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きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

  きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

  

 とある夕暮れ

 

みすぼらしい校庭のブランコに

  

 三、四人の少年、少女が寄り集い

 

 何やら秘密めいた

 

楽しげな時を過ごしていた

  

 一人の少年が空を見上げ

 

かわいい声で言った

  

 もう帰った方がいいのかな?

  

 彼らの頭上には暗雲が

 

 生き物のように蠢く巨大な影が

 

 地上の支配をもくろむかのように漂っていた

 

 もう帰った方がいいよ、と思う

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

 

 一人の少女が言った

 

 もう帰った方がいいよ

 

 少年は得意げに答えた

 

 雨が降っても大丈夫だよ

 

 少年の家が近いからだろうか?

 

 それとも傘を持っているからだろうか?

 

 でも、もう帰った方がいいよ

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

 

 ほら、雨が降り出した

 

 上空から風が降りてきた

 

 そしていつの間にか

 

 どこかからか現れたカラスの群れが

 

 大群が

 

 気流に乗って縦横無尽に旋回し始めた

 

 もう帰った方がいいよ

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

 


瞑想者

   瞑想者

 

 とある秋の夜、街が眠りについた時刻、住宅街の片隅にある小さな公園で、一人の男がベンチにだらしなく横たわっていた。

 

 彼の頭上には、楡の枝葉が巨大な扇のように拡がり、星月の光を遮って、さわさわと風に凪いで、孤独な瞑想者を庇護していた。

 

 男は、目を閉じていた。しかし、眠っていたのではなく、枝葉の振動に耳を澄ませていたのであった。

 

 それは、枝葉の振動であると同時に、宇宙の彼方からやって来て、万物に生命を吹き込む、あの精妙な振動であった。

 

 それは、別々のものではなかった。

 

 すべては、振動によって成り立っていた。

 

 男は、目を見開いた。するとその瞳には、見えるはずのない星の光が宿っていた。

 

 彼は、しばらく頭上の黒い扇の複雑怪奇なぜん動を目で追っていた。

 

 それから、少し半眼になり、再び、目を閉じようとした。

 

 しかし、それは眠気からではなく、視界を曖昧にすることで、目の前の神秘的な運動に自らの肉体を浸潤させ、一体化しようと努めている人のようであった。

 

 実際、彼は神秘のぜん動と一つになって、肉体も精神も消えうせるかのように、生命のゆりかごの中で酩酊していた。

 

 その時、彼は夜の神秘に震撼する木の葉であり、頬をなでて縦横無尽に空気の通路を吹き抜ける風であり、何十万光年の彼方で爆発する星であり、オリオン座の幾何学的な配置であり、どこまでも拡がる宇宙であった。

 

 その時、彼はどこにも存在しなかった。

 

 彼は、宇宙そのものであった。

 

 そして、どこからともなくエクスタシーがやって来た。

 

 それは、偉大なる存在それ自体への何者かからの祝福であった。

 

 彼は宇宙の始まりからそうしていたし、これからもそうしているだろうことを知っていた。

 

 そこには、時間が流れていなかった。

 

 それは、ただそこに「存在している」という感覚だけがあった。

 

 世界が、そのままにそこに存在していて、それ以上でも以下でもなかった。

 

 それ以上でも以下でもなく、自分という存在も大きすぎもせず、小さすぎもせず、ただありのままに、過不足なく、ぴったりと樹木の下にはまっていた。まるでジグソーパズルのピースのように。

 

 その隙間なくぴったりとはまっているという感覚が、彼に至福と永遠をもたらしたのであった。

 

 そこには、葛藤も、混沌も、衝突もなかった。

 

 ただ、静謐の感覚があり、足元には、自分を支える巨大なものが存在していた。

 

 その巨大なものは、決して姿を現さないが、我々のすべてを支え、見守り、許しているのであった。

 

 天と地に包み込まれるように抱かれて、彼は、いつまでもそのままでいたかった。

 

 一切のわずらわしい現実から身を背け、夜という巨大な生き物の懐の中で、恍惚と目を閉じていたかった。

 

 彼は、完璧でいたかった。

 

 もしもこのまま、太陽が昇らず、誰もその公園にやって来ることがなかったならば、彼はいつまでもそのままそこに横たわっていただろう。

 

 何時間でも、何日でも、許される限り……

 

 しかし、彼は目を見開いた。

 

 それは、実に冷めた目つきであった。

 

 しばらく放心した様子でじっとしていたが、ゆっくりと身を起こし、ベンチに腰掛けたまま、ざらついた地面を無表情で見つめた。

 

 その視線が、僅かに上を向いた。それは、奇妙なことに、斜め上だった。

 

 彼は、天と地の中間辺りを見つめていたが、そこには何も存在していなかった。

 

 彼は、暫し虚空を見つめていた。

 

 すると、目の焦点が現実世界に合わさって、顔の輪郭がはっきりした。

 

 彼は、もう酩酊していなかった。

 

 何かを覚悟したような顔つきをして、立ち上がると、辺りを見回した。

 

 彼は、一つ深呼吸をした。

 

 夜の甘く、冷たい大気を体の中に染み渡らせ、ゆっくりと吐き出すと、僅かに微笑んだ。

 

 それは意外なことに、どこかシニカルな、何かを諦めた人特有の、自嘲するような微笑だった。

 

 それから一つ、首を振ると、意を決した様子でようやく公園の出口に向かって歩き出した。

 

 空には、星々が満ちていて、月は、瞑想者の孤独な姿を見守っていた。

 

 しかし、彼はもう前だけを見ていて、振り返ったりしなかった。

 

 夜は、彼を解き放ち、微笑んだ。

 

 誰もいなくなった公園に、枯れ葉が一枚、天上からゆっくりと落ちてきた。

 

 枯れ葉は、地面と一つになり、地球の声に耳を澄ませた。

 


  鏡

  

 とある初夏の夜、仕事帰りに、ミヨは、都内のブックオフをうろうろしていた。手にしていたSF小説を、元の場所である本棚の上の方に戻そうとした時のことである。すぐ隣にいた男から、こんな言葉が発せられた。

 

「気持ち悪いな」

 

 ミヨは、びくりとした。明らかに、自分に向けて投げかれられた言葉であったからだ。ミヨは、すぐに背後に振り返り、その男の顔を見た。三十半ばで、にやついた笑みを浮かべた、実に気味の悪い顔立ちの男だった。相手は、不愉快そうに目を反らすと、舌打ちをして立ち去ったが、ミヨはいつまでもその後ろ姿を見つめていた。蒼白な顔をして、何かを射抜くような目つきで、その場に立ち尽くしていた。実際、彼女のその姿を見たら、何か尋常でない雰囲気が漂っていたかもしれない。

  

 私は、気持ち悪いのだろうか?

 

 その言葉は、書店を出てからも彼女の胸を苦しめ続けた。それどころか、自分のアパートに帰ってからも、ベッドの中でも、夢の中でさえ彼女を苦しめ続けた。

 

「私は、気持ちの悪い存在なのだ。私は、気持ち悪い。私は気持ち悪い。私は気持ち悪い・・・・」

 

 彼女は、自分の中でその言葉を反芻し、ますますその言葉に絡め取られていった。そして、自分は他人から見れば絶対的に気持ち悪い、不気味な存在なのだという認識を強めた。

 

 実際、鏡を見ると、そこには、三十後半の、やつれた、目だけが異様に大きい、不気味な女の顔があった。その顔には表情がなく、何を考えているのかわからなかったし、実際、彼女には自分が何ものなのかよくわからなかった。

 

 会社では、ワンマンな社長から「そんな目で俺を見るな!」と怒鳴られたことがあったが、自分がどんな目で相手を見ているのか、彼女にはわからなかった。別段、相手を憎んでいたとか、反抗心を抱いていたとかいうわけではなく、彼女はただ「見ていた」のであった。しかし、それが相手からすると不快であったり、気持ち悪かったり、不気味だったりするらしいのだ。だから、彼女は相手の顔をまじまじと見る癖を改めて、伏し目がちになった。そして、ますます自信なげに、他者の目につかないように自己表現をすることなく生きてきたのであった。

  

しかし、存在自体が気持ち悪いと言われては、もうどうすることもできないではないか、とミヨは考えた。

 

 翌日の夕方、ミヨは前の会社で知り合った、「変人好き」を公言している風変わりな恋人に会った。迷った末に、喫茶店で昨晩の出来事を話すと、相手は言った。

 

「君は美しいよ」

 

 これは、この男の決まり文句で、「君は、変だから美しい」と言っているにすぎないことを彼女は知っていた。それでも、彼女はその言葉に慰めを求め、少しばかり安堵したのであった。

 

 二人は、喫茶店を出た。ミヨは、五月の曇天の空を見上げた。その時、隣を歩いていた恋人が、しみじみとした口調で言った。

 

「ああ、それにしても、君は本当に美しいね」

 

「どんな風に美しいの?」

 

「理屈じゃないんだ。君は、存在それ自体が美しいよ」 

 

 ミヨは、こんな風に繰り返されるばかげた世辞が、思いの他、自分を救ってくれていることに気づき、驚いた。どうやら、相手は落ち込んだ自分を救うために、「美しい」という言葉を連呼してくれているらしい。

 

 でも、私が美しいんじゃない、とミヨは考えた。だって、私は美しくないんだもの。それを私は知っている。もしも私のようなちっぽけで無意味な存在を美しいと感じてくれる人がいたとするならば、それはきっと、この世界が美しいのだ。この美しい世界それ自体が、私のこともその美しさの中に加えてくれているのだ。だから、私にはどうすることもできないけれど、認めてくれる人を待つ他ないのだ。だって、私は変わることはできないし、変わるべき何かがあるわけでもないから。

 

 そんな風に考えて、ミヨは暗雲の下を一人、歩き出した。

 

 恋人は、もうどこにも存在しなかった。まるで、彼女が自分自身を救うために生み出した妄想か何かのように。

 

 彼女は、一人だった。

 

 しかし、とある存在が――息吹が――自分のことを見守り、愛してくれているようにも感じた。

 


超人K

  超人K

 

 私がK君と遊んでいたのは、もう7、8年前のことになるだろうか。我々は無職の雀ゴロ(麻雀だけで暮らす人でなし)で、昼間っからいつもフリー雀荘に入り浸り、二人で打ち合っていたものだ。もちろん、お互いにつぶし合いは避けて、獲れるところからとっていたわけだが。

  

 当時のK君と私の境遇は、瓜二つと言ってよいほどのものだった。いや、外見から経歴、性格、容姿と何から何まで対照的なほどに違っていたのだが、世界観や、麻雀に対する心構えに対しては、他人とは思えないほど酷似していたのである。同じフリー雀荘で、自分と似たような人間と出会うとは思っていなかったので、私は彼に奇妙なシンパシーを感じていたし、向こうも同じだったと思う。もちろん、人として気が合うか合わないかといえば、それはまた別の問題で、お互いに敬意を持って接していたものの、学校で同じクラスにいたら友達にならないタイプだったろう。それでも、ある本質的な一点において、私と彼は同志であり、ライバルでもあったのだ。

 

 K君は180センチを超える長身で、ブルーカラー特有のいかつい体をしており、実際、麻雀で生活するだけではなく、日雇いで建築現場のアルバイトもしていた。水商売風の女性と付き合っていたので(時々、雀荘に顔を出した)、ひものようなものだったのかもしれないが、そのあたりはよくわからない。

 

 年齢は私と同じく30を出たばかりだったが、えらの張った面長の顔に小さい意志の強そうな目、口髭を生やした彼の容姿は、初対面の人間にとっては威圧感さえ覚えるものだっただろう。声は大きく、しゃべり方ははっきりしていて、動作も力に満ちみちた男らしいものだった。一方、私はといえば170ンチで痩せぎすの文学青年崩れで、軟弱にへらへら笑っているようなタイプだったから、同じ雀ゴロとはいえ好対照のタイプだったと言えるだろう。

 

 雀風は見た目どおり、K君が〝剛〟なら私は〝柔〟であった。彼はとにかく力強い麻雀を打ったが、私はスピードと動きの麻雀だった。結果的にどちらが強いかといえば、それは私の方だった。K君も私の麻雀は買っていて、「真似できない」といつも言っていたが、私も彼の汚さのない、正直な麻雀が好きであった。

 

 何から何まで対照的な二人が意気投合したのは、お互いに「瞑想」に取り組んでいることが判明したからであった。K君は、何でも、中国からやってきたという気功の先生と知り合いらしく、気のパワーを手に入れるために瞑想をしたり、独特な呼吸法を実践したり、立禅に取り組んだり、様々な修行をしていた。これは彼とたまたま飲みに行って、気を許した時に聞いた話で、普段はこういう話はしない。

 

 フリー雀荘というのは特殊な場所である。社長から学生、サラリーマン、チンピラ、金貸し、無職者から前科者、ありとあらゆる人種が同じ卓につき、初対面でも金を賭けあう。多少、親しくなってもお互いの仕事や身の上を話し合ったり、質問したりすることはまずない。わけありの人間もいるし、偽名を使っている者もいる。たとえ仕事がうまくいっていようが、美人の彼女ができようが、それを自慢することは〝粋〟ではないとされるのだ。

 

 雀荘で評価されるのは麻雀の打ち方と結果のみであり、それ以上のものではない。さらにいうならば、その場を楽しむキャラクターが評価されるだけで、雀荘の外にある価値は何一つ査定に値しない。しかし、だからこそ世間のありとあらゆる肩書きや、財力、地位、名誉が剥ぎ取られ、対等な人間同士の力勝負の場となる。そこにある種の人は自由と魅力を感じてやってくるのであるが、現代のネット社会では、生きた人間同士の勝負の場は、野暮とされる風潮があるらしく、何だか味気ないものだとつくづく思う。もちろん、ここでそんなありきたりの社会批判がしたいわけではない。

 

 二人が初めて意気投合したのは、とある晩秋の夜のことである。K君と私は、雀荘の裏にある飲み屋でこんな会話を交わしていた。

 

「やっぱり、メンタルがすべてだよね」と私は言った。「メンタルがだめな時は勝てないもん。技術じゃないよね、麻雀」

 

「N君、いつも勝ってるじゃん」とK君は笑って言った。

 

「それはね、メンタルの状態が良い時を選んで来ているからなんだよ。だめな時は来ないようにしてる」

 

「だめな時、何してるの?」

 

「散歩に行ったり、本を読んだり、瞑想したりしてる」

 

「瞑想?」

 

「そう、まじ座禅組んでる」私は笑った。「いっちゃってるでしょ? でも、そんくらいやらないと勝ち続けるのは難しいよ」

 

「おかしくはないよ」とK君は真面目な顔つきになって言った。ここから、K君が前述したような自分の修行遍歴を語りだしたのである。数年に亘るインドの一人旅や、様々なグルや新興宗教との関係等々…

 

「おれはね、超人になりたいんだ」とK君は告白するように言った。

 

「超人?」

 

「そう、一つの原理を身に着けることで、すべてを乗り越えることができるような存在になりたい。先生はそれに近いかもしれないけどね、おれはそれ以上を目指してる」

 

「一つの原理って?」

 

「この世界のすべてに通ずる生きた原理だよ。その原理を理解して、この肉体に宿すことができれば、人はみな超人になる。超人になることで、人は、すべての苦しみがなくなるんだ。自分のものだけではなく、他人の苦しみさえなくすことができるだろう」

 

「ああ、その感覚はすごいわかるよ」と私がさらりと言うと、K君は驚いたようにこちらを見た。

 

 実は、私もまったく似たようなことを考えていたのである。いや、考えていたというよりも、そうならなければ自分は生きていくことはできないと考えていたのだ。

 

 当時の私にとって麻雀と人間関係と芸術の完成は、同じ価値を持つものであった。どれも絶対的な答えがない、不可解な世界だからこそ、その不可解さを乗り越えるたった一つの真実、超越的原理のようなものがあるはずだと思っていた。自分が生きていくためには、その三つの不可解さをつなぎ、乗り越えるたった一つの原理が必要だった。その絶対的原理を感得するために、あのような放蕩生活に身を落とさなくてはならなかったのである。なぜなら、その原理なくして、ある種の人間は決して満たされることがないからである。そして私はある種の不幸な人間であり、真実を求めてさ迷うサニャーシであった。人並みの生活を楽しむためには、何か絶対的なピースが欠けていた。

 

 K君との違いは何かといえば、私は決して他者の内に真実を求めたことがなく、目立たぬように、常に独りで作業を続けていたことである。だから、誰も私をそのような求道者タイプの人間とは見ていなかったし、私自身もそのような人間に見られることを極力避けていた。軽薄な遊び人と見られる方が気楽だったし、性に合っていた。しかし、K君のような人物との会話はスリリングで楽しくもあった。私自身、孤独であることに倦いていたのかもしれない。むろんのこと、彼と知り合ったからと言って、私の中で何かが進むわけでもなかった。やはり、私は一人でいたかった。

 

 一度、K君の師匠にあたる気功の先生の下に連れて行かれたことがある。その先生は呼吸法を重視していたが、ぜんそく持ちの私にとって、呼吸をベースにした修行法は最初から論外だった。これはルサンチマンだったかもしれないが、私のようなハンディのある人間がその中に入れない方法というのは、不完全だと感じていた。呼吸法ができない私は、ここでは劣等生にすぎないだろう。何かが間違っているように感じていた。

  

 私には「見る」ことしかできなかった。他には何の武器もなかった。自分の暗闇を鷲掴みにして、直接的に見る。ただそれだけだった。そしてまなざしを上げれば光がある。ただそれだけだった。

 

 私たちの蜜月は半年ばかりで終わった。きっかけは、M田という闇金業者の社長であった。当時、M田はフリー雀荘の常連で、我々にも小金を貸したり、馬券の飲み屋をしたりしていた。私自身、手持ちの金がない時にM田から1万円だけ借りたことがあるが、特別に一ヶ月間無利子にしてもらったのを覚えている。銀縁眼鏡に目立たぬ顔、ひょろりとした体躯の彼は、一見、真面目なサラリーマンに見えたが、やっていることは相当に悪徳だと評判であった。闇金のM田ということで、あだ名は「M金(Mキン)」と呼ばれていた。ちなみに、M金の前歯はすべて差し歯ということであったが、これは殴られても金を渡さなかったからだと本人が自慢げに語っていた。もちろん、本当かどうかはわからない。

 

 私は別段、この男と仲が悪くなった。M金と、彼の中国人の愛人と三人で中山競馬場に行き、馬券を買うのを楽しんだことさえある。実を言えば、M金に競馬を教えたのは私であった。彼がすぐに飲み屋を始めるとは思いもしなかったのだ。

 

 飲み屋というのは、他人から頼まれた馬券を飲んでしまう(買わない)ことで、儲けるというふざけた商売である。頼む方は一割バック(1万円頼むと1000円返って来る)になるし、わざわざ買いに行かずにすむので、違法行為と知りながら、ついつい彼に頼んでしまう。私はM金と共に競馬場に行く度に、「この馬券来ると思う?」と聞かれ、「来ないと思うけど、万が一があるからやばいでしょ」などとアドバイスしたりしていた。しかし、彼の元で働くつもりはなかったし、こんなやつと本当につるんだら終わりだと思っていた。

 

 ところがある日、K君がM金のもとで働き出したとの噂を聞いた。実際、馬券を頼むためにいつもの携帯にかけるとK君が出た。経済的な理由もあるだろうから、私は追及もしなかったが、K君はどこかばつが悪そうにしていた。「いずれ、独立するつもりだから」などと夢を語ったりしていたが、そんな甘いものじゃないだろ、と思っていた。

 

 ほどなく、M金が私に声をかけてきた。雀荘の近くの喫茶店に行き、自分のもとで働かないか、と誘ってくる。電話一本でこれだけ儲かるよ、と言い、背広の内ポケットから、100万円の束をちらりと見せたりした。

 

「でも、取立てとか自分はできないですから」と私は断った。

 

「いろんな仕事があるんだよ」とM金は言った。「Kにやらしているようなのとは違ってね、仕事にはブレインが必要だから。君には月40万出すよ」

 

 正直、心が揺れた。当時、競馬で負けが込んでいた私は、金欠に陥っていたのである。金がなくなると、人はどんなことでもするものだ。K君もきっとそうだったのだろう。しかし、M金のもとで働いていた人間がどんな末路を辿っていたか噂に聞いていたし(何か問題がある度に下っ端が切られ、刑務所に入っていた)、その頃、私は就職活動も始めていたので、答えは保留した。その晩、先日面接を受けた編集プロダクションから採用の連絡があったので、私はM金に断りの連絡を入れた。安月給でも、堅気の道に戻れということなのだろう。これは運命だと思った。

 

 それからしばらくしたある日、私は馬券を頼むためにK君に電話をかけた。しかし、何度かけても電話はつながらない。締め切り時刻寸前になっても電話に出ない彼に私は怒りさえ覚えたが、しばらくして、K君が警察に捕まったという話を耳にした。債務整理の土地の利権がらみで恫喝を繰り返していたM金が、現場で働かせていたK君にすべての責任を被せたのだ。ほどなく、M金は雀荘に出入りしなくなり、K君は刑務所に入ったという話を聞いた。

 

 K君が捕まる少し前のことである。私のアパートの近所に住んでいた彼が、彼女と歩いている姿を見たことがある。二人はしっかりと手を握り合い、お互いを絶対的に信頼した者同士の確かな足取りで歩いていた。単なる水商売の女とひもという関係ではなく、もっと確かな、魂で結ばれた者同士の関係がそこにはあった。K君が刑務所に入ったという話を聞いた時、あの彼女はどうしているんだろうな、と私はすぐに思った。

 

 当時、私は、手を握り合う女性は誰もいなかった。たまに女性と遊ぶことはあったが、共に歩く人は誰もいなかった。友人も、師匠も、仲間も、理解者も、自分の周囲には誰一人としていなかった。独りで、緑多き小道を歩くのが好きだった。緑のフィルターを通して濃縮され、とめどなく溢れ出てくるダイヤモンドのような光に目を細めながら、K君と私と、どちらが先に真実に辿り着くのかな、などと夢想していた。もしかすると、インドに行ったり、様々なグルの下で特殊な修行をしている彼よりも、自分の方が真実に近いのかもしれない、などと思っていた。

 

 降り注ぐ光の中に真実があり、本物の輝きがあった。そして光は、それ以上でも、それ以下でもなく、ただ光であり、真実そのものであった。人間の観念や言葉など入り込む余地がないほどに純粋で、だからこそ我々の中に物言わずに浸透し、時に、絶望せし人を優しく包み込んでくれる、愛の顕現そのものであった。


  秋

 

この季節になると思い出す人物がいる。秋のメランコリーに浸るわけではないが、街路樹が風に揺れ、金色の木の葉のシャワーを降らしているのを見ると、「あんな人がいたなぁ、今、どうしているのかなぁ」などと思うのだ。もちろん、たいがいの時は忘れているし、自分の人生の中でそれほど大きなウェイトを持った存在ではないのだが、どういうわけか、決して心の片隅から出ていかない人物というのがいるのである。

 

 十二、三年ほど前のことである。定職にも就かず、博打に明け暮れる日々を送っていた私は、出会い系サイトにはまっていた。無頼を気取ってはいたものの、元来、内気な性質でナンパはおろか、キャバクラなどの夜遊びもしたことがなかった私にとって、この「出会い系」なるものの登場は、人生を変えるほどの出来事であった。私は水を得た魚になった。どういうわけか、次から次へと興味深い女性と出会い、女性というものはどんな存在か、といったことや、メロドラマから精神病的関係まで、生きた人間関係の機微というものを二十代半ばにしてようやく学ぶことができたからである。当時はサクラが少ないこともあったが、それにしても苦することなく、様々な女に出会う自分に対し、若い雀友が聞いてきたことがある。

 

「どうしてそんなに出会えるんですか? 自分はなかなかヒットしないんですが」

 

「きみは気取っているから会えないんだよ。自分を自分以上のものと見せている。どんなにうまくやっても、相手は、なぜかそういうのはわかってしまうんだよ」

 

 そんな風な知ったようなことを答えていたが、本当は、私にも理由はわからなかった。

ただ、人間は、見た目やお金よりも真実を求めていることを本能的に知っていたように思う。出会いというのは結局、そういうことなのだ。みんな生きた人間の真実と触れ合うために、もう一人の他者を求めているのだ。だから低次の欲望だけで相手を求めていた場合、その出会いは失敗に終わるか、仮に出会ってもろくでもないことにしかならないのである。私は、身をもってそれを知ったのだった。

 

 ヒロムなる人物に新宿で会ったのは、世紀も変わり、ようやく残暑も終わりかけた十月の初旬のことだったと思う。ヒロムといっても男性ではなく、もちろん女性である。本名は裕美(ひろみ)というようだったが、ヒロムは、イラストレーター志望の彼女が自ら作ったペンネームということであった。

 

「裕美って名前、嫌いなの」とヒロムは言った。

「どうして?」

「おじいちゃんがつけたんだけど、ある人物の名前から取ったから」

「ある人物って?」

「昭和天皇」

「裕仁様ね。そっち系の人だったんだ?」

「戦争には行ってないけど、そっち系だったの。でも、私はそっち系でもどっち系でもありたくないの。だから嫌いなの」

「どっち系って?」私は笑って聞いた。

「私は、何ものにもなりたくないの」とヒロムはどこか思いつめた、頑なな口調で言った。「右にも、左にも、男にも女にもなりたくない。だからヒロムにしたの」

 

 彼女は、二十歳前後に見えたが、実際は二十三歳ということであった。百五十センチにも満たない、痩せた、少年のような体型をした女性で、顔つきもまだ輪郭の定まっていない子供のようなあどけないものだった。ショートの髪は完全な金髪で、古着を上手に着こなし、外交的な話し方を心得ていて、一見、ちょっとサブカルにはまった今風の子に見えたが、話は、怪しげな方向に向かっていた。

 

「私ね、薬をやっているの」

「薬って?」

「スピードとか」

「そうなんだ、でも、やばくない?」

「だから最近はマジックマッシュルームとかやってる」

「やるとどうなるの?」

「ふわっとする」

「ふわっと?」

「うん、世界が回ったり。でもそれだけ」

「何のためにそんなことをするの?」

「私ね、頭の中に雑音がするの」

「雑音って?」

「テレビの砂嵐みたいに、ノイズがしているの。そのノイズをなくしたいのよ」

 

 それから、話は瞑想や、スピリチュアルマスターの方向へと流れていった。どうやら、ヒロムは私のことを同種の人間とみなしたらしく、安心してラジニーシやクリシュナムルティのことを語りだした。私は、モーニング娘の中にでもいそうな金髪の若い女性が、このような話題を振ってくるとは思わなかったので、楽しげに聞いていた。しかし、ヒロムの口調の中には共感者に出合った喜びというよりも、今にも切れそうな張り詰めた弦のような真剣さがあり、それが私の胸をどこか苦しくさせた。

 

「私、毎朝、井の頭公園にいるんだよ」

「何してるの?」

「座禅組んでる」

 私は、思わず笑い出してしまった。

「おかしい?」

「おかしくはないよ。でも、なんか笑えるじゃん」

 

 ヒロムは心外そうにしていたが、私は小ばかにして笑ったわけではなかった。今時のギャルのような見た目のヒロムが、まだ夜も開けきらぬ早朝、井の頭公園の木の下で必死に座禅を組んでいる姿を想像すると、そのギャップが面白く感じられたのである。しかし、そこまでやるからには、きっとヒロムの絶望は、彼女の軽やかな口調や身振りよりもはるかに深いものであることが察せられた。

 

 それから、ヒロムとは友人として二年ほど付き合った。当時、私に付き合っていた女性がいたこともあるが、彼女とは男女との関係にならなかった。実際は、粉をかけて何度か振られたこともあるし、ヒロムにも彼氏がいたりいなかったりした。それでも、私たちはお互いをそのような俗世の関係とは異なる、特殊な席を占める存在とみなしており、男女の関係を超えた深いつながりを感じていたように思う。最後は、二人で伊豆にあてもない旅行に出かけた際、その一線を越えようとした私に嫌気がさしたのか、「しばらく会えない」というメールがきて、そのままになってしまった。半年ぐらいしてメールをすると、連絡先が変わっていたので、彼女とはもう二度と会うことはできない。

 

 ヒロムには言わなかったが、知り合ってから一ヶ月ほど経ったある日、座禅する彼女の姿をこっそり見に行ったことがある。新宿で明け方まで徹マンをしていた私は、もしかしたらヒロムがいるかもしれないと思い、始発の電車に乗って井の頭公園に足を運んだ。別段、彼女がいようがいまいが、本当はどうでもよかったし、実際にいるとも思っていなかった。狭苦しい雀荘で一晩中、煙草の煙と欲得にまみれた汚い空気を吸っていたのだ。ちょうどよい朝の散歩になるのだろう。

 

 散歩道から少し離れた、奥まった林の中にある巨大な銀杏の樹の下で、ヒロムは眼を閉じて座っていた。足はしっかりと結跏趺坐で組まれ、手は仏像のそれと同じく、法界定印を形作っていた。眼は固く閉じられていて、何か口の中でぶつぶつとつぶやいているようだったが、何を言っているのかわからなかった。

 

 まだ暗い最中、金髪の少女――なぜか少女のように見えた――が必死に生きるか死ぬかの座禅をしている。その姿は美しくもあり、痛ましくもある、胸が打たれるものであった。ふと、どこからともなく大きな風の塊がやってきた。あたり一面の樹木の枝葉が、まるで危険を察した動物たちがいっせいに動き出すように、ザワザワカサカサと激しく揺れた。ヒロムの背後の銀杏の樹の枝葉も風に揉まれて激しく揺れ、黄金色の枯れ葉が頭上からシャワーのように降り注いだ。その金色のシャワーは、まるでヒロムの輝かしい未来と愛をそっと約束する恩寵のように見えた。

 

 ヒロム、眼を開けてごらん。美しい光のシャワーが見えるよ、と私は念じた。

 

 しかし、ヒロムは眼を開けなかった。眉間に皺を寄せ、苦しそうに呪文を唱えながら、まだ見ぬ光の可能性を探して、暗闇の中で煩悶していた。しかし、その姿は限りなく美しく、何ぴとたりとも彼女に近づくことは許されなかった。

 

 



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