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 ぼくはこねこのマリオ。

生まれてちょうど二ヶ月目の朝。庭に大きな柿の木があるこの家にもらわれてきたんだ。 

 あの朝のことは、はっきり覚えているよ。

 ぼくがゲ-ジから顔だけ出してきょろきょろしていると、長い廊下の向こうからダダダッと音を立てて、さとるくんが走って来た 

 そして僕を抱き上げると、 

 「わあ、真っ白だ。まるで雪の中から生まれてきたみたいだ」そう言ったんだ。

  「本当だ。綿菓子のようだね」とお父さん。

  「この子の眼、キラキラした宝石みたい」

 と、ぼくの顔をのぞき込んで、お母さん。

  「ちっぽけな猫ちゃんね。強く抱いたらこわれちゃうんじゃない?」と心配そうにお姉さん。 

 「おい、マリオ。よろしくな。今日からおまえは僕たちの家族だよ」

  さとるくんはそう言って、ぼくの頭を何度も何度もなでてくれたんだ。

 

 ぼくは六人きょうだいの中で一番ママのおっぱいを飲むのが下手だったから、いつまでたってもガリガリのやせっぽっちだった。

  「早く大きくなりなさい」って、みんなごはんをたくさんくれた。

  ぼくが大好きなキャットフ_ドをカリカリカリカリ音を立てて食べると、みんながのぞきに来るんだ。 

「食べてる食べてる」って言いながらね。

 

 みんなの愛情に包まれて、ぼくはすくすくと成長していった。

 

 ブロック塀をポンと飛び越えて屋根の上に上がることも、もうすっかりお手のもの。

  お天気のいい日に、屋根を散歩していると、隣の家のみけねこミ-ちゃんとバッタリ。そんな時は決まって秘密のパ-ティの計画を練ったものさ。

  そしてしばらくすると必ず

  「あぶないわよ、マリオ。おりて来なさい」

  心配そうなお母さんの声が聞こえてくるんだ。もう、お母さんは心配性だなあ。ぼくがいくら「平気だよ」って鳴いても聞いてくれないんだから。

  そうそう、こんなこともあったっけ。

  夜、いつものようにソファをかけっこして遊んでいたら、ツルッと足がすべって、お父さんが飲んでいたお酒の中に前足をポチャンと落としちゃった。

  あわててなめると、「!」すご-くヘンな味。それになんだかフラフラしてきちゃったぞ。おかしいな。うまく歩けないや。

  「こら、マリオ。だからちょろちょろするなと言っただろう」

  お父さんはニコニコ笑いながら、ぼくをヒョイと肩の上に上げてくれた。

  ちょっとびっくりしたけど、お父さんの背中はとっても暖かくて気持ちがいいんだ。

 

 「マリオ、いらっしゃい」

  鈴を転がしたようなお姉さんの声が聞こえると、ぼくはちょっと緊張する。

  なぜかって?それはね…

 「あ、いたいた」

 オルガンの中にかくれているぼくを、お姉さんはいつも簡単に見つけだして、

  「キャア、かっわいい!」

  そう言いながら、ぼくのからだをぎゅ-っと抱きしめるんだ。それはちょっときゅうくつで、そのたびにぼくは、逃げ出したいのをじっとガマンしなくちゃならないってわけさ。

 

「マリオ_。マリオ_」

  さとるくんは学校から帰って来ると、いつも真っ先にぼくをさがし始めるんだ。

  ぼくはわざとタンスの上にのぼってかくれんぼ。さとるくん、ぼくを見つけられるかなあ。なんだかワクワクしてきたぞ。

  「マリオ、いないのか?」 

  「ニャア」

  いっけない。つい鳴いちゃった。でも仕方ないや。ぼくもさとるくんが帰ってくるのをず-っと待ってたんだもん。

  早く遊んでほしかったんだ。

 

 庭を思い切り走って、さとるくんと一緒に芝生の上をごろごろごろごろ。

  見て見て。木登りもこんなに上手になったんだよ。

  「へえっ、マリオすごいじゃないか」

  「ニャア」

  ぼくはちょっと得意げに鳴いてみせた。

  さとるくんと遊んでいる時が、ぼくは一番楽しいんだ。

 

 そうそう、ぼくのとくいなことがもうひとつ。それはね。ねずみをつかまえることさ。 

 なんてったって、ねこにとってねずみを追いかけることは、一番重要な仕事だからね。 

 でもチョロチョロねずみを、一発でしとめるのは、けっこうむずかしいんだ。

 ぼくが苦労してとったねずみをくわえて行くと、

 「よしよし、マリオはおりこうだ」

 お父さんがほめてくれたよ。

  そんな日の夕食は決まってぼくの大好きなお魚なんだ。

 

 楽しい楽しい日々がずうっとずうっと続いて・

 

 ぼくは、だんだんだんだん大きくなって、いつのまにかもうこねこのマリオではなくなっていった。 

 どうしてだろう。みんなぼくのことを見もしないで、通り過ぎて行く。

  「ニャアニャア」

  一生懸命鳴いても誰も気付いてくれない。

  よ_し。子供のころみたいに、お母さんの足にからみついてみよう。きっとお母さんは「あらあら、おなかがすいたの?」

 って、やさしく抱いてくれるに決まってる。

  「ニャアニャア」

  ぼくは鳴きながら何度も顔をお母さんの足にこすり合わせた。でも・・

  「もう、うるさいわねえ。まったく」

  お母さんは忙しそうにさっさと行ってしまった。

 

 ある日。家にどこからか新しいこねこがやって来た。ゲ-ジに入った生まれたばかりの小さなこねこ・・そう、あの日のぼくと同じように・・

  お姉さんもさとるくんも、すぐにこねこに夢中になった。毛糸玉にじゃれついたり、お父さんの長靴の中に入ったり・・こねことさとるくんが楽しそうに遊ぶのを、ぼくはただ見ているだけ。前はぼくともあんなふうに一緒に遊んでくれたのに。

  気がつくと、ぼくは家の中でいつもひとりぼっち。みんな大きくなってしまったぼくのことは忘れてしまったみたいだった。

 

 そんなある日の昼下がり。散歩の途中でぼくは道に迷ってしまった。

  どうしよう。歩いても歩いても周りは知らない家ばかり。早く帰らなくちゃ。さとるくんやみんなが待っているあの家に。

  あたりがだんだんだんだん暗くなっていく。

  こわい・・でもがんばるんだ。がんばらなきゃ。

  ぼくは暗闇の中をひたすら歩きつづけた。

 途中で大きな犬に追いかけられたり、野良ねこにまちがえられて知らないおじさんに水をかけられたりしたのにはびっくりしたけど、ぼくは負けずに歩いた。

  だって帰らなくちゃいけないんだ。

  ちょっと遠くに来すぎちゃっただけなんだから。家を出ようなんて気持ちはぼくにはこれっぽっちもなかったんだ・・

 

 その時だ。道の向こうになつかしい大きな柿の木が見えた。

  やった!おうちだ!やっとやっとついたぞ。

  もうすぐだ!もうすぐ帰れるんだ!お父さん、お母さん、お姉さん、さとるくん、みんなが待っているあのおうちに・・

  うれしくてうれしくて、ぼくは思いきりかけだした。

 

 道の向こうから、青い車がスピ-ドを上げてぼくに向かって走って来た。

  次の瞬間。ぼくの小さなからだは、ヒュ-ンと空高く舞い上がった。

  冷たいコンクリ_トの上に横たわりながら、ぼくは楽しかった子供のころを、夢に見ていた。無邪気だった懐かしい日々・・

  みんな、今までどうもありがとう。みんなに出会えて、ぼくは本当に幸せだった。

 

 ずっとずっと忘れないよ。

 

 ありがとう・・

 

 目をとじて、ぼくはさよならの旅に出た。

  「マリオ_」

 どこかからぼくを呼ぶさとるくんの声が、かすかに聞こえたような気がした。


この本の内容は以上です。


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