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序章 神話(抜粋)

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序章 神話(抜粋)

 オンラインゲーム『ミズガルズ・オンライン』の開発者であるコ・ヒスン(高煕順)は、2024年に大韓民国済州特別自治道で誕生した。

 梨花女子大学校人文科学大学を卒業後、彼女はイギリスに留学し、北欧神話・ケルト神話・スラヴ神話・カレワラ(フィンランド神話)、その他ヨーロッパ北部の神話・民話・伝承の研究を行ってきた。

 2054年、ちょうど30歳を迎えた年にヒスンは韓国に帰国し、当時、同人ゲームサークルも同然だったゲーム制作会社「クムガン」(所在地:全羅北道全州市)に入社。彼女がゲーム制作会社への就職を選んだ理由は、「学生時代・留学時代に一貫して取り組んできたヨーロッパ北部の神話の研究を活かしたかったから」とのことだそうである。

 ヒスンが、かねてより温めていたゲームの企画『ミズガルズ・オンライン』を「クムガン」の企画部長に提出した当初、部長を始めとして社員の誰もが、このオンラインゲームが全世界で爆発的な大ヒット作になるとは、夢にも思わなかった。しかし、ヒスンが熱心にプレゼンテーションを行った結果、このゲームの企画は通り、2056年に彼女を最高責任者として『ミズガルズ・オンライン』開発プロジェクトチームが発足した。

 このこととは前後するが、2050年、アメリカのマサチューセッツ工科大学が画期的な仮想現実世界の構築に成功した。これは仮想現実世界において、それまで視覚・聴覚のみしか再現できなかった感覚から、嗅覚・味覚そして触覚の痛覚や疲労感のような人間が不快・苦痛と感じる感覚までも、現実世界とほとんど変わらずに人工的に再現できるというものである。

 そればかりではない。日本の産業技術総合研究所(茨城県つくば市)が、その翌年開発に成功した「Deck」(ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』にて描写される「ジャック・イン」端末)によって、それまでのようにわざわざキーボードを叩きながら端末を操作するのではなく、皮膚電極を額に貼り付けるだけで電脳空間に直接ダイヴすることも可能になったのである。

 2050年代~2060年代にかけては、その他にもアイルランド・イスラエル・インド・中国・フィンランド等で、画期的なIT技術が登場した。

『ミズガルズ・オンライン』開発プロジェクトチームは、これら最先端のIT技術を積極的に取り入れていった。ある意味、『ミズガルズ・オンライン』は、それらのテクノロジーの集大成と言っても過言ではないだろう。

 かくして、2064年、ヒスンが独身のまま40歳を迎えた年の7月16日、オンラインゲーム『ミズガルズ・オンライン』のサービスが開始された...。