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トビエイ(1)の日

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トビエイ(1)の日

「今日もいい日だったらいいね」(2)

 わたしは幼馴染の「風が又三回吹く」に声をかけました。

「風が又三回吹く」は、わたしの唯一の友達です。24カ月前(3)に、わたしが墜落したトビエイの直撃を喰らって首の骨を折った(4)ときも、彼女は喜んで(5)看病してくれましたし、お互いにお気に入りの絵本(6)も交換しあう、そんな仲です。

「オ...今日もいい日だったらいいね」

 彼女はちょっと人間離れ(7)した子です。教育センター(8)で、月末に行う定期テストの成績はすこぶる悪く、給食で誰もが食べたがる粘菌キューブ(9)を、なぜか目から滴をこぼしながら(10)食べる、そんな不思議な子で、「悦び治める」や「耕す」などの拠点クラス(11)の他のクラスメイトたちからは、いじめられてばかりいました。「風が又三回吹く」が意地悪されるたびに、わたしは屁理屈を言って(12)、彼女を助け出しています。

 わたしは毎日、まだ暗い早朝にねぐら(13)を出て、「風が又三回吹く」と一緒に簡易バッテリーカー(14)に乗り込むのを日課にしています。バッテリーカーの座席に座り、「風が又三回吹く」は、携行灯(15)を、なぜか口にくわえず、手に持って絵本を読むことを、そしてわたしは西の空から恒星が昇る(16)のを眺めながら焼き粉(17)をほおばることを、もうかれこれ180カ月も繰り返しています。教育センターで課される全ての過程を修了(18)するまで、今後もあと何十カ月もこんな日常が続くでしょう。

 わたしと「風が又三回吹く」は、「教育センターをいっしょに修了しよう」と誓いあった仲(19)です。どちらかが先に教育センターを修了するなんて、わたしには考えられません。

「寒いね...」

「風が又三回吹く」は言いました。

「ええ...でもわたしはこの寒さが大好きなの。今の季節は雨の日が少なくって、西の空から昇る恒星が、それはもうきれいに見えるから」

 わたしは応えました。わたしは行きに簡易バッテリーカーに乗り込むときは、昇る恒星が見えるよう、必ず西側の席(20)に陣取ります。昇る恒星を眺めながら焼き粉を口にし、そして「風が又三回吹く」と他愛ないおしゃべりをする、わたしにとってはこのことが何ものにも替えがたい、至福のひとときです。

 午前9香10流15脈(21)に、バッテリーカーは出発しました。停留所に停車するたびに、学生や大集落(22)に出かける行商人、それに医療センターで診察を受ける婆さんたちを乗せて、バッテリーカーは走ります。途中、トラックやバイクには追い抜かれるけれど、自転車やチイルイハミ(23)の牽く荷車には、このバッテリーカーの速度は負けません。

「フフフ...この絵本って面白い」

「風が又三回吹く」は、面白い絵本を読んでも「ゴロゴロ」とのどを鳴らさず(24)、「フフフ」あるいは「ハハハ」という不思議な笑い方をします。それ以外にも、泣くときは洟(25)といっしょに目から滴をこぼしますし、どんなに怒ったり興奮したりしても、激昂音(26)を発しません。今日も彼女はお気に入りの『ロボットと怪物』(27)の、第200話を読んで、不思議な笑い方をします。わたしはそんな「風が又三回吹く」の笑顔が大好きで、彼女の笑顔を見て、不思議な笑音を聴いていると、自分まで「ゴロゴロ」と、思わずのどを鳴らしてしまいます。

「ねえ『風が又三回吹く』、あなたって不思議な笑音を出すけど、どうしてそんな笑い方をするの?」

 わたしは訊いてみました。

「えーと、それは...」

 突然わたしから訊かれて彼女は口ごもりましたが、10脈ほど沈黙した後に答えました。

「私の祖先の故郷では、誰もがこんな笑い方をするの」

「風が又三回吹く」が他のクラスメイトからいじめられるのは、「人間離れしている」というのもあるけれど、彼女の祖先が「旧南協商連合」(28)の、聞いたこともないような国の出身というのもあります。

「それよりも、貴方は何故苛められている私の味方をしたり、私が意地悪をされたら、屁理屈を言って相手を言い負かしたりするの?」

「それは...その...」

 わたしも口ごもりました。そしてわたしも10脈ほど沈黙した後にこう答えました。

「あなたの笑顔が見たいからよ。あなたが喜んで教育センターで過ごせたら、わたしもうれしい気持ちになるの」

 西の空と雲が、うすあかくなってきました。まだ星空ですが、もうすぐ夜が明けます。わたしが空のうすあかくなってきたことに気付いて、5流ほど経って、恒星が地平線まで続くコナチイルイ(29)の畑のかなたから姿を現しました。

「いつ見ても夜明けってきれいね...」

「うん...」

「風が又三回吹く」は応えました。

 わたしはいつもと変わることなく、恒星が西の空へと昇るのを眺めながら、紙袋からミツチイルイ(30)の実の輪切りをはさんだ焼き粉を取り出し、そしてかぶりつきました。