閉じる


<<最初から読む

4 / 27ページ

例外者たち

  例外者たち

  

もしも極めて特殊な個人というものがあって

  

もう一人の極めて特殊な個人と出会い

  

極めて特殊な関係を作り

  

極めて特殊な世界を持ち

  

その特殊性ゆえに世界から忘れ去られ

  

誰の目にも止まることがないままに

  

誰一人知られることもなく

  

ブロック塀の裏側で

  

汚らしい四畳半の腐った畳の上で

  

その特殊性を突き詰めてゆくとする

 

するとその関係が

 

いつしかこの世界それ自体を覆してしまうような

  

強烈な

  

確かな

  

絶対的な真実の関係となっている

  

そんなことはあるかもしれないし、ないかもしれない

  

しかし重要なのは関係することであって

  

それは絶対的に特殊な、一回きりのものなのだ

  

そしてその絶対的に特殊であるということが

  

万人に当てはまる真理だとしたら

  

そこにもはや特殊という文字は存在せず

  

偉大な神々たちだけがいることになる

  

そんなことはありえるかもしれないし、ないかもしれない

  

だが、今のところそれは

  

例外者たちにしかありえないことで

  

例外者は例外者であるがゆえに

  

普遍になりえないのである

  

今のところは

 


優しい闇夜よ

  優しい闇夜よ

  

冷たい街灯も、いやらしいネオンもない

  

誰も知らぬ、誰も通らぬ

  

真夜中の裏路地を盲者のように歩いていると

  

危うく、何ものかに躓きそうになった

  

見れば、闇の吹き溜まりの中に

  

一人の青年が丸くなって座っていた

  

蔦に絡まれた貧乏アパートの

  

汚らしい階段の前だった

 

どうやら、眠っているのではないらしい

  

フードを深く被っているものの

  

その目はしかと見開かれ

  

闇の向こうの虚空を見つめていた

 

 彼は、どんな光景を見ているのだろうか?

 

 優しい闇夜よ

  

願わくば青年の中の暗黒が

  

あなたのそれと溶け合って

  

天蓋の星まで届かんことを

 


真白き顔の女

  真白き顔の女

  

無明の中に沈み込む

 

真白き顔の女がいた

  

海底をたゆたう海月のように

  

一切の受難に逆らうことなく

  

忍従の表情も浮かべず

  

希望への光耀に目を向けることもなく

  

ろくろく苦しむことさえ忘れて

  

 運命の綾に流されて倦むこともなかった

  

 彼女は荒々しい欲望や

 

 感情の抑揚に興味を持つことがなかったばかりか

 

 軽蔑さえしていたけれども

 

 かといってそれに逆らう力を持たなかった

 

 だからできるだけ汚されぬよう

 

 痛めつけられぬよう

 

 考えぬように

 

 真白き顔をして流されて

 

 いつか幼児の頃のような光の世界に辿り着くことを

 

 ほんの少しだけ夢想しながら

 

 無明の中に沈み込んで

 

 この世の底辺で沈黙していた

 

 彼女たちはこの世の受難者であるが

 

 彼女たちが受難者であることを知る者は誰もいない

 


紫色の蝶

 紫色の蝶

  

 名も知らぬ寂れた街中を車で走っていると

 

 紫色の巨大な蝶を見た

 

いや、それはよく見ると、自転車に乗った女であった

 

紫色のドレスみたいな、ひらひらの服を着た中年女が、

  

髪をなびかせ、

  

ドレスを舞わせ、

  

快活に笑いながら、

  

立ち漕ぎで、

  

風に逆らうように車道を全力疾走しているのであった

  

ああ、しかし彼女の狂気の何と純粋なことだろう?

  

廻りの人間が影になってしまうように

  

彼女は全力で生き、

  

全力で走り、

  

全力で誰かを愛していた

  

絶対にそうに違いなかった

  

だからあんなにも光り輝いて

  

モノクロームの世界から一人、飛び出して

  

偉大な

  

絶対独自の物語を

  

曼荼羅を展開していたのだ

  

際限なき生命の尊さよ

  

目的なき喜びの純粋さよ

  

誰もが、彼女の運命を羨むことだろう

 

誰もが、彼女を愛することだろう

  

彼女の迷いなき生を

 

澱みなき光の発露を

  

憧憬を持ってただただ見守ることだろう

  

あんな風に生きることができたらどんなに素晴らしいだろう、と

  

しかし、彼女がどこに向かって走っているのかは

  

もしかすると彼女自身もわからないのかもしれない

  

目的なき全力疾走

  

だから彼女は少々狂っていて

  

少しばかり太っていたとしても

  

あんなにも美しかったのだ

  

そんなことを夢想しながら前を向くと

  

 バッグミラーに、女の姿は映っていなかった

 


きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

  きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

  

 とある夕暮れ

 

みすぼらしい校庭のブランコに

  

 三、四人の少年、少女が寄り集い

 

 何やら秘密めいた

 

楽しげな時を過ごしていた

  

 一人の少年が空を見上げ

 

かわいい声で言った

  

 もう帰った方がいいのかな?

  

 彼らの頭上には暗雲が

 

 生き物のように蠢く巨大な影が

 

 地上の支配をもくろむかのように漂っていた

 

 もう帰った方がいいよ、と思う

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

 

 一人の少女が言った

 

 もう帰った方がいいよ

 

 少年は得意げに答えた

 

 雨が降っても大丈夫だよ

 

 少年の家が近いからだろうか?

 

 それとも傘を持っているからだろうか?

 

 でも、もう帰った方がいいよ

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

 

 ほら、雨が降り出した

 

 上空から風が降りてきた

 

 そしていつの間にか

 

 どこかからか現れたカラスの群れが

 

 大群が

 

 気流に乗って縦横無尽に旋回し始めた

 

 もう帰った方がいいよ

 

 きみたちはあまりにも素晴らしい存在なのだから

 



読者登録

mugakenさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について