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恩寵体験者への手紙

 恩寵体験者への手紙

  

※この手紙は、MUGA増刊号445号の「恩寵体験者との対話」の対談相手であるTさんへ、対談後に個人的に送ったメールが元になっています。悟りや神秘体験に関して普遍的な問題を含んだ内容であるかもしれないと感じたので、少しばかり加筆・修正して編集し、一般的な形に改稿して掲載させていただくことにしました。

 

2015227

  

Tさま

 

 おはようございます。対談を読み返してみて、ぼくも好きなことを言っていて、Tさんの疑問のかゆいところに触れていないような気もしてきました。ぼくの言葉が新たな迷いの種になってはいけないので、思ったことを少し連ねますね。響いたところだけ受け取ってください。

  

 疑問に思っている自分、恐怖を感じている自分、苦しい、葛藤に満ちた自分というものがどこにあるか? その苦しみそれ自体が、今のご自身それ自体だと思っていらっしゃるかもしれません。けれども、熟して落ちた柿の実のように、いずれその疑問も地に落ちて世界の一部になるだけだと思います。

  

 恩寵というものは、一つの自我を超えた絶対的な世界体験ですね。それは迷いのある自我に手を差し伸べるように届いた光だからこそ恩寵であり、圧倒的なのです。それはそれで確かに真実です。世界の目に見えぬ豊かさそのものです。

  

 それでは、中核にある自我が石ころと同じだけの価値しか持たぬ、世界の一部だとしたらどうでしょう? 

  

 ただ世界があるだけであり、俗がそのまま聖となって、転化するわけです。花は紅、柳は緑というのはそういうことで、あるがままのものはあるがままのものそれ自体として存在することで聖なるものとなる。

  

 ですから、もしもその苦しみを根源的に解消することを切に望むならば(不幸なことに、そこまでの絶望に至ってしまったならば)、恩寵に留まろうとするのではなく、維持しようとするのではなく(それは川の流れや風と同じように過ぎ行くもので維持できるものではありません)、一体化しようとするのではなく、まずはその一体化しようとしている自分というエゴを直視し、その真実を見極め、認識し、解体してゆく作業が必要になります。つまり、卑小な自我の外にある豊かさを味わうのではなく、卑小な自我そのものを――そのものだけを――問題にしなくてはならないのです。一切の脇目を振ることなく。驚かれるかもしれませんが、むしろ、この自己認識の道においては、恩寵体験それ自体が弊害になってしまうことさえあるのです。

  

 絶望者は、どうしても自分の絶望の正体に正面から向き合わなくてはなりません。それをしなくては本当に心から笑うことも悲しむこともできず、生きていくことができないとしたら、その虚無を産み出すものは何かを探しあて、解決しなくてはなりません。すなわち苦しみの表層から始めて、勇気を持ってもっとも見たくない、自我を成り立たせている中核の正体(それは何か大事なものへの依存心かもしれないし、自己愛かもしれません)を直視せざるを得ません。そしてその葛藤を一つひとつ味わい、理解し、見極め、壊してゆくという地道な作業に取り組むほかないのです。自分の中で、何一つ迷いがなくなり、他人の言葉に惑わされたり、聖なる他者の教えを必要としたりしなくなるまで。自分で自分の問題を独力で解決したとしたら、それが安心立命というものです。その時、求道の道は終わり、創造の時代を告げ知らせる鐘が鳴るのを聞くでしょう。

  

 おそらく、そんなことはとても不可能だと思われるかもしれません。誰かの助けがなくては難しいと思うかもしれません。あるいは、様々なメソッドが必要だと思うかもしれません。しかし、自己認識というものは、目の前にある固い、巨大な岩にたった一人で、一つ一つノミを入れていくようなものです。その岩はあなたしか見えないし、触れることができないのです。彫刻家が巨大な石と向き合うように、孤独にそれと対峙しなくてはならないのです。

  

 私は充分に岩を見てきた、と思うかもしれません。とことん苦しんできたのだと。しかし、見てきただけでは足りないのです。苦しむだけでは足りないのです。岩が岩でなくなるまで、ノミを振るい続ける根気が必要です。けれどもその根気の根っこにあるものは、努力でも、欲望でもなく、ただただ絶体絶命という命からがらの苦しみなのです。苦しいがゆえに続けざるを得ない――求道者というものは元来、運命から十字架を背負わされた受動的存在なのです。もしも楽しみや喜びを求めるならば、このようなことはする必要がないのですから。しかし、苦しみの十字架を背負わされた人はどうしてもそれをせざるを得ません。

  

最初は、その岩の巨大さに途方に暮れるかもしれません。こんなことをしても何も変わらないし、無駄だと思うかもしれません。もう充分に掘ったと思うかもしれません。しかし、その気の遠くなるような作業は遅々として進んでいないように見えて、必ず実を結びます。岩の中核にあるものを探しているうちに――すなわち、それは一つひとつの苦しみの正体を理解し、解きほぐしていくことです――根気よくノミを振るい続けていけば、岩はいずれ崩壊し、崩れ落ちます。あるいは亀裂が入り、一つ二つが石ころとなって転がるかもしれません。それが体感にせよ、ある種の知的理解にせよ、気づきにせよ、その岩が結局のところ、様々な石ころからなる世界の束であることを認識できるようになるのです。

  

悟りへの願望や、日常における様々な恐怖の感情も、寂しさも、嫉妬も、他人の悲しみも、恩寵の体験それ自体も、石ころや、花や、道に落ちた木の実と同じように等価な存在として、隆起する現象として、一断片として、認識することができるようになれば、もはや凡庸な日常の裂け目からきらめく強烈な光としての恩寵ではなく、特殊なメソッドや瞑想による非日常の静謐としてだけではなく、日の光の下でありのままの世界それ自体が救われることになります。

  

 ものみなすべてが地に足がついて落ち着くことで、すべてが仏になり、俗が聖になる。現象というものに固有のものはなく、自分という特別なものもなく、疑問に思う自分と言う中核さえないという認識に至れば(すなわち空になれば――さらに言えば認識さえないのです)、もはや苦しむべき自我はなく、世界があります。そう、世界だけがそこにあるのです。そして世界があなたであり、あなたが世界なのです。それが腑に落ちるということです。もはやそこに、特別な「私」は存在しません。

    

  Tさんは自我を超えた圧倒的なリアリティを体験なさった。それはひとつの恩寵であり、転機だったと思います。そして、それに値しない自我というものを徹底的に探求し、苦しんでいらっしゃる。けれども、それは神聖な苦しみなんですね。自我の中核にどんと居座った疑問が肥大化し、爆発しそうで苦しいのです。熟した実が大きくなり、光の世界に向かって皮を破ろうとするがゆえに苦しいのです。しかし、その苦しみを積極的に味わい、十分に育った疑問が熟し切って地に落ちる時、疑問という中核はないのです。そこには何もないのです。もはや、苦しい、救われようとするあなたはいないのです。傷つき、恐怖する中心がない。あるのは世界だけです。

  

花が咲き、蝶が舞っていて、ふくよかな母親が赤子に向かって微笑んでいる――これが禅です。もはや自我を超えた神秘に拘泥する必要も、そこに留まろうと努力する必要もないわけです。

  

 Tさんを恐れさせるどんな巨大な断片もなく、絶対的な、特別な言葉も、存在もなく、ただ等価な断片だけがある――世界がありのままにあるだけなのです。これが認識された時、虚無の海は消えうせ、恐怖はなくなります。なぜなら、自分自身を恐怖させるどんな権威も、力も存在しないことを理解できるからです。そしてまた、恐怖する固有の自我それ自体が本当は存在しないことを理解するからです。ただ、救われた世界だけがあるのです。あるがままの現象世界があり、無数の、穢れなき、裸の断片だけがあるのです。そこから先は、その断片を調和的に統合する、まったく新たな存在としての創造の責務も生まれるわけですが……

  

 エゴによって苦しまない、最初から聖なる人もいれば、何の疑問もなくこの浮き世で安定した人生を送ればよいという人もいます。様々な人がいて、様々な価値観があり、それはそれでいいのです。この世界は多様性に満ちています。大きな視点で見れば、すべては神の子であり、救われているのかもしれません。すべては、愛に値する存在なのかもしれません。最初からそのことを自覚している人もいますし、仕事や宗教、芸術の中にそれを見出す人もいます。

  

けれども、どんな他人の言葉にも、教えにも、価値観にも決して救われないタイプの人がいます。そうした人は、独力で発見するしかないのです。彼は、人気のない、怪しげな小路にいつの間にか入り込んでしまいます。その暗い小路では、どんな価値観も、どんな言葉も、どんな説教も、光も届きません。仮に届いても、その人を救いません。しかし、その孤独な道を引き返すのではなく、慰安に満ちた脇道の誘惑に留まることなく、ごまかすことなく、一人、黙々と足元を確かめながら歩いていけば必ず腑に落ちる地平に辿り着くことができると思います。その地平に立った時、人はこれまでと同じものを見ながらまったく新たな世界を発見し、一つ「然り」と肯いた後、胸を張って堂々と、大通りに戻ることができるのです。あるいは、前人未到の道を行くこともできましょう。

  

 これらはいずれも単なる言葉であり、イメージなので、この言葉もまた権威づけることなく、迷いの種とすることなく、響いたところだけ受け取ってください。切り捨ててもらってもけっこうです。少し、説明しすぎているところも、定型句であるようにも感じています。どちらにしろ、言葉は言葉にすぎず、真実そのものではありません。そもそも今、我々が問題にしていることは、言葉で指し示せる類のものでもないのですから。

  

 対談については、匿名とはいえ公になることに抵抗を覚える箇所もあるかもしれません。けれども、MUGAの読者はTさんと同じように既存のスピリチュアルに疑問を持ち、真実を探求している人も多数いると思います。迷っている方もいるでしょう。そういう人々にとって、我々のやり取りは大きな気づきの種になることと思います。私自身も少しばかり大胆なこと(対談原稿を読み返せばわかると思いますが)を言っているわけですから、一つのチャレンジなわけですね。もちろん、納得いく形で赤を入れてくださればと思いますが、少し長いものの、全体としてたいへんに意味のある表現になっていると感じたことをお伝えしておきます。

  

 それでは校正原稿お待ちしています。よろしくお願いします。

                                                                                                         那智

 


麻雀で85%負けない方法

 麻雀で85%負けない方法

  

 最近、少し暇になったので(フリーランスとして暇なのはまずいのだが)、午後になるとフリー雀荘にいることが多い。年始はエネルギーを取られることが多々あって調子が上がらなかったが、2月に入ってからはほとんど負けていない。自分は一応収支をつけているが、だいたい毎年1回は145日間連続で勝って帰る時期があり、そういう時は雀荘に行く前から「今日は勝てる」と結果もわかっている。自分の心身の状態、認識の強度、運の状態で勝てるとわかるのである。

 

 場代を払った上でそれなりに自信のある相手(知らない相手と金を賭ける者が集まるのだから自信があって当然だが)と打つのだから、そうそう簡単に勝てるものではないし、当然、その日の自分の運、席の運、相手関係もある。中には、手ごわい相手もいる。それでも、年トータルで8割以上(だいたい年間で一日単位の勝率は8085%である。)浮いて帰ることができるのは、今はある「原理」のようなものを理解して少しばかり身につけているからであり、その「原理」の感得のために麻雀を続けてきたと思う。その延長に自分の場合、「悟り系」やらなにやらがある。あくまで、実践で使えなくては、観念であり、机上の空論だと思ってやってきたからだ。

  

 最近、負けない原理がより明晰になってきたのでここに書き留めておこうと思う。別段、自慢とかそういうわけではなく、気づきを確かなものにするためでもなく、この原理は汎用性があり、誰にでも、どんな場においても使えるものだと感じるからである。何も麻雀のみならず、対人関係においても、表現行為においても、精神的な安心立命においても共通して使える原理であり、本メルマガの「無我表現」に通じるエッセンスを秘めていると感じる。

  

 それではその「原理」とは何かというと、瞬間、瞬間の表現行為においては、「受け」(あるがまま)が土台になっていなくてはならない、ということである。

  

 麻雀や武道において「受け」とは何かというと、「守り」のことではない。「受け」とは、防御や逃避ではなく、あくまで、次に「攻撃」に移る体勢を崩さないためのガードのことである。バランスを崩しても逃げ惑うように守るのでは、次のパンチを繰り出す体勢が取れない。

 

 “雀鬼”こと裏麻雀の超一流であった桜井章一氏が提唱する雀鬼流では、「攻撃8割」「受け2割」で流れを作ることを教えているが、何も闇雲に攻撃しているのではなく、「受け」が土台になった攻撃8割を指しているのだと思う。実は、ご祝儀が乱れ飛ぶフリー雀荘では「攻撃9割」ぐらいの人はたくさんいる。引いてばかりいては祝儀負けしてしまうからだ。しかし、そういう人たちはいい時はいいが、崩れた時にどうしようもないほど負ける。彼らの攻撃は「欲望」の攻撃であり、全体感を無視したいちかばちかの賭博なのだ。

 

要は、自分の手の形だけで押している人が多い。そういう攻撃は相手ありきではなく、まず自分主体であり、全体の調和、流れと関係ない自己中心的行為である。自我を満足させるために打っているので、はまれば気持ちよいが、そうでないと心が乱れる。逆に「打たれるのが怖い」から逃げるような打ち方をしている人も多いが、これも自我の恐怖(未来のことを不安にイメージする思考)から来る行為であり、こちらは何の怖さもない。「守り」と「受け」は違うのだ。

 

 麻雀において「受け」というのは、具体的に言うと、瞬間、瞬間、場の全体を見ながら、相手にとって必要な牌をぎりぎり間に合うように先に切ることを意味する。つまり、全体を俯瞰して見ながら、瞬間、瞬間、一打一打に意味を持たせることであり、その意味が流れを作る。一回、一回の結果や、機械によって配られる牌パイの良し悪しではなく、相手にとって嫌な牌をぎりぎりで切り出す作業を続けるプロセス――すなわち手順こそが大事なのである(もちろん、危険な牌を切らないで我慢するのも手順の一つである)。

 

 相手に嫌なことをするのが正しいのかと思うかもしれないが、勝負事というのは麻雀に限らずそういうもので、野球のピッチャーだって相手の嫌なコースを突き続けて試合の流れを作るし、サッカーも相手チームのディフェンスが手薄なところを徹底的に攻める。別段、嫌がらせを好んでいるわけではなく、要は、こうした対人競技というのは、どちらが全体感があり、調和的行為ができているかという力比べのようなものなのだ。

  

 さて、そうやって体勢が整った状態で押していく攻撃は圧力があり、受けもできているので強い。自分の手格好だけ見て打つのは楽だし、はまれば気持ちもよいが、そういう攻撃は隙が多く、カウンターを食らいやすい。それでは、とにかくパンチを振り回して打ち合う4回戦ボーイのようなものだ。当たればいいが、空振りすれば致命的な打たれ方をしてしまう。そして、肉体的にも精神的にも打たれたダメージが残るとバランスを崩し、ますます乱れた攻撃になる。こうなると、もうその日の修正は難しい。場合によっては、何日も引きずることもある。自分はボクシングマニアでジムに通っていたこともあるが、超一流のボクサーはいずれも「受け」の達人であり、バランスを崩さないものだ。攻撃は本能的なものであり、誰にでもできるが、「受け」は修練を必要とする。

  

 「受け」を土台にして「攻撃」し、流れを作る――これが今現在の、自分の負けない麻雀の方法論である。それができている日は、最後にひと伸びするし、大ダメージを食らうこともない。仮に前半運がなくても、後半で流れを持ってくることができる。「受け」に手一杯で、運の細い、降りることばかりを余儀なくされるどうしようもない日もたまにあるが、そういう日はチャラか少しの負けで上出来として早めに切り上げればいい。

  

 本当に、どうにもならない時というのがある。勝負に絶対というのはないし、心身の状態が整っていない日もある。調子が上がる前に用事で出かけなくてはならないこともあるし、また、これが一番多いのだが、勝ち始めると相手が逃げるように止めて、卓割れしてしまうこともある(こればかりはどうしようもない)。そして、別の卓に移って一から流れを作らなくてはならないはめになるのだ。あるいは、絶好調の相手にぶつかって、しばらくは何もできないこともあるし、不用意に役満を打ってしまうようなアクシデントもある。運気に任せて力強い攻撃をしてくる相手もいる。しかし、今、自分の置かれた状況、運の状態で何をするべきか明晰に知っていることが心の揺れを少なくするのである。

  

迷いのなさは、打牌の乱れをなくし、相手に圧力を与える。内的葛藤が丸見えで、迷い迷い打っている人がいるが、そういう人はどこを突けば崩れるのかわかっているので怖さがない。麻雀を打っていると、そういうのは全部見えてしまう。

  

直接的に欲望や恐怖といった自我を刺激される勝負事の場では、個我を超えた、全体性(あるがまま)を無視した自己中心的な行為に人は陥りがちなものである。普段、社会的仮面の下に隠された本性がむき出しになる。日頃、隠された弱さ、ずる賢さ、内的偽善、ごまかしというのが、鉄火場である非日常の場で顕わになるのだ。礼儀正しくても、内部に激しい怒りや葛藤を抱えている人を見かけるが、そういう相手は嫌なことがあった時に突然、怒り出したりする。打っていて怖い相手というのは、内的葛藤が見えない相手、内部が柔らかい相手である。こういう相手は崩れにくく、弱点が少ないので攻めにくい。

  

 麻雀とは関係ないが、内的な葛藤、プライド、固い核が残っている人は、いかに良いことを言っていても、善行をなしていても、礼儀正しくても、自我の強い人である。逆に自我の薄い人、自我を低い、正しい位置に置いている人は、何か特別なことをしていなくても、口の利き方がぞんざいでも、基本的に愛のある人である。自分は元々自我が強かったので、悟りだの何だのを求めなくてはならなかったが、最初から自我の薄い、あるいは自我を低い位置に置いたすばらしい人は、そういうものは一切必要がないと思うし、実際、現実生活の中で、この人にはかなわない、という人を幾人も見てきた。

  

 さて、非日常である勝負の場で、全体感を持って行為するためには、自己中心性の源である自我の葛藤を見つめ、落としてフラットにし、自分も他者も、等しく「見る」ことが必要になる。そのためにこそ、日常で自我の葛藤を見つめ、落としておく必要があるのである。別段、そのような修行めいた行為をしなくとも、自分の悩みや迷いがない日は、人は全体感を持って場が見えるものだし、勝負事も強いものだ。例えば、仕事や恋愛が上手くいっていたり、日常生活が順調で悩みがない人ほど強運なのは、自我に捕らわれて煩悶するウェイトが少ないため、全体がよく見え、気づきの量が増えるのである。こうして、強運な人は、どんどん強運になる。悩みが多く、不運な人は、どんどん不運になる。金銭的に余裕のある人が、追い詰められた人より勝負事が強いのは、恐怖が少ないためでもある。恐怖とは、すなわち「自我」である。

  

 もちろん、我々の求める道は社会的成功を収めるとか、強運になるとか、欲しいものをどんどん引き寄せるとか、余裕のある大人になるとか、そういう俗世間の積み上げる道ではない。むしろ、そういった余分なものを落として何ものでもない、「空」につながる道であり、よりストイックで、精神的で、絶対的なものに到達する道である。

  

 それではどうすればいいのか?

 

どんな相手にも、どんな場においても、全体性を持って乗り越える行為をなすためには、迷いや、悩みや、勘違い、自己中心性を見つめ、理解し、消化しておくことが一番大事になってくる。つまり、いついかなる瞬間も、自分の自我を容赦なく見つめ続ける動的瞑想こそが、自分というものを知る最短の道なのである。それはすなわち自己浄化の道であり、「空」につながる道である。

  

「空」とは、特殊なマントラや瞑想によって自我を遮断し、人工的にその中に逃げ込む道ではなく、むしろ、「空」に入るのを邪魔する自我を徹底的に見つめ、浄化した後に現れる何ものかである。つまり、現在のスピリチュアルな世界で提唱されている方法のほとんどは、道筋が逆なのだ(もちろん、念仏やマントラの効果を否定するものではないし、何事も徹底すれば突き抜けることはできるのかもしれないが)。

  

先に人工的な「空」を味わって自我を忘れ去るのではなく、自我を直視することが肝要である。ゴミで埋もれた部屋にいて、ゴミのない場所を見つめて瞑想したところで、問題は何も解決しない。インスタントな「空」は所詮インスタントであり、常に自我が危険にさらされ、刺激される勝負の場では吹けば飛ぶような効果しか得ることはないだろう。むしろ、自我はほったらかしで、自分は「空」を得たなどと自己欺瞞に陥るのが落ちである。それは慰安や自己肯定にはなるかもしれないが、人としての強さにはつながらないのだ。もちろん、勝負の場で通用するようなものではない(勝負事は、結果が真実を示してくれるのでありがたい)。むしろ、なぜ「空」に入ることに憧れるのか、なぜマスターやグルの元にはせ参じるのか、という自分の依存的な自我を見つめることが真の瞑想であると言える。

  

恐ろしくても、嫌でも、見たくなくても、醜く、葛藤に満ちた自我を見つめる困難で誠実な道のみが、最終的には安心立命につながる。つまり、この方法においてはグルも指導者も、経典も必要がない。見るべきものは、常に自分の最短距離にあるからであり、人はそれを見るだけだからだ。しかし、多くの人はそれを見ようとせず(むしろ、そこだけは見ないようにしているようだ)、美しい言葉や最もらしい理論、理想の中に逃避する。

  

ある時、自我の葛藤、突起物、ゆがみを見つめることによって、激しい自己浄化(これは長い、孤独で地道な自己凝視の道のりの末にもたらされる)が起こるかもしれない。いわば、自我という障害物が崩れ、パイプの中を落ちていって、消えてしまうのを体験することだろう。そのエネルギーは、天上から下方(足の下)に抜けるエネルギーである。エネルギーがそれを溶かすというよりも、自己凝視により、それが自らの中に本質的に根付くものではなく、世界のゆがみの一つにすぎないと認識できた時、固い自我の固形物が顆粒のように崩れ落ちるのである。パイプ詰まりがなくなるようにきれいになった時、水道が流れるように上からエネルギーが流れてきて、浄化してしまう。

  

葛藤、迷いがない、すっきりした状態でいれば、「あるがまま」というフラットな土台の上の中央にバランスよく立つことができるだろう。その大地の上にしっかりと立った垂直的姿勢から混沌を調和させ、形にする「ある上昇的エネルギー」が生じる。それは下方からやって来て、天上に流れるエネルギーである。それが地上の事物を通り過ぎる時、ディニュソス的混沌をアポロ的明晰さへ変容させる力となるのである。悩み、葛藤がある状態では、その創造的エネルギーは内部でロスされ、やって来ないのだ。

  

 すなわち、自分の身体感覚だと浄化のエネルギーは天上から大地へ、創造のエネルギーは大地から天上へと事物を透過して流れる。この浄化のエネルギーは他力的であり、創造のエネルギーはどちらかと言えば自力的である。しかし、どちらも自我の外からやって来るものである。自我を超えた状態にあると、この途方もないエネルギーを感じ取ることができるようになり、その力を使うこともできるようになるだろう。

  

 エネルギーというと神秘的な物言いになるが、それは体感できることであり、決して主観的なもの、すなわち観念に留まらないのが特徴である。時に、病気を治したり(私は慢性病が快癒してしまった)、新たな人間関係や仕事をもたらす等、運命を変容させたり、勝負事を勝たせたり、対人関係に強くなったり、何か芸術作品を作る力にもなる、現実的な力のことである。しかし、そうしたエネルギーを最初に求める修行というのは明らかに間違っていて、それらは自我という巨大な置物を脇にどけるなり、破壊するなりした後にやって来る恩寵である。エネルギー先にありきだと、この自我とエネルギーが一体化して、非常に恐ろしいことになりかねない(オウム真理教の教祖がその典型であるだろう)。

  

 要は、自我の置きどころがすべてなのであって、まずは自己中心的な自我を直視することに終始すればいい(見たくないかもしれないが、真に絶望した人間はそれをやることができるだろう。なぜなら、絶望の正体を見極めなくては救われないからだ)。こうして、初めて余裕のある相手や、尊敬する相手、社会的肩書きのあるような相手とも互角に渡り合うことができ、時に、それら俗世の価値に重きを置く人々を超越する力を持つことができる。

  

もしも自我を超越した力に触れることができるならば、それは単に安らぎやハーモニーを生み出すのみならず、ある種の全能感や、現実を変容させる力を持つことが実感されるはずである。その時、人は世間的な意味において幸福になるのではなく、誤解を恐れずに言えば、超人的になるのである。超人とは俗世の物語的葛藤から自由になることであるが、「物語」とはすなわち「時間」であり、ここで初めて時間性を超越した全能感が感得されることになる。全能感とは自由であり、創造的力に満たされた感覚である。

  

もちろん、そうした力の陶酔からさえ自由になることを仏教は説いているのかもしれないが、まずは力に触れてみなくてはそれこそ絵に描いた餅であり、理想論であるにすぎないだろう。私自身の課題としては、勝った後の振舞い方がある。例えば、こうした原理を土台にして勝利を得た後は、どこか鼻につくような高慢さが出てしまいがちなものである。しかし、人を不快にさせてはどうしようもない、おごり高ぶるようではどうしようもない。弱者を見下すようではどうしようもない。力に酔って、強さを誇示しても人は寄り付いてこないし、誰も遊んではくれない。だからこそ力への執着からも逃れることが必要になる。力やエネルギーを放棄するのではなく、それらからも自由になることである。しかし、これもまた一つ一つ、人間関係の中で克服しなければならない課題であるに違いない。我々は、いついかなる時でも未熟なのだ。

  

ちっぽけな自分をあるがままに見つめること――そこから先に、小さな自分を超えた豊穣なるエネルギーの地平がある。その力は、「自我」の捕らわれから解放される限りにおいて、誰にでも触れることができるものである。そのエネルギー表現(無我表現)の象徴として真に優れた芸術家や、トップアスリートがいるのだが、それは葛藤とストレス多き俗世間に生きる、我々にとっても、決して無縁な世界ではないのである。むしろ、葛藤多き、混沌で、複雑で、困難な人生の中でこそ、最短距離でそのエネルギーの世界に入ることが可能になると言ってもよいだろう。

  

我々は、常に学ぶチャンスに恵まれている。どんな苦しい境遇においても。どんな虐げられた、誰にも理解されないような孤独な運命の中においても。

 


異端が普遍になる時 ――例外者たちの声に耳を澄ませて――

 異端が普遍になる時 ――例外者たちの声に耳を澄ませて――

  

 気づけば、ぼくの周りにはどういうわけか、少し不思議な人たちが近寄って来ることがある。彼らの言葉はあまりにも独自な構造を持っていて、時に非論理的であり、日常的な思考法では理解できなかったりする。こうした人々は大抵、社会の端の方で目立たないように息を潜めて生きており、時に、薄暗がりから顔を出して誰かに見つけてもらえないかと辺りを見回していることもあるが、すぐにおびえた様子で首を引っ込めてしまう。

 

 ぼくは彼らのことを親愛の情を持って、「例外者」と名づけている。そしてどういうわけか、例外者は例外者を見分けることができ、お互いに何となく見守っているのだが、それぞれが他の国に住んでいる人のように独自な宇宙を持っているために共通の言語が見つからない。なんと声をかけてよいかわからないでいたり、あるいは自己充足していたり、ちらりと確認するだけして、歩き去ったりする。彼らの行動はあまりにこの定型の記号、観念に満ちた現象世界に非執着であるがゆえに、非合理で、まったく先が読めないのである。

 

 例外者は自我によって構成されたこの世の価値観、社会的記号を信じられない人々である。ゆえに彼らはこの世界の中に自分の居場所を見つけることができず、必ずといっていいほど誰も使っていない廃屋や舞台裏、暗がりに追いやられ、一人、奇妙な法則を守って暮らしている。この秘密の法則を遵守すればするほど、彼らはますます独自になり、ますます孤独になってゆき、ますます人間離れした運命の中に入り込んでゆかざるをえない。

 

 社会的な共通語を持たない彼らがどうやってお互いを見分け、あるいは僅かでも交流をすることができるかというと、それは「響き」である。あるいは、匂いのようなものかもしれない。独自な存在形式から生まれる響きや匂いがあって、それが遠くからでも伝わることがあるのだ。だからこそ記号的言語を超えて、彼らは僅かでも共通の何かを分かち合うことができるのである。そしてごく稀にだが交流することもあるし、共に歩くこともあるし、もちろん、何ごともなかったかのようにお互いに執着せず、離れ離れになることもある。そして、それぞれ、自分だけの手作業に没頭して、顔も上げなかったりする。けれどもその何年もかけて作り上げたものを、誰にも見せずに机の中に眠らせてしまうこともざらなのだ。なぜなら、彼らはあまりにも自分が理解されないことに慣れ過ぎているからだし、時によると諦めているからである。

 

通り雨が空を飲み込み、

 

時計のことを忘れさせる。

 

今日の天気は、お待ちなさい。

 

雨上がりのアスファルトの匂いがすき。

 

どこまでも続く坂の上

 

とげの刺さった手紙を見つけました。

 

 

太陽が、割れた化石を飲み込み

 

静かな冬が、時計のように続きます。

 

飲み込まれた化石が消化されるころ

 

にぎやかな春がそっと訪れる。

  

 ※紹介した詩については、許可を得たうえで掲載させていただきました。

 

 別に、本稿では特殊な表現をしている者や、存在形式を持つ者の中にある種の特権性や、特別な美点を認めているわけではない。アウトサイダーの中にのみ真実があると言いたいわけでもない。ただ、こうした誰の目にも止まらない、社会から理解され難い運命を生きる例外者たちの宇宙の中にこそ、我々が忘れてしまった大事なものが眠っていて、それが日の光に当たった時に、世界全体を表現する「美」として感じられることがあるのではないか。その薄暗がりの中に眠っていた「美」こそがこの世界を覆す新たな愛の形なのではないか、と夢想することがあるのである。例えば、カフカのように。例えば、リルケのように。

 

 ただ、偉大な、――途方もなく偉大な世界がある。一切は許され、愛されているのかもしれない。しかし、その非個人的な事実を意味のある真実として一瞬でも形にすることこそが、一人の人間の主体的役割であるという逆説こそが創造の秘密だとしたらどうだろう? 全体を一にするもの。一を全体にするもの――ここにきてようやく、芸術と宗教が一つになる可能性を秘めてくる。

 

 真実と美は、定型のメッセージの中にあるのではなく、観念の中にあるのではなく、現象それ自体の中にあるのでもない。その現象が通過した一人の人間という独自な存在の中から、個性的な形で現れ出てくる。より正確に言えば、一切の地上的断片に捉われることなく、それを乗り越え、統合した一人の人間の独自な存在形式の中からこそ、新たな愛の形がこの大地に顕現するのだ。そう、二千年前のあの人がそうであったように。

 

 異端が普遍になる時――それはこの世界に創造が起きたことを意味する。そしてその暗がりから起こった創造は、決して誰の目にも止まることなく、認められず、愛されずに消えていった者たちが住んでいる僻地や穴倉をも包含しているがゆえに、一瞬にしてこの世界全体を統合し、未だかつてない意味を与える。その光と闇を統合した何ものかが現れる瞬間の中にこそ、生きとし生けるものたちの救済の可能性があるのである。絶対に光が届かなかった場所にさえ、僅かに微細な光が届く奇跡が生じるのである。その光は強烈ではなく、微細であるがゆえに届くのだ。悲しみと沈黙を宿しているがゆえに、孤独な瞑想者の夜の奇妙な夢の中にも入り込むことができる。そして暗闇の中に浸透し、ひっそりと、優しく、虐げられた者たちを包み込んで、共に眠ることもできるだろう――そんな沈黙を宿した光。

 

 


「遠野物語」と「新約聖書」に見る裸の神の表現

 「遠野物語」と「新約聖書」に見る裸の神の表現

  

「国内の山村にして遠野よりさらに深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。この書のごときは陳勝呉広(ちんしょうごこう)のみ」

 

有名な、「遠野物語」の冒頭の中の一文である。「平地人を戦慄せしめよ」このフレーズは一度聞いたら忘れられないが、そこには柳田国男のこの民俗学の源流にもなった不思議な書物への絶対的自信、信頼を感じることができる。

 

 最近、ふとしたきっかけから「遠野物語」を読み直し、文字通り戦慄を覚えてしまった。とは言っても、これまで気づかなかった、この説話の表現形式それ自体の完璧さに、驚き打たれたのだ。

  

「遠野物語」は実にシンプルな形式を持った文学作品である。そこにあるのは、岩手の山の奥にいた山人たちの怪しげだが、シンプルな息遣いであり、それに出会った朴訥な人々のこれまたシンプルな驚きが記されているだけであった。つまり、いつ、誰々がこういう奇怪なものを見て、驚いて逃げた、とか、打ち殺した、とか、病で死んでしまった、とか、事実のみが提示され、ピリオドが打たれている。ある男が、幽霊を見て、驚いて、三日後に死んだ。それ以上のものは何も書き記されていないのだ。

 

 何の主観的説明もないし、観念も入り込まない。事実のみが提示される(柳田の手により事実が編集された問題はまったく別である。ここで重要なのは文学形式の簡素さそのものなのだ)。それでいて、この物語の豊かさ、深さはどこからやってくるのか。素材の豊かさや、柳田の文語体を自由に操る文才もありこそすれ、そこにあるのは裸にされた事実のみである。にもかかわらず、恐ろしい深さを宿した文学になっている。その形式の簡素さと完璧な効果に、私は驚愕したのである。日本にも、こんなに優れた文学があったのか、と。

 

「裸の事実」だけを記し、一切の説明、解釈を捨て去ることで、我々はその不合理で不可解な物語の隙間から漂ってくるものに戦慄する。埋められなかった行間から、昔々の、異世界の暗闇が匂いたち、ゆらめき上がるのを肌で感じる。その時、我々は現代社会にいながら、一歩だけ、遠野物語の世界に足を踏み込んでいる。我々は、事実そのものではなく、その事実と事実の間にある、ほの暗い隙間に吸い寄せられる。そして、恐ろしい山人や、天狗や、山姥に囲まれていることに気づき、恍惚とした気分になる。例えば、こんな具合である。

 

「白望(しろみ)の山続きに離森というところあり。その小字に長者屋敷というは、全く無人の境なり。ここに行きて炭を焼く者ありき。或る夜その小屋の垂菰(たれこも)をかかげて、内を窺う者を見たり。髪を長く二つに分けて垂れたる女なり。このあたりにても深夜に女の叫び声を聞くことは珍しからず」

 

 我々は、これと同じ効果を持つ作品をいくつか思い浮かべることができる。説話形式の前身たる今昔物語集はさておき、例えば、紀元前のローマの退廃の生活を描いたフェリーニのカルト映画「サテリコン」や、様々な仏説、そして聖書である。とりわけ新約聖書は、イエス・キリストが起こした奇跡の事実を淡々と述べているだけのように感じるが、西洋文化・芸術の基礎として、爆発的なエネルギーを秘めた物語となっていることは言うまでもない。

 

 イエス・キリストという受肉化した神が、この地上に光臨した。その神の子は、生きた、肉体を持つ、一人の男であり、具体的な身振りを持ち、人にこうやって話しかけ、病を治し、死人を生き返らせ、罪もないのに十字架にかけられて死に、三日後に復活した。これだけの事実が、どんな神聖な言葉や観念、神学的体系、深遠な哲学よりも、人々の魂を震えさせたのである。なぜなら、それは手に取れない曖昧なものではなく、とにもかくにも「事実」として記されていたからである。

 

 柳田国男は、日露戦争の勝利で日本が高揚し、近代化に向けて突っ走る中で、忘れ去られた日本の闇の世界、つまり山に隠れて住んでいた山人と呼ばれる存在や、遠野の古き神々、妖怪、幽霊を救い出し、我々の前に列挙する。これが日本と言うものではないですか、こうした異界の者たちとの交流こそが、私たちの世界を豊かにし、意味あるものにしていたのではないですか、私たちはもっとも大事なものを忘れているのではないですか、と迫る。しかし、彼の様々な論文はさておき、この「遠野物語」ではただただ事実が語られるのみであり、そこには一切の主張も、メッセージも、解釈も、含まれていない。何一つ、彼は自分の言葉では訴えない。この物語の武器は、唯一「事実」である。

 

 しかし、事実とは何だろう? 実際にあったとされていることだろうか? 

 

 こうした説話的文学において、物語作者が「事実」として読者に提示するものは、実は、彼が最も大事だとしているものである。すなわち、彼は一切の主観を排して――いわば無我的な眼差しによって観念の贅肉や、くだらぬものを消し去り、浄化して――それでもなお残るものを提示する。まるで、この観念という不浄な液体で汚染された世界から、その液体のみを吸い上げ、真空にすることで裸の姿を復活させるように。そしてその真空世界に残った事実だけを提示すれば、彼が言いたいことのすべてがあり、いや、それ以上のものがある。彼はそれを知っている。それが優れた説話文学作者に共通する秘密である。つまり、作者は、「事実」として、彼の「神」を提示するのだ。

 

 新約聖書の作者は、イエス・キリストという神の子を「事実」として書き記し、それだけで事足りることを知っている。なぜなら、肉体を持ったイエスこそが、この地上における神のあらわれそのものであり、余計な解釈は一切必要ないからだ。神学は、単なる後付にすぎない。ここにおいて、神はひとつの事実であり、事実は真実そのものである。しかし、その事実(すなわち神)に触れた人々の驚きや、憎しみ、裏切りもまた、神に出会った人々の裸の事実として書き記される。たった一つの事実を通して、つまり神の受肉化というありえない事実に対して、人々は常識を剥ぎ取られ、あるがままの、裸の人間として関係せざるを得ない。そして、そこに新たな事実が生まれ、波紋となって広がってゆく。

  

信じる者、奇跡を祈る者、軽蔑する者、嫉妬する者、裏切る者――あるがままを照らし出す光によって、これまでの安逸な日常性は破られ、新たな事実がバリエーションとして現れてくる。つまり、イエスであり、ペテロであり、マグダラのマリアであり、パリサイ人であり、ヘドロであり、ユダである。こうして、一つのあるがままの事実を前にして、あるがままの事実で対応せざるを得なくなった人々の関係性の中から神話が生まれる。

 

「遠野物語」では、山人たちは、当時の柳田にとって最も重要な「神」であった。いわば、日本本来の神であり、彼はその事実の強力な力を信じることによって、この説話文学を成立させてしまったのである。民俗学の原典となった学術書という見方はさておくとして、これは一つの信仰の書であることに違いない。山人の伝説を事実として捉え、淡々と書き記すことによって、彼は日本の淵に眠っていた神話を掘り起こしたのである。

  

我々は今、信じるに値する神(事実)を持っているだろうか? この事実だけを記せば、自分にとって最も重要なものすべてが表現されているのだ、という、神聖なものを持っているだろうか? もはや、山人たちはどこかに行ってしまった。宗教の神話は崩れ去った。一神教は、世界を分裂させた。ありとあらゆるイデオロギー、哲学、観念は幻想であった。我々は今、具体的な事実を求めている。事実の中に、この混沌とした世界を打ち砕き、生きるに値する新たな神を求めている。新たな光を求めている。

 

 その事実は天から降ってくるのでも、山の中にいるのでもなく、今、あなたの目の前に存在しているのかもしれない。我々はただ、眼を見開けばよいだけなのだ。しかし、それが美しいものであれ、俗悪なものであれ、聖なるものであれ何であれ、様々な情報を次から次へと浴びせられ、曇った我々の瞳は、目の前の存在の中にある「裸の神」を見ることができなくなってしまった。手に取れる事実を失ったのではなく、それを見る目と、感じる手をなくしてしまったのだ。それゆえに我々は事実を離れ、観念世界に神と救いを構築せざるを得ない。ここに現代の悲劇のすべてがあるのである。

 

※参考書籍

「遠野物語 山の人生」柳田国男著(岩波文庫)

「聖書」(日本聖書協会)

 


ロダンの創造に見る新たな時代の芸術

 ロダンの創造に見る新たな時代の芸術         

  

「ロダンは名声を得る前、孤独だった。だがやがておとずれた名声は、彼をいっそう孤独にした」

 

 この一説から始まる詩人ライナー・マリア・リルケの評論「ロダン」は、「考える人」等で有名な彫刻家ロダンの秘書を務めた彼が、天才の仕事ぶりを間近で観察しながら書き記した稀有な作品である。この評論それ自体がロダンの芸術的法則を文章化した芸術作品であり、ロダンの彫刻それ自体に劣らぬ「事物」表現にまで高められている。

  

 リルケの書くものは詩のみならず、小説から評論、個人的な書簡まで、すべて彼自身の内的原理によって形式化され、もはや彼の手に触れたもの、目で見たもの、聞いたものすべてが独自な詩の原理に貫かれているようである。実際、リルケは個人ではなく、詩人として、芸術家として生きた。彼は、道を歩いていてもリルケであり、一人でいても、誰かと話していても、固有のリズム、固有の法則、固有の形式を表現した。道を歩く詩人を見て、「あっリルケだ」と誰かが言ったとか、言わないとか。彼はそういう人だった。存在形式それ自体が芸術であり、芸術は、日々の生活における徹底した観察の積み重ねの結晶であった。

 

「彼は詩人であって、曖昧なものが嫌いであった」と語ったリルケ。

 

 しかし、こうした芸術的作法、法則の根底にあるものを彼はロダンから学んだのであった。このロダン論は一人の偉大な彫刻家の評伝という範囲を超えてしまっている。これはリルケ自身の芸術論であると同時に、「未来の芸術のあるべき姿」として、「我」という観念的存在を超えた、とある神秘的法則を見ることができる。

  

 それではリルケがこの彫刻家から何を学んだだろうか? 実を言えば、彼はロダンの仕事の中から、感傷や思想ではなく、絶対的で、自然の創造と同じような確固たる「事物」を創造することを学んだのである。つまり、そこにあるのは裸の、「あるがまま」の事物を作り出す手仕事、ただそれだけであり、創造の独自性や思想といったものではなかった。彼自身の言葉の引用によって、それを見ていこう。

  

「どういう物を作ろうとするのでしょう。美しい物をでしょうか、いいえ、そうではありません。誰が一体美とは何であるかを知っていたでしょう。似た物を作ろうとしたのです。一つの物をです。その中に自分らの愛しているものが、また恐れているものが、またそのすべての中にある理解しがたい或るものが再現されているのを見る、そういう一つの物を欲したのでありました」(『ロダン』リルケ著 高安国世訳(岩波文庫)p82

  

「美を捉えるものだと思っていた美学的見解の存在が皆さんを迷わせて来たのです。また美を作ることを自分の務めだと心得るような芸術家を生み出したのです。それで、美を「作る」ことはできない、とくりかえしここに述べることはやはりまだむだではないのです。誰もまだ美を作った者はありません」p83 

  

「ところで或る創作者がこういう認識に達すると、これがどんなにすべてを変えてしまわずにはおかぬかを御想像ください。こういう認識にみちびかれる芸術家は、美について考えるという必要はないのです。美がどこに成り立つかというようなことは、ほかの人同様ほとんど知らないのです。ただ、自分を凌駕する有用な品々を作り出そうという衝動にみちびかれて、彼は自分の作るものに美がおそらく来てくれるであろうようななんらかの条件の存在することを知っているばかりです。そして彼の使命は、この条件を熟知することであり、この条件を作り出す能力をやしなうことにほかならないのです」(同p83

 

 ここには、恣意的でオリジナルな美的創造という我々が芸術家に抱きがちなロマンティックなイメージはかけらも存在しないことは何となく感じられるだろう。バラの棘に刺され、白血病になって死んだかよわき、少女趣味の、ロマンティックな詩人の相貌はここにはどこにもない。あるのは一つの宇宙的法則にのっとった自然の営みと芸術を結びつける地に足の着いた確固とした見解、及び純粋な信仰にも似た力強さである。彼はこの確実な道をロダンから学んだのであった。

 

「なぜかといえば、かつて心をふるわせたすべての幸福、考えるだけでも私たちをほとんど破壊しそうになるすべての偉大さ、ひとを変化させずにはおかぬ広大な思想の一つ――そういうものが、ふと唇をすぼめることや、眉をあげることにほかならなかったり、額の上のかげった部分にほかならなかった瞬間があったのです」(同p85

 

「あるのは種々さまざまに動かされ変化されたただ一つの表面にすぎないのです。この思想の中に、ひとは一瞬全世界を考えることができました。すると全世界は単純となり。この思想を思っている人の手の中に課題として置かれました。なぜなら、何物かが一つの生命となり得るか否かは、けっして偉大な理念によるものではなく、ひとがそういう理念から一つの手仕事を、日常的な或るものを、ひとのところにとどまる或るものを作るか否かにかかっているのです」(同p85

 

  リルケは、ロダンのただただ「事物」を信仰し、独自な形を作り出そうとする着実な営みに新たな時代を切り開く芸術のあり方を見た。彼は――天使が舞い降りたような、あれほど霊感に満ちた詩を書いた彼は――インスピレーションやひらめきによるのではなく、この日常の中の観察とたゆみのない手仕事というロダンの芸術的手法(というよりも、人生のあり方それ自体の法則)に偉大さを見た。ロダンの中では、インスピレーションは天から降ってくるものではなく、「事物」そのものの中に発見されるものであった。つまり、彼はそれほどまでに仕事と一体化して生きていたので、インスピレーションそれ自体が生活となり、手仕事の一環となっていたのである。神は、観察と手仕事の中に宿る。ここに偶然性は存在しない。彼は手に触れる事物の中に神を見出していたのであった。そして、その迷いなき仕事を通して、彼は新たな創造者となった。一切の批評や批判は、もはや彼の作品に届かぬほどに、彼は確固とした「物」を作り続けた。

 

 しかし、この自ら作品によって以外、語ろうとしない彫刻家の情熱の奥底にあるものは何だったのだろうか? 彼は何ゆえに事物を信頼し、新たな事物を生み出すこと、世界の結晶たるオリジナルの事物を作ることにのみかくまで純粋になれたのだろうか? ロダンの仕事を間近で観察し続けたリルケはその秘密をこのように語る。

 

「一種の手仕事が成立するのです。しかしこれは不死の運命を持つ者のための手仕事と思われるほど、そんなに遠大なものです、見きわめもつかず終わりもなく、「たえずまなぶ」ことを目あてとしているのです。ではこのような手仕事にふさわしい忍耐というものはどこにあったでしょうか。

 

 それはこの労作者の中の愛にありました。それはたえずこの愛の中からあらたによみがえって来ました。なぜなら、何物もそれに抵抗することのできぬ「愛する人」であったこと、これがおそらくこの巨匠の秘密なのです。彼の求め方はながく、熱情的で、たえまがありませんでしたから、すべての物は彼に許したのでした。それは自然の事物のみではなく、その中で人間的なものが自然になりたいとあこがれているあらゆる時代のすべての謎めいた事物もそうでした」(同p89

 

「この「よく作ること」、このもっとも曇りない良心をもって働くこと、これがすべてなのでした。一つの物の形を写し取ること、それはこういうことでした、どの部分ものこりなく行きめぐったこと、何事をも黙殺せず、何事を看過せず、どこにおいても偽らなかったこと、そして百とあるすべてのプロフィルを、すべての仰視やすべての俯瞰を、すべての交差を知ることでありました。こうしてはじめて一つの物ができあがるのでした。こうしてはじめて、それはいたるところの不確実の大陸から解き放された島になるのでした」(同p90

 

 愛をもって事物に傾倒し、一体化し、新たな事物を創造し続けたロダン。そこにあるのは「何事をも黙殺せず、何事をも看過せず、どこにおいても偽らなかったこと」という事物それ自体への曇りなき観察と対象への愛をも超えた没我的作業であった。

 

 確固とした、絶対的事物の創造。これは、この世界それ自体への愛の証であると同時に信仰である。幼児が母を思うような絶対的信頼を持って、彼は事物の中に傾倒した。ここには「個性」はおろか、「思想」さえ存在しない。しかし、彼の作り出した作品はすべてが独自で、偉大な思想を帯びた神々しいものに見えてくる。ここに、我々は一人の人間の「我」を超えた、事物の中に眠る神の恩寵と「独自」を見ることができるのである。

 

 セザンヌやトルストイを絶賛したのと同様、リルケの天才はロダンの中に同じ価値を見出したのであった。つまり芸術、及び芸術的生き方とは、小世界たる壁に囲まれた「我」の中にあるのではなく、目の前の「事物」や「現象」そのものの中に眠る法則を理解することにあるのだと。リルケはこうした寡黙な芸術家の中にこそ、未来の芸術のあり方を、つまりは未来の人間の理想の道を見出していたのである。

 

「「よく仕事ができましたか。」これがロダンの、お気に入りの誰に向かっても挨拶がわりにする問です。なぜなら、もしこの問に「はい」と答えられたなら、それ以上もう問うことはないのですし、安心していいのです。仕事をしているものは幸福なのです。

 

 信じられないほどの力の蓄えを自由に駆使するロダンの、単純な統一的な天性にとっては、こういう回答が可能なのでしたし、彼の天才にとっては、これは必然のことだったのです。ただこういうふうにしてだけ、彼は世界を征服することができたのです。人間のようにではなく、自然そのもののように働くこと、これが彼の定めだったのです」(同p101

 

※参考文献『ロダン』リルケ著 高安国世訳(岩波文庫)

 



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