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ママさんバレーで刈り上げて(前編)

「で、今日はどうするの?」
 郁江が椅子に座った真知子にケープをかけながら聞いた。
「思いっきり短くしちゃって。これから暑くなってくるし、サッパリしたいから」
 真知子が鏡の中の郁江に向かって言う。髪を短くすることに何の抵抗もない、といった感じでサバサバと。
「今でも十分短いと思うけどね」
「いいのよ。いつもよりずっと短くして。それに今日はほら、遥(はるか)さんも来るから」
「あ、そっか。新人さんね」
「そう、先輩なんだからお手本にならなくちゃ。髪型もね」

 ここはとある地方都市のアーケード街にある美容院。どちらかと言うと年齢の高い奥様たち相手に、郁江が一人で切り盛りしている。真知子は地元のママさんバレーチームの副キャプテンで、いつもここで髪をカットしてもらっていた。
「スポーツやってると髪なんて邪魔なだけよ。短いのが一番!」
 それが真知子の口癖だった。古くからの友人の郁江は“すべて了解済み”といった感じで真知子の髪を切り進めていく。
 シャキッ、シャキッ、シャキッ。
 耳が半分ほど隠れるくらいの長さのあったショートヘアが、見る間に短くなっていった。
「耳出しちゃうけどいいよね?」
「ええ、いいわ」真知子は鏡を見つめて、「もう少し短く…そう、刈り上げてもらおうかな。あれ使って」
「いいの?」
「うん。やっちゃって」
 郁江は棚からバリカンを取り出した。ときどき運動部の男の子を丸刈りにするときに使う大型のバリカンだ。
 ジジッ、ジジジジーッ、ジジジーッ。
 真知子の襟足と耳のまわりがきれいに刈り上げられていった。裾のほうは指で摘めないほど短く、地肌が透けて見えている。

「ああ、気持ちいい!」

 ひさびさのバリカンに真知子はご満悦だ。

「本当に刈り上げが好きなんだから」

 郁江はあきれたように笑って、バリカンのスイッチを止めた。

「で、新人さんはどんな人なの?」ハサミに持ち替えて言う。

「いい人よ。素直そうで。ちょっと髪のお手入れが必要かもしれないけど」

「あら、そうなの」

「ええ、だから今日はお願いね」

「バレー部らしくってやつね」

「そう、バレー部らしく」

 そう言って2人は鏡の中で目を見合わせた。ここでも郁江は真知子の考えを“了解済み”のようだった。

「前髪はどうする?」郁江は真知子のパーマのかかった前髪を櫛で梳きながら聞く。

「短くしちゃって」

 チョキッ、チョキッ、チョキッ。

 郁江は真知子の前髪を眉上で切り揃え、さらに梳きバサミを使って不揃いに短くした。額が半分以上のぞき、鏡の中の眉がきりっと引き締まる。

「さあ、終了!」

 郁江がケープを外すと、真知子はサイドの刈り上げを気持ちよさそうに撫でさすった。

「ああ、サッパリした」

 上の方の髪には以前強めにかけたパーマが残っている。前髪を短くし裾を刈り上げたスタイルはいかにもおばさん風で、お世辞にもセンスがよいとは言えないものだったが、真知子は気にするでもなく、

「バレーやるにはこれが一番よ」

 そう言って快活に笑った。


「すみませ~ん、遅くなっちゃって」
 遥が店に入ってきた。ちょっと驚いたように真知子の頭を見て、
「えっ、真知子さん…? 髪…すっごい短くしちゃったんですね」
「ええ。これから暑くなるし、バレーやるとき邪魔だから。これがウチのチームの夏の標準スタイルよ」
「えっ…えっ? そうなんですか?」

 遥は真知子の言葉が意味することをすぐには理解できないように聞き直した。

「つまり、それって…」
「そう、遥さんにも短く切ってもらうわ。私くらいにね」
「えっ? えーっ!」
「さあ、座って、座って」
 間髪を入れずに郁江が遥を椅子に座らせた。

「この人が話してた遥さん。こちらはいつもお世話になってる郁江さんね」

 真知子はいたずらっぽく郁江にウインクして合図した。

 不安げに会釈をする遥にケープをかけながら、郁江はにっこり微笑んで言った。
「じゃあ、遥さんもバレー部らしい髪型にしちゃいましょうね!」

 遥は夫の転勤で先月この街に引っ越してきたばかりだった。慣れない土地で心細そうにしているところを、真知子に呼び止められたのだ。
「よかったらママさんバレーのチームに入らない? 皆親切だし、すぐに友達もできるわよ」
 東京育ちの遥は性格も明るく開放的なほうだったが、地方の雰囲気がうまくつかめず、馴染めないものを感じていた。そんなタイミングでの真知子の誘いは、まさに渡りに船だった。
「運動は苦手?」
「いいえ、学生時代はテニスをやってました」
「じゃあ大丈夫ね。ちょうどメンバーが抜けて探してたところなの。よかったらこの週末からでも来てもらえるかな?」
「私でよければ…」
「大歓迎よ。あなた背も高いほうだし、チームの戦力になること間違いなしだわ」
「ユニフォームとかあるんですか」
「あるわよ。サイズ見てあげるから任せて。それから髪だけど…」
 真知子は肩より少し長い遥の髪を見て言った。
「結ぶには中途半端ね…。そうだ! せっかく新しいことに挑戦するんだし、髪型変えてみるのはどう?」
「えっ、髪をですか…?」

 遥が戸惑う様子を見せると、真知子は明るい声で言った。
「気分一新ってやつよ。新しいユニフォームに新しいヘアスタイル。今は慣れない町で心配でしょうけど、新しい仲間と一緒に体を動かせばすぐに毎日が楽しくなるから!」
「…そ、そうですよね」
 もともと素直で明るい性格の遥は、ちょっと強引だけど世話好きそうな真知子の言う通りにしてみるのもいいような気がした。引っ越しの忙しさで長いこと髪もかまっていない。この機会に少しイメチェンするのもいいかもしれない――。

「じゃあ、そうしてみます」
「決まりね。私の行きつけのお店があるから明日待ち合わせしましょう。チームの皆に紹介する前にスッキリ気分転換するといいわ」
「はい。よろしくお願いします」

 


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ママさんバレーで刈り上げて


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著者 : 鷹見怜
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