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真犯人

 空には、半透明の若い男の顔が浮かんでいる。

 本体ではなく、どこからか映し出されているのだと、ケインたちには解っていた。

 

 そばかすのある色白の、神経質そうな顔立ち、栗色の巻き毛ーーそれは、間違いなく、クリミアム王国王子、クリストフのものだった。

 

「まったく、チンケな計画を立ててくれたもんだよ。真相が解った時は、思わず呆れたぜ」

 

 物怖じした様子もなく、ケインが肩をすくめてみせた。

 

「ほう、では、どこまで当たってるか、君の推理を聞かせてもらおうじゃないか。それが、遺言にならなきゃいいけどね」

 

 王子の笑い声が、辺りに響き渡る。

 

 ケインは、淡々と、語り始めた。

 

「今回、魔道士を伴って入国してきたのは、マスカーナ王国とデロス王国の二国だが、実は、あなたも魔道士を連れてきていたんだ。同行した特使にすら内密に、あなたは、ヤミの魔道士を雇っていた。クリミアムには、魔道士は、あまりいないらしいからな。

 

 そのヤミ魔道士は、どこからか、よからぬ連中をかき集め、アトレ・シティーで剣を集めさせた。クリミアムよりも、アストーレの方が、物資は豊かだし、腕のいい鍛冶屋もいることで、武器が充実しているからだ。

 

 だが、アストーレの騎士たちだって、同じ物を使っているし、腕だって、訓練を積んでいる騎士の方が有利に決まってる。それに勝つには、剣に魔力を注いで強化し、他国の魔道士たちの攻撃も、簡単に防げるようにしておく必要があったんだ」

 

 空に映る王子は、ふふんと鼻で笑った。

 

「その時、偶然手にしたのがカイルの魔法剣だが、この計画では使えないことがわかり、持ち主のカイルが城にいることを知ると、さりげなく参謀の部屋に置いて、ダミアスさんがうさん臭くなるようもっていった。

 

 幸い、彼を良く思っていない人物が、何も言わなくても後押ししてくれたもんな。カイルまで、すっかりダミアスさんを疑ってたし。

 

 最初から計画のうちだったかまではわからないが、あなたたちは、参謀のダミアスさんに、皆の注意がいくように仕向けた。魔道にうといアストーレのことだ。魔道といえば、すぐにダミアスさんと結びつけると踏んだんだろう」

 

「へえ、よくわかったじゃないか!」

 

 王子は、感心して、手を叩いてみせた。

 

「確かに、始めは盗賊団の仕業にしておく計画だったが、それだと、いろいろとまどろっこしかったからね。ちょうど、アストーレの公爵たちが、参謀のことをよく思っていないみたいだったし、そっちに罪をなすりつけた方が、こちらのヤミ魔道士も動きやすくなるだろうと思って、計画を少し変更したのさ」

 

 王子の顔は、くすくす笑っている。

 

「だけど、僕の目的は、アストーレの内紛なんかじゃないよ。君の推理は、まさか、そこで終わりだなんて、言うんじゃないだろうね?」

 

「もちろんだ」

 

 ケインは、再び、話し始めた。

 

「俺は、王女誘拐未遂事件は、外国人の仕業だと、ずっと疑いをかけていた。参謀のことも、疑わなかったわけじゃなかったが、極めつけになったのは、犯行の日にちだった。

 

 誘拐未遂のあった翌日に脅迫状ーーこんなに立て続けに誘拐しようとするなんて、よっぽど自分たちが捕まらない自信があるとも考えられるけど、ひとつは、滞在時間にあったんだ。あなたたちは、アストーレにいる五日間で、勝負を決めなければならなかった。そう考えれば、参謀よりも、外国人の方が、しっくりくる」

 

 ケインの隣ではマリスが、後ろでは、クレアが、静かに耳を傾けている。

 

「いずれかの国が、姫を誘拐して莫大な身代金を請求するか、アストーレに自国の傘下に入れと要求するものと思っていた。だけど、今日、神殿からの帰り道で、どの国のヤツが、どんな目的で、というのが、俺には一遍いっぺんにわかったんだ……!」

 

 そこで、ケインは、一旦、言葉を区切った。

 空の王子は、目を細めた。

 

「どうしたんだい? 続けないのかい?」

 

「あなたの名誉のために、言わないでやることもできるが、ここには俺たちしかいないから、構わないか……」

 

 ケインは、再び空を見上げた。

 

「賊たちを捕まえている時、奴らの一人が『話が違う』と、こぼしていた。無意識だっただろうそいつの視線をたどってみると、その先にあったものは、物凄ものすごい殺気を漂わせて、俺をにらむ、あなたのその顔だった!

 

 賊も、あなたには簡単にやられるよう、事前に申し合わせておき、王女誘拐を勇ましく阻止するという筋書きだった。あなたは、どいつも歯が立たない、豪腕なデロス王子でさえかなわなかった賊に、ひとりで立ち向かい、脅迫状によって怯えきった王女の前で、……いいカッコしようとしたんだろう!」

 

 王子の顔は、もう薄笑いを浮かべてはいない。

 

「盗賊たちの手から姫を救い、そのことでアストーレ王に恩を売り、姫との婚約を決定的にする。つまり、この事件は、あなたの仕組んだ『狂言』ということだ!」

 

 ケインは、空の王子の顔を、キッと見上げた。

 王子の恨めしそうな顔が、見下ろしている。

 

「あの、ケイン、あたしは、その事件とやらのいきさつが、よくわかんないけど……真相って、それだけなの?」

 

 遠慮がちに、マリスがケインに尋ねる。

 

「俺だって、何度も違うと思いたかったが、どうしても、それが一番つじつまが合うんだ」

 

 ケインが、空をにらむ。

 王子の顔は、いくらか青ざめていた。

 

「よく、そこまでわかったじゃないか。褒めてやるぞ、ケイン・ランドール」

 

「えっ……」

 

 マリスとクレアが、げんなりした顔を、王子に向けた。

 青ざめた王子の顔は、意気消沈していた。

 

「僕は、ずっと前に、アイリス王女の肖像画をもらった時から、僕の妃に迎えたいと思っていたんだ。今回の訪問では、あちこちの国から、王子たちが来ることも知った。

 

 ライミアは、どこの国から見ても有益だ。王子も頭脳明晰ずのうめいせきと言われている。ガストー公子は非常な美男子で、ダンスも上手いと聞くし、マスカーナ王子は気持ちも優しく、詩を歌う才能に秀でていて、デロスの王子は武道に長けている。

 

 でも、僕には何もない。このままでは、残りの四カ国と、差がついてしまう。そう思って、この計画を立てたんだ」

 

 王子の声は、呟くようだった。

 

「やはりな。最初の事件の時、姫をさらった賊が、ウマで逃走したが、あいつは、自分たちのアジトへ行くでもなく、原っぱへ逃げていった。後になって、冷静に考えてみると、そもそも、あそこでウマが二頭用意されていたのは不自然だったんだ。あれは、あなたが乗るためのウマだったんだな?」

 

 その時の様子を知らないマリスとクレアは、お互い顔を見合わせる。

 

 王子は、低いトーンの声で、再び語り始めた。

 

「いかにも、お前の言う通り、一頭は姫をさらった犯人用で、もう一頭は、追いかけるように僕が乗る予定だったのだ。それなのに、お前が乗っていってしまった。

 

 二回目の誘拐は、警備の者の中に、お前の姿がないのを確認しておいたにもかかわらず、小姓なんかに化けていたとは……。またしても、王女を助けるという重要な僕の役どころを奪ってしまった!

 

 あの後、夕食会でも、姫は、お前の話ばかりしていた。二度も助けてくれただの、小姓が実はお前だと知って感動しただの、戦う姿に思わずみとれただの……」

 

「へぇ、そうだったのか」

 

 ケインは、頭をかきながら、にやにや笑った。

 

「照れるんじゃない!」

 

 王子が、イライラした声で喚いた。

 

「本当は、そうなるのは、僕のはずだったのに! お前が、僕の計画を潰したんだ!」

 

 空に映った大きな顔は、地団駄じだんだでも踏んでいるように、小刻みに上下している。

 

 天を見上げて、マリスが一歩進み出た。

 

「王子たちの中で、自分が一番見劣りするからって、イジケてないで、堂々としていればいいじゃないの。中身さえ良ければ、下手に小細工しなくたって、女心はゲット出来るものよ」

 

 それで慰めているつもりなのか、王子に向かって、彼女はつけつけと言っていた。

 

「それが出来ないから、小細工してるんじゃないか」

「あ、そっか」

 

 ケインとマリスのやりとりを見て、王子は、ますます地団駄を踏んだ。

 

「うるさい! 黙れ黙れ! 僕は、貴様らの三バカトリオを見に来たんじゃないや!」

 

「三バカって……! 私は、何も言ってないじゃないの!」

 

 クレアが怒り出した。

 

「うるさい! そいつの仲間は、みんなバカだ!」

 

「なんですって!?」

 

「おいおい、変なことでケンカすんなよー」

 

 ケインが呆れ顔になる。

 

「まあ、幸い、誰にも怪我はなく、賊も捕えたことだし、そいつらのせいにして、事件の真相は黙っててやってもいい。だから、これからは、正当な方法で、姫の心をつかんでみな。じゃあ」

 

 ケインは、空に向かって手を振って、歩き出した。

 だが、王子は、それだけでは、気が済むはずもなかった。

 

「誰が貴様をこのまま返すと思うか? そこは、既に、僕の魔道士の結界の中だ! 貴様らの処分は、彼に任せてある。ケイン、貴様さえいなければ、姫は僕のものだからな!」

 

「どんな根拠があって、そんなことを言ってるんだか……。それなら、最初から堂々とすればいいだろ?」

 

 ケインが呆れ果てるが、王子は落ち着きを取り戻し、「それじゃあ、僕はもう眠るとするよ」と言うと、空に浮かんでいた彼の顔が消えていくのと入れ替わりに、黒いフードを被った魔道士の姿が現れた。

 

 フードの中は影になっていて、三人からはよく見えないが、王子の時とは違い、黒い全身が映し出されている。

 

 かなりの長身だが、横幅は、あまりない。

 干涸ひからびた手のような、茶色の木の杖を持ち、その手には、緑色の大きな宝石の指輪と、銀色のヘビの形をした指輪とがめられていた。

 

「ケイン、この人だわ! あの時、空間の中にいたのは!」

 

 クレアが叫ぶ。

 

「やっぱり、そうか! クリストフ王子の雇ったヤミ魔道士……!」

 

 魔道士は、彼ら三人をゆっくりと見回すと、ピタッと動きを止めた。

 

「ほほう、これはこれは、珍しいところで、お会いしましたな、ベアトリクス流星軍隊長にして、辺境警備隊長マリス殿」

 

 魔道士は、低い歓喜の声を上げた。

 

「た、隊長って、ほんとに……?」

 

 マリスは、そういうケインをちらっと見ると、微かに笑っただけで、すぐにキッと空を見上げた。

 

「残念ながら、今はもう隊長じゃないわ。亡命したのは、あなたも知ってるでしょ?」

 

「それはそれは、存じ上げませんで、失礼致しました。それにしても、よくお化けになられましたな。お若いのに、そのようなお姿とは。てっきり、商売女かと思いましたよ」

 

 魔道士は、クックッと笑い声を漏らす。

 

「あなたこそ、出世したじゃないの。王子サマなんかに雇われてさ。ヤミ魔道士グスタフ!」

 

 マリスが参謀だと思い込んでいた魔道士の名前に、ケインも、クレアも、気を引きしめて、空を見上げる。

 

「覚えて頂いて光栄です。時に、お連れの魔道士の方は、いかがされたんです?」

 

「あんたなんかをあざむくために、今回は別行動を取ったのよ。思惑通り、まんまと出てきてくれたわね」

 

 マリスが勝ち誇ったように言った。

 魔道士は、ほほほと笑った。

 

「さすがに、勘の鋭いお方だ。この国に、私がいるかも知れないと、最初から踏んでいたというわけですか」

 

「何者かが呼び出したミドル・モンスターたちが、このエリアで最近増えたって聞くし、行くとこ行くとこに次元の穴が開いてて、モンスターばっかり吹き出してたら、あんたの仕業しわざかも知れないって見当が付いて当然でしょ? あたしがヴァルと離れたら、案の定、こうして、あんたは姿を現したことだしね!」

 

 マリスが言い放つが、魔道士は一向に動じた様子はない。

 

「あなたがた二人を同時にお相手するのは、いくら私でも難しいでしょう。しかし、ここは既に私の結界の中。例え、彼のような一流魔道士でも、私に気付かれずに、ここに入ってくるのは難しいでしょうな。となると、私は、魔法を使えないあなたをお相手するだけでいのです。なかなか楽しませてご覧にいれますよ」

 

 魔道士グスタフは、ケインとクレアなど、まったく眼中にないような口ぶりだった。

 

「それは、どうも。でもね、あたしも、あんたを、少しは楽しませてあげられるかも知れないわよ」

 

「ほほう、それは、楽しみですな」

 

 魔道士は、面白そうな声を上げた。

 

「そうそう、実は、このような拾い物をしたのですが、見覚えはありませんかな?」

 

 彼が手のひらを上に向けると、そこに浮かび上がったのは、木でできた小さなおりのかごだった。

 かごの中では、ピンク色の小さな妖精が、檻につかまり「出してー! 出してー!」と、叫んでいた。

 

(ミュミュ……!)

 

 三人は、声には出さなかった。

 マリスは、顔色も変えずに言った。

 

「別に、ただの妖精じゃない。珍しくも何ともないわ。あんたも趣味が悪いわねぇ。早く逃がしてあげなさいよ」

 

 それを聞いたミュミュが、魔道士に向かって叫ぶ。

 

「だから、ミュミュは知らないって言ったでしょ! あのおねえちゃんとは関係ないんだから、早く出してよおー!」

 

「そうか、知り合いではなかったか」

 

 魔道士が、ミュミュと、素知らぬ顔をしているマリスとを見比べた。

 

「そうだよー! そうだよー! だから、出してー!」

 

「では、お前には可哀相だが、私の魔獣どもの餌になってもらおう」

 

「なっ……!」

 

 三人の顔色が変わった。ミュミュも、ピタッと黙った。

 

 魔道士の足元に、ぽっかりと黒い穴が開き、そこには、魚を原形とした、様々な動物をかたどり、合成された黒いモンスターたちが、何十匹と口をパクパクさせて、餌を待っていたのだった。

 

 魔道士は、そこへ、ミュミュをとらえたかごを、近付けていく。

 

「いやーっ! 助けてー!」

 

 ミュミュが、わーっと泣き出すと同時に、いたたまれなくなったケインが、一歩踏み出した。

 

 マリスがケインを手で制してから、諦めたように言った。

 

「待って、グスタフ! 確かに、その子は、あたしの知っているニンフだわ。だから、こっちへ返して」

 

「やはり、お知り合いでしたか。いいでしょう。返してあげますよ」

 

 魔道士は、そこから、かごを放った。

 

「うわ~ん! 何すんのさ、バカー!」

 

 泣き叫ぶミュミュの入ったかごは、回転して、落ちていく。

 

 ケインが、ミュミュを受け止めようと飛び上がると、後ろから何かが追い越し、そのまま空に浮かぶ魔道士に突き刺さったかに見えたが、それは、魔道士の半透明の身体を突き抜けていき、落ちた。

 

 マリスが短剣を放ったのだった。

 

「ほっほっほっ、何もしやしませんよ」ヤミ魔道士が笑う。

 

 ケインが、かごを無事取り返し、着地する。

 

「危ないじゃないの、マリス! ケインやミュミュに当たったりしたら……!」

「ケインの援護をしただけよ」

 

 それだけ、マリスはクレアに言うと、すぐに空をにらみつけた。

 

「本体は、別のところにいるのはわかってるわ。そろそろ出てきたら? あたしと勝負するんじゃなかったの?」

 

 グスタフは、またクックッと笑った。

 

「まあまあ、そうお急ぎにならずとも。とりあえず、『彼ら』のえさになっていただいてからにしましょう。おあずけを食らってしまって、『彼ら』も引っ込みがつかなくなってしまったんでね」

 

 途端に、魔道士の姿は消え、その足元でパクパクしていた黒いモンスターたちの影は本体を表し、そのまま口をパクパクさせながら、天からゆっくりと、なだれ込んだ。

 

 その口の中には、無数の牙が詰まっていた。

 

「うわ~ん! 早く出してー!」

 

 ミュミュが泣き叫ぶ。

 

「おっと、かごを剣で切ろうとしても、無駄ですよ。そのかごを、無理に破壊しようものなら、中にいる妖精の身は保証出来ません。それと、中にいる間は、妖精の特殊能力は使えませんよ。空間移動や回復の技などを使われては厄介ですからねえ」

 

 グスタフの声だけが、どこかから聞こえてきていた。

 

「しかたないわ。クレア、ミュミュをお願い!」

 

 マリスが、天を見据えたままで言う。

 クレアは、ケインからミュミュのかごを受け取ると、自分の足元に置き、精神を集中させた。

 

 ケインは、マスター・ソードを構え、マリスを後ろへ庇った。

 

「お気遣いは無用よ。あたしも戦うわ」

 

 マリスが、横に並ぶ。

 

「何言ってるんだ! あんな大量のモンスターたち相手に、素手でなんて、いくらなんでも無茶だ!」

 

 マリスは、ケインの方を向くと、にこっと笑った。

 

「剣ならあるわ。ここにね!」

 

 そう言うと、マリスは、いきなり自分のドレスをふわっと、まくり上げた。

 

「えっ! な、何する……!?」

 

 あらわになったマリスの太腿ふとももに、思わず、ケインの目は釘付けになった。

 

 太腿には、彼女のロング・ブレードが、細い革のバンドでくくりつけられていた。

 

 ずびっ!

 ずばっ!

 ずしゃあっ!

 どばっ!

 

 マリスは、とうに、モンスターたちに応戦していた。

 彼女にかっさばかれた黒い肉片が、飛び散る。

 

 一足遅れたケインも、魔物たちをさばきにかかった。

 

闇の魔道士

 モンスターから身を守る結界ーー薄い緑色の膜が、クレアと、かごに閉じ込められたミュミュの周りを囲んでいた。

 

 それを見たケインは、安心して、モンスターたちをいでいった。

 

 だが、合成モンスターたちは、これまでと勝手が違い、切っても切っても復活し、すぐに無数の牙を剥いて、向かってくる。

 

 もともと一体だったもの同士ではなく、近くに落ちていたもの同士が、引き合い、断面など構わずくっつき合わさっていたため、その形はますますおぞましく、不気味でイビツになる一方だった。

 

 それでも、勢いが衰えることはない。

 そうなると、ヒトの体力の方が、先に尽きてしまうことは、明らかだった。

 

『そのモンスターどもは、切っても倒すことは出来ん! 火だ。火を使え』

 

 どこからともなく響いたその声は、クレアにだけ聞こえた。

 クレアが、はっとして、呪文を唱えた。

 

 途端に、彼女の手のひらから、人の顔ほどもある大きな火の塊が生まれ、黒いモンスター目がけて、火の粉をまき散らしながら、吹き飛んでいった。

 マスカーナやデロスの魔道士が見せたものよりも、明らかに大きく、スピードもある!

 

「マリス、ケイン、よけてー! まだコントロールが……!」

「えっ!?」

 

 おぞましい標的から顔をそむけているせいで、クレアは、あちこちに炎を振りまいていた。

 

 ケインもマリスも慌てて逃げ出し、地面に伏せるはめになった。

 

 それは、まったくの、無差別攻撃であった!

 

 だが、数撃つうちに当たったらしく、モンスターたちは、声にならない叫びを上げて、炎に巻かれたものから、次々と消滅していったのだった。

 

 ひととおり焼き払うと、クレアは、ふうっと一息つき、辺りを見渡して「あら」と言って、口に手を当てた。

 

 辺り一帯が、焼け焦げ、ぶすぶす言っていた。

 

「す、すごいじゃないか、クレア!」

「いつの間に覚えたの!?」

 

 そう褒めながらも、顔をこわばらせたケインとマリスは、クレアに駆け寄った。

 

「まだ加減がよくわからなくて、必死だったから、つい……。炎の術だけ、たまたま覚えたところだったの。『水が効く』って言われたら、どうしようかと思っちゃったわ」

 

 クレアは、嬉しいような、恥ずかしいような、はたまた困ったような笑顔になって、両手を頬に当てた。

 

 その美しいおもてと、炎の無差別攻撃とは、まったく結びつかない。

 

「貴様、よくもここに……!」

 

 三人の頭上では、グスタフの憎々し気な声が響き渡るが、空には、彼以外の何も映ってはいなかった。

 

「この城は、私の庭のようなもの。異分子の存在など、すぐにわかる」

 

 『火が効く』と教えた声だと、クレアは気が付いた。

 

「くっ……! ここでは、場所が悪い。一旦、引き上げさせてもらうぞ!」

 

 そうグスタフの声がすると、辺りの景色が、ぐらっと揺れ、彼の姿も、焼け焦げたモンスターの残骸も消えていった。

 

 そして、通常に戻った空から、舞い降りて来た一人の魔道士の姿があった。

 

「ダミアスさん!?」

 

 ケインが、目を丸くした。

 それは、先に牢で会ったばかりの参謀ダミアスに違いなかった。

 

「彼グスタフは、クリストフ王子の部屋の手前にいた。彼の結界に入るには、少々時間がかかるので、直接、本人の居場所へ行ったのだ」

 

「それで、ヤツが逃げていったというわけか」

 

 参謀ダミアスは、クレアの方を向いた。

 

「よくやった。見事だった。見習いとは思えないほどの腕前だった」

 

「そ、そんな……ありがとうございます」

 

 クレアが恥ずかしそうに、ペコッと頭を下げた。

 

「ダミアスさん、初めまして。さっそくで悪いんだけど、あいつを追ってくれないかしら? 今、逃げられると厄介なのよ」

 

 マリスが、初対面にもかかわらず、遠慮のない口調で、ダミアスに言った。

 ダミアスは、じっとマリスを見た。

 

「先程から、どうも得体の知れない魔力の波動が感じられると思ったが……、あなたは、魔道士ではないのですか? それほどの魔力を持ちながら、なぜ、魔法を使わなかったのです?」

 

 ダミアスは、なぜかマリスには敬語で話しかけている。

 クレアにはそうではなかったため、魔道士というものは、魔力基準で階級が決まるのだろうか? と、ケインは不思議に思っていた。

 

「あなたは……」

 

 ダミアスが言葉を続けるのをさえぎるように、マリスは、口早に話した。

 

「あたしはマリス。今は、魔法は使えないの。ところで、知り合ったばかりで悪いんだけど、急いでるの。あたしを、あの北の森まで運んでくれないかしら?」

 

 ダミアスの顔色が、少し変わった。

 

「彼が、あそこへ逃げたと……?」

 

「ええ、間違いないわ、あいつは、あそこにモンスターを呼び出した張本人なのよ。きっと、あたしを迎え撃つ戦闘体勢に入ってるわ」

 

 マリスが、森の方を見上げて言った。

 

「彼が、モンスターを……」ダミアスが呟く。

 

「魔道士の間では、誓約ごとがいくつかあることは知ってるわ。だから、一緒に戦ってくれとは言わない。送ってくれるだけでいいの。お願い!」

 

 マリスが、両手を組み合わせ、今までにないほど緊迫した様子で、ダミアスに頼み込んだ。

 

「マリス、一度、ヴァルを連れに戻ったら……」

「いいえ!」

 

 彼女は、はっきりと、ケインの言葉を打ち消した。

 

「そしたら、あいつは、また逃げるわ! やっと、見付けたんだもの。ここで倒しておかなくちゃ!」

 

 ケインもクレアも、ダミアスも、どうやら、グスタフとマリスには、深い因縁でもあるらしいことを察した。

 

「そんなことより、早くミュミュを出してよーっ!」

 

 クレアの抱いているかごの中では、ミュミュがわめき、暴れていた。

 

 ダミアスが手をかざすと、ミュミュの身体が一瞬消え、かごの外に現れた。

 

「このかごには、物理的な力を加えると、中の生き物にもダメージが与えられるよう、厄介な魔法がかけられていたようだ」

 

 ダミアスが、淡々と言った。

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとう! おじちゃん!」

 

 ケインが、ダミアスに頭を下げ、ミュミュは、ダミアスの周りを、嬉しそうに、ぱたぱた飛び回った。

 

「ーーてことで、ここからは、あなたたちは、帰っていいわ」

 

 そう言ったマリスに、ケインもクレア、ミュミュも注目した。

 マリスは、笑ってはいない。

 

「グスタフは、慇懃無礼いんぎんぶれいなヤツよ。物腰からしてバカ丁寧で、イヤミったらしかったでしょ? その実、やることは、相当汚いわ。さっきは、人質がミュミュだったからよかったようなものの」

 

「ちょっと! どーゆーことさー!?」

 

 ミュミュが両手をぶんぶん振り回しながら飛んで、口を挟む。

 

 クレアは心配そうな目で、しばらくマリスを見ていたが、ふっと目を伏せた。

 

「そうよね。私の覚えたての魔法なんか、きっと、通じる相手ではないのね。それに、さっきの術で、ほとんど魔力を使い切ってしまったし……。側にいるだけで、マリスの足を引っ張ることになるのだったら、私はお城に戻っていた方がいいみたい。役に立てないのは、心苦しいけど……」

 

 マリスが、クレアに暖かい目で見つめ、両手を、彼女の肩に乗せた。

 

「さっきは、クレアがいてくれて、本当に助かったわ。今度は、お姫様を守ってあげて。王様が、腕の立つ女官とやらを探しているそうよ。クレアなら治療も出来るし、結界も張れるし、炎の攻撃だって出来るじゃない!

 

 もし、あたしがしくじったら、あのワガママ王子、またグスタフを使って、何を企むかわかったもんじゃないわ。あと二日は、滞在するみたいだし……ねっ?」

 

「……ええ」

 

 クレアは、潤んだ瞳でマリスを見つめ、うなずいたものの、心配そうな顔のままだった。

 

 マリスの視線が、ケインに留まった。

 

「ケインも……」

「俺は、一緒に行く」

 

 打ち消すように、ケインは、そう言っていた。

 マリスが何か言いかけるが、彼は構わず続けた。

 

「あのヤミ魔道士、王子の命令で、俺のことも狙ってるんだ。さっきは、マリスのことしか眼中になかったみたいだったけどな。ここで、あいつを倒しておかないと、っていうのは、俺にとっても同じことだ。

 

 それに、マリス、俺は、お前に雇われてるんだぜ。『一緒に来い』って言ってくれれば、俺はいつでも一緒に戦う。……ああ、解雇されるまではな」

 

 後半、ケインは、明るく、軽い口振りになった。

 クレアが、ますます心配するように思えたからだった。

 

 そして、万が一、マリスに何かあったら、という自分の不安を、はねのけるためでもあった。

 

「そうよね、あたし、ケインの主人だったのよね。忘れてたわ~!」

「なんだよ、忘れんなよ!」

 

 冗談のように言い合う二人を見ているうちに、クレアにも、少し笑顔が見られた。

 それを確認してから、マリスが言った。

 

「それじゃあ、北の森へ出発よ!」

 

 

 

「もう目を開けてもいいだろう」

 

 ダミアスの声で、ケインは、そうっと目を開く。

 ダミアスに言わせると、慣れていない者は、時空酔いをするといけないので、目を閉じておいた方が良い、ということであった。

 

 それまでの、身体にまとわりつくような違和感も、なくなっていた。

 

 辺りは、真っ暗な森の中だった。

 ケインとマリスは、ダミアスに連れられ、空間の中を移動して、北の森へ着いていた。

 

「ここが、北の山の頂上だ」

 

 真っ暗闇で、背の高い樹木によって、視界は遮られていた。

 

「ここまで連れてきてくれて、ありがとう。もう、戻っていいわよ」

 

「いや」

 

 魔道士は、マリスの言葉に、首を振る。

 

「あなたがたの戦いを、見届けさせて頂きたい」

 

 ケインもマリスも、じっと彼を見た。

 彼の瞳は、相変わらず静かで、はたからは、真意は読み取れない。

 どことなく、ヴァルドリューズと似ていたかも知れなかった。

 

 マリスが微笑んだ。

 

「手出しは、一切無用よ」

 

「もちろん。あなたがたの戦いを汚すようなことは、いたしません」

 

 ダミアスも、いくらか微笑んでいるようであった。

 

「それを聞いて、安心しましたよ」

 

 空から、声が響いた。

 

「さっさと姿を見せたらどうなの、グスタフ!」

 

 マリスが、空に向かって声を張り上げた。

 

 ゆるゆると、黒いものが舞い降りて来る。

 それは、木の枝に止まると、徐々に人の形になっていき、記憶に新しい、長身のやせた魔道士の姿へとなった。

 

「出て来たわね」

 

 マリスが、ひとり呟く。

 

 グスタフが、杖をさっと一振りした。

 

 二人は、身構える。

 

 側にある木の根本に、黒い穴が開き、黒いモヤとともに、獣人型モンスターが現れた。

 

 まるで、その黒い穴は、小規模な次元の穴とでも言うように、ぞろぞろとミドル・モンスターたちが召喚されていくのだった。

 

 ケインもマリスも、剣を持つ手に、力がこもる。

 

 その時、爆風音とともに、小型の竜巻のような渦巻く風が、モンスターたちを巻き上げ、そのまま空高く吹き飛ばしていってしまった。

 

「貴様、手出しはしないと、今言ったばかりではないか!」

 

 グスタフの、忌々いまいましそうな声がする。

 

「手出しはしない。そのかわり、お前も、堂々と、彼らと戦え。神聖な戦いを汚すことのないように」

 

 静かな声で、ダミアスが返した。

 

「そうよ! くだらない手品なんか見せてないで、かかってきたらどうなの? それとも、あたしたち二人に恐れを成して、手も出せないってわけ?」

 

 マリスが挑発する。

 

「ふっ、いいだろう。魔術の使えない人間が何人束になろうと、私の敵ではない!」

 

 グスタフの姿が揺れ動いて、景色の中に溶け込んだ。

 

 次の瞬間ーー

 

「来るわよ!」

 

 マリスの声と同時に、拳の大きさほどの火の球が、ケインの目の前に現れた。

 ケインが、反射的に、剣で防御する。

 火は弾き飛んで、空に消えていった。

 

「ほう、この至近距離で、よく交わしましたね。それに、その剣からは、魔力が感じられる。対魔物用の剣でしたか」

 

「ドラゴン・マスター・ソードだ」

 

 ケインが静かに答える。

 

「ほう、まさか、こんなところにそんなものがあるとは、思いもよりませんでしたよ! そうか、だから、あの時、私の魔力を込めた剣が、効かなかったのですね。それならば、それを考慮に入れて、攻めなくてはなりませんね……!」

 

 どこからともなく聞こえてくるグスタフの声。

 気配を探るが、それが追いつかないほどの速さで、声は、彼らの周りをぐるぐる回り、どこから攻撃が来るのか、ケインには、まったく見当が付かなかった。

 

「ケイン、後ろ!」

 

 背に殺気を感じたと同時に、マリスが横から、ケインの後ろに剣を突き出した。

 

 ガシッ!

 

 杖とマリスの長剣が、かち合い、緑色の火花を放出する。

 

「ちっ、次は外しませんよ!」

 

 夜の森は、闇だった。

 さらに、グスタフは、黒いフード付きマントで黒い風景に溶け込み、空間移動術を使う。

 

 殺気で気配がわかっても、動きが速く、それを読むのは至難のわざである。

 

「ケイン」

 

 マリスが、そっと背中合わせになり、小声で話しかける。

 

「あたしが合図したら、一気に、あそこの太い木まで走っていって。木を背にして戦うわよ」

 

「ああ、その方がいいな」

 

 マリスの合図で、ケインは一気に、大木目がけて走った。

 

 その後ろで、パチパチと燃える音や、稲妻のようにピカッと光るのがわかる。

 マリスが剣で弾いているのが、感じ取れる。

 

 大木に着いたケインは、振り向いた。

 

 マリスは、移動せずに、戦っていた。

 グスタフの姿は見えないまま、四方から放たれる炎や稲妻を、彼女の対魔物用ロング・ブレードが、すべて弾き飛ばしていた。

 

 グスタフは、ケインが走り出したと同時に、マリスを集中攻撃したのだ。

 

 ケインがマスター・ソードを構え、呪文を唱えようとすると、ふいに、炎や稲妻が止み、辺りが静かになった。

 

 奇妙な異変に、マリスもケインも、その場で剣を構えたまま、辺りの様子を嗅ぎ取ろうと、神経を集中させる。

 

 マリスの目の先で、何か黒いものが、うようよとうごめき始めた。

 ざわめく木々。

 草の根をかき分けて、前方から、獣人タイプのモンスターたちが、何十匹と現れた。

 

「なっ……! 汚いぞ、グスタフ!」

 

 ケインは、見えない魔道士に向かって叫んだ。

 薄気味悪い魔道士の笑い声が、どこからともなく聞こえる。

 

 ケインが、マリスに助太刀しようと向かうが、すぐに殺気を感じ、横転して飛び退すさった。

 そのケインのいたあたりを、グスタフの杖が突き抜けた。

 

「あなたも、なかなか勘がいいですね。マリス嬢は、あやつらにお相手していてもらい、先にあなたを倒しておこうと思うのですが、如何いかがです?」

 

 グスタフのねっとりとした声が、ケインの耳元で聞こえる。

 

 ケインは、すぐに態勢を立て直した。

 剣を構えながら必死に目を凝らし、五感を研ぎ澄ませた。

 

 目の前の暗闇に、ぼうっと、人の顔らしきものが浮かんだ。

 

 殆ど髑髏どくろと思える、しわだらけの皮でできた顔面に、耳の下辺りから生えた長い白髪、額には、黒い宝石、中心にある骨張った鉤鼻かぎばな、凹んだ眼窩がんかには、燃えるような炎の色をした眼球ーー

 

 それは、まるで、何百年も生きてきたかのような人間の顔であった!

 

 グスタフは杖を振りかざした。

 

 それを、ケインがマスター・ソードで防ぎ、右手の拳を狙いをつけて打ち込むが、手応えはない。

 

 不気味な笑い声とともに、魔道士の顔だけが闇に浮かび、またしても杖を繰り出す。

 それをよけると、右から電光が放たれる。

 

 ケインがマスター・ソードで応戦するのを、見物でもするように、グスタフの顔は、同じ位置で笑っている。

 

 あらゆる方向からやってくる攻撃ーー突き出す杖、火の球、いかずちは、人間相手と違い、気配が読みにくいため、ケインにしてみれば、普段以上に神経を使う。

 

 防いでばかりでは拉致らちが開かない、と思ったケインは、地面から飛び出して来た火の球をよけ、横に飛ぶと見せかけ、地面を蹴って方向転換すると、闇に浮かぶ魔道士の顔目がけて、マスター・ソードを振り下ろした。

 

「おわあああああああ!」

 

「外したか!」

 

 グスタフの叫び声が響き渡る中、ケインは、舌打ちした。

 顔を真っ二つに割るつもりが、とっさによけられ、顔の右側を斬りつけただけだったのを、悔しそうに見た。

 

「おのれ、よくも……! 貴様如きが、私の身体に傷を付けるとは……!」

 

 ケインが思ったよりも、傷は、深く斬り込まれていた。

 グスタフは、頭のてっぺんから、だらだらと血を流し、右目を抑え、無事な方の目を見開いて、ケインを凝視していた。

 

 その彼の血の色を見て、ケインは、ぞくっとした。

 

 彼の血は、赤くなかった。

 魔物と同じ濃い緑色であった。

 

「そんな! 魔道士といえども、人間なんじゃ!?」

 

 一瞬の隙をつかれ、ケインは、突然現れた杖に、突き飛ばされた。

 

「たかが、戦士にしては、よくやった。褒めてやろう。だが、私の身体に傷を付けたとあっては、もう、手加減はしないぞ! 覚悟しろ!」

 

 グスタフは、その長身をゆらりと現し、ケインの前に立ちふさがった。

 

 受け身を取って転がり、起き上がりかけたケインの目の前に、グスタフの筋張った手のひらが向けられた。

 

「もともと、貴様は消せという依頼だった。丁度よい! 今こそ消してやる!」

 

 その瞬間ーー

 

「消えるのは、貴様だ」

 

 この場に不釣り合いな、抑揚のない、無表情な低い声が聞こえたと思うと、グスタフの胸から、真っ赤な炎が吹き出し、絶叫が辺りに響きわたった!

 

「……き、貴様……、い、いつの間に……!」

 

 グスタフは、全身を痙攣けいれんさせながら、ゆっくりと振り返った。

 

「ヴァル!」

 

 ケインが叫ぶ。

 

 黒いマントに身を包み、フードを降ろした黒髪の魔道士の姿が、そこにある。

 

 ヤミ魔道士グスタフの後ろに現れたのは、紛れもなく、ヴァルドリューズだった。

 

敵(かたき)

 彼は、いつもと変わらず冷静な碧い瞳で、グスタフを見下ろしていた。

 

 身長のヴァルドリューズよりも、さらに、上を行くグスタフを、なぜかヴァルドリューズの方が見下ろしている感じであった。

 

「ヴァルドリューズ、……なぜ、貴様が……!」

 

 グスタフは、がくっと膝を付き、胸を押さえながら、片方の目でヴァルドリューズを見上げた。

 

「マリスの作戦で、私とは別行動となった。私は、この森を見張り、ずっと気配を消していた。すっかり油断し、ケインとの戦いで傷を負い、逆上したお前は、本体を表しただけでなく、結界が解かれ、私が近付いたことにすら、気付かなかったのだ」

 

 悔しそうにヴァルドリューズを見上げるグスタフの胸から、どばっと濃い緑色の血が流れ出した。

 

 それを、表情を変えずに見つめるヴァルドリューズだった。

 

「人間であることをやめたか。ならば、なおさら、生かしておくわけにはいかぬ」

 

 何の感情も感じられない声でそう言い終えると、グスタフにかざしたヴァルドリューズの手からは、ボッという音とともに、先とは違う銀色の光の球が、浮かび上がった。

 

 魔物化したものにとって、致命的な術と判断したグスタフは、怯えたように狼狽うろたえ、開いている方の眼を、ますます大きく見開いた。

 

 球は、なおも膨張していき、炎のように燃え出した。

 

 ヴァルドリューズの表情は、いつものように落ち着いていた。

 彼自身が攻撃をするところは、ケインが見るのは初めてであったが、魔力を感じられない彼にまで、その魔力の波動が伝わり、空気が振動しているのがわかった。

 

 彼の深い碧い瞳は、やはり静かで、何も語ってはいない。

 見方によっては、それは、かえって恐ろしかった。

 グスタフとの因縁が、マリス同様ヴァルドリューズにもあるのだったら、怒りや憎悪などを剥き出しにされていた方が、まだ人間的であっただろう。

 

「これが、ヴァルなのか……!」

 

 ケインの言葉が、無意識のうちに、口からこぼれた。

 

 冷酷とさえも映る、これが戦闘態勢となった時のヴァルドリューズなのだと、ケインは悟った。

 

「待って! そいつは『サンダガー』の餌よ!」

 

 その声に、はっと、ケインが振り返ると、モンスターの返り血を浴びた、白いドレス全身を濃い緑色に染めたマリスが、白いオーラに包まれている。

 

 その白い顔には、妖しく、不適な微笑みが浮かんでいる。

 

 そんな彼女は、戦うエルフのような、とても人間離れして見え、ぞっとするほど恐ろしいが、不思議なことに、謎めき、なまめかしく、美しくもあった。

 

(俺は、とんでもないやつらと、行動を共にしていたのか!?)

 

 ケインは、今改めて、この二人と敵同士ではなくて、良かったと思えた。

 

 ヴァルドリューズは術を切り替え、既に、奇妙な発音で呪文を唱え、指で三角を作ると、中に浮かび上がった金色の光を、マリスに向けて放った。

 

 途端に、彼女の身体は金色の光に包まれ、膨張していくと、そこには、ケインにも見覚えのある、金色の甲冑に身を包んだ巨人が現れた。

 初めて、ケインが見た時ほどの大きさではなかった。

 

「ははははは! 久しぶりに、俺様の出番だぜー! 最近、ちょっと欲求不満気味だから、思いっ切り暴れて、解消しちゃうぜーっ!」

 

 真っ暗な森の中に、突然光り輝きながら現れたゴールド・メタルビーストの化身は、手を腰に当て、仁王立ちしている。

 

 金色の豪華で高貴な身なりに似合わず、彼の目と口は、邪悪に、つり上がっていた。

 

「あ、あああ……! な、何だ、あれは……!」

 

 グスタフは、獣神を見て、あわあわ言っていた。

 

「まさか、既に……完成していたというのか……!?」

 

 マリスとヴァルドリューズのコンビネーション技を警戒して、二人が揃うのを恐れていたグスタフの狼狽うろたえ振りであった。

 

 サンダガーが、グスタフの倍ほどの高さから、見下ろす。

 

「今日は、この変なじじいが、俺の獲物ってわけか。ちぇっ、もうちょっと美味そうなモン用意しとけってんだ」

 

 サンダガーは、ぶつぶつ言っていたが、それでも、楽しそうであった。

 

「よーし、じゃあ、いくぜー! じじい!」

 

 彼は、いたずら小僧のような笑顔で、グスタフに向かって勢いよく拳を振り下ろした。

 

 バキバキ……!

 

 サンダガーが拳をどけると木々が潰されていただけで、グスタフは、一瞬で回避し、別の木の枝に移っている。

 

 ヴァルドリューズは、ケインが巻き添えを食う前に、彼を連れて飛び、サンダガーから離れ、ダミアスの前に着地した。

 

「あ、あなたは……」

 

 ダミアスが、彼にしては珍しく目を見開き、ヴァルドリューズを見ていた。

 

「そ、それは、もしや、ゴールド・メタルビーストの化身……!」

 

 杖で身体を支えながら、グスタフが言う。

 

「はっはっはっ! いかにもだあー! 何を隠そう、俺様は、ゴールド・メタルビーストの化身、獣神サンダガー様さーっ!」

 

 以前と同じように、彼は、踏ん反り返り、高笑いをしている。

 

「ゴールド・メタルビーストの化身とは……! まさか、あれは、あなたが召喚したのか!?」

 

 ダミアスが驚き、ヴァルドリューズに尋ねた。

 ヴァルドリューズは、微かにダミアスを見ただけで、そのまま戦況を見守る。

 

「おのれ……!」

 

 グスタフが、ぎりぎりと歯をきしませた。

 

「出でよ! モンスターども!」

 

 彼は、ありったけの力を振り絞り、両手を高々と空に向かって掲げた。

 

 森中が騒ぎ出し、空からも、木々の合間からも、何百という黒いモンスターたちが、次々と、ざわめきながらやってきたのだった!

 

 同時に、ヴァルドリューズが片手を上げ、ケインとダミアスを含んだ周りに、薄い緑色の結界を張った。

 

「へっ! しゃらくせえっ!」

 

 サンダガーは腰の剣を抜き、一振りした。

 周りにいたモンスターたちは吹き飛ばされ、木や岩、地面などに叩き付けられた。

 

『そんな奴らいいから、早くグスタフをやってよ! 早くしないと、回復しちゃうじゃないの!』

 

 どこからともなくマリスの声が聞こえるが、彼女の姿があるわけではなく、彼女の意志の声であるのがわかる。

 

「わかってるって、うるせーなー。けっ、なんだよ、あんなトリガラじじい一匹、すぐに片付いちまったら、面白くもなんともねーじゃねーか」

 

 サンダガーが、つまらなそうに、口を歪めている。

 

『ホントは、あたしがブチのめしてやりたかったのを、あんたに譲ってやったんだからね。面白くなかろーが、何だろーが、ちゃんとやってよ!』

 

「ちぇっ、しゃあねえな。ってことで、覚悟しな、トリガラじじい!」

 

 サンダガーは、ようやくその気になったらしく、剣をグスタフ目がけて振り下ろした。

 

 ヤミ魔道士の、驚き見開かれた片方の眼球と、大きく開かれた口には、明らかな恐怖が浮かんでいた。

 

 突然、落雷のような轟音ごうおんと、眩し過ぎる強い光が、真っ暗な森に降り注いだ!

 

 グスタフや、モンスターたちの断末魔の叫びは、すべてかき消されてしまっていた。

 ケインたちからは、辺りは煙が立ち込めていて、よく見えない。

 

 煙が収まっていき、もとの暗がりに戻りつつある時、目の前の光景に、ケインもダミアスも、唖然あぜんとなった。

 

 森には、木が一本も残っておらず、モンスターの残骸も綺麗さっぱりなくなり、禿げた地面が一面に広がっているだけの、ケインが以前見た光景そのままだったのだ。

 

 ひらひらと、なにか黒い灰のようなものが、いくつか舞い落ちてきた。

 

 それは、グスタフのマントの切れ端であった。

 

 一瞬にして、すべてを消し去るサンダガーの凄まじい攻撃の前では、いくら魔物と化した魔道士といえども、逃げるのは不可能だった。

 

 そこに立っているのは、サンダガーただひとり。

 サンダガーは腕を組み、その景色を満足そうに眺めていた。

 

「なんと素晴らしい光景だ! あれだけの草木や雑魚どもの巣窟が、瞬時にしてこんなハゲ山になったというんだからな。いつ見ても、素晴らしい! ふっふっふっ……うぎゃああああああああ!」

 

 途端に、頭を抱え込み、うずくまるサンダガー。

 

『ほら、戻って!』

 

「いっ、いやだあっ! 俺は、まだ遊び足りねーんだ!」

 

 獣神は、マリスの意志の声に、抱え込んだ頭を、ぶんぶん横に振るう。

 

『何言ってんの! こんなにハデにやらかしといて! だから、あんたを使うのは、いつも気が進まないのよっ!』

 

「やめろっ! て、てめえ、マリス! ちくしょう! 覚えてやがれーっ!」

 

 捨て台詞とともに、金色の身体は、足元から出て来た白いオーラに包まれ、獣神は、みるみる縮んでいく。

 

 退場の仕方は、なんとも格好悪かった。

 

「はーっ、やっと終わったわ」

 

 そこには、元通りマリスが、白い服のまま現れた。

 モンスターの血まみれ姿ではなかった。

 

「じいちゃんのかたき……やっと、討てた……」

 

 マリスが静かに呟く。

 

 様々な思いが湧き、紫の瞳の端には、涙がにじんだ。

 

 ヴァルドリューズの結界が解けると、ケインが、彼女に駆け寄っていく。

 

「マリス! 大丈夫だったか!? どこか怪我でも……?」

 

 マリスは気付かれないよう、とっさに涙を拭った。

 

 心から心配するケインに、マリスは笑いながら、

 

「大丈夫、大丈夫。ケインこそ、ここ、大丈夫?」

 

 と、グスタフの杖で突かれたケインの胸の下あたりを、指でつつく。

 

「うっ……」

 

 戦いが終わって、気が抜けたせいか、ケインは、結構な痛みに、今気が付いた。

 

「ヴァル、治してあげて」

 

 ヴァルドリューズが、てのひらをかざしかけ、僅かに首を傾げた。

 

肋骨ろっこつが二本、折れている」

 

「えっ!?」

 

 ヴァルドリューズの治療の光線が注ぎ込むと、ケインの胸からは、どんどん痛みが引いていった。

 

「そっか、折れてたかぁ。ブレスト・アーマーでも着けてれば……。しかし、あんな木の杖なんかで、グスタフのヤツ、じーさんのくせに何て力だ!」

 

 ケインが、ぶつぶつ言うと、マリスが少し真面目な声で言った。

 

「あいつの恐ろしいところは、そこでもあったのよ。気配が全然ない上に、攻撃力がある。見たところ、魔物に魂を売り渡して、更にパワーアップを図っていたみたいだったけど、今のうちに倒しておいて良かったわ。ヴァル、次元の穴がどうなったか、ちょっと見てきてくれる?」

 

 ケインの治療を終えたヴァルドリューズは、ふわりと飛び上がり、グスタフのいた周辺をゆっくり廻り、しばらくして戻ってきた。

 

「次元の穴らしきものは見当たらない。グスタフの気配も完全に消滅している」

 

「そう。ご苦労さま」

 

 短くヴァルドリューズにそう告げると、マリスは、くるっとダミアスを振り返った。

 

「ご協力、ありがとう! 宿敵グスタフは倒せたし、どこかにあったこの森の次元の穴も、ついでにふさいだから、これで、もうモンスターは出てこないわ。その代わり、山がちょっと削れちゃったけどね」

 

 マリスが、申し訳なさそうに微笑んだ。

 

 ダミアスは、穏やかな目で、マリスを見る。

 

「この森のモンスターどもには手を焼いていて、いずれ対策を、と思っていたところでした。お礼を言わなくてはならないのは、私の方です」

 

 ダミアスが、深々と、丁寧に頭を下げた。

 

 聞けば、そのせいで朝食会に遅れたり、パーティーに顔を出さなかったのも、それらが城に攻めて来ないよう見張っていたからだという。

 

 だが、それを公爵たちからは不審に思われてしまい、本当のことを言うと、人々が怯えると気遣い、ひとりで何とかしようとしていたのが、彼らにはわかった。

 

(苦労してたんだな、この人……)

 

 ケインは、ダミアスを見つめていた。

 

「失礼ですが、あなたは、ヴァルドリューズ殿ではありませんか?」

 

 ヴァルドリューズを、ダミアスが見て言った。

 外見では、ダミアスの方が年上に見えるが、やはり、彼は敬語だった。

 

「いかにも、そうだが」

 

 そして、ヴァルドリューズの口調は、ケインたちに対するものと、あまり変わらない。

 それを、ケインは、もともとそういう人物なのだとばかり思っていたのだが。

 

「やはり、そうでしたか。実は、『魔道士の塔』本部で、あなたを何度かお見掛けしていたものですから。このようなところでお会い出来るとは、光栄です」

 

 ダミアスは、いくらか親し気な口調になり、少し微笑んでもいた。

 

「噂では、確か、ラータン・マオ王国の宮廷魔道士になられたとか?」

 

「わけあって、今は国を出てきている。『魔道士の塔』からも脱退しているので、そちらから見れば、私もグスタフ同様ヤミ魔道士に変わりはないだろう」

 

 ヴァルドリューズは、抑揚のない口調で語る。

 

 ダミアスは、意外そうな表情になった。

 

「そうでしたか。しかし、それでは、なぜ、カシスルビーが付いたままなのです? それは、授けた者から授かった者へと、お互いの魔力が引き合ってこそ、初めて額に付くもの」

 

 言われてみればそうだったと、ケインは思った。

 ヴァルドリューズは、もう宮廷魔道士ではないのだから、宝石は、本来ならば取れるはずだ。

 

「これは、ラータンのものではない。ベアトリクス王国のカシスルビーだ」

 

「ベアトリクスの……!? なぜまた?」

 

「ベアトリクス王国の元宮廷魔道士、ゴールダヌス殿から頂いたものなのだ」

 

 ダミアスの顔色が変わった。

 

「ゴールダヌス……! あの大魔道士ゴドリオ・ゴールダヌス殿だというのですか!?」

 

 と言って、ダミアスは、しばらく言葉が告げないようであった。

 

 そのダミアスの驚きぶりで、ケインは、その大魔道士が、とてつもなく偉大な存在だと知った。

 

「私は、彼から彼女を守るよう、使命を受けたのだ」

 

 ベアトリクスの元宮廷魔道士が、マリスを守れと、東洋のラータン・マオの宮廷魔道士であったヴァルドリューズに命令した。

 

 どちらも、大きな国として知られているが、国交があったとは、ケインは聞いたことがない。

 

(なぜ、そんな国の魔道士同士が? ヴァルも、ベアトリクスの宮廷魔道士になったんだろうか? いや、それは、前に否定してたし、だいいち、宮廷魔道士ってのは、魔道士の塔に登録している正規の魔道士でなければなれないはず。それに、ヴァルは、ベアトリクス王からではなく、『元宮廷魔道士からルビーを預かった』と言った。どういうことなんだろう? そして、マリスは……? 騎士とか隊長だとかっていうのは……?)

 

「その話は、折りを見て話すとして、ダミアスさん、悪いけど、もうひとつ頼まれてくれないかしら?」

 

 考え込んでいたケインであったが、マリスのあどけない声に、さえぎられた。

 

「お茶をごちそうして頂けない? あたし、喉かわいちゃったわ。できれば、マラスキーノ・ティーがいいんだけど」

 

 話の腰を折ったマリスを、恨めし気に見るケインであったが、詳しくは、皆がそろった時に改めて話すと、マリスが言うので、話はそこで終了してしまった。

 

 町の酒場で、ケインたちは紅茶を飲み終えると、ダミアスは元通り独居房へ(ケインは、それを、なんだか可哀相に思った)、ケインは騎士の宿舎に、ヴァルドリューズは宿屋へ、マリスは、女官になったという話であったが……

 

「いやよ、あたし、お城に長くいると、アレルギー起こしちゃうのよ」

 

 という謎の言葉を残し、マリスも宿屋へ帰っていったのだった。

 

 

 

 宿への帰り道を、マリスとヴァルドリューズが並んで歩いていく。

 

「……倒せたね、あいつを」

 

 ぼそっというマリスを見もせずに、ヴァルドリューズは無言で頷く。

 

「じいちゃんの編み出した技『サンダガー』で……、やっと、かたきが取れた」

 

 立ち止まると、マリスは、ヴァルドリューズの胸にすがりついた。

 

 小さく嗚咽おえつする彼女を、ヴァルドリューズは柔らかく包み込んだ。

 

「ひとつの戦いは終わった。だが、まださらなる強大な敵は、潜んでいる。今夜は、ゆっくり休め」

 

「うん。あなたもね、ヴァル。あたしには、これと、魔力を抑えるあの甲冑もあるから、もうしばらく別行動でも大丈夫。それに、もうちょっと一人を楽しみたいしね」

 

 そう言って、マリスは、城下町で見つけた、小さな碧い石の付いた『魔除け』のネックレスに、手を当てる。

 ヴァルドリューズが強化し、効果を増した『魔除け』となっていた。

 

「ヴァルも、ゆっくり休んでね。あいつへの攻撃と、獣神の召喚で、かなり魔力消費しちゃってるんだから。幸い、アストーレではお祝い事で何でも安くなってたから、インカの香もまあまあの量、手に入ったの。結界には、充分だわ」

 

 ヴァルドリューズは、マリスの泊まっている部屋に着くと、棚にある香炉にインカの香を、少量入れる。指をパチッと鳴らすと小さな炎が香に灯り、燃やしていく。

 

「ありがと。お休み、ヴァル」

 

 マリスは、何も言わずに部屋から出て行くヴァルドリューズの背中を、しばらく見送ってから、ドアをゆっくり閉めた。

 

 

 

「おお、良かった、ダミアス! やはり、そなたは、事件の首謀者などではなかったのだな!」

 

 アストーレ王は、釈放された参謀ダミアスの手をしっかり握っていた。

 

 夜が明け、朝食の後、ケインは、事件の真相を、サロンに集まった人々に説明した。

 

 事件は、北の森に潜んでいたヤミ魔道士が、アストーレの内紛を企んで仕組んだ、ということにしておいた。

 森に落ちていたグスタフのマントの一部を、倒した証拠に見せる。

 

 クリミアム王子クリストフは、終始青白い顔をして、ケインを気にして、ちらちらと見ていたが、ケインは、彼のことには何も触れないでおいた。

 

「よく解決してくれた、ケイン・ランドール。そなたには、後日まとめて褒美を授けよう。そして、明日からは、正規の警備隊として迎え入れ、王女の直属の護衛に任命したい。今度こそ、引き受けてくれるであろうな?」

 

 王の隣にいる不安げなアイリス王女と目が合った。

 その後ろでは、ダミアスが、微かに微笑んでいる。

 

「謹んで、お受け致します」

 

 ケインが最敬礼すると、王女の顔は、パーッと晴れ上がっていった。

 

「明日は、外国の方々の、最後の滞在日でもある。今夜は、最後の舞踏会じゃ。盛大に、執り行おうぞ!」

 

 王の言葉に、人々は、歓喜の声を上げた。

 

 アストーレ城を包んでいた不穏な空気は、一気に飛ばされ、晴れ渡った青い空のような、人々の心からの笑顔が、広間をいつまでも賑わせていた。

 

エピローグ

 ケインは、カイルと、宮廷舞踏会のサロンの隅に、立っていた。

 紺色の詰め襟警備服は、パーティー用であったので、金色の紐や、アクセサリーが付いていて、上質な装いである。

 

 一連の事件を解決した後の警備は、気が楽であった。

 

「良かったな、ケイン! 明日からは、お姫様と、お近付きになれるじゃん!」

 

 カイルが、こそこそ耳打ちして、肘でケインをつついた。

 

「バーカ、俺は、真面目に仕事するんだからな!」

 

 ケインの方も、くだけて笑う。

 

 長いテーブルには、いろいろなパーティー料理が並べられ、宮廷音楽家の奏でる優雅な調べが、室内に充満していく。

 

 貴婦人たちは、ごてごてのドレスを重たそうに引きずり、菓子をつまみながら、お喋りを楽しみ、男性貴族たちは、美しく着飾った女性たちに、ダンスの申し込みをしていた。

 

「時に、ランドール。君は、ダンスは出来るかね?」

 

 ふと、王が、ダミアスを連れて、ケインに尋ねた。

 

「ダンスでありますか? 私は、粗野な武人でありますので、庶民のダンスならともかく、宮廷ダンスなどと優美なものとは、縁がないものですから……」

 

 俺も、敬語がすんなり出るようになったな、などとケインはひとり感心していた。

 

「そうか……。いやいや、失礼した」

 

 王は、にこにこ笑いながら去って行った。

 ダミアスも、軽く会釈して、王についていく。

 

 何の話だったのか? まあ、いいか、とケインが思っていると、

 

「ねーねー、この赤いぷちぷち、なあに?」

 

 ミュミュが、貴族たちの好む、例の赤い粒々の食べ物を、何粒か手に持って飛んできた。

 

「おい、ミュミュ、見付かったら騒ぎになるから、どこかでおとなしく遊んでこいよ」

 

 人の多い場所で、妖精などが見付かれば、大混乱が起きるのは目に見えている。

 ところが、ミュミュは、ケインの忠告など聞きもしなかった。

 

 彼女にとってはボールのような赤い粒に、大きく口を開いて、カプッと大胆にかぶりつく。

 

 ケインとカイルの予想通り、赤い汁が、ぴゅっと飛び出した。

 

「あ~ん! 汚れちゃった~!」

 

「もう、しょうがないなー。だから、おとなしくしてろって言ったのに」

 

 ケインは、近くにあったナプキンで、彼女の、赤い液体のかかった部分を拭こうとした。

 

「や~ん、何すんの、くすぐった~い! ケインのエッチ!」

 

「なっ、なんだよ! 拭いてやってるんじゃないか」

 

 ミュミュは、白いナプキンをケインから奪い取ると、それに素早く包まった。

 白い布が、スーッと空中を移動していく。

 

「こら、余計目立つだろ!」

 

「あいつも、あれで、一応、女の子なんだよ」

 

「ふ~ん、そういうもんかなぁ」

 

 ケインが、ぶつぶつ言うと、隣では、カイルが、おかしそうに笑っていた。

 

「お飲み物は、いかが?」

 

 見ると、クレアが、丸い銀色のトレーに、酒の入った杯をいくつか乗せて、ケインたちの前に立っていた。

 

「警備の方へ、陛下から差し入れよ」

 

「クレアじゃないか! いやあ、似合うよ、その女官服!」

 

 カイルが銀色の杯をひとつ取って、クレアに笑いかけた。

 ケインも、杯を受け取る。

 

 クレアは、淡い水色の詰め襟と、半袖のシンプルなドレスだった。動きやすいよう、膝から下は広がる形であった。

 

 普段の純潔な神官服も、パーティー用の女官服も女性らしい外見の彼女には、似合っていた。

 

 目鼻立ちも整い、清純な雰囲気のクレアは、そのようなシンプルな服でも、やたらに飾り立てた貴族たちよりも、よほど綺麗だと、ケインもカイルも思った。

 

「やっぱ、かわいいよ、クレア! ああ、ホントに、恋愛しちゃいけないの? もったいない!」

 

「やだ、カイルったら! そんなこと、大きな声で言わないでよ、恥ずかしいじゃないの」

 

 クレアは顔を真っ赤にして、そそくさと他の警備兵のところへ、杯を配りに行ってしまった。

 

 ケインも、微笑ましそうに、その後ろ姿を見守っている。

 

「そういえば、ヴァルとマリスは、どうしてるんだろうな」

 

 と言いながら、カイルがテーブルの上から、骨付き肉を取ってきて、かぶりつく。

 

「おい、勤務中だぞ」

 

 仕方のなさそうに、一応、注意をしてから、ケインは答えた。

 

「ダミアスさんが、ヴァルに何か頼みたいことがあるんだそうだ。だから、ヴァルは、そのうち宮廷にも顔出すんじゃないかな。マリスは、よくわからないけど、ヴァルの用が済むまでは、この国で遊ぶんだって言ってた。ここでの自分の仕事は、もう終わったんだと」

 

 カイルが驚いて、ケインを見た。

 

「マリスに会ったのか!?」

 

「え? ああ、昨日、偶然な。あれ、言わなかったっけ?」

 

「聞いてねえよ」

 

 昨夜、クレアと牢に行った時、マリスとは途中で一緒になり、その後、北の森でヤミ魔道士やモンスターたちと戦ったことを、ケインは簡単に説明した。

 

「ふ~ん。マリス、結構スタイル良かっただろ?」

 

 カイルは、平然と肉を頬張りながら、話の本質とは全然違うところに反応していた。

 

「は!? ……ああ、まあな。……なんで、そんなこと知ってるんだ?」

 

 カイルは、得意になった。

 

「そんなのわかるって! この俺様の眼力を持ってすれば、例え男装してたって、女のスタイルくらい、いつでも見抜けるのさ!」

 

 『マドラス』と一週間も一緒にいてさえ、カイルが、その正体を見抜けなかったことを思い出すと、ケインには、おかしくて仕方がなかった。

 

「今のところ、この国にしばらく滞在するってんなら、ちょうどいいや。俺も遊ぼーっと!」

 

「おい、カイル、城の者には手を出すなよ。例えば、女官とか」

 

「鋭い! 何でわかったんだ!?」

 

「今までの行動パターンを見てりゃ、わかるって。これからは、俺も姫の護衛で、いちいちお前に構ってられなくなるんだからな。ちゃんと自分で気を付けてくれよ」

 

 言っていて、ケインは、カイルの保護者みたいな気がして、イヤになった。

 

 ちらっと、クリストフ王子と目が合ったが、王子は、バツの悪そうな顔で、すぐに目を反らした。

 

 王女には、相変わらず、マスカーナとデロスの王子たちが、寄っていっていた。

 姫の婚約者もいずれは決まるのだろう、それも、王族の運命さだめか……と、ふと、ケインは考えていた。

 

 舞踏会は、盛大に、空が白み始める頃まで続いた。

 

 よくもまあ、あのような重量のあるドレスやタキシードで、一晩中踊っていられるものだと、ケインは感心していた。

 

 あと数時間で、王女の護衛の時間となる。

 

 その晩ーーほぼ明け方であったが、ケインは、警備の仕事を終えると、宿舎のベッドに倒れ込んだ。

 

 しばらく過ごすアストーレでの新たな生活が、これから始まろうとしていた。

 

奥付


【2015-12-25】Dragon Sword Saga1『旅の仲間:前編』


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著者 : かがみ透
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