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34.終電を逃したら

一時帰国で日本滞在中は、ディナーや踊りに行ったりで遅くなって、品川のホテルに

電車で帰れなかった日が3回ある。渋谷からが2度、あとは六本木からで、タクシー

利用で帰ったけれど、そんな近距離でもメーターはどんどんあがって日本のタクシー

の高さを実感した。

 

以前こちらの電車駅で3つ離れた友人宅を訪れたときに、やはり終電に間に合わず、

そのときは歩いて帰った。その時間、まだバスがあったので時刻表をみると、20分程

待てばバスが来るとなっていたので彼とバス停で待っていたけれど、40分待っても

バスは来ない。彼も私もその夜タクシー代を使いたくないということで、意見が一致し

ていた。時刻表のバス到着予定から30分経過して、とうとう二人ともしびれをきらし、

歩いて帰ろうということになった。歩く道は海岸沿いだし、夏だったけれど深夜の時間

帯で海風も心地よくいざいざ手をとって歩き始めて5分もしないうちに、私たちの横を

バスが通り過ぎていったのである。長いこと待って歩き始めてバスが行ってしまっても、

絶対にタクシーは呼びたくなくて気をとり直して歩き続けた。最初の30分は海岸越しに

見える遠くのネオンや景色を楽しんでいたけれど、そのうち湿気を帯びた海風にさらさ

れて、汗はダラダラ足は痛くなるわで、もう少しもう少しと自分に言い聞かせ、やっと

住んでいるアパートの隣町にたどり着いたのが1時間半後である。その夜は隣町に

あるディスコに行く予定だったけれど、足も痛いし歩き疲れてもう踊るどころではない。

そこで近くのバーで喉を潤し、足の痛みも治まったところでそこからまた20分かけて

自宅まで帰ったという、大歩きの夜だ。

 

ダンス仲間との毎週末のディナーとクラブは遠出をせずに近場にしているけれど、友人

の車で行く。2台の車ともドライバーはお酒を飲むけれど、飲んでも2~3杯だし警察の

取り締まりもそれほどないからラッキーと言えばラッキーだ。でも飲まない私やドライ

バーである友人の奥方に限って運転はしないので不便だと言われる。そんなこんなで

色いろ考えると、たとえどこの地域でも毎晩大晦日のように、電車やバスが24時間

運行していたら言うことないのに。

 


35.英語字幕スーパー

以前私の友人が中国人からアメリカ映画のコピーDVDを買ったことがあり、そのDVDを

見たときの話。商品はオリジナルではない、偽物コピーなので日本語字幕もなし、それで

英語の字幕スーパーを選んで見始めたら・・・・・。

ん?何かおかしい。映画内で俳優が実際話している言葉と、字幕スーパーが一致しない

場面がある。映画自体はハリウッドメイクの単純なアクションだったけれど、そうなった

らストーリーよりもセリフと字幕の違いのほうに気を取られてしまい、友人と「あ、また

ここも違う」といいながら、結局その微妙な違いを追うのに終始しているうちに、映画は

終った。何でだろう?と疑問に思って色々考え、分析してみると、そのDVD自体たぶん

中国人用に中国語の字幕が付いていたのだと思う。それを基に転売を考えた人間が、

その中国語字幕を英語字幕に、書き換えたのだろう。だから、直接英語のセリフをその

まま英語字幕に直したのではなく間に中国語が入っているから、逆訳の微妙な違いが

起こってしまったのだ。それにアジアの言語だと、英語の言葉で直訳できない言い回し

もいくつかあるからだと思う。

 

例えば、日本語を例にしてみると、英語セリフ「F○○○ You!」→日本語訳「馬鹿野郎!」

から→英語に訳した字幕「Idiot!」となる。中国語でも同じことが起きるのは、容易に想像

できる。最終的に字幕とセリフをチェックせずに売ってしまうなど、いかにも大陸的で大雑

把な中国らしいけれど。

 

ともあれ疑問がとけて一件落着、映画よりも謎解きに満足した一夜だ。


36.クリスマス街の灯

いよいよ12月年の瀬、こちらはクリスマスの街の灯りがきれいだ。

 

どの街も通りごとに違ったデザインのネオンで飾りつけられている。それも毎年デザイン

が変わるのである。友人に「どこの市も毎年お金をかけてるわね。」と言ったら、何と各

市で前年飾りつけたネオンを交換するのだそうだ。だから毎年新しいものを使うのでなく、

いくつもの市で廻しまわし使うのだという。これも生活の知恵といえるかもしれない。

 

景気が良いときはもう11月からネオンが輝いていたけれど、不況下の今は点灯時期も

点灯時間も短縮されて、大幅な経費節減策だ。さてクリスマスは教会でのミサと、後は

一般的には家で家族と過ごす人が多い。もちろん食卓を飾るのは、七面鳥の丸焼きと

クリスマスケーキだ。

 

こちらで毎年必ず「日本ではクリスマスは祝わないんでしょう?」と聞かれて「いえ

いえこちらと同じように七面鳥やケーキでお祝いするし、街の飾りつけもネオンも綺

麗よ」というと皆一様に驚いた顔をする。ヨーロッパ人からすると、東洋の仏教国と

いうイメージと、クリスマス行事は結びつかないようなのである。

 

ニューイヤーズイヴの大晦日は、カウントダウンの12の鐘の音と一緒に新しい年の

健康と幸せを祈りながら、12粒のぶどうを食べる。ぶどうはそのまま飲み込むので、

家庭で用意するときはあらかじめ皮をむいて、種も除いておかなければ大変だ。

ぶどうと一緒にシャンペンも欠かせない。そのカウントダウンのときは教会広場に

出向いて祝う人も多い。毎年広場は大勢の人で埋まり、シャンペンで乾杯して、隣

あわせた人たちと抱き合って新年を祝うのが、恒例である。

 

去年彼がイギリスに帰っていたので、私一人だったのと同じに今年も自分の選択で

スペインでの一人新年を決めた。それは去年同様、教会広場でカウントダウンを済

せて、そのままダンス仲間が開催するパーティーへ向かうプランがあるからである。


37.男の勇姿

映画「キング・ア-サ-」で戦場に赴く王と円卓の騎士たちが 、馬に乗って城から出て

くる場面。「ラスト・サムライ」でも竹薮 から武士たちが馬に乗り出てくるシ-ンは、

思わず身を乗り出して見てしまうほど格好良い。

 

東西問わず、戦国時代の鎧兜と戦闘服ってすごくおしゃれだったと思う。どんな男が

着てもきっと勇ましく素敵に見えてしまうだろう。死にゆく覚悟で行く人に対して格好

いいなんて不謹慎だけど、でも領地や名誉だけでなく 女子供を守るためにも戦に

挑むわけだから、そんな男たちの勇姿が魅力的に見えるのも当然かもしれない。

 

普通の日常生活では、まずそんな勇姿を見る機会って、今の時代はそれほど多くない

ような気がする。アラブのある国で過去の指導者を称える祭りで、白装束をまとった

男たちが刀で自分の頭を叩きながら、通りを夜通し練り歩くお祭りのルポを見たけれど、

木刀でなく本物の刀だから、頭からは血を流し、服も血で赤く染まっている姿など私に

は野蛮としか思えなかった。でも驚くことに、その国ではそれが男の勇ましさの象徴の

ようなのである。

 

戦争のない平和な暮しは理想だけれど、本当の男たちの勇姿を見てみたい気もしてしまう。


38.心の掃除

物や身体が、ほうっておけばどんどん汚れていってしまうのと 同様に心もやはり汚れが

溜まっていく。洗わずにいたら 身体に垢がたまっていく様に、愛に反した思いを持てば、

知らず知らずの内に心にも垢がついていく。だから時々心も掃除をする必要があると思う。

 

誰かを憎らしく思ったり何かに怒ったりしているとき、人はものすごい マイナスのエネル

ギーを使っている。そんな時、心はとても疲れている。だからそんな疲れた心を癒し、綺麗

にするには良いもの・美しいものを見たり触れたりして、心を感動させること。映画・音楽・

美術・本などなんでも良い。いいものに触れて心が洗われたようだ、というのはそういう

ことだ。だから美しいものを美しいと、感じられる感性を持つこと。世の中にはキレイな

ものをキレイだと、素直に見られない人もいる。そして、どんなに美しく着飾っても心の

汚れは、表に出てくるものだ。私の友人には美人で心優しい人もいる。そんな時私は

“天は二物をちゃんと与えている”と思い、嬉しくなる。

 

私たちは日常の生活で様ざまなことがらに触れ、色々な事を考える けれど、聖人君主

ではないから、常に愛だけを持ってなんて不可能だ。 無意識のうちに、悪い感情を抱い

ていることも多々あるはずだけれど、 たまにそんな自分を振り返って、心の掃除をする

のも必要なことではないだろうか?



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