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 眠りから覚めてもなお、わたしは闇の中に留まるしかなかった。
 わずかに眼を開けただけでも、シカシカ感が襲ってくる。
……早くよくなるからね。
 母から眼元にクリームを塗られた。
……勝手に取ったりしないの。わかったわね。
 さらに赤いバンダナで目隠しされた。
……おとなくしく、寝てなさい。絶対に布団から出てきては駄目よ。
   視界がふさがれた世界は恐くて、恐くて仕方がなかった。
   一ヶ月に一回から三回は訪れる魔の昼寝。
   母が立ち上がろうとする気配がして、スカートのすそを捕まえる。
……有佳の病気は何だったかしらね。
   その一言は、わたしをこましゃくれた子供にさせる、
……ドライアイ。涙の穴が小さくて、眼が乾くの。
……そうだよね。賢い娘だ。
   いい娘でいたいわたしの手は、スカートの端を離す。
   ふすまが閉じられ、母は二階の六畳間から出ていった。
……お米が一粒、お米が二粒、お米が三粒……。
   わたしは暗闇の恐怖を追い払うようにボソボソと口にする。
……お茶碗に盛ったごはんを数えてごらん。何粒あるかな……。
   母がいつも残す課題だった。
   十までしか数えられないから、十粒まで数えると、指をひとつ折り、また一粒から始める。
   そして、いつの間にか眠りにつく。
   両方の指が、全部、折り曲った試しはなかった。
   時間を得て、眠りからさめると、待ち受けているのはいつも、真っ暗闇の恐怖だった。
  しかし、わたしはいい娘で、辛抱つよい娘だ。
  生れてから父を知らず、母と二人だけの暮らしであっても、寂しいと吐かない。
  泣くことも我慢した。だから、涙の線が小さくなってドライアイになった。
  母が階段をあがってくる足音に耳をすませ、じっと、じっと待つ……。
  やっと、やっと、戸の引きずる音がした。
  頬に空気の動きを感じる。
  母だ!
  待ち人の方向に顔を向けた。

 

 


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