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あめおとこ

 

 

 街に立ち込める暗雲とどじゃぶりの雨の中で、自分の人生はどんな意味を持ってどのような役割があったのか、僕は考えている。街中はひどく暗くて、まるで街全体がメインディッシュの肉料理のように上から金属の蓋をして閉じられてしまったみたいだった。蒸気は蓋の中でぐるぐる回っている。再び雨に変わる蒸気だ。

 

 風が身体をすり抜けていく感覚は、気持ちがいい。今日の天気はひどく悪かった。僕は雨の日には憂鬱な気分になる。何もかもうまくいかないような気がして声すらうまく出せなくなってしまう。僕と違って、雨の日に興奮して喜ぶ人もいる。一つの宗教というわけじゃないから、人それぞれ見つめる先が違うんだと思う。天気の悪い日に気が落ち込むのは気圧のせいだって学者が言っていた。僕はそれを信じている。僕の気分が憂鬱なのは科学的な根拠があって、ただの気まぐれや偶然などではないのだ、と。

 

 あるいは何か嫌なこととか、心配事があるから自分はそういう気分になるのではないかと考えることもときどきはある。しかし、そうやって考える度に昔のことを振り返って、僕自身はこれと言って大したことはしていないんだなあ、といつも思う。大きな問題を抱えたときもあったが、それはすべてもうすでに乗り越えてしまったことだった。これから乗り越えなければいけない問題の方が大きく見えるし、きっとそれは真実だ。終わってしまったことは実に無力な物だと思う。先のことを考えるとそれはえらく長いことのような気がするが、一度過ぎてしまえば、あっという間に感じてしまうのはどうしてなんだろうか、と僕はときどき考える。些細なことの一つ一つを記憶できていないから僕の思う僕の人生はひどく短く、コンパクトに省略されてしまうのだろうか。では、長ければいいのかと言うと、僕はそうも思わない。長くても短くても、物事の終わりというものは常に刹那的なものだろう。これは僕の推測だ。でもそう考えると、僕はもっと憂鬱になってしまう。考えなければいいのだけれど、こんな雨の日には他に何を考えればいいのかがわからない。

 

 気分はどんどん沈み、地上にたまる雨水のように僕の心にもどっぷりと重い何かが、あれは何なんだろうな? 得体の知れない重い何かがたまっていく。僕は消えたくなる。でも僕は、放っておいても消えていく。誰だって、放っておいても消えていく存在だ。良くも悪くも、一生とはそういうものである。消えたい、消えたくない、の繰り返し。そしていつか本当に消えていく。記憶と同じように、それは過ぎてしまえばあっけないものだ。そうして長いあいだ考え事をしているうちに僕は地面に激突する。雨水は粒々に弾け飛ぶ。僕が地面で弾けるその瞬間はいつも、ほかの誰にも真似できないくらい芸術的だ。

 

 


ちょっぺ〜こんな感じ

 

 


 

本のネタバレ解説まとめ

→小説、エッセイ、書評、翻訳、その他適当な文章を書いている。

 

ぶっちゃけ翻訳小説を読もう⏎

→主に海外で小説の日本語翻訳を書いている。重訳版も。

 

洋楽翻訳☆お味噌味⏎

→洋楽の歌詞を和訳。わりとビートルズが好き。

 

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→洋楽、邦楽の弾き語りカバー動画をあげている。

 


 

 

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この本の内容は以上です。


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