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目次

         目     次

 

         まえがき

 

第1章  資本主義と民主主義

         経済成長の原動力 /大量の良質な石油の恩恵 /覇権延命のグローバル資本主義

 

第2章  経済成長を支える石油

         経済成長の原動力 /大量の良質な石油の恩恵 /覇権延命のグローバル資本主義

 

第3章  文明の起伏

         文明史観とは /村山節の文明史観 /東西文明の特徴 /没落する西洋文明の特殊性

 

第4章  夕暮れの西洋文明

         石油の黄昏 /資本主義崩壊の時期 /石油が使えないグローバル資本主義

 

第5章  石油に代わるエネルギー

         良質な石油の枯渇 /ポスト石油の幻想 /脱石油のエネルギーを悩む

 

第6章  夜明けの東洋文明を大胆に思量

         経済成長という病 /没落する金融資本家と勃興する集団 /次期東洋文明の精神基層

 

         あとがき

 

         参考文献

 


まえがき

 水野和夫著 『資本主義の終焉と歴史の危機』 に触発され、エネルギー問題を文明史観から考察する拙論を着想しました。水野和夫は、資本を再投資し利潤をあげるフロンティアが消滅しており、利子率ゼロから既にグローバル資本主義は終焉期に入ったとします。筆者は、利潤をあげるフロンティアの代わりに良質の石油が枯渇する頃が、グローバル資本主義崩壊の始まりとします。現在文明は別名 「石油文明」 と称されるように、良質の石油がなければ現在文明を維持できません。現在は深海底の原油を掘り当てたり、非在来型の石油を掘削したりして埋蔵量を増やそうとしていますが、原油価格は一頃の1バレル100ドル超に比べ下がっているといえども、2015年11月は1バレル42ドルです。

 その石油を掘り出すためには元手のエネルギー、つまり入力エネルギーを投入、取り出した化石燃料を活用して出力エネルギーを得ます。この出力エネルギー ÷ 入力エネルギーが、エネルギー収支比(EPR=Energy Profito Ratio)であり、エネルギー資源を論じる際の基本概念です。エネルギー資源に求められる条件は、エネルギー収支比が高く、安価で、大量に入手できることです。石油は、この3条件を満たしていましたが、2006年に石油ピーク(7,000万バレル/日)を迎え、かつ石油のEPRが下がり始めました。

 各国の経済政策の中心にしている経済成長の原動力は、何に求めることができるでしょうか。よく言われるのは、技術革新が生まれ、生産性が向上すると経済はどんどん成長して、どんどん社会は豊かになる説明です。筆者は、経済成長の原動力が安価な良質の石油にあり、その石油を使う数々の発明品が生産性を向上させたと考えます。良質の石油がなければ、経済崩壊に留まらず人類の危機です。筆者は、良質の石油が枯渇する時期をIEA World Energy Outlook 2010と2014BP統計から推算しました。前者からは2035年頃、後者からは2050年頃と推算できました。この計算結果から、グローバル資本主義は2035年頃~2050年頃に崩壊が始まります。なお、石油文明に寄与できない質の悪い石油は、2035年頃~2050年頃以降も枯渇しません。

 一方、グローバル資本主義の崩壊は、文明史観に倣えば西洋文明の崩壊です。村山節(むらやま・みさお)の栄枯盛衰の文明循環論、別名 「文明の法則」 によれば、2000年頃から西洋文明は活動が低下し、代わって東洋文明が勃興します。少なくとも、2000年~2100年は西洋文明と東洋文明が交差する時期であり、経済動乱を始めとする激動の時代を迎えます。村山節の文明交代論と良質の石油枯渇による動乱の時期が符号しています。

 我々が信奉している経済成長は、良質の石油があれば成り立ちますが、頼みの良質の石油は黄昏です。巷間言われているポスト石油を組成分から考察するに、エネルギー資源の3条件を満たしません。つまり、現在文明の血液たる石油が、エネルギー収支的、かつ経済的に成立しなくなります。ポスト石油は難問であり、ゼロ成長の維持ですら困難になります。それ故に、西洋文化の価値観である金儲け競争が成り立たなくなります。800年間続いた西洋文明の本質たる経済成長という病が産業革命で発病し、近年の石油エネルギーの使用量に比例して凶悪化し、最後に文明全体を覆い滅亡します。我々は、グローバルな経済競争に組み込まれており、西洋文化のお金儲け競争から離脱するには勇気がいりますが、東洋文明は経済成長を脇においてこそ勃興できます。そのためには、西洋文化の価値観から脱却し、東洋文化の価値観を思い起こす必要があります。


第1章 資本主義と民主主義

 変遷する資本主義

 1868年の明治維新により、日本は西洋文化を取り入れました。西洋文化には、従来の日本にない概念や制度が多く、新しい言葉を作ることから始めました。たとえば、経済・共産主義・立憲・政党・哲学・客観・定義・列車・電子などあらゆる分野に及びました。そして、西洋文化から憲法による中央集権国家と、併せて資本主義の制度を取り入れました。その資本主義は、戦後大きく変わり、黄金の資本主義からグローバル資本主義に変貌しています。表1は、明治維新で誕生した資本主義を三つに分け、資本主義ー民主主義と資本ー国家ー国民及び農業ー工業の力関係を直感で表しました。また、拙論はエネルギー資源が資本主義と深くかかわっている考えから、あえて比較項目を設けました。

 

 

 

   揺籃の資本主義は、国家主導による殖産興業であり、資本家と国は一体です。農業では大地主の下で小作人が多く労働していました。戦前の憲法と現行の憲法を比べると、明治憲法の民主主義度が低いので民主主義もどきとしました。太平洋戦争の敗戦で、憲法から作り直し国として再出発中の1950年(昭和25年)に朝鮮戦争が勃発しました。戦争特需に恵まれた日本の工業は一息つき、共産国に接する地政から米国の対日政策変更(日本のショーウインドー化)により、工業国へと歩みだしました。日本の国内総生産は1990年のバブル崩壊まで伸び続け、米国をも脅かしました。戦後の高度成長期は、安価な大量の質の良い石油による黄金の資本主義でした。グローバル資本主義の仕掛けは、日米円ドル委員会による 「金融の自由化」 の要求などで準備されました。そして、米国は工業力の他に基軸通貨特権を利用した金融力を創設し、合わせ技で貿易上の国境をなくすグローバル資本主義へ各国を誘導しました。筆者は、金融取引に欠かせないパソコンのインターネット活用が始まった1995年を、グローバル資本主義元年としました。

 グローバル資本主義では、国境を越えて物・サービス・金・人の移動を自由にすべきと考えます。そのため、グローバル企業は経済活動に支障をきたす国単位の税金・関税・特許・訴訟等の制度の改変を仕掛けます。たとえば、グローバル企業や金持ちの税金を安くしないと外国に出ていく言説です。政府は、グローバル企業や金持ちの税金を安くし、消費税を上げる法律を議会に提出します。法律の改変の為には、議員にグローバル企業や金持ちに有利な法律に賛成してもらわねばなりません。有権者の投票結果を勘案すると、民主主義より資本主義に重きを置く議員を選んでおり、資本主義>民主主義としました。グローバル資本主義では、グローバル企業と金持ちは大きな利益を得ますが、国と国民は貧乏になります。

 

 荒れだす社会

 黄金の資本主義では、資本ー国家ー国民の力関係が平衡にあり、一億総中流の社会が実現しました。同時に、厚い中流社会により資本主義と民主主義の力関係も平衡になりました。今では想像もできませんが、黄金の資本主義では経済界の要請で中堅技術者育成の目的で国立高専が、昭和36年から昭和40年にかけて都道府県に開校されました。また、集団就職で都会にやって来る中卒者は、金の卵と呼ばれました。

 日本が1990年のバブル崩壊であがきもがいているうちに、米国の用意周到な策略により日本を含む各国が、グローバル資本主義へと誘導されました。グローバル資本主義には、光もあれば影もあります。多国籍企業は、人件費の安い国に工場を建設し、日本はその国から商品を安く買えるのが光の部分です。反対に、日本を含む先進国の単純労働者の賃金低下や失業・格差の拡大が影の部分です。力関係で一番弱い国民が光より影の方を多く受けるため、グローバル資本主義を突き破らない限り新しい時代は来ません。グローバル資本主義では、資本の論理が最優先され、資本家は金利の高い商品をめがけ殺到します。だからこそ、バブルが発生するのです。しかも、金儲け競争は良いこととしますが、才能は平等ではなく、勝ち組は一握であることを覚悟しなければなりません。グローバル資本主義では、従来の資本主義よりあらゆる分野で競争が激化します。

 グローバル資本主義では、労働市場において労働者の資源が一番効率的に配分されるとします。しかし、グローバル資本主義の影響を全く受けないのが、キャリア公務員です。キャリア公務員の労働市場はなきに等しく、天下りシステムが代わりです。キャリア公務員が天下るたびに、当該団体は肥え太ります。キャリア公務員の天下りは、黄金の資本主義の時代から存在していましたが、高い経済成長に隠れ弊害が目立ちませんでした。低い経済成長のグローバル資本主義になり、ねずみ算式に増えるキャリア公務員の天下りは、穀象虫の増殖に例えることができ、国の財政をむしばんでいます。 

 グローバル資本主義では、1%の富裕層と99%の貧乏層に代表されるように、中流層が下流層へと移動します。中流層は、選挙で自由に候補者を選んでいました。ゆえに、民主主義は厚い中流層がいればこそ健全に機能します。弁証法的に、選挙の投票率が低下する格差社会のグローバル資本主義は動乱を呼びます。

 

 投資家と投機家

 投資家も投機家も未来に懸けてお金を投入する行為は同じです。違いは、投入が失敗した時の対応です。投資家は自己責任により自己勘定で精算しますが、投機家は他人に責任を転嫁し、政治力を使い他人勘定で精算します。投機家の行動を如実にさらしたのが、住専問題の時の農林中央銀行でした。

 1980年代後半のバブル景気時代に、リスクの大きい物件の不動産融資にのめり込んだ住宅金融専門会社(住専)7社に農林中金傘下の信連(信用農業協同組合連合会)などの系統金融機関は5.5兆円もの多額の貸し込みを行っていました。1990年代に入ってバブル崩壊とその後の平成不況による地価下落・住宅価格下落で住専は破綻し、系統金融機関も破綻は時間の問題となっていたが、1996年の第136回国会において、「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」 が制定されました。これにより、税金を投入して住専の債権が買い取られたため、系統金融機関は5300億円だけの放棄で決着し、破綻を免れました。

 最近では、福島第一原発事故でのたうちまわっている東京電力は投機家企業です。経営破綻した日本航空は事実上の公的管理の下、100%減資、金融機関は債権放棄し、その後再建しました。それなのに、東京電力は会社更生法で破綻せず、国からの補償は無限なのに、国有化もせず、借金もそのままで、社債も保護されます。要は、東京電力は政治力を使い莫大な費用を国から引き出しました。本来なら、東京電力の株主は自己責任で株価ゼロ、融資した金融機関は借金棒引きなのに、現実は資本家の精神とは真逆になりました。

 更に、グローバル資本主義本山の米国では、2008年のリーマンショックで金融機関の破綻が生じました。大きくて潰せないとされ、リーマン投資銀行以外の金融機関に巨額の税金を投入しました。これから言えることは、グローバル資本主義では、金融市場が資源を一番効率的に配分するとしますが、併せて投資家と投機家が日々金融市場を崩壊させる取引を積み重ねています。その結果、国際経済学者のダニ・ロドリックが2011年に打ち出した”主権国家とハイパーグローバリゼーションと民主主義の3つは同時に成り立たない”と言うグローバリゼーションパラドクス仮説は、その後の社会状況と統計から証明されつつあります。ちなみに、日本は戦争法案の国会決議により主権国家を強め、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加合意によるグローバル経済に邁進しており、民主主義が弱体化しています。

 

 

 

 


第2章 経済成長を支える石油

 経済成長の原動力

 資本主義は、経済成長を非常に重視します。それは、経済成長すれば豊かになれると信じているからです。豊かさを表す一つの指標が、国民一人当たりの国内総生産(GDP)です。GDPとは、その国で新しく作られたモノとサービスの総量を表し、国民全体の所得の合計であり、同時に支出の合計です。GDPを求める式は、 GDP = 民間消費 + 民間投資 + 政府支出 + 輸入 ー 輸出 です。このGDPの毎年の変化率が、経済成長率です。ですから、経済成長率も豊かさを表す指標と言えます。

 その経済成長の原動力は、何に求めることができるでしょうか。よく言われるのは、技術革新が生まれ、生産性が向上すると経済はどんどん成長して、どんどん社会は豊かになる説明です。この説は、経済成長の原動力を技術革新と生産性向上にあるとします。筆者は、経済成長の原動力が安価な質の良い大量の石油にある説です。なお、筆者は技術革新や生産性向上を否定しませんが、安価な質の良い大量の石油がなければ技術革新や生産性向上は生きてきません。

 図1は、経済成長率と原油価格の相関関係を表しています。1956年~1973年の経済成長率は、平均9~10%で原油価格はおおむね2~3ドル/バレルです。1974年~1990年の経済成長率は、平均4.2%で原油価格は11~34ドル/バレルです。1973年の第四次中東戦争を機にアラブ産油

 

  

 

国が原油の減産と大幅な値上げを行い、いきなり原油価格が11ドル/バレルになりました。1991年~2014年の経済成長率は、平均0.9%で原油価格が17~109ドル/バレルです。21世紀に入ると、供給ショックが起きたわけでもないのに、原油価格は上昇を続け2012年に109ドル/バレルとなり、2014年9月から急激に下がり、2015年11月は42ドル/バレルです。中でも2005年~2014年は、原油価格が50ドル以上/バレルの高騰期間です。らんぼうにまとめると、高度経済成長期の原油価格は2~3ドル/バレル、中経済成長期の原油価格は20ドル/バレル、低経済成長期の原油価格は46ドル/バレルです。

 高度経済成長期は、新技術を輸入し工場を建設し、安価な質の良い石油を大量に輸入し、日本人の頑張りにより一億総中流の平等社会を実現しました。グローバル資本主義となり、技術革新は継続するも、製造原価の安い(原油は高くても人件費が安いので製造原価が安い、つまり原油の高価格を吸収)海外の国に工場を建設しました。その結果、規制緩和などによる厳しい労働環境になっても日本人は頑張っていますが、少しも給料に反映されず、かつ格差社会になりました。石油の価格と質及び豊かさは、どうも関係ありそうです。

 

 大量の良質な石油の恩恵 

 人間は自然界に働きかけて、科学技術を使い石炭・石油などの化石燃料を取り出します。化石燃料を取り出すためには元手のエネルギー、つまり入力エネルギーを投入し、取り出した化石燃料を活用して出力エネルギーを得ます。この出力エネルギー ÷ 入力エネルギーが、エネルギー収支比(EPR=Energy Profito Ratio)です。EPRは、エネルギー資源の質を表す指標です。EPRが高いと言うことは、出力エネルギー - 入力エネルギーの余剰エネルギーが多いわけで、この余剰エネルギーが豊かさの原動力になっています。余剰エネルギーは、石炭・石油・シェールガスなどエネルギー資源により異なります。EPRが大きいほど、余剰エネルギーは多いです。そこで、EPRを使い余剰エネルギー比率を求めます。余剰エネルギー比率は、(出力エネルギー ー 入力エネルギー(1)) ÷ 出力エネルギーで求めます。図2は、石炭・石油・シェールガスなどの余剰エネルギー比率のグラフです。

 

 

 エネルギー資源のEPRが高いと、生産費用が低下し、エネルギー資源の消費者価格が安くなります。1930年代発見の石油・ガスのEPRは93であり、とてつもない余剰エネルギーを有しています。これでは、国内のEPR13の石炭は、石油に駆逐されます。太平洋戦争後の経済復興において、日本は自国の石炭を使うより、はるかかなたの中東からの石油を選択しました。中東からの石油は、石炭より便利な上に低価格でした。このEPR93の石油の余剰エネルギーが経済成長に直結し、その果実が国民に広く行き渡りました。

 21世紀に入ったグローバル資本主義では、供給ショックが起きたわけでもないのに、工業化を進める中国、インドなどの石油需要の影響もあり原油価格は高騰しました。しかし、一番の理由は、元手のかかる油田しか発見できなくなったためです。原油採掘に要する価格が高くなり、引いては輸入する原油価格が高騰したのです。もう、余剰エネルギーの多い石油は、減少していると思わざるを得ません。その結果、余剰エネルギー比率は大幅に低下し、富裕層がその果実を先取りしました。

 2011年に原油が100ドル/バレル突破と呼応して、米国のシェールガスが救世主ともてはやされました。シェールガスというのは、通常の天然ガスと違って地下に穴をあけても自噴しません。シェール層に沿って水平に穴を通し、水を圧入して人工的に割れ目を発生させて、ガスを通りやすくする方法が採られています。→A そのため大変なエネルギーとお金がかかり、EPRは3~5です。米国内では石油のインフラを流用できるので、EPRが3~5でも原油が高止まりであれば何かと採算がとれます。しかし、日本がシェールガスを輸入する場合は、ガスを液化し専用船で運ばねばなりません。つまり、余剰エネルギーを液化と輸送とタンク貯蔵にて食い尽くし、EPRは1~3へ下がります。これでは、シェールガスを輸入しても余剰エネルギー割れになります。

 

 覇権延命のグローバル資本主義

 米国は、第二次世界大戦で太平洋と大西洋の両方で戦い、国力の強大さを世界に見せつけました。第二次世界大戦後、米国は英国に代わり覇権を引き継ぎました。覇権の源は、軍事力・石油・工業力・農業・金融力です。米国は石油を全て自国で賄っていましたが、1970年に石油ピークを迎え、1995年から石油輸出額より石油輸入額が多くなりました。工業力は、日本・ドイツの追い上げにあい徐々に力を失い、IT製品・兵器・航空機・自動車などに特化しました。

 米国の経済は工業力が低下するにつれ、1982年からモノやサービスの貿易赤字が続き、ドルを世界中に垂れ流しました。米国はこの状況を打破するために、金融力を使いドルの還流を意図しました。このためには、 「金融の自由化」 が必要になります。1984年に始まる日米円ドル委員会から 「金融の自由化」 が俎上にのりました。同時に、米国の経済学はカネ・モノ・ヒトの市場の自由化が、資源を一番効率的に配分できると喧伝しました。 「金融の自由化」 は最終的にモノとヒトの自由化を要求します。米国は、日米円ドル委員会に続き、日米構造協議、日米包括経済協議、年次改革要望書など次々と市場開放と内需拡大を要求しました。

 米国が仕掛けた一連の強い要請により、対日貿易赤字の比率は、1981年の70.8%をピークに、2010年には9.4%まで低下しました。代わりに、対中貿易赤字の比率が徐々に増加し、2010年の米国貿易赤字6200億ドルの内、対中貿易赤字が43.1%を占めています。1990年以降の米国の貿易赤字は、1000億ドルから再び増加する一方です。なんのことはなく、米国は日本から輸入する代わりに、中国をはじめ人件費の安い国に工場を作りそこから輸入しただけです。もちろん、米国は対中貿易赤字が巨額になっても、米中構造協議、米中包括経済協議、年次改革要望書など一切仕掛けません。米国発の市場開放と内需拡大の真の狙いは、日本をグローバル資本主義へ誘導する巧妙な布石と言えます。グローバル資本主義への総仕上げが、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)です。

 米国は最先端の金融工学を用い高金利の商品を開発し、世界中からお金を集めて運用します。グローバル資本主義は、モノが主役の資本主義と異なり金融が主役です。金融の推進力は、ペーパーマネーの増殖にあります。いよいよ、米国の都合によるグローバル資本主義の到来です。安価な良質の石油が大量にあればカネ・モノ・ヒトの市場の自由化により多くの人が幸せになれますが、良質の石油が減少傾向におけるカネ・モノ・ヒトの市場の自由化は、少ない余剰エネルギーの果実が労働者の給与に行き渡らず、経済学に従い一番効率的に多くの人を不幸にします。

 


第3章 文明の起伏

 文明史観とは

 明治時代にランケによる西洋流の実証史学から、日本の歴史学が始まりました。実証史学は史料を集め、史料批判を行い歴史をできるだけ客観的に叙述しようとする学問です。学者は、ある出来事の史料・記録などを集め正確に叙述に努めます。その出来事を集めると歴史年表になります。つまり、歴史を縦に切って叙述しており、前後の出来事の関連性にあまり意識を向けません。ですから、縦に切ってつないだ歴史は物語になりがちです。

 歴史を縦に切って叙述するのが実証史学ですが、歴史を横ぐしで叙述する史観があります。たとえば、鎌倉幕府が誕生したのには、必ず原因があります。その原因が鎌倉幕府成立という結果を生み、鎌倉幕府成立という結果が原因となってまた新たなことが生じます。横ぐし史観とは、出来事の因果関係を叙述する史観です。歴史を横ぐしで叙述する切り口は多くあり、因果関係の客観性に欠けます。それでも、書き手の卓抜な推論と読み手の意識が一致すれば、 「歴史に学ぶ」 の示唆通り、歴史を横ぐしで叙述するのは有益です。歴史を横ぐしで叙述した水野和夫著 『資本主義の終焉と歴史の危機』 は、2015年2月現在28万部突破の書籍です。骨子は、1350年から現在に至る利子率のデータを分析すると、利子率が極端に低い16世紀に西欧の政治・経済システムが中世荘園制・封建制社会から近代資本主義・主権国家に変転したが、その16世紀より現在の利子率の方が低く、資本主義が終焉し新たな政治・経済システムに変転する推論です。このように、歴史を横ぐし史観すると、未来を洞察できる場合があります。

 歴史は、出来事が偶然と必然の両方に絡み合って歴史の局面を展開して行きますが、歴史上の出来事を縦に切る又は横ぐしの史観以外に、文明の観点による俯瞰的な循環史観があります。第一次世界大戦の直後、シュペングラーは 『西洋の没落』 で文明または歴史的世界に繁栄と没落を説く史観を世に問いました。シュペングラーは、西欧文化の産物である近代科学技術・自由や民主主義といった政治理念・議会制政治及び資本主義等がある程度の段階まで高度化すると、いずれそれは普遍化され、普遍化されると同時に、それを生み出した土壌から切断されてゆくと述べています。普遍化されてゆくとは、同時に文化が世界中に伝播するのですが、普遍化されるため文化が 「伝統からの切断」 もしくは 「脱伝統化」 され文明へと転化するとします。ゆえに、文明の繁栄及び衰退や没落を惹き起こす原因が、一般にいかなるものであるかを探求することは重要な史学問題ですが、実証史学では研究の対象外です。

 

 村山節の文明史観

 私たちは、学校の歴史の時間に年表を何回も見たことがあります。教科書の年表は、昔に遡るほど年代の目盛が粗く現在に近づくほど年代の目盛が細かになっていたことを記憶していますか。その年表に歴史的事柄が記述されています。目盛が現在に近づくにつれ細かくなるのは、歴史的事柄が現在に近づくにつれ数多く判明しているからです。

 この複雑な歴史を研究するため、目盛の間隔を一定にとった世界史年表に、政治・経済・文化など分野別に色鉛筆を使い分け、ある百科事典から世界の歴史的な事件を書き込みました。この研究をしたのが在野の文明研究家・村山節(むらやま・みさお;1911~2002年)です。村山は自ら作成した世界史年表を眺めていると、世界的な事件は散発しているのでなく塊になっていることに気付きました。更に、世界史年表を考察したところ、800年ごとに東西文明が入れ替わっていることにも気付きました。

 世界の歴史的な事件の分布調査の研究結果を端的にまとめると、以下の図3 (出典元:文明と経済の衝突より) で示す栄枯盛衰の文明循環論、別名 「文明の法則」 を導きました。

 

 

 文明の法則とは、 「人類の歴史には1600年を周期とする冬(約400年の中世的時代)、春(約400年の文明準備)、夏(約400年の青春型文明)、秋(約400年の成熟型文明)があり、東洋と西洋が互いに800年ずれて展開している」 という規則性であり、しかも、東西の文明が入れ替わる時期は、過去、天変地異に大動乱が多発していることも併せて明らかにしました。また、図3の世界大文明曲線から 「文明の1周期は1600年と見なすことができ、そうすると半周期が800年となって、ここで東西文明の交差が起こっている」 といえます。しかし、必ずしも交差するクロスポイント(丁度2000年)で東西文明の交代が起こると言うとそうではなく、タイムラグが生じます。どれだけズレるかと言うと、過去の統計から半周期年の数分の1、つまり、およそ100~200年も時期がずれることも研究結果として残っています。それゆえ、2000年頃から確実に東西文明の交代が進んでいますが、渦中の私たちは極小さな変転ゆえに気付いていません。特に、没落する側の文明は、最後のろうそくの輝きに似てまばゆいばかりの輝きを放つため、文明の交代に気付かないのです。

 東の文明は、ハワイ東方洋上の溝に近いハワイから日本を経てエルサレムまでの文明地帯であり、西の文明は、エルサレムからヨーロッパ大陸を経てアメリカ大陸までの文明地帯です。この東西文明は、二重らせんの様に交互に規則正しく交差しており、東の文明が高調期なら西の文明は低調期であり、逆に東の文明が低調期なら西の文明は高調期です。ゆえに、上側の波形は文明の上昇期(東の高調または西の高調)を示し、下側の波形は文明の停滞期(東の低調または西の低調)を示しています。東の文明は、メソポタミヤ→インダス→インド→中国と中心地域が次第に東に向かい、西の文明は、エジプト→エーゲ→ギリシャ→ローマ→西欧→米国と中心地域が西に移っています。東の文明は、日本文明・中国文明・インド文明・中東文明の複数文明が現存しており、西の文明は西欧文明が現存しています。

 東西文明循環を子細に調査すると、文明高調期の前半(青春型文明)は、芸術的文化が創造され、後半(成熟型文明)には強力な帝国的国家と最高文化(宗教、哲学または科学)が創造されています。文明低調期の前半(中世的時代)は、その地域の政治的、民族的バランスに非常な不安定感があり、後半(文明準備期)は安定性がでてきて文化的創造力が芽生える姿があります。

 

 東西文明の特徴

 村山節は東西文明を調べていくと、東の文明は極東に向かうほど寛容で包括的、西の文明は欧州西部に向かうにつれて征服的、搾取的、人種差別的性格を帯びていることに気付きました。表2

は、東西文明の性質の違いを示しています。東の

の国家群の文明は、平等・共生・自然を畏敬するそういう文化原理に優れ、超越的価値感を重視します。西の国家群の文明は、政治・経済・工業・軍事・武器そういうものの発明に優れ功利的価値感を重視します。

 西の文明である西欧文明は、世界中を

席巻しています。そのため、東の国家群は西の文明の性格に染まり、東の文明の思考は隠れています。日本は、明治から西欧文化を学び富国強兵の国づくり、戦後は米国の工業国を模倣しました。それでも、阪神大震災とか東日本大震災のような危機に遭遇すると、東の文明の思考が呼び

覚まされ、世界中が驚愕する行動をします。ですから、我々は西欧文明の真っただ中を生きていますが、日本に限らず、東の文明の国家群は基層に東の文明の思考を潜在的に継承しています。

 西欧文明の特徴は化石燃料と科学技術の結合にあり、象徴しているのが発電(=力)と兵器(=闘争)です。文明の明暗は、貨幣の裏表の関係にあり分離することができません。今までは、西欧文明の明暢(めいちょう)面から繁栄や富の増大、便利で快適な生活等文明の恩恵を享受して来ましたが、21世紀に入って西欧文明の暗黒面がはっきり見えてきました。文明の法則から、西欧文明800年の終焉がいま近づいており、東の文明の夜明けが始まろうとしています。

 

 没落する西洋文明の特殊性

 水野和夫著 『資本主義の終焉と歴史の危機』 では、新しい政治・経済システムに変転すると予想していますが、西洋文明の終焉には言及しておりません。シュペングラーに倣うと、西欧文化の産物である近代科学技術・自由や民主主義といった政治理念・議会制政治及び資本主義の経済システム等が高度化し世界中に伝播すると、普遍化されるため文化が 「伝統からの切断」 もしくは 「脱伝統化」 され文明へと転化します。文明へと転化されると、そこに文化創生の精神エネルギーが注がれなくなり、自己矛盾を抱えた目的を自動機械のごとく追求します。たとえば、資本主義の精神(=禁欲)を忘れひたすら貨幣の自己増殖(=強欲)に邁進したり、発明や発見の知的活動(=真理探究)から科学技術による技術革新や生産性向上(=経済成長)に主客の位置が転倒します。特に、科学技術は内容がもともと普遍化しており、容易に世界中に拡散します。拡散され文明化されるといずれ衰退や没落が免れないことは、歴史的事実です。

 高山岩男著  『文明の哲学 没落の問題をめぐって』 は、 「現在文明が没落するとするなら、そこには現在文明に固有な特殊の事情があって没落します。シュペングラーやトインビーの循環史観が考えるような老衰的没落ではなく、経済的繁栄の中で突如現在文明が夭死を遂げる特殊な没落が考えられます」 と卓見を述べています。特殊な没落は、現在文明の根幹をなす科学技術に由来します。科学技術によって築かれた西洋文明は、発達の程度に差はあっても世界に普及せる文明であり、世界中がグローバル資本主義に染まっています。グローバル資本主義となり世界中が工業化し、資本主義の崩壊をきっかけに西洋文明の没落が同時に世界の没落に繋がります。

 西洋文明の没落を考えると、今までの文明没落とは様相を異にし、夭死を遂げる特殊な没落です。西洋文明が急激に維持できなくなる特殊な没落とは、核戦争による文明の自滅を除き、複数市場の同時バブル崩壊もしくは良質の石油枯渇が考えられます。いずれも科学技術と密接に結びついており、IT技術による距離を超えた同時性が複数市場のバブル崩壊(※)を誘発、又は、経済成長の原動力たる良質の石油枯渇による機械文明の終焉です。拙論では、後者の場合について考察します。

 

 ※ 2009年9月のリーマン・ショックを凌駕する巨大なバブル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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