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 もしも、当店のメガネに興味(きょうみ)がお有りでしたらどうぞ、「にじのまち商店街」までいらしてください。
 七色のアーケードをくぐると、そのうちギリシャ料理のお店とトルコ料理のお店がならんでいますから、美味しいにおいに誘(さそ)われても、決して迷(まよ)わず手前を右にお曲がりください。
 しばらくして、不思議(ふしぎ)なねいろの音楽とアロマがただよう占(うらな)い小屋をすぎれば、三軒(さんげん)先に、スイス人が代貸し(だいがし)をする植木屋さんの、りっぱな<ちょうちん>が現(あらわ)れます。そばには、細い路地が有って、そのつき当たりがお店ですから。
 店の名前は「人生のふしめがね」。かべにかかげたカンバンは、今ではあちこち文字が外れて、「生の」と「しめ」しか有りませんのであしからず。新鮮(しんせん)な生の食事が味わえるかと、たずねて来られた方には申(もう)し分け有りません。
 何はともあれ、当店がご用意しますメガネをお使いいただき、明るい人生の節目(ふしめ)がむかえられますよう、ぜひ一度おこしください。


「いらっしゃいませ!」

 若(わか)い男女がお二人、店に入って来られました。真っ直ぐに私(わたし)が待つカウンターへ向かわれると、前を行く男性のほうが、中に並ぶメガネを食い入るようにながめ始めました。

 

「なんかさー、ここあやしくね?」
「うるせっ!」
 いえいえ、私が怒鳴(どな)ったのではありません。

「ちょっと。真面目(まじめ)に暮(く)らしたいんだけど」
「真面目に? と、もうしますと……」
 男性がじろりと、目玉だけを私に向けました。

「だったら、このマジメガネでいいんじゃね?」

 中を指して、後ろの女性がそうこたえます。

「いいえ。マジメガネはまだ似合(にあ)わないかと。それより先に、何ごとも控(ひか)えめでいられる、こちらのヒカエメガネをおためしになるか、あるいはお顔の印象を優(やさ)しく見せる、タレメガネをまずはいかがでしょう」


 人の心をそう簡単(かんたん)に変えることは出来ません。急に真面目(まじめ)でいられるかといえば、それは無理というもの。じょじょに時間をかけて、メガネも変えて行くのです。

「タレ……メガネ?」

 取り出して、ためしにかけてさしあげました。鏡の前で確(たし)かめるお客様を、お連れのかたがのぞきこんで、すると吹(ふ)き出したのです。


「ウケルー」


 あとは何を言ってもムダ。短気を起こさず、しんぼう強くお試しくださいと念を押(お)すのがやっと。結局、マジメガネをお持ち帰りに。

「あのー、すみません」
 二日前、アキラメガネをお渡(わた)ししたお客様です。修理(しゅうり)のために来店されました。


「昨夜ころんで壊(こわ)しちゃいました」
「お気の毒に。お体の具合はいかがですか」
「おでこの、ここのところをすりむきました」
「心の痛(いた)みのほうはいかがでしょう」

 好きな人にふられたと、泣きながらおこしいただいたのが最初。少しでも早く心の傷(きず)がいえるようにと、メガネをお選びしました。

「まだちょっと。忘(わす)れることが出来ません」
「でしたらさっそくお直ししますから」
 工具を手に、元通り直してさしあげました。

「そちらのお客様、何かお困(こま)りでしょうか」
 もじもじそわそわ、いくらたってもお呼(よ)びいただけないものですから。

「引っこみ思案(じあん)なんです。うまく自分を伝えられなくて……」
「なるほど。それではこちらへどうぞ」


 試しに、三本のメガネをご用意しました。

「最初に――これはいかがでしょう?」
「えーと。何も変わり無いようですが」
「では、こちらは?」
「景色がゆがんで、なんだか目が回りそう」
「それでは真ん中の、これに決めましょう」

 選んだメガネは、ニホマエニススメガネ。一歩でも三歩でもなく、二歩がお客様にはピッタリでした。今より勇気や自信もわいて、積極的にふるまうことが出来るでしょう。
「ただし、なれるまでドアに鼻をぶつけたり、前をゆく人のかかとをふんづけたりしないようご注意ください。それでは、お気をつけて」

 おや? マドから、路地の入口に人だかりを見つけました。



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