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「いらっしゃいませ!」

 若(わか)い男女がお二人、店に入って来られました。真っ直ぐに私(わたし)が待つカウンターへ向かわれると、前を行く男性のほうが、中に並ぶメガネを食い入るようにながめ始めました。

 

「なんかさー、ここあやしくね?」
「うるせっ!」
 いえいえ、私が怒鳴(どな)ったのではありません。

「ちょっと。真面目(まじめ)に暮(く)らしたいんだけど」
「真面目に? と、もうしますと……」
 男性がじろりと、目玉だけを私に向けました。

「だったら、このマジメガネでいいんじゃね?」

 中を指して、後ろの女性がそうこたえます。

「いいえ。マジメガネはまだ似合(にあ)わないかと。それより先に、何ごとも控(ひか)えめでいられる、こちらのヒカエメガネをおためしになるか、あるいはお顔の印象を優(やさ)しく見せる、タレメガネをまずはいかがでしょう」


 人の心をそう簡単(かんたん)に変えることは出来ません。急に真面目(まじめ)でいられるかといえば、それは無理というもの。じょじょに時間をかけて、メガネも変えて行くのです。

「タレ……メガネ?」

 取り出して、ためしにかけてさしあげました。鏡の前で確(たし)かめるお客様を、お連れのかたがのぞきこんで、すると吹(ふ)き出したのです。


「ウケルー」


 あとは何を言ってもムダ。短気を起こさず、しんぼう強くお試しくださいと念を押(お)すのがやっと。結局、マジメガネをお持ち帰りに。

「あのー、すみません」
 二日前、アキラメガネをお渡(わた)ししたお客様です。修理(しゅうり)のために来店されました。


「昨夜ころんで壊(こわ)しちゃいました」
「お気の毒に。お体の具合はいかがですか」
「おでこの、ここのところをすりむきました」
「心の痛(いた)みのほうはいかがでしょう」

 好きな人にふられたと、泣きながらおこしいただいたのが最初。少しでも早く心の傷(きず)がいえるようにと、メガネをお選びしました。

「まだちょっと。忘(わす)れることが出来ません」
「でしたらさっそくお直ししますから」
 工具を手に、元通り直してさしあげました。

「そちらのお客様、何かお困(こま)りでしょうか」
 もじもじそわそわ、いくらたってもお呼(よ)びいただけないものですから。

「引っこみ思案(じあん)なんです。うまく自分を伝えられなくて……」
「なるほど。それではこちらへどうぞ」


 試しに、三本のメガネをご用意しました。

「最初に――これはいかがでしょう?」
「えーと。何も変わり無いようですが」
「では、こちらは?」
「景色がゆがんで、なんだか目が回りそう」
「それでは真ん中の、これに決めましょう」

 選んだメガネは、ニホマエニススメガネ。一歩でも三歩でもなく、二歩がお客様にはピッタリでした。今より勇気や自信もわいて、積極的にふるまうことが出来るでしょう。
「ただし、なれるまでドアに鼻をぶつけたり、前をゆく人のかかとをふんづけたりしないようご注意ください。それでは、お気をつけて」

 おや? マドから、路地の入口に人だかりを見つけました。


 あっ今、一番大きな男が、シュピリさんも大のお気に入りの<ちょうちん>に回しげりして……なんてひどい。二つにやぶけて、まるでちょうちんお化けです。
ちょっと待ってください。遠くもどこも見渡(みわた)せる、ウノメタカノメガネをかけますから。
 なんとまあ、一番大きな男は今朝来たマジメガネのお客さま。メガネはかけずにそのかわり、真っ赤な顔が鬼(おに)のようです。一、二、三、四、他に四人のお仲間がいて、全員こちらへやって来るではありませんか!
 どうあれおおよそさっしはつきます。物事がうまく行かない時でも八つ当たりをしてはいけません。こうなればこちらもだまってはいられない。すぐ外へ行き、力づくで――。


「店のシャッターを下ろしてきます」


 暴力(ぼうりょく)反対! やれやれこういう事もたまには有ります。恐(おそ)れ入りますが、ご用の方は明日またおこしください。
 (終わり)



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