


こぴかな時々あー++

リトバス世界名作劇場 おかしのいえ

 

 むかしむかしあるところに、理樹と小毬という兄妹がおりました。

 

 ほんとの兄妹ではないのですが、二人とも家族を亡くした経験とかまあいろいろ共通するところがあったので義兄弟のちぎりを交わした、とかまあそういう方向で。

 二人は、両親に捨てられたとか意地悪な継母にいじめられたとか特にそういう目にあったわけでもないのですが、それだと話が進まないのでとりあえず二人で森の中まで来ました。

 すると、森の小道の中に「おかしのいえ 500m」と書かれた看板を見つけました。

 

「なんだろうこれ…。ここ東海自然歩道に指定されてるし、環境省の新しい施策かな?」

「ううん、これはきっと、テーマパークです」

「テーマパークって愛知県犬山市にある博物館明治村が最初といわれるけど、明治村が出来た当時はテーマパークという言葉は無かったからあまりそう呼ばれることが少なくて、それでディズニーランドが最初のテーマパークだと思ってる人が多いよね」

「その辺の事情はよく知らないけど。その愛知県犬山市に、お菓子の城というテーマパークがあるのです」

「へぇ…よく知らないけど。じゃあ、このおかしのいえというのも、そのお菓子の城みたいなものだということ?」

「きっとそうです。幸せの待っている場所なのです」

「うん、じゃあとりあえず行ってみようか」

 

 理樹と小毬はおかしのいえに向かいました。

 

 

 

 二人が500m程歩くと、森の中に殺風景な家が建っていました。

 

「おかしいな。方角間違えたのかな?」

「そうでもないみたいだよ。ほら、戸口に『おかしのいえ』って、看板が掛かってる」

「うーん。でもこの家、あんまり可愛くないし。認めたくないなあ」

「プレハブ小屋に太陽電池が乗っかってるだけだし、確かにお菓子の家って感じはしないね」

「これは、私じゃ無くて、はるちゃんか探偵ナイトスクープが担当すべき案件かな」

「桂小枝卒業したし、葉留佳さんがいいと思うよ」

 

 すると、扉が開いて中から女の人が顔を出しました。

 

「あれ、二木さんだ。どうしたのこんなとこで」

「葉留佳の名前が聞こえた気がしたので」

「うん、確かに今葉留佳さんの名前は口にしたけど」

「でもはるちゃんはここにはいないよ?」

「…そう」

 

 佳奈多はちょっとがっかりした表情をしています。

 

「二木さん…もしかして、葉留佳さんをおびき寄せたくて、こんなよくわからない家を建てたの?」

「は!? 何を言ってるのかしらあなた、意味がわからないわ。なあに、最近環境問題に関心を示し始めた葉留佳の気を惹きたくて究極のエコ住宅を建てて葉留佳を待ち構えていたとでもいいたいの?」

「はるちゃん、環境問題に関心持ち出したんだ」

「でも葉留佳さん、この家のことは知らないんじゃ無いかなあ」

「だから。葉留佳をおびき寄せたいんじゃ無いって言ってるでしょ」

「葉留佳さんに、佳奈多さんここにいるって伝えておこうか?」

「やめて」

「はるちゃんこういうの喜ぶと思うけどなあ。あ、とりあえずメール出しておくね」

「やめてって言ってるでしょ…ッ!」

 

 佳奈多は大慌てで小毬を制止し、そのまま腕を引いて家の中に連れ込んでしまいました。理樹も後を追って中に入り、扉は閉まりました。

 

 

 

「…何が目当て? お金?」

 

 家の中に入った佳奈多は、猜疑心でいっぱいでした。

 

「そういうんじゃないんだけどなあ」

「そうだよ。僕たちはただ、葉留佳さんと佳奈多さんが幸せになるようにって思って。それで葉留佳さんにメールを」

「だからそれはやめてって言ってるでしょ」

「メール駄目。そうだ理樹君。メールで連絡するのがだめなら伝書鳩を使えばいいのでは」

「はぁ!? あなた一体何を言って」

「そうだねそういうの葉留佳さんが喜びそうだ」

「…あなた達、とんでもなく危険だわ。仕方ないわね、しばらくこの家にいて貰います」

 

 理樹と小毬は、佳奈多に家の中に閉じ込められてしまいました。

 

 

 

 二人は佳奈多に家の中のことを手伝うように言われました。しかししばらくして理樹は持病のナルコレプシーが発症してぶっ倒れたので、部屋の中で絶対安静を言い渡されてしまいました。

 

「大丈夫だよ二木さん、もう平気だから」

「何言ってるのあなたっ! どれだけ心配したと思って…」

「理樹君。倒れたのは事実だし、しばらくいうこときいといた方がいいと思うな。家の仕事は私一人で何とかなるから」

「そんな、悪いよ…」

「ううん、私一人にやらせて。かなちゃん、掃除や洗濯はいいんだけど、お料理がなんか栄養のことしか考えないものばっかり作るから」

「あ、そっちなんだ」

「…栄養は大事でしょ」

「味や見た目も大事だと思うな」

「そんなに酷い味じゃ無いと思うけど?」

「もっと良くなると思うのです。なので少し任せて欲しいのです」

「でも…」

「かなちゃんだって、今日一日ぐらい理樹君の看病をしていたいのではないですか?」

「はぁ!? ちょっとあなた何を言って」

「よぉし。私頑張るよぉ」

 

 小毬が出て行ってしまったので、佳奈多は仕方なく理樹の看病をしました。

 

 

 

 その後一日以上経った後も、理樹は部屋で寝かされたままでした。

 

「だいじょうぶだって二木さんほんとにもう大丈夫だから」

「何が大丈夫なのこんなほっそい腕して」

「腕の話じゃ無かった気がするんだけど…それに僕そんなに腕細くないよ」

「じゃあ見せてみなさい」

 

 理樹はお昼の残りのフライドチキンを突き出しました。

 

「…なによこれ」

「これが僕の腕。ほら、すごく肉付きいいでしょ?」

「かなり重症みたいね」

「わっ。待って、待って! これ冗談だから、それぐらいわかるよね!?」

「ええ、冗談だって事はわかるわ。でも、あなたがお昼のフライドチキンを残したのも、また事実」

「えっ」

「食欲があまりないみたいね…」

「いやこれはたまたま」

「もうしばらく様子を見るわ」

 

 その後も理樹は解放して貰えませんでした。

 

 

 

「ありゃりゃ。かなちゃんまた理樹君の部屋でお仕事してる」

「目を離した隙に逃げたりするといけないから。見張ってるの」

「そんな。僕、佳奈多さんに黙って勝手に逃げたりしないよ」

「どうだか」

「…そうなっちゃいましたか」

 

 

 

 ある日のこと。小毬は近所のショッピングセンターが割り引きデーということで外に出ていました。

 

「小毬さん、たくさん買い込んでくるって言ってたな…。荷物大丈夫かな?」

 

 理樹は窓の外を見ながらつぶやき、そして小毬の荷物持ちをしようと思い立って、服を着替え始めました。

 そこに佳奈多が入ってきました。

 

「…何をしてるの」

「えっと…着替え」

「何故着替える必要があるの?」

「服は着替えるものだし」

「朝着替えたばかりじゃ無い」

「えっと、小毬さんが買い物行ってるから。たくさんあるだろうから、荷物持とうと思って」

「外に出るつもりだったの? 私に黙って」

「着替えたら言うつもりだった」

「…だめよ。外に出るのはだめ」

「そんな。小毬さんの荷物は」

「それは私が行くわ。あなたはここにいなさい」

「いやでもたまには外に出たいし。服も着替えたことだし」

「まだ途中じゃないの」

「そういえば途中だった」

「とにかく。あなたはここにいなさい。服も着たらだめ!」

「ええっ。服くらい着させてよ!」

「えっ。あっ、違うの。外に出る為の服を着るなって意味であって。ああもう、うるさいわね、いいからそれ脱ぎなさい!」

 

 佳奈多は理樹に馬乗りになって理樹が着ようとしていた服を脱がせようとしました。

 

「え、ちょっと佳奈多さん落ち着いて。自分で脱げるから!」

 

 理樹が抵抗しているところに、小毬が帰ってきました。

 

「ただいま~たくさん買っちゃったけど最近は買ったもの家まで届けてくれるサービスがあるんだねえだから手ぶらでラクチンだったよぉ。って二人とも何してるの!?」

「…着替え」

「…の手伝い」

「そっかぁ。もうそこまでの関係に」

「…そうか。バレてるのならもう隠す必要も無い、か」

「いやいやいや、ちょっと待って違うから!」

「そうかあ、違うんだ。うん。じゃあ、私、何も見なかったことにして出ていくね」

「理解があって助かるわ」

「ええっ、なんでそうなるのっ!?」

「そうだ、今日は、お天気がいいし、洗濯物、全部、片付けちゃおう。うんそうしよう」

 

 小毬は部屋を出て行ってしまいました。

 

「ちょっと待って小毬さん。えっ、何。やめて! 佳奈多さんやめて!」

「大丈夫今は誰も見ていないから」

 

 

 理樹は佳奈多におかされてしまいました。

 

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 めでたいんだよ!

 

 

(2013/12/23公開)

 

 

 

 


こぴかな時々あー++

女装烈佳女装理樹を佳奈多が愛でるお話

 

 

「理樹君、脱いで」

 

 小毬さんが僕に僕に服を脱げと要求してくる。僕は首を振った。そんな事は無駄だということはわかっている。周りは女の子達に取り囲まれている。後ろは壁。ここは敷地の片隅にある倉庫。殆ど人なんか通らないから、助けを呼んで無駄だということはわかっている。それでも僕は首を振った。

 

「仕方ないデスネ。今日も無理矢理脱がせるしか無いデスカ」

「本当はそれを期待しているのでは無いのか?」

「イヤア」

 

 そう言いながら、葉留佳さんと来ヶ谷さんが僕の両腕を掴む。僕は腕に力を入れて抵抗したけど、それが無駄だということもわかっていた。二人がかりじゃ僕程度の力ではどうしようも無い。

 クドが僕の制服のボタンを外し出す。小毬さんは、しゃがみ込んでズボンのベルトに手をかけていた。

 

「やめて…下はやめて…!」

「ふえ? でもそうしないとスカートがはけないよ?」

「だからスカートはかないから!」

「それはないな」

 

 ずっと外を見張っていた鈴が、僕の方に振り返って言い放った。それに呼応するかのように、西園さんが付け加える。

 

「直枝さんがちゃんと自分で着替えてくれればこんな事しなくてもいいんですよ?」

「だから着替えたくないんだってば!」

「だったら私らで着替えさせるしか無いじゃないデスカ」

「だな」

「だからそういう意味じゃ無くて!」

 

 一体何でこんな事になったんだろう。そう、女子寮の部屋の中に入るとこういう事をされるというのはもうわかっていた。だから部屋にはもう行かないようにしていた。そうしたら、家具部のストライキで倉庫が荒れてるから手伝って欲しいとか何とかで呼び出されて、来てみたら女の子達に取り囲まれて。

 何で僕はこんなに馬鹿なんだろう。

 

「理樹君ったら。またこんな、男の子-+みたいなパンツはいて…」

 

 ズボンを下ろした小毬さんが溜息交じりに言う。

 

「僕は男の子だよ!」

「娘と書いて『こ』と読むあれデスヨネ」

「違うよ!」

「次からは下着も用意した方がいいでしょうか?」

「だな」

「下着はかないから!」

「ほほう」

「違う、女物の下着ははかないから…」

「ふうん」

「まあいいや。今日はさっさとスカートはかせちゃうね。足上げて」

 

 僕は無駄な抵抗はせずに、大人しく足を上げた。僕のズボンはスカートと交換された。最近ではもう来ヶ谷さんの制服じゃ無くて、僕専用の服ということになってるらしい。

 

「スカートまで穿いちゃったんだから、上着で抵抗する理由は無いヨネ?」

「大人しくすると約束すれば腕を放してやってもいいぞ?」

 

 僕は無言で首を縦に振った。クドが胸襟をつかんで開き、肩から外して腕をすり抜けさせて、上着を脱がせてしまった。

 

「私も服脱がせる役やりたいナア」

「ならYシャツは葉留佳君が脱がせるといい」

「リキ、抵抗したりしないですよね?」

 

 僕は涙目で頷いた。葉留佳さんは嬉々として僕のYシャツのボタンを外していった。葉留佳さんがはだけた僕の胸に顔を近づけてくる。

 

「ふーっ」

「や、やめてよ葉留佳さん!」

「そうだぞ葉留佳君。それはルール違反だ」

「みんなやりたいの我慢してるんです!」

「やはは、ちょっと調子乗りすぎちゃいましたネ」

 

 そう言って葉留佳さんはYシャツを全部脱がせた。そして代わりに僕には女子用のブラウスが与えられた。

 

「リボンも付けようね」

「上着くらいは自分で着れるか? 着せてやってもいいが」

「頭にこれを付けましょう」

 

 胸のリボンと、女子用の上着と、頭にもリボンと。

 

「はい、鏡見て。かわいいよ」

「この頭の触覚みたいなリボンは何? 最近よくこれ付けるけど」

「うん、よくわからないんだけど」

「要望が多いのデスヨ」

「要望?」

「三枝さん」

「あ」

 

 西園さんに窘められて、葉留佳さんが気まずそうに顔をそむける。僕は葉留佳さんの方をじっと見ていた。それをフォローするように、来ヶ谷さんが口を開いた。

 

「知らない方がいいことだと思って黙っていたのだが、それでも知りたいか?」

「僕には知る権利があると思います」

「最近のデジカメはAndroidOS搭載で、Wifi経由ですぐに画像が転送できる。と、言えばわかるか?」

「共有、ともいいますね。いえ、画面にそう書いてあるだけです」

「シェアリングの時代ですからねえ」

「そんな!」

「ですが、ここで大切なことをお知らせしないといけません。その最新鋭デジカメを、部屋に忘れてきてしまいました」

「駄目じゃ無いか」

「使い方がいまいちわからないので、夕べ練習していて。そのまま机の上に置き忘れてしまったようです」

「なら取りに行きましょう」

「ついでに使い方をもう一度確認したいのですが」

「なら私と葉留佳さんも行きましょう」

「デスネ。Wifiの設定もついでに確認しておきまショウ」

 

 そう言って、西園さんとクドと葉留佳さんは倉庫を出て行った。まだ、来ヶ谷さんと小毬さんが残っている。入口には鈴。逃げられそうも無い。

 

「あの、僕、トイレに」

「うむ。行ってくるといい」

「うん。…え、いいの?」

「我慢させるプレイまでするつもりは無い。君はしたいのか?」

「そうじゃなくて。そのまま僕が逃げ出すとか、そういう事は考えないの?」

「その姿で逃げ出すだけの覚悟が君にはあるのかね?」

 

 僕は改めて自分が今来ている服を確認した。そんな覚悟は無かった。

 

「…すぐに戻って来ます」

「特別棟のトイレが近いぞ」

「うん、ありがとう…」

 

 

 

 授業が無いからか、特別棟には人通りは無かった。よかった、これなら誰にも見つからずにトイレに行ける。

 トイレの前にある男女区分のマークを見て、一瞬立ち止まって考え込む。周りを確認する。誰もいない。そして僕は男。なら迷うことは無い。男子トイレに入るべき。そう思って一歩足を踏み出したとき、後ろから声をかけられた。

 

「そっちは男子トイレよ」

 

 驚いて振り向くと、腰に片手を当てた二木さんが立っていた。

 

「えっ!? さっきまで誰もいなかったのに」

「埋伏は不埒な輩を捕らえる為の必須スキルよ」

「そんな、不埒な輩じゃないよ!」

「じゃあ何故男子トイレに入ろうとしていたの?」

「それは…」

 

 僕は口ごもって、顔を二木さんから背けた。言えるはずがない。僕は女装させられてるけど、本当は男です、だなんて。

 

「ふむ…」

 

 目線をずらして二木さんの方を見ると、二木さんは顎に手を当てて何かを考えていた。

 

「もしかして…女子トイレで何かされたのかしら」

「え? い、いやその」

 

 女子トイレじゃない場所でならされてるけど。

 

「まさか…いじめ!?」

「あ、いや、そういうわけじゃ」

「そういう事があるのなら言って。きちんと対処するわ」

「ここでそういうのは無いよ…」

「…そう? 前の学校での話かしら」

「…。」

「ごめんなさい。言いたくないことを訊いてしまったようね」

「ううん、こちらこそごめんなさい」

 

 そう言って僕は逃げ込むようにトイレに入ろうとした。その手を二木さんが掴んだ。

 

「だからといって男子トイレに入っていいという法は無いわ。こっちに来なさい」

 

 僕は二木さんに手を引かれて、そのまま連れて行かれてしまった。

 

 

 

 着たくなかったはずの女子寮に、僕は何故か連れてこられている。しかも、どういうわけか二木さんに。

 二木さんが扉を2回ノックする。

 

「クドリャフカ、いるかしら?」

 

 応答は無かった。たぶん西園さんの部屋に行っているからだ。

 

「いないようね。丁度いいわ」

 

 そう言って二木さんは部屋の扉を開けた。

 

「ここ、私の部屋だから。今ルームメイトいないから、ここのトイレ使っていいわよ」

「うん、ありがとう…」

 

 僕は大人しく二木さんの厚意に甘えることにした。

 

 

 用を済ませてトイレを出ると、二木さんに声をかけられた。

 

「こっちにいらっしゃい。お茶入れてあげるわ」

「え? でも」

「何か急ぎの用事でもあるの?」

「いや、無いけど」

「ならいいでしょう。少し話を聞きたいの」

 

 どういう事だろう。少し警戒しながら、部屋の奥に入っていった。

 

「そこ座って」

 

 促されるままベッドの上に腰掛けた。二木さんがお盆に載せたお茶と茶菓子を持ってくる。

 

「まだ名乗ってなかったわね。私は二木佳奈多。一応風紀委員会に所属しているけど、肩書きは、まあ何でもいいわ」

「う、うん」

「あなたは?」

「え、僕!?」

 

 思わず僕と言ってしまった。二木さんが少し怪訝そうな顔をする。

 

「あ、いや、私は…」

「ごめんなさい、別に普段通りの言い方でいいのよ」

「う、うん。その、僕は…」

 

 なんて名乗ろう。

 

「えっと…美樹さやか」

「どこかで聞いた名前の気がするのよね…」

「うん、よくそう言われるよ…」

「そう。で、美樹さんはその、この学校の生徒?」

「え?」

「顔に見覚えはあるのよ。でもどうしても思い当たる子がいない。一通り把握してはいるつもりだったんだけど」

「あ、そうか。ええと、提携校から見学に来ていて、それでこの学校の制服も着てみないかと言われて」

「そういうことね。私もあちらには何回か行ったことあるから、その時にでも見たのかしら」

「そうかもしれないね」

 

 よかった、何とか切り抜けられそうだ

 

「お茶。冷めないうちにどうぞ」

「あ、うん」

「もしかして猫舌だった?」

「ううん、大丈夫」

 

 僕は湯飲みを取って、一口口に含んだ。鼻の奥にお茶の香りが拡がる。いい茶葉を使っているなあ、二木さんの趣味なのか、クドの趣味なのか。そう思いながら横目で二木さんを見る。二木さんも湯飲みを取ってお茶をすすっていた。飲み方が綺麗だ。育ちがいい所為だろうか。普段あまり意識しないけど、この人ってお嬢様なんだよなあ。そう思いながら、自然と目線が全身に移っていた。特に考えも無しに、目線が胸元にいっていた。本当に綺麗だなあ。

 

「なあに? 胸が気になるの?」

 

 そう言われてはっとした。慌てて顔を背ける。自分でも顔が熱くなるのがわかる。

 

「別に気にしなくていいのよ。男の子でもあるまいし」

 

 いや、男の子だけど。

 

「男の子に見られるのはやっぱり嫌なんだ…」

「嫌というより…見るだけ見て逃げられるのが嫌、かしらね」

「そうなんだ」

「どうして逃げたりするのかしら」

「それは…何というか、罪悪感があるから、じゃないかな」

「罪悪感、ねえ。だったら最初から見なきゃいいのに」

「そう思うからこその罪悪感だと思うよ」

「めんどくさいわねえ」

「男の子はめんどくさいものなのです」

「だったら、有無を言わさず押し倒すしかないじゃない」

「捨てたりしないならそれもいいと思うよ」

「そうなの? まあ、捨てるつもりなんてはなから無いんだけどね」

「あはは…」

 

 ふと思った。二木さん、何の話してるんだろう。

 

「あなたはどうなの? 何か随分と男の子のことに詳しそうだけど」

「え? う、うん、男の友達が多いから」

「そうなの。いいわね」

「いいんだ」

「いいに決まってるでしょう。私なんて、家が厳しかったから男の子と遊んだ事なんて無いし…どう接していいかすらわからない」

「そうなんだ…」

 

 そうか、僕って恵まれた立場にいるんだなあ。

 

 いや、待て。今のおかしい。僕はそもそも男の子なんだから。だから恭介達と一緒にいるのなんて、むしろ普通じゃ無いか。

 そういう立場にいるのは、むしろ鈴になるのか。そうか、鈴ってそういう立ち位置なんだ。クラスの女子達が鈴を見るときの、何とも言えない目線を思い出す。

 

 佳奈多さんがずずっとお茶をすする。

 

「あなたはどうなのかしら?」

「え?」

「見たところ、ええ、私が見た限りだと、とっても可愛いと思うのだけど。男の子から見てあなたはどうなのかな、と思って」

「え? さ、さあ。どうなんだろう」

 

 恭介も謙吾も真人も僕を好きだと言ってくれるけど、それはあくまで男の友達としてだし。たぶん。

 

「あくまで友達かな、今のところ」

「そうなの…」

 

 はぁ、と佳奈多さんはため息をついた。

 

「なかなかうまく行かないものね」

「友達でも十分だよ」

「友達にするらなかなかなれないんだけどね、私は」

「あ、ごめん…」

「いいのよ。私がふがいないのが悪いの」

 

 二木さんは天井を見上げた。

 

「そこまで気にするって、誰か気になる人でもいるの?」

「えっ!?」

 

 佳奈多さんは動揺を露わにして、持っていた湯飲みを落としそうになった。

 

「ふぅ、あぶないあぶない」

「そこまで動揺しなくても」

「だってあなたが変な事訊くから」

「変じゃないよ。今までの話の流れじゃない」

「まあ、そうなんだけどね」

「で、誰なの?」

「まだ訊くの?」

「うん」

 

 自分でも何故そんなに知りたがっているのかわからなかった。

 

「ここの学校の人よ…だから言ってもあなたにはわからないわ」

「知ってる人かもしれないよ?」

「だったら尚更言いたくない」

「どうして」

「どうしても、よ」

「強情だなあ」

「ええ強情よ」

「知れば協力できるかもしれないのに」

「協力って…」

 

 二木さんは口ごもった。そしてしばらくして、何か言おうと口を開きかけたとき、扉が開く音がした。

 

「かなたさん、いますか? ちょっとWifiルータ取りに戻りました。あ、いま…す…ね」

 

 部屋に入ってきたクドが、ベッドに並んで座る僕達二人を見て固まっていた。

 

 重い時間が暫し流れたあと、クドが口を開いた。

 

「かなたさんなにしてるですか?」

「何って…二人でお茶してるだけよ? ああ、この人は提携校から来た、美樹さん」

「いいえその人は美樹さんではありません。リキです」

「え?」

「いいえその人は美樹さんではありません。リキです」

「いや、繰り返せという意味では無く。…え? りき、って。直枝理樹?」

「直枝理樹以外に誰かリキという人がいるのでしょうか」

 

 二木さんはばっとこっちに向き直り、両肩をつかんで僕の顔をまじまじと確認するように顔を近づけてきた。僕の心臓はいろんな意味で爆発しそうだった。それを見たクドは泣きながら部屋の外に駆け出していってしまった。

 

「うわぁ~ん! はるかさ~ん、かなたさんがリキを部屋に連れ込んでます!」

「なにぃ!?」

 

 廊下から聞こえてくる声をよそに、佳奈多さんは僕を詰問していた。

 

「ちょっと、どういう事よ」

「ごめんなさい…」

「理由を訊いてるんだけど」

「みんなが…クドとか小毬さんとか…無理矢理…無理矢理僕を女装させて…」

「あの子達ったら…」

 

 佳奈多さんがきっと外の方を見ると同時に、怒りの足音と共に葉留佳さんが部屋に入ってきた。

 

「このエロ姉! 理樹君に何をしたぁっ!?」

「はぁ!? まだいやらしいことはしてないわよ!」

「まだ? まだって言ったよね今! これからするつもりだったの!?」

「言葉尻を捉えないで! あなた達こそ直枝に何をしてるの!」

「えっ、それは…いやでもお姉ちゃんみたいにいやらしい事なんてしてない!」

「はるかはしてたけどな」

 

 いつの間にか入ってきていた鈴が後ろから突っ込みを入れていた。

 

「え、ちょ、ま、鈴ちゃん!」

「なんということなの…。わかったわ、直枝は私が保護します。あなた達には渡さない」

 

 そう言って佳奈多さんは僕の肩に手をかけて引き寄せ、守るように頭を抱きかかえてきた。そこに入ってきた西園さんが、持っていたデジカメで写真を一枚、僕と佳奈多さんの姿を撮った。

 

「えっ」

「…なるほど。こうやって撮るのですね」

「そうして撮った写真からここの共有ボタンを押して、Twitterを選択」

「なるほどそうやってコメントが書き込めるのですね。【速報】女装した直枝さん二木さんの自室で逢い引き中、と」

「待ちなさい!」

「ちょっと待って!」

「送信してしまいました」

 

 僕を抱きかかえる佳奈多さんの腕から力が抜け落ちるのがわかった。僕も絶望しそうだった。

 

「お、みおのツイートが来たぞ」

「じゃあねえ。この、矢印が入り組んだボタンを押すの」

「それってリツイートボタンだよね!?」

「やめなさい!」

「押してしまった…」

 

 佳奈多さんはもう真正面を見る気力も無いようだった。それでも、何かの義務感なのだろうか、僕の頭を撫でながら大丈夫よ、大丈夫よ、あなたのことは守ってあげるから、と呟いていた。

 僕はいろんな意味で情けなくなった。

 

 

 

 その後、僕はそのまま二木さんの見ている前でみんなに陵辱されたのだった。

 

「お姉ちゃんがこの部屋に連れ込んだんだから、問題無いよねえ?」

「連れ込んだなんて言い方しないで」

「かなちゃんもやろう? 楽しいよ」

 

 二木さんは僕の方をちらと見た。僕は救いを求めるように二木さんを見た。

 

「そんな縋るような目で見られても…」

「守ってくれるって言ったのに…」

「こうするのが一番いいと思ったのよ」

「そんな…」

「まあまあ。二木女史だって本当は一緒にやりたくて仕方が無いのだ。あまり残酷なことを言うな」

「そんな…」

「はい、もう一枚」

 

 ぱしゃり。

 

「こうしてみんなで撮れば、佳奈多さんの疑いは晴れますよねえ」

「僕にかかった疑いは?」

「うたがいのよちなどないな」

「そんな…!」

 

 僕は涙目になりながら女装した姿でみんなとのツーショット写真を強要され続けたのだった。

 

 

 

 その後、鈴のリツイートを見た恭介が凄まじい形相で僕を助けに突撃してきてくれたらしいんだけど、入口で女子寮自主警備隊に阻止されて寮長さんの部屋に連れて行かれて、何かされたらしい。

 

 

 

 おしまいにしてよ。

 

 

 

 

 


こぴかな時々あー++

ヤマもオチもイミもなく、佳奈多が理樹を押し倒すSS

 

 今日は佳奈多さんとデートだ。佳奈多さんが人に見られるのは恥ずかしいって言うから、出来るだけ人目に付かないコースを選んだ。佳奈多さんはいつもの地味な私服だ。デート前に「制服と私服どっちがいい?」と訊いてくるから私服がいいんじゃないかなと答えたら、あなたは制服が好きだと思ったのにとちょっと不満そうだった。…いや、確かに佳奈多さんの制服姿は凛としていて素敵だけどさ。

 目立たないということで、目的地までの経路は住宅街の裏道を通ることにした。佳奈多さんは白い目で見てため息付いたけど、それ以上は何も言わなかったからよしとしよう。

 結構狭い道だし、溝のふたもない。僕は佳奈多さんの手を取って、佳奈多さんが落ちないように気を使いながら狭い道を歩いた。佳奈多さんのこと大事にしてるアピールをするチャンスだ。僕だってそれなりの計算はある。

 

「別に、ここまでしてくれなくたって…。転んだりしないわよ」

「うん、でも万一ということもあるし」

「そうね。あなたが転ぶといけないから、手を握っていてあげるわ」

「はは、そういうことでいいや」

 

 しばらく歩くと、佳奈多さんがふと立ち止まって片足をとんとんと地面に突いた。もう疲れたのだろうか?

 

「大丈夫?」

 

 そう訊くと、大丈夫よと答えて、佳奈多さんは足を戻した。そしてそのまま、その足を僕の前の方に移動させた。

 

 …どういうつもりだろう?

 

 よくわからなかったけど、たぶん足の運動か何かだろう。そう思ってそのまま跨いで歩き出した。佳奈多さんは小さくはぁとため息を付いて、僕に手を引かれて歩き出した。…何か不満だったんだろうか。少し気になった。

 

 しばらく歩くと、佳奈多さんが今度はいきなり足を突き出してきた。直前で気づいた僕は、はたと立ち止まった。

 一体どういうつもりなんだろう。僕は振り返って佳奈多さんの顔を見た。佳奈多さんなぜか目を逸らす。恥ずかしそうに目を合わせようとしない。僕は目線を足下に戻した。佳奈多さんの足はまだ僕の足の前にある。つま先が僕のすねに当たりそうだ。

 

 …これって。まさか。佳奈多さん、僕のこと転ばせようとしてる…!?

 

 いやいやいや。まさか。まさか。だって、あの佳奈多さんだよ!? 真面目一貫、世間知らず。ちょっぴりあぶないお姉ちゃんとも言われてるけど。でも僕と付き合うようになってからは葉留佳さんに変な事しなくなったって聞くし。

 …葉留佳さんの代わりに僕に変な事しようとしてる!?

 いや考えすぎだ。いやでも。いやいやいや葉留佳さんじゃ無いんだし。いやでも目の前に佳奈多さんの足あるし。

 

 気づかなかったことにしよう。そう決めて佳奈多さんの足を跨いだ。後ろから、はぁ、とがっかりしたような溜息が聞こえる。きっと佳奈多さん疲れてるんだ。早く目的地に着いて、少し休ませてあげよう。

 

 僕は佳奈多さんの手を引いて、少し早足で歩きだした。慣れない道だし狭くて歩きづらい。ちょっと蹴躓いてしまった。そう、ほんのちょっと蹴躓いただけだった。はずだった。

 

「大丈夫、直枝!?」

 

 そう叫んだ佳奈多さんは僕の手をぐいと引っ張った。片手だから体が佳奈多さんの方に反り返ってしまう。佳奈多さんの顔が見える。佳奈多さんってやっぱりきれいだなあ、なんて馬鹿な事を考えている間に、佳奈多さんはもう片方の腕で僕を抱きかかえてきた。そして掴んでいた手は放されてしまう。僕は抱きかかえられたまま、体重を佳奈多さんに預けるしか無くなった。

 佳奈多さんは腕をゆっくりと降ろしていったので、僕の体はだんだん地面に近づいていった。

 

「あの、佳奈多さん? なんか押し倒されてるんだけど…」

「大丈夫。今は誰も見ていないから」

 

 

 

 

 

 目的地の公園に着いた。少し休もう。いや違う、佳奈多さんを休ませるんだった。

 

「座って待ってて。飲み物買ってくるよ」

「自分で行けるわよ」

「僕が行くよ。佳奈多さん疲れてるんだから」

「そこまで疲れてないわよ」

「佳奈多さんいつも忙しいんだし。ここに座ってて、ね?」

 

 佳奈多さんをベンチに座らせて、僕は飲み物を買いに行った。佳奈多さんは無糖のお茶がいいかな。緑茶と紅茶はどっちがいいだろう。両方買って好きな方選んで貰えばいいか。

 

 佳奈多さんはベンチで大人しく待っていてくれた。そりゃそうだよ、佳奈多さん落ち着いた人なんだから。僕なんかよりずっと大人なんだから。

 ベンチは佳奈多さんの向こう側が空いていたので、僕は佳奈多さんの前を通ってそっち側に座ろうと思った。通り過ぎるときに佳奈多さんが足を突き出してきた。不意だったので、止まることもできずそのまま引っかかってよろけてしまった。

 まただよ、と思ってる間に、佳奈多さんが僕の体を抱きかかえてきた。

 

「地面は危ないわ、ベンチで寝てなさい」

 

 そう言いながら佳奈多さんは、そのまま僕をベンチに引き込んで押し倒してきた。

 

「あの、佳奈多さん…」

「大丈夫。今は誰も見ていないから」

 

 

 

 

 

 お茶を飲ませたら佳奈多さんは落ち着いた。というか僕も落ち着こう。

 ベンチに座ってお茶の缶を持ちながら、目線の先にある池と林を二人で眺めている。いいなあ、こういう時間。

 

「ねえ。ボートに乗らない?」

 

 佳奈多さんが提案してきた。

 

「うん、いいね」

 

 二人で貸しボートに乗った。

 

「直枝、漕げるの?」

「大丈夫だよこれくらい」

 

 そう言って僕はボートを漕ぎだした。佳奈多さんはじっと僕を見ている。恥ずかしいのといいとこ見せようという気持ちが相まって、僕は力を入れてボートを漕いだ。

 

「直枝、倒れそうよ」

「え? いや、漕いでる反動だよ」

「でも危ないわ。私の手に掴まって」

「大丈夫だって」

「いいから。言うこと聞きなさい」

 

 そう言って佳奈多さんは僕ににじり寄ってきた。そして僕の体を引き戻すのでは無く、逆に押し倒してきた。いやいやいや佳奈多さん、ここ、池の上だし。

 

「この方が安定するし安全でしょう?」

「僕の心が不安定だよ…」

「大丈夫。今は誰も見ていないから」

 

 

 

 

 

 帰り道。なんかもう疲れたのでいつもの普通の道を通って帰ることにした。大きな道だからか、佳奈多さんは手を繋いでくれない。まあ、僕も恥ずかしいけど。

 

「直枝、車に気をつけなさい」

「うん。佳奈多さんも気をつけて」

「私は内側にいるからいいの。それともあなたが内側に来る?」

「僕が外側で大丈夫だよ」

「そう言ってるうちに車来たじゃ無いの、ほら」

 

 そう言って佳奈多さんは僕の体をぐいと引き寄せた。そして車が通り過ぎたらそのまま押し倒してきた。

 

「佳奈多さん、さすがにこんなところで…」

「大丈夫。今は誰も見ていないから」

 

 

 でも僕には確かに見えていた。押し倒されてる最中に視界に映った、クドや葉留佳さん達の姿が。

 

 

 

 

「わふ。佳奈多さんったら…」

「マッタクあの姉、人が見てないとほんとやりたい放題デスネ!」

「見なかったことにしよう。そうしてあげよう、ね?」

 

 

 

 

 



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