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23.VIVAポジティブマインド

波乱万丈の人生を歩んで来たわりには、私自身は超がつくほどのポジティブ思考者

である。いつ頃からかを考えると、今では私のバイブルとなっている本「神との対話」

に出会ってからだから10年くらいだ。

 

「神との対話」は、最初のシリーズの3冊は繰り返し読んで、共感したりすごく納得

したりの部分はラインを引いたりページを折ったりで、今でも時間があるときは繰り

返し読んでいる程絶対手放せない本である。若い頃は人並みに悩んだり心配したり

もしたけれど、基本的にはどちらかといえば、楽観主義者だった。でも幼い頃の

夢だった海の近くの外国生活を実現し、ひとつひとつ、自分のしたいことが実現す

るにつれ、より私の中の神への信頼が増して、よりポジテイブになる、という良い

循環の輪ができているのだと思う。

 

マイナス思考でも同じことが起こる。というのも思考は現実化する(ことを私は信じ

ている)からである。例えば心配ばかりしていて否定的なことを考えて、それが実現

すると「やっぱり悪いことが起こった」と思い、そこでまたあらぬ心配をするから悪

循環になる。心配してもしなくても何かが起こるときは起こるのだ。もちろん最悪の

場合を想定し心の準備をしておくのは悪いことではない。でもどうせならポジティブ

に考えて希望を持っていた方が、ずっといいと私は思う。例え失敗しても、人生には

常に別のドアがあるのだから。

 


24.トホホのヘヤーカット

フェリアでフラメンコドレスを着て花飾りをつけたいがために、ウィッグを買った。

ちゃんとしたウィッグを売っている店はこちらには1軒しかなく、そこはアフリカ人

男性経営のヘアーサロンだ。その店は初めてだったけれど、ついでに私のカットと

ハイライトをしてもらうことにした。それがそもそもの間違いだった。前回して

もらってカットもカラリングも気に入っていた店に、予約して行くべきだったけれど

今となっては後の祭りである。

 

私はショートヘアーなので後ろ部分をマシーン(バリカン)使用までは別に良かっ

たんだけれど。ハイライトにヘヤダイ液を部分塗りするのに、アルミ泊使わずに、

いきなりブラシでダイレクだ。(それはないでしょ、私自分でするときだって銀紙で

ハイライト入れたい部分包むわよ。)お次はカット、前髪をこういう風にとちゃんと

雑誌のモデル見せても「OKOK」といいながらジョキジョキ(うわぁ、アフリカンの

お兄ちゃんかんべんしてよ。)そして仕上げ、スタイリングすることもなく、ただ

ドライヤーで乾かして終わりに一言「前より若く見えるよ」だって。

 

料金は前回行った店の半額だったけれど、それにしてもね美容室だけは実際に

行ってやってみてからでないと、その店や美容師の質はわからないのは十分に

知っていたけれど、今回は大失敗だ。特にヘアーカットは気に入らなかったら、

とにかく髪が伸びるの待つしかないから、ジェルとか使って何とか宥めるしか

ない。やっぱり帰宅したとき彼からのコメントは何もなかったからね。トホホ。


25.アテンド疲れた~

彼のクライアントのアメリカ人女性実業家 夫妻が 日曜に到着した。昨日までの4日間

びっしりのアテンドで、今日から6日間は彼の友人の奥さんがロンダ・セビリア・グラ

ナダをガイドしながらアテンドするのでお陰でこちらは小休止できる。今回何が大変か

というと、やはりご主人が高齢(89才)で足が弱っているから歩くのが大変なのに加え、

時々ボケて、記憶がブランクになってしまうことだけれど、どちらの状態も来西まで、

彼は知らなかったことだ。

 

私は旅行のすべての日程の手配をしていて、心配はしていた。私の年でさえ、今回の

スケジュールをもしこなすとしたら、少しきついと思ったから。幸い車イスも手配して、

3都市への移動は全て車だし、ガイド付きだからその点は安心だけれど、でも実務を

こなし旦那をコントロールしている(かに見える)奥方自身が至ってEasy Going気質の

ようだから、その点は楽だ。何より日常のルーティーンがくずれるのと、昼も夜も外食

それも飽食だから、胃への負担が大きくなる。食事の支度をしなくていいのは有り難い

けれど、こんなときは日本食のサッパリした味が、本当に恋しくなる。さて数日休んだ後、

マラガで再び数日のアテンドだ。私が期待していた3者会談は例のアーティストのスケ

ジュール調整がつかないということで、今回は実現しなくなったのは、何とも残念なこと

である。全17日間の日程で、7つの都市を回るビジネスと、観光を兼ねた今回のクライ

アントの旅行、とにかく事故なく、無事に最後まで、元気に楽しんで帰国できますよう

にと心から祈っている。


26.89才ご主人元気で感動の再会

現在ガイド付きでロンダ・セビリア・グラナダを旅行中のアメリカ人クライアント夫妻、

元気で各地を楽しんでいると連絡があり何よりだ。ご主人の方はセビリア滞在中に

レストランでフラメンコショーを見ての89才の素敵なバースデーを迎え、お二人とも

ご満悦だったようだ。

 

一緒に何度か私も食事をしたけれど、それにしてもご主人良く食べるしお酒も飲む。

足は弱っているけれど、誕生日の夜など奥方が今回付き添ってガイドをしている私の

彼の友人の奥さんに、コンドームを買いたいと聞いたそうだから、あちらの方も現役

のようでビックリ!でも食欲と性欲って共にある意味では健康のバロメーターだから、

健康の証し、良いことだ。

 

さてそのご主人H氏は1920年ユダヤ人の両親のもと、ドイツで生まれた。20代でホロ

コースト、ユダヤ人粛清が始まったときに、苦難の末ペルーに逃れた。その後新天地

ペルーでモーターバイクの製造販売で成功し、30年間事業を発展させていった。

50代で米国に移住し、何度かの結婚・離婚を経て、70代のとき当時30代後半

だった奥方と会い、再婚し現在に至っている。その時点で既にミリオンネアだった。

 

今回の旅行でマドリッド一泊はペルー在住時、寝食を共にし、事業を一緒に成功

させたH氏にとって兄弟のような存在であるスペイン人友人に会うのが目的だ。

米国に移って以来会っていなくてもTEL番号と住所は知っていた。ところがその

TEL番号、数字が一つ欠けていて私の彼がネットで調べてもどうしてもわからな

かったのを、私がちょっとしたヒントから正確な番号を見つけることができたのである。

 

そして前もって連絡しその友人男性は、H氏夫妻が到着するマドリッド駅まで、

迎えに来てくれることになった。さて夫妻が到着した駅には、その友人が娘さん

を連れて待っていて、感動の再会の場面となるのである。(私はその場にいた

わけではなく奥方から聞いた話)。20年ぶりの再会で二人とも抱き合って泣いた

そうだ。当時幼かったその娘さんも彼のことは良く覚えていてやはり感動して泣

いていたようだ。奥方も思わず貰い泣きしたとのこと。激動の時代を生きながら、

成功した人生を送ってきたH氏ではあるけれど、よる年波には勝てず、こちらでも

元気ではあってもボケの症状が出て、時々自分がペルーに住んでいると錯覚する

くらいだから、ペルーでの生活は、きっと心に深く刻まれているのだろう。

 

今回H氏が古知の友人と再会できたことで、老齢なのに長時間飛行に耐え、フル

スケジュールの旅行でここまで来た甲斐があったというものだろうう。何よりその

感動の再会に私が一役買えたことは、本当に嬉しい。

 


27.地方新聞から不運な事故

こちらの地方紙記事で、目についた記事があった。

 

ネルハ在住のイギリス人女性の友人同士数人が、深夜近くレストランのテラスで

お酒を飲みながら、談笑していたときのこと、その中の一人が椅子に置いていた

ハンドバッグがフロアに落ちて、それを拾おうと立ち上がったとき、そのバッグに

引っかかりテーブルにつんのめってしまい、そのとに割れたグラスの破片が彼女

の脇の下に突き刺さった瞬間に大量の血が溢れ出した。女性たちの悲鳴を聞き

ウエイターとオーナーがすぐに飛んできても、救急車と警察を呼ぶ以外に、なす

すべはなかったとのこと。

 

救急コールが00:40分、警察の到着が00:45分、救急車到着が00:55分、近隣

の病院到着が01:15分で迅速な対応ではあったにもかかわらず、出血があまり

にもひどく01:40分その女性は、42才の生涯の幕を閉じた、というのが事件の

全貌である。

 

同席していた友人の弁によれば、すべてが同時にアッという間に起こり、誰もが

彼女の突然の死にショックで呆然としているという。不幸な偶然が瞬時に重なって

起こった事故だと記事には書かれていたけれど、私は記事を読んで、まるで映画

の「ファイナル・ディスティネーション」を地でいったような事故だと思った。

 

気をつけた方がいいといっても、こんな事故では防ぎようがないような気がする。

全くもって、人生は次の曲がり角には何が待ってるかわからない。見ず知らずの

女性ではあるけれど、亡くなった女性の冥福を祈らずにはいられない事件だ。



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