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敵(かたき)

 彼は、いつもと変わらず冷静な碧い瞳で、グスタフを見下ろしていた。

 

 身長のヴァルドリューズよりも、さらに、上を行くグスタフを、なぜかヴァルドリューズの方が見下ろしている感じであった。

 

「ヴァルドリューズ、……なぜ、貴様が……!」

 

 グスタフは、がくっと膝を付き、胸を押さえながら、片方の目でヴァルドリューズを見上げた。

 

「マリスの作戦で、私とは別行動となった。私は、この森を見張り、ずっと気配を消していた。すっかり油断し、ケインとの戦いで傷を負い、逆上したお前は、本体を表しただけでなく、結界が解かれ、私が近付いたことにすら、気付かなかったのだ」

 

 悔しそうにヴァルドリューズを見上げるグスタフの胸から、どばっと濃い緑色の血が流れ出した。

 

 それを、表情を変えずに見つめるヴァルドリューズだった。

 

「人間であることをやめたか。ならば、なおさら、生かしておくわけにはいかぬ」

 

 何の感情も感じられない声でそう言い終えると、グスタフにかざしたヴァルドリューズの手からは、ボッという音とともに、先とは違う銀色の光の球が、浮かび上がった。

 

 魔物化したものにとって、致命的な術と判断したグスタフは、怯えたように狼狽うろたえ、開いている方の眼を、ますます大きく見開いた。

 

 球は、なおも膨張していき、炎のように燃え出した。

 

 ヴァルドリューズの表情は、いつものように落ち着いていた。

 彼自身が攻撃をするところは、ケインが見るのは初めてであったが、魔力を感じられない彼にまで、その魔力の波動が伝わり、空気が振動しているのがわかった。

 

 彼の深い碧い瞳は、やはり静かで、何も語ってはいない。

 見方によっては、それは、かえって恐ろしかった。

 グスタフとの因縁が、マリス同様ヴァルドリューズにもあるのだったら、怒りや憎悪などを剥き出しにされていた方が、まだ人間的であっただろう。

 

「これが、ヴァルなのか……!」

 

 ケインの言葉が、無意識のうちに、口からこぼれた。

 

 冷酷とさえも映る、これが戦闘態勢となった時のヴァルドリューズなのだと、ケインは悟った。

 

「待って! そいつは『サンダガー』の餌よ!」

 

 その声に、はっと、ケインが振り返ると、モンスターの返り血を浴びた、白いドレス全身を濃い緑色に染めたマリスが、白いオーラに包まれている。

 

 その白い顔には、妖しく、不適な微笑みが浮かんでいる。

 

 そんな彼女は、戦うエルフのような、とても人間離れして見え、ぞっとするほど恐ろしいが、不思議なことに、謎めき、なまめかしく、美しくもあった。

 

(俺は、とんでもないやつらと、行動を共にしていたのか!?)

 

 ケインは、今改めて、この二人と敵同士ではなくて、良かったと思えた。

 

 ヴァルドリューズは術を切り替え、既に、奇妙な発音で呪文を唱え、指で三角を作ると、中に浮かび上がった金色の光を、マリスに向けて放った。

 

 途端に、彼女の身体は金色の光に包まれ、膨張していくと、そこには、ケインにも見覚えのある、金色の甲冑に身を包んだ巨人が現れた。

 初めて、ケインが見た時ほどの大きさではなかった。

 

「ははははは! 久しぶりに、俺様の出番だぜー! 最近、ちょっと欲求不満気味だから、思いっ切り暴れて、解消しちゃうぜーっ!」

 

 真っ暗な森の中に、突然光り輝きながら現れたゴールド・メタルビーストの化身は、手を腰に当て、仁王立ちしている。

 

 金色の豪華で高貴な身なりに似合わず、彼の目と口は、邪悪に、つり上がっていた。

 

「あ、あああ……! な、何だ、あれは……!」

 

 グスタフは、獣神を見て、あわあわ言っていた。

 

「まさか、既に……完成していたというのか……!?」

 

 マリスとヴァルドリューズのコンビネーション技を警戒して、二人が揃うのを恐れていたグスタフの狼狽うろたえ振りであった。

 

 サンダガーが、グスタフの倍ほどの高さから、見下ろす。

 

「今日は、この変なじじいが、俺の獲物ってわけか。ちぇっ、もうちょっと美味そうなモン用意しとけってんだ」

 

 サンダガーは、ぶつぶつ言っていたが、それでも、楽しそうであった。

 

「よーし、じゃあ、いくぜー! じじい!」

 

 彼は、いたずら小僧のような笑顔で、グスタフに向かって勢いよく拳を振り下ろした。

 

 バキバキ……!

 

 サンダガーが拳をどけると木々が潰されていただけで、グスタフは、一瞬で回避し、別の木の枝に移っている。

 

 ヴァルドリューズは、ケインが巻き添えを食う前に、彼を連れて飛び、サンダガーから離れ、ダミアスの前に着地した。

 

「あ、あなたは……」

 

 ダミアスが、彼にしては珍しく目を見開き、ヴァルドリューズを見ていた。

 

「そ、それは、もしや、ゴールド・メタルビーストの化身……!」

 

 杖で身体を支えながら、グスタフが言う。

 

「はっはっはっ! いかにもだあー! 何を隠そう、俺様は、ゴールド・メタルビーストの化身、獣神サンダガー様さーっ!」

 

 以前と同じように、彼は、踏ん反り返り、高笑いをしている。

 

「ゴールド・メタルビーストの化身とは……! まさか、あれは、あなたが召喚したのか!?」

 

 ダミアスが驚き、ヴァルドリューズに尋ねた。

 ヴァルドリューズは、微かにダミアスを見ただけで、そのまま戦況を見守る。

 

「おのれ……!」

 

 グスタフが、ぎりぎりと歯をきしませた。

 

「出でよ! モンスターども!」

 

 彼は、ありったけの力を振り絞り、両手を高々と空に向かって掲げた。

 

 森中が騒ぎ出し、空からも、木々の合間からも、何百という黒いモンスターたちが、次々と、ざわめきながらやってきたのだった!

 

 同時に、ヴァルドリューズが片手を上げ、ケインとダミアスを含んだ周りに、薄い緑色の結界を張った。

 

「へっ! しゃらくせえっ!」

 

 サンダガーは腰の剣を抜き、一振りした。

 周りにいたモンスターたちは吹き飛ばされ、木や岩、地面などに叩き付けられた。

 

『そんな奴らいいから、早くグスタフをやってよ! 早くしないと、回復しちゃうじゃないの!』

 

 どこからともなくマリスの声が聞こえるが、彼女の姿があるわけではなく、彼女の意志の声であるのがわかる。

 

「わかってるって、うるせーなー。けっ、なんだよ、あんなトリガラじじい一匹、すぐに片付いちまったら、面白くもなんともねーじゃねーか」

 

 サンダガーが、つまらなそうに、口を歪めている。

 

『ホントは、あたしがブチのめしてやりたかったのを、あんたに譲ってやったんだからね。面白くなかろーが、何だろーが、ちゃんとやってよ!』

 

「ちぇっ、しゃあねえな。ってことで、覚悟しな、トリガラじじい!」

 

 サンダガーは、ようやくその気になったらしく、剣をグスタフ目がけて振り下ろした。

 

 ヤミ魔道士の、驚き見開かれた片方の眼球と、大きく開かれた口には、明らかな恐怖が浮かんでいた。

 

 突然、落雷のような轟音ごうおんと、眩し過ぎる強い光が、真っ暗な森に降り注いだ!

 

 グスタフや、モンスターたちの断末魔の叫びは、すべてかき消されてしまっていた。

 ケインたちからは、辺りは煙が立ち込めていて、よく見えない。

 

 煙が収まっていき、もとの暗がりに戻りつつある時、目の前の光景に、ケインもダミアスも、唖然あぜんとなった。

 

 森には、木が一本も残っておらず、モンスターの残骸も綺麗さっぱりなくなり、禿げた地面が一面に広がっているだけの、ケインが以前見た光景そのままだったのだ。

 

 ひらひらと、なにか黒い灰のようなものが、いくつか舞い落ちてきた。

 

 それは、グスタフのマントの切れ端であった。

 

 一瞬にして、すべてを消し去るサンダガーの凄まじい攻撃の前では、いくら魔物と化した魔道士といえども、逃げるのは不可能だった。

 

 そこに立っているのは、サンダガーただひとり。

 サンダガーは腕を組み、その景色を満足そうに眺めていた。

 

「なんと素晴らしい光景だ! あれだけの草木や雑魚どもの巣窟が、瞬時にしてこんなハゲ山になったというんだからな。いつ見ても、素晴らしい! ふっふっふっ……うぎゃああああああああ!」

 

 途端に、頭を抱え込み、うずくまるサンダガー。

 

『ほら、戻って!』

 

「いっ、いやだあっ! 俺は、まだ遊び足りねーんだ!」

 

 獣神は、マリスの意志の声に、抱え込んだ頭を、ぶんぶん横に振るう。

 

『何言ってんの! こんなにハデにやらかしといて! だから、あんたを使うのは、いつも気が進まないのよっ!』

 

「やめろっ! て、てめえ、マリス! ちくしょう! 覚えてやがれーっ!」

 

 捨て台詞とともに、金色の身体は、足元から出て来た白いオーラに包まれ、獣神は、みるみる縮んでいく。

 

 退場の仕方は、なんとも格好悪かった。

 

「はーっ、やっと終わったわ」

 

 そこには、元通りマリスが、白い服のまま現れた。

 モンスターの血まみれ姿ではなかった。

 

「じいちゃんのかたき……やっと、討てた……」

 

 マリスが静かに呟く。

 

 様々な思いが湧き、紫の瞳の端には、涙がにじんだ。

 

 ヴァルドリューズの結界が解けると、ケインが、彼女に駆け寄っていく。

 

「マリス! 大丈夫だったか!? どこか怪我でも……?」

 

 マリスは気付かれないよう、とっさに涙を拭った。

 

 心から心配するケインに、マリスは笑いながら、

 

「大丈夫、大丈夫。ケインこそ、ここ、大丈夫?」

 

 と、グスタフの杖で突かれたケインの胸の下あたりを、指でつつく。

 

「うっ……」

 

 戦いが終わって、気が抜けたせいか、ケインは、結構な痛みに、今気が付いた。

 

「ヴァル、治してあげて」

 

 ヴァルドリューズが、てのひらをかざしかけ、僅かに首を傾げた。

 

肋骨ろっこつが二本、折れている」

 

「えっ!?」

 

 ヴァルドリューズの治療の光線が注ぎ込むと、ケインの胸からは、どんどん痛みが引いていった。

 

「そっか、折れてたかぁ。ブレスト・アーマーでも着けてれば……。しかし、あんな木の杖なんかで、グスタフのヤツ、じーさんのくせに何て力だ!」

 

 ケインが、ぶつぶつ言うと、マリスが少し真面目な声で言った。

 

「あいつの恐ろしいところは、そこでもあったのよ。気配が全然ない上に、攻撃力がある。見たところ、魔物に魂を売り渡して、更にパワーアップを図っていたみたいだったけど、今のうちに倒しておいて良かったわ。ヴァル、次元の穴がどうなったか、ちょっと見てきてくれる?」

 

 ケインの治療を終えたヴァルドリューズは、ふわりと飛び上がり、グスタフのいた周辺をゆっくり廻り、しばらくして戻ってきた。

 

「次元の穴らしきものは見当たらない。グスタフの気配も完全に消滅している」

 

「そう。ご苦労さま」

 

 短くヴァルドリューズにそう告げると、マリスは、くるっとダミアスを振り返った。

 

「ご協力、ありがとう! 宿敵グスタフは倒せたし、どこかにあったこの森の次元の穴も、ついでにふさいだから、これで、もうモンスターは出てこないわ。その代わり、山がちょっと削れちゃったけどね」

 

 マリスが、申し訳なさそうに微笑んだ。

 

 ダミアスは、穏やかな目で、マリスを見る。

 

「この森のモンスターどもには手を焼いていて、いずれ対策を、と思っていたところでした。お礼を言わなくてはならないのは、私の方です」

 

 ダミアスが、深々と、丁寧に頭を下げた。

 

 聞けば、そのせいで朝食会に遅れたり、パーティーに顔を出さなかったのも、それらが城に攻めて来ないよう見張っていたからだという。

 

 だが、それを公爵たちからは不審に思われてしまい、本当のことを言うと、人々が怯えると気遣い、ひとりで何とかしようとしていたのが、彼らにはわかった。

 

(苦労してたんだな、この人……)

 

 ケインは、ダミアスを見つめていた。

 

「失礼ですが、あなたは、ヴァルドリューズ殿ではありませんか?」

 

 ヴァルドリューズを、ダミアスが見て言った。

 外見では、ダミアスの方が年上に見えるが、やはり、彼は敬語だった。

 

「いかにも、そうだが」

 

 そして、ヴァルドリューズの口調は、ケインたちに対するものと、あまり変わらない。

 それを、ケインは、もともとそういう人物なのだとばかり思っていたのだが。

 

「やはり、そうでしたか。実は、『魔道士の塔』本部で、あなたを何度かお見掛けしていたものですから。このようなところでお会い出来るとは、光栄です」

 

 ダミアスは、いくらか親し気な口調になり、少し微笑んでもいた。

 

「噂では、確か、ラータン・マオ王国の宮廷魔道士になられたとか?」

 

「わけあって、今は国を出てきている。『魔道士の塔』からも脱退しているので、そちらから見れば、私もグスタフ同様ヤミ魔道士に変わりはないだろう」

 

 ヴァルドリューズは、抑揚のない口調で語る。

 

 ダミアスは、意外そうな表情になった。

 

「そうでしたか。しかし、それでは、なぜ、カシスルビーが付いたままなのです? それは、授けた者から授かった者へと、お互いの魔力が引き合ってこそ、初めて額に付くもの」

 

 言われてみればそうだったと、ケインは思った。

 ヴァルドリューズは、もう宮廷魔道士ではないのだから、宝石は、本来ならば取れるはずだ。

 

「これは、ラータンのものではない。ベアトリクス王国のカシスルビーだ」

 

「ベアトリクスの……!? なぜまた?」

 

「ベアトリクス王国の元宮廷魔道士、ゴールダヌス殿から頂いたものなのだ」

 

 ダミアスの顔色が変わった。

 

「ゴールダヌス……! あの大魔道士ゴドリオ・ゴールダヌス殿だというのですか!?」

 

 と言って、ダミアスは、しばらく言葉が告げないようであった。

 

 そのダミアスの驚きぶりで、ケインは、その大魔道士が、とてつもなく偉大な存在だと知った。

 

「私は、彼から彼女を守るよう、使命を受けたのだ」

 

 ベアトリクスの元宮廷魔道士が、マリスを守れと、東洋のラータン・マオの宮廷魔道士であったヴァルドリューズに命令した。

 

 どちらも、大きな国として知られているが、国交があったとは、ケインは聞いたことがない。

 

(なぜ、そんな国の魔道士同士が? ヴァルも、ベアトリクスの宮廷魔道士になったんだろうか? いや、それは、前に否定してたし、だいいち、宮廷魔道士ってのは、魔道士の塔に登録している正規の魔道士でなければなれないはず。それに、ヴァルは、ベアトリクス王からではなく、『元宮廷魔道士からルビーを預かった』と言った。どういうことなんだろう? そして、マリスは……? 騎士とか隊長だとかっていうのは……?)

 

「その話は、折りを見て話すとして、ダミアスさん、悪いけど、もうひとつ頼まれてくれないかしら?」

 

 考え込んでいたケインであったが、マリスのあどけない声に、さえぎられた。

 

「お茶をごちそうして頂けない? あたし、喉かわいちゃったわ。できれば、マラスキーノ・ティーがいいんだけど」

 

 話の腰を折ったマリスを、恨めし気に見るケインであったが、詳しくは、皆がそろった時に改めて話すと、マリスが言うので、話はそこで終了してしまった。

 

 町の酒場で、ケインたちは紅茶を飲み終えると、ダミアスは元通り独居房へ(ケインは、それを、なんだか可哀相に思った)、ケインは騎士の宿舎に、ヴァルドリューズは宿屋へ、マリスは、女官になったという話であったが……

 

「いやよ、あたし、お城に長くいると、アレルギー起こしちゃうのよ」

 

 という謎の言葉を残し、マリスも宿屋へ帰っていったのだった。

 

 

 

 宿への帰り道を、マリスとヴァルドリューズが並んで歩いていく。

 

「……倒せたね、あいつを」

 

 ぼそっというマリスを見もせずに、ヴァルドリューズは無言で頷く。

 

「じいちゃんの編み出した技『サンダガー』で……、やっと、かたきが取れた」

 

 立ち止まると、マリスは、ヴァルドリューズの胸にすがりついた。

 

 小さく嗚咽おえつする彼女を、ヴァルドリューズは柔らかく包み込んだ。

 

「ひとつの戦いは終わった。だが、まださらなる強大な敵は、潜んでいる。今夜は、ゆっくり休め」

 

「うん。あなたもね、ヴァル。あたしには、これと、魔力を抑えるあの甲冑もあるから、もうしばらく別行動でも大丈夫。それに、もうちょっと一人を楽しみたいしね」

 

 そう言って、マリスは、城下町で見つけた、小さな碧い石の付いた『魔除け』のネックレスに、手を当てる。

 ヴァルドリューズが強化し、効果を増した『魔除け』となっていた。

 

「ヴァルも、ゆっくり休んでね。あいつへの攻撃と、獣神の召喚で、かなり魔力消費しちゃってるんだから。幸い、アストーレではお祝い事で何でも安くなってたから、インカの香もまあまあの量、手に入ったの。結界には、充分だわ」

 

 ヴァルドリューズは、マリスの泊まっている部屋に着くと、棚にある香炉にインカの香を、少量入れる。指をパチッと鳴らすと小さな炎が香に灯り、燃やしていく。

 

「ありがと。お休み、ヴァル」

 

 マリスは、何も言わずに部屋から出て行くヴァルドリューズの背中を、しばらく見送ってから、ドアをゆっくり閉めた。

 

 

 

「おお、良かった、ダミアス! やはり、そなたは、事件の首謀者などではなかったのだな!」

 

 アストーレ王は、釈放された参謀ダミアスの手をしっかり握っていた。

 

 夜が明け、朝食の後、ケインは、事件の真相を、サロンに集まった人々に説明した。

 

 事件は、北の森に潜んでいたヤミ魔道士が、アストーレの内紛を企んで仕組んだ、ということにしておいた。

 森に落ちていたグスタフのマントの一部を、倒した証拠に見せる。

 

 クリミアム王子クリストフは、終始青白い顔をして、ケインを気にして、ちらちらと見ていたが、ケインは、彼のことには何も触れないでおいた。

 

「よく解決してくれた、ケイン・ランドール。そなたには、後日まとめて褒美を授けよう。そして、明日からは、正規の警備隊として迎え入れ、王女の直属の護衛に任命したい。今度こそ、引き受けてくれるであろうな?」

 

 王の隣にいる不安げなアイリス王女と目が合った。

 その後ろでは、ダミアスが、微かに微笑んでいる。

 

「謹んで、お受け致します」

 

 ケインが最敬礼すると、王女の顔は、パーッと晴れ上がっていった。

 

「明日は、外国の方々の、最後の滞在日でもある。今夜は、最後の舞踏会じゃ。盛大に、執り行おうぞ!」

 

 王の言葉に、人々は、歓喜の声を上げた。

 

 アストーレ城を包んでいた不穏な空気は、一気に飛ばされ、晴れ渡った青い空のような、人々の心からの笑顔が、広間をいつまでも賑わせていた。

 

エピローグ

 ケインは、カイルと、宮廷舞踏会のサロンの隅に、立っていた。

 紺色の詰め襟警備服は、パーティー用であったので、金色の紐や、アクセサリーが付いていて、上質な装いである。

 

 一連の事件を解決した後の警備は、気が楽であった。

 

「良かったな、ケイン! 明日からは、お姫様と、お近付きになれるじゃん!」

 

 カイルが、こそこそ耳打ちして、肘でケインをつついた。

 

「バーカ、俺は、真面目に仕事するんだからな!」

 

 ケインの方も、くだけて笑う。

 

 長いテーブルには、いろいろなパーティー料理が並べられ、宮廷音楽家の奏でる優雅な調べが、室内に充満していく。

 

 貴婦人たちは、ごてごてのドレスを重たそうに引きずり、菓子をつまみながら、お喋りを楽しみ、男性貴族たちは、美しく着飾った女性たちに、ダンスの申し込みをしていた。

 

「時に、ランドール。君は、ダンスは出来るかね?」

 

 ふと、王が、ダミアスを連れて、ケインに尋ねた。

 

「ダンスでありますか? 私は、粗野な武人でありますので、庶民のダンスならともかく、宮廷ダンスなどと優美なものとは、縁がないものですから……」

 

 俺も、敬語がすんなり出るようになったな、などとケインはひとり感心していた。

 

「そうか……。いやいや、失礼した」

 

 王は、にこにこ笑いながら去って行った。

 ダミアスも、軽く会釈して、王についていく。

 

 何の話だったのか? まあ、いいか、とケインが思っていると、

 

「ねーねー、この赤いぷちぷち、なあに?」

 

 ミュミュが、貴族たちの好む、例の赤い粒々の食べ物を、何粒か手に持って飛んできた。

 

「おい、ミュミュ、見付かったら騒ぎになるから、どこかでおとなしく遊んでこいよ」

 

 人の多い場所で、妖精などが見付かれば、大混乱が起きるのは目に見えている。

 ところが、ミュミュは、ケインの忠告など聞きもしなかった。

 

 彼女にとってはボールのような赤い粒に、大きく口を開いて、カプッと大胆にかぶりつく。

 

 ケインとカイルの予想通り、赤い汁が、ぴゅっと飛び出した。

 

「あ~ん! 汚れちゃった~!」

 

「もう、しょうがないなー。だから、おとなしくしてろって言ったのに」

 

 ケインは、近くにあったナプキンで、彼女の、赤い液体のかかった部分を拭こうとした。

 

「や~ん、何すんの、くすぐった~い! ケインのエッチ!」

 

「なっ、なんだよ! 拭いてやってるんじゃないか」

 

 ミュミュは、白いナプキンをケインから奪い取ると、それに素早く包まった。

 白い布が、スーッと空中を移動していく。

 

「こら、余計目立つだろ!」

 

「あいつも、あれで、一応、女の子なんだよ」

 

「ふ~ん、そういうもんかなぁ」

 

 ケインが、ぶつぶつ言うと、隣では、カイルが、おかしそうに笑っていた。

 

「お飲み物は、いかが?」

 

 見ると、クレアが、丸い銀色のトレーに、酒の入った杯をいくつか乗せて、ケインたちの前に立っていた。

 

「警備の方へ、陛下から差し入れよ」

 

「クレアじゃないか! いやあ、似合うよ、その女官服!」

 

 カイルが銀色の杯をひとつ取って、クレアに笑いかけた。

 ケインも、杯を受け取る。

 

 クレアは、淡い水色の詰め襟と、半袖のシンプルなドレスだった。動きやすいよう、膝から下は広がる形であった。

 

 普段の純潔な神官服も、パーティー用の女官服も女性らしい外見の彼女には、似合っていた。

 

 目鼻立ちも整い、清純な雰囲気のクレアは、そのようなシンプルな服でも、やたらに飾り立てた貴族たちよりも、よほど綺麗だと、ケインもカイルも思った。

 

「やっぱ、かわいいよ、クレア! ああ、ホントに、恋愛しちゃいけないの? もったいない!」

 

「やだ、カイルったら! そんなこと、大きな声で言わないでよ、恥ずかしいじゃないの」

 

 クレアは顔を真っ赤にして、そそくさと他の警備兵のところへ、杯を配りに行ってしまった。

 

 ケインも、微笑ましそうに、その後ろ姿を見守っている。

 

「そういえば、ヴァルとマリスは、どうしてるんだろうな」

 

 と言いながら、カイルがテーブルの上から、骨付き肉を取ってきて、かぶりつく。

 

「おい、勤務中だぞ」

 

 仕方のなさそうに、一応、注意をしてから、ケインは答えた。

 

「ダミアスさんが、ヴァルに何か頼みたいことがあるんだそうだ。だから、ヴァルは、そのうち宮廷にも顔出すんじゃないかな。マリスは、よくわからないけど、ヴァルの用が済むまでは、この国で遊ぶんだって言ってた。ここでの自分の仕事は、もう終わったんだと」

 

 カイルが驚いて、ケインを見た。

 

「マリスに会ったのか!?」

 

「え? ああ、昨日、偶然な。あれ、言わなかったっけ?」

 

「聞いてねえよ」

 

 昨夜、クレアと牢に行った時、マリスとは途中で一緒になり、その後、北の森でヤミ魔道士やモンスターたちと戦ったことを、ケインは簡単に説明した。

 

「ふ~ん。マリス、結構スタイル良かっただろ?」

 

 カイルは、平然と肉を頬張りながら、話の本質とは全然違うところに反応していた。

 

「は!? ……ああ、まあな。……なんで、そんなこと知ってるんだ?」

 

 カイルは、得意になった。

 

「そんなのわかるって! この俺様の眼力を持ってすれば、例え男装してたって、女のスタイルくらい、いつでも見抜けるのさ!」

 

 『マドラス』と一週間も一緒にいてさえ、カイルが、その正体を見抜けなかったことを思い出すと、ケインには、おかしくて仕方がなかった。

 

「今のところ、この国にしばらく滞在するってんなら、ちょうどいいや。俺も遊ぼーっと!」

 

「おい、カイル、城の者には手を出すなよ。例えば、女官とか」

 

「鋭い! 何でわかったんだ!?」

 

「今までの行動パターンを見てりゃ、わかるって。これからは、俺も姫の護衛で、いちいちお前に構ってられなくなるんだからな。ちゃんと自分で気を付けてくれよ」

 

 言っていて、ケインは、カイルの保護者みたいな気がして、イヤになった。

 

 ちらっと、クリストフ王子と目が合ったが、王子は、バツの悪そうな顔で、すぐに目を反らした。

 

 王女には、相変わらず、マスカーナとデロスの王子たちが、寄っていっていた。

 姫の婚約者もいずれは決まるのだろう、それも、王族の運命さだめか……と、ふと、ケインは考えていた。

 

 舞踏会は、盛大に、空が白み始める頃まで続いた。

 

 よくもまあ、あのような重量のあるドレスやタキシードで、一晩中踊っていられるものだと、ケインは感心していた。

 

 あと数時間で、王女の護衛の時間となる。

 

 その晩ーーほぼ明け方であったが、ケインは、警備の仕事を終えると、宿舎のベッドに倒れ込んだ。

 

 しばらく過ごすアストーレでの新たな生活が、これから始まろうとしていた。

 

奥付


【2015-12-25】Dragon Sword Saga1『旅の仲間:前編』


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著者 : かがみ透
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/kagami-toru/profile


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