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FOUJITA

FOUJITA

2015年11月24日 神戸国際松竹 にて鑑賞

 

「フーフー」と、キツネの贖罪

 

小栗康平監督がレオナール・フジタの映画を完成させた、と聴いて、ちょっと胸騒ぎがした。

「早く観にいきたい」という気持ちと、「もしかして……」という一抹の不安、相反する気持があったのだ。

僕は小栗康平監督の「埋もれ木」という作品を、名古屋のミニシアターで鑑賞した。2005年のことだったと思う。

そのあまりの抽象性に「さっぱり訳がわからん」とひどく落胆した、嫌な思い出があったのだ。

レオナール・フジタ(藤田嗣治)は映画の題材として、あまりに魅力的だ。

しかもフジタを演じるのは、オダギリジョーだという。

いやはや、この作品は魅力的すぎる!!

こんな美味しいニンジンをぶら下げられたら、もう映画好き、美術好きとしては劇場に向かって走る以外ないだろう。

しかしである。

もし、ここで、小栗監督お得意の抽象性で描かれたら、もう本作は、それこそ太平洋戦争末期の日本軍さながらに、映画興行として「玉砕」してしまうのだ。

そんな不安を抱えながら僕は劇場にいそいそと向かった。

上映が始まると、僕の不安は安堵に変わった。

小栗監督は所々でやはり、抽象性を挟みつつも、実に丁寧に抑制された演出で、淡々と藤田嗣治と女たち、そして彼が生きた時代を描いて見せるのである。

映画前半、エコール・ド・パリでの「フジタ」

彼の描く乳白色の裸婦像は、パリっ子たちにとって「東洋の神秘」

「誰も真似できない」として絶賛されまくる。

夜の街に繰り出せば、誰もが彼を「フーフー」という愛称で呼ぶ(ちなみに、これは「お調子者」という意味らしい)

彼はパリのアーティストたちの、まさに中心人物として担ぎ上げられる。

束の間の平和、日ごと、夜ごとの乱痴気騒ぎ。

「フジタ」はパリで最も有名な日本人として、時代の「波」に乗った。

芸術家たちにとって、なんと幸せな時期であっただろう。

しかし、すぐ暗黒の時代がやってくる。

映画の後半は、まさに作品をバッサリと真っ二つに切ったかのようだ。

舞台は戦時下の大日本帝国。

そこにはもう乱痴気騒ぎはない。

あるのは疎開先での質素な田舎暮らし。

そして軍から集落に強要される、定期的な「金属の供出」である。

フジタはフランス帰りの洋画の大家として、日本軍に迎えられる。

戦意高揚のため、戦争絵画を描くように軍から要請されるのだ。

彼は軍から請われるまま、アッツ島玉砕の大作を描く。

フジタは、その玉砕を美化した、日本軍の協力者として、戦後に激しいバッシングを受けることになる。彼は故郷ニッポンの地を二度と踏むことなく、スイスのアトリエでその一生を終える……

本作は彼の戦後については、あえて描いてはいない。

疎開先でのフジタは、ある日、知人からキツネに「化けかされる」話を聞いた。

「そんな迷信を……」とフジタは笑う。

しかし、残酷な戦争は、フジタ自身をキツネにしてしまったのかもしれない。

彼は日本軍から「少将待遇」という、とんでもない高い位を与えられる。

その象徴として、将軍が羽織る、マントをもらっていたのだ。

そのマントを羽織って、下駄を履いて、田舎の里山を散策するフジタ。

これがエコール・ド・パリで一斉を風靡した、同じ人間なのか……

化かされたのは誰か? 化かしたのはだれか?

滑稽なまでのマント姿のフジタ。

それを淡々と演じるオダギリジョー。

時代に弄ばれたフジタの姿はあまりに痛々しい。

なお、本作では描かれていないが、フジタは生涯の終わりに、教会の壁画を手がける。自身手がけたことのないフレスコ画への挑戦だった。

フランスに帰化し、カトリックの洗礼を受けたレオナール・フジタ。

自分が犯した罪と罰。

それをどう裁くのかは「神様」が決めてくれるだろう。

絵描きは絵描きとしての責任を全うすべきなのだ、という、フジタなりの決着のつけ方ではなかったか?

本作のエンドロールで映される、その小さな教会を眺めながら、僕はそんなふうに思った。

********************

天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   小栗康平

主演   オダギリジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド

製作   2015年 日本・フランス合作

上映時間 126分

予告編映像はこちら

「FOUJITA」予告編

 


ガールズ&パンツァー 劇場版

ガールズ&パンツァー劇場版

2015年11月30日  OSシネマズ神戸ハーバーランド にて鑑賞

 

世界平和のために「パンツァー、フォー!」

 

え~、何と申しましょうか。ミリタリーオタクとまではいきませんが、ミリタリー好きなアマミヤでございます。本作は完全に戦車マニア・ミリオタ向けです。よって、一般の方のご批判は、その分ちょっと割引いていただいて……

なんぞと思っていたのですが。

テレビシリーズでファンになった僕から見ても、本作は明らかに

「つまらんぞぉ~!!」と言いたくなる出来でしたねぇ。

「ガールズ&パンツァー」をご存じない方に、ちょっと解説です。

このお話は、「茶道」や「華道」などと同じように「大和撫子の嗜み」として「戦車道」があるという設定になっています。また「お茶」の裏千家、表千家、武者小路千家のような「流派」まであるんですね。

戦車道がある高校は「学園艦」という、巨大な航空母艦のような船が母校なのです。そこは一つの街になっておりまして、高校生達の家族が一緒に住んでいます。

さて、主人公の”西住みほ”は「戦車道西住流」家元の次女です。

(写真、真ん中の子が、西住みほ)

実は彼女、戦車道の試合で、あるトラウマを抱えておりまして、親元から離れて、戦車道のない「県立大洗女子学園」に転校してきました。そこで友人もでき、ホッとしたのもつかの間。

なんと転校してきたばかりの母校が廃校の危機に。それを救う条件がありました。「戦車道全国大会」で優勝すれば文科省から廃校を免れる、というのです。そこで西住みほは、生徒会のゴリ押しもあって戦車道の隊長に就任。

伝統ある西住流戦車道のDNAなのでしょうか。大洗女子学園は見事全国大会優勝を勝ち取ります。しかし、廃校の危機は去った訳ではなかったのでした……

やっぱりねぇ「ガルパン」も、いわゆる萌え系、女子高生系列の路線に乗っかって出てきた、作品だと思うわけです。

ただ、女子高生が「戦車」に乗って戦う、というありえない「ぶっ飛んだ」インパクトが強烈だったんですね。

それが視聴者の度肝を抜き、アニメファンが文字通り「食いついた」訳です。

フツーの女子高生を「リアルに」「ふつう」に描いた作品としては、廃部寸前の軽音楽部に入部した、女子高生達を描いた「けいおん!」がたいへんなブームになりましたね。彼女達は「涼宮ハルヒ シリーズ」 や「中二病でも恋がしたい」 などの作品のように、自意識過剰のあまり、宇宙空間へワープしたりするようなことはありません。

また、その真逆もアリなのがアニメの魅力でして「時をかける少女」 や「サマーウォーズ」 のような、異次元空間を扱ったようなSF作品も人気があります。

これらの作品に共通するのは、

「魂は細部に宿る」

というセオリーを守っていることです。

そしてなにより

「子供達に対して子供扱いしない」ということ。

それをきちんと分っていらっしゃるのが、あの巨匠、宮崎駿監督であることは、僕が言うまでもないでしょう。

実は男子という生き物は、たとえ五十や六十になっても、やんちゃで、変なことにこだわったりする、愚かしい「子供」の部分があるのです。

(ちなみに男のアホさ加減「いくつになっても子供」であることを、端的に表現したのが、宮崎駿監督の『紅の豚』 という作品ですね。ぼくはこれ大好きなんです。名作だと思ってます)

そんな子供みたいなオッサン達を、優しく母のように包み込んでくれるのが、女性にしかない「母性」というものであります。

「オトコ」を戦車のようにうまく操縦するには、世の女性の皆さん、ここら辺りの「男のアホさ加減」をよぉ~くご理解の上、ご配慮くださいますよう、よろしくお願い申し上げる次第です。

 

はて、僕は何を書いてるんでしたっけね。

そうそう「ガールズ&パンツァー」のことですよ。

本作も細部はちゃんと描けてます。

戦車のメカニズム、ディティールの表現そのものには、ちゃんと魂入ってます。しかしながら、僕が本作で一番、不満だったのは

「子供扱いされたこと」だったのです。

戦車ファンが観客だろうから、戦車どうしの闘いを、たくさん描けばいいだろう、というのは、いかにも安直すぎやしませんか?

これ、観客として、明らかに見くびられているぞ、と思う訳です。

先にあげた「けいおん!」や「サマーウォーズ」などは違いますね。

どこが違うか?

登場人物達が「ちゃんと生きてる」感じがします。彼女達、彼らは失敗もするし、葛藤し「ちゃんと悩む」んですね。

漫画界の巨人である手塚治虫氏は、はっきりと「勧善懲悪モノは描かない」と述べられていました。その典型が、無免許ながら、天才的な外科医の腕を持ち、途方もない報酬をふんだくる男「ブラック・ジャック」です。

彼もまた「命とは何か?」に悩む一人の医師でもあります。

かつて鉄腕アトムをアニメ化するときにも、手塚氏は言いました。

「アトムはもっと悩むんです。ハムレットのように」

そして手塚氏は子供達に「一流の」作品を届けようとしました。

子供達だからこそ「一流」に触れておくべきだ、という信念があったのでしょう。

「ガルパン」テレビシリーズでは、ちゃんと登場人物達が生きてた感じがします。彼女達はそれぞれ、若さゆえの悩みや、葛藤、家庭の事情を抱え、彼女らなりに「大和撫子の嗜み」とされる「戦車道」に打ち込みます。

そこに彼女達の、未完成ではあるけれど、一所懸命頑張っている姿、不器用で、傷つきながらも成長する姿に、見るものは親近感を抱き、惹きつけられるんですね。

本作では、すでにテレビシリーズをご覧になった方、もう「ガルパン」のキャラクターは知り尽くしているよ、というファンの方なら、それなりに満足感は得られると思います。

お子様向けアニメ作品であろうが、映画は世相を反映してもいいし、また、紛れもなく時代の表層に乗っかるものでもあります。いま日本では、安保関連法案が成立し、集団的自衛権とか、自衛隊の海外でのドンパチも間近なのか? など、軍事面での動きがクローズアップされております。

その中でなぜいま「戦車のアニメ」なのか?

本作は「戦意高揚」「プロパガンダ」ではないのか? といった具合に勘繰られてもしたかない部分さえあります。

であるならば、その批判を逆手に取り、もっと志を高く持って、世界の平和のために、この「ガルパン」を活用してみてはどうか? と僕は思う訳です。

本作は女子高生と「戦車」という「ぶっ飛んだ」組み合わせです。

これだけぶっ飛んだ企画なのに、なぜチマチマと「大洗」の市街地だけを舞台にするのか?

「けいおん!」劇場版 ではイギリスに卒業旅行しましたね。

ならば「ガルパン」も世界に打って出るというのはどうでしょう。

例えば、国連主催の平和イベントとして、世界戦車道選手権大会みたいなのが開かれる。そこで日本の片隅の地方都市、大洗の街からやってきた、西住みほ達五人が、世界中の高校生達、そして多様な戦車とその戦い方を通して、そのお国柄、文化にふれあう、交流する。

ロシア人や、中国人はこんな風に考えているのかぁ~とか、フランス人は時に死んだふりをしてやり過ごす、とか、さらには中東、イスラエルの戦車 だってメカニズムは素晴らしいものがあります。

その国の文化、考え方、技術力、国力、すべてが実に分かりやすく反映されるのが、意外にも「戦車」を含めた「武器」に他なりません。

たかが戦車ですが、されど「戦車」でもあるのです。

僕を含め戦車に夢中になっている「男の子」たち。その「子供心」

その一端でもちょっとお分りいただければ幸いです。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   水島努

声の出演 渕上舞、茅野愛衣、尾崎真実、中上育実、井口裕香

製作   2015年 

上映時間 119分

予告編映像はこちら

「ガールズ&パンツァー劇場版」予告編


奥付



2015・12月号映画に宛てたラブレター


http://p.booklog.jp/book/102467


著者 : 天見谷行人
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/mussesow/profile


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