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遅れちゃってごめんなさい。忙しいところ、わざわざ出て来てもらったのに。本当にごめんね。急に下の娘がぐずぐず言い出すものだから出がけに手間取っちゃって。何だかあの子、風邪気味で調子が悪いみたいなの。あ、でも別に大したことはないのよ。ここのところ、いろいろあったでしょ。急に環境が変わったりしたから、子供たちも疲れが出たのかもしれないわ、きっと。私もねえ、まさかこんなことになるなんて、結婚したばかりの頃は思ってもみなかった。実は昨日もなかなか眠れなくて。うん、わかってる。私が頑張らないといけないのはわかってるの。でも何だかどうしても落ち込んじゃって。私らしくないな、って自分でもわかってるんだけど。え、今日はとことん私の話を聞くから、この際思い切り愚痴を吐き出しちゃえ、って? そうね、ありがとう。こんな時って、誰かにただ話を聞いてもらえるだけで救われるものだものね。やっぱりもつべきものは昔からの友達ね。ほんとに感謝してる。

 

あらごめんなさい。道端でつい話し込んじゃったりして。もうこんな時間だもの。おなか空いたでしょう。私も子供たちの分は何とか作って食べさせてきたけど、自分はお昼から何にも口にしてないのよ。もうおなかペコペコ。どこにする? ゆっくりお話できるところがいいんだけど――あら、こんなところに新しいお店ができたのね。イタリアの国旗が飾ってあるからイタリアンのお店ね、きっと。どう、入ってみる? でもお店の名前、これおそらくイタリア語だろうけど、なんて読むのかしらね。見当もつかないわ。最近こういうふうに、一瞥しただけでは絶対に読めない名前のお店って多いと思わない? こういうのって、所詮はつける人の自己満足に過ぎないのよね。だって利用するほうにとっては、お店の名前の読み方がわからない、ってイライラするものよ。変に知ったかぶりして、間違って発音しちゃっても恥ずかしいし、結局「あそこの店」なんて代名詞を使うしかないんだもの。別に、覚えやすいベタな名前がいいというわけじゃないけど、最低でもちゃんと読めるようにはしてほしいものよね。だって、付けるほうのイメージとか理想はひとまず脇に置いても、お店の名前はたくさんの人に覚えてもらいやすいものにする、っていうのは商売の鉄則じゃないかしら。

 

え、そんなのどうでもいいから、早く入りましょう、ですって? あらそうよね。ごめんなさい。私、そういうことがどうしても気になっちゃうタチなの。ま、とにかく入ってみましょうか。

 

さ、ドアを開けて、と――。

 

チャリンチャリン!」

 

きゃっ、何なの、この音。びっくりした。これじゃあ、まるで騒音じゃないの。開けた私も驚いたけど、中にいるお客もみんなこっちを見ているじゃない。あまりに音が大き過ぎるから思わず反応しちゃうのね。平然としてるのは、店のスタッフだけよ。自分たちは慣れっこになっちゃって、この音がいかに耳障りなものか気が付かないのね、きっと。ドアの上部にあるこのベル。お客が入ってきたことにすぐ気付くために取り付けてあるんだろうけど、こんなに音がうるさいんじゃ、お客様を待たせないように、っていうせっかくの気遣いも台無しよね。ドアが開け閉めされるたびにうるさくって、ゆっくりくつろげないわよ。そもそもレストランの入り口に、音なんか必要ないと思うけどな。音なんかに頼らずに、常にお客様の出入りに気を配ることが本当のサービスなんじゃない? 

 

えっ、もういいから早く、って? ついつい気になっちゃって。ごめんなさい。

 

 

 

「いらっしゃいませ。何名様ですか」

 

ねえ、こんなふうに「何名様ですか」ってお店に入ると必ず聞かれるけど、これってつくづくデリカシーのない言葉だと思わない? えっ、どうしてって? だって考えてみて。たとえば、あなたが一人で街に出かけて、何か食べようとどこかのお店に入ったとするわよね。そこで「何名様ですか」と尋ねられて、「一人です」って答える時にいい気持ちがすると思う? ううん、一人でお店に入ることが恥ずかしいとか言っているのではないのよ。むしろ一人で食事を楽しむことは、私は素晴らしいことだと思ってる。私だって若い頃は、よく一人でいろいろなところに行ってお酒や食事を楽しんだものよ。いつも誰かと一緒じゃなきゃ何もできない人なんて、少しも魅力がないものね。ただね、だからといって、お店の人との「何名様ですか」「一人です」というやりとりを快く感じる人は、おそらくいないはずよ。はっきり言って、この問いかけは不要なのよ。だって「何名様ですか」なんて改めて聞かれなくたって、ものすごい大人数ならともかく、普通は見ればわかるじゃないの。あとから連れが来るとか、特別な場合は、客のほうからそう言い出すはずでしょ。結局、大した意味はないのに、ただ機械的に聞いているだけなのよね。まるでナントカの一つ覚えみたい。

 

え、いいから早く席に案内してもらいましょう、って。やだ、またしゃべり過ぎちゃった。ごめんなさいね。

 

 

 

「お煙草はお吸いになりますか」

 

そうそう、不要だと思う言葉がもう一つあったわ。もう嫌になっちゃう。どこの店に行っても、煙草を吸うかどうかを聞かれるんだもの。

 

え、どうしてそれがいけないの、って? お店の人がお客様を席に案内するために、必要なことじゃないか、っていうわけね。ええ、ええ、それはそうよね。その通り。あなたの言いたいことはよくわかるわ。でもね、これはそもそも質問の仕方がおかしいの。いい? 説明するからよく考えてみてね。

 

人から「煙草は吸いますか」と聞かれた時に、あなたは普通何と答える?「いえ、吸いません」あるいは「はい、吸います」このどちらかの答え方になるんじゃないかしら。ここまではいい? じゃあ、本題に戻るわね。お店の人の「お煙草はお吸いになりますか」この質問の意図は、あなたが言った通り、お客が「吸う」と言えば喫煙席に、「吸わない」と答えれば禁煙席に、自動的に案内するためのものよね。でもね、人間の行動というものは、そんなに単純に分類できるものではないのよ。たとえば、自分は煙草を吸わないけれど、喫煙席でも一向に構わないという人もいれば、普段は吸うけれども今日この場では吸わない、と決めている人もいるかもしれない。状況は様々なわけよ。要するに、煙草を「吸う」か「吸わない」かということと、喫煙席か禁煙席どちらに座るかという問題とは、必ずしも一致しないの。そう考えると、「お煙草はお吸いになりますか」という聞き方では、「店内で」という主語がないために、客の状況によってはかなりトンチンカンなものになってしまう場合もあるわけ。

 

じゃあどうすればいいのかって? そうね、喫煙席か禁煙席を決めるために聞かれているということはみんなわかっているのだから、ここは「お吸いになりますか」なんて回りくどい言い方じゃなく、最初から喫煙席と禁煙席どちらを希望するかを、ダイレクトに尋ねればいいのじゃないかしら。

 

「喫煙席、禁煙席どちらがよろしいですか」

 

ね? これで客のほうも自分の事情に合わせて席をセレクトできるじゃない。このほうがずっとスッキリすると思うけど。

 

えっ、じゃあいっそのこと、世の中にある全てのお店が全席禁煙になってしまえば解決ね、ですって? そういえばあなたは昔から煙草を吸わない人だものね。あなたがそう考えるのもよくわかるわ。でも私は、昔は煙草を吸っていたこともあるの。子供が生まれてからはキッパリやめたけれどね。だから喫煙者の気持ちもよくわかるのよ。コーヒーを飲みながら、会話をしながら、そして食後の一服。それがどんなにこたえられないものかということも、私は身をもってわかるの。そういう人たちからその楽しみを全部取り上げてしまうわけにもいかないものね。ああ、もちろん健康のためを思えば、禁煙するのが一番いいのよ。でもそれがすべてだとはどうしても思えないの。

 

 

 

 

 

「お席にご案内いたします」

 

今は必ずといっていいほど、こんなふうに店の人が客を席に案内してくれるけど、私たちが若い頃は、そういうことをしているお店はあまりなかったと思わない? せいぜいホテルとか、ちょっと高級なお店くらいのものじゃなかったかしら。

 

え、そんなこと覚えてもいないし、今まで考えてみたこともない、って? あら、そう。私のほうが変なのかしら。

 

私の記憶によれば、昔は普通のレストランでは、座る場所の選択は、あくまで客の意思に任されていたはずなのよ。お客が店に入ると、空いている席の中から勝手に好きな席を選んで座って、スタッフのほうは、それを見届けてからお冷やを持っていく、というパターンだったわ。なのにいつのまにか、客はその権利を取り上げられちゃって、店側から一方的にあてがわれる形になっちゃった。今や自由に席を選べるのは、ファーストフードかカフェくらいのものだものね。

 

でも別にそれがいけないとは言わないわよ。席を決められずにウロウロしちゃうのもみっともないし、それにね。私も学生の頃、ウェイトレスのアルバイトをしていたからわかるんだけど、お客の勝手に座らせると、店が混んでいる時なんか、まだ片付けていないテーブルに座られちゃったりして、指摘されるまで気付かなかった、なんてトラブルもよくあったの。客がどこに座るかを店側がコントロールするほうが、結局はいいサービスにつながるのかもしれないわね。

 

ただ、ある程度店が空いていて、席を選べる余地がある時くらいは、「空いている中からお好きなところにどうぞ」と言ってもらいたいと思わない? そんな対応をされると、もう無条件に「ああ、なんていいお店」と思っちゃうのよね。一方的に席を指定されるより、できる限り、選択を与えてくれたほうが、客の満足度がずっと高くなるものなのよ。

 

そうそう、席といえばね。ぜひ声を大にして言いたいことがあるの。

 

今日はあなたと二人だけど、普段一人でお店を利用する時に、お一人様専用の席があればいいのにな、っていつも思うのよ。だって、一人で気軽に入れる店って、やっぱりファーストフードかカフェくらいのものなんだもの。たとえば二人用、四人用、六人用と席が並んでいたら、一人の場合は大抵二人用の席に座るわけでしょう? それはいいんだけど、でもね。一人で二人用の席を占領しているのって、店が混んでくると、ほんとにいたたまれなくなっちゃうものなのよ。入り口のほうから、店の人の、「申し訳ありません、ただいま満席で」なんて声が聞こえてこようものなら、もうダメね。自分の目の前にある椅子に、店中の視線が集中しているような気がして、そそくさと立ち上がったりして。その後、自分と入れ替わるように、すぐさまカップルがその席に座ったりしたら、いくら一人で行動するのが好きな私でも、ちょっと複雑な気分になってしまうわけ。わかる?

 

だから、一人用の席――、そうね、カウンターや大きなテーブルがあれば、お一人様も時間を気にしないで、心おきなくくつろげるのにな、と思うのよ。でも、あくまでもお一人様専用じゃなきゃだめ。いくらカウンター席でも、すぐ隣で、べちゃべちゃとしゃべられたんじゃうるさくて仕方がないし。一人でゆっくりしたい時に、聞きたくもない他人の会話を、強制的に聞かされるのはたまらないわよね。

 

お一人様をないがしろにするということは、店側だってずいぶん損をしていることになるのよ。だって一人で利用して「快適だったな」と思えるお店には、あとで必ず誰かを連れて行きたくなるものだもの。

 

もし私がお店のオーナーなら、絶対お一人様用のコーナーを作って、一人で来てくださるお客様に肩身の狭い思いをさせないように、気を配るわね。もちろん「何名様ですか」なんて野暮な言葉は、絶対に言わないわ。

 

え、もういいから早くメニューを選びなさいよ、ですって。あら、ほんとにそうよね。私たち、おなかが空いていたんだったわよね。ごめんなさい。ええと、何にしようかしら。

 

 

 

ねえ、何にするか決まった? 迷っちゃうわよね。あさりと水菜のパスタもおいしそうだし、ダブルチーズのピザも捨てがたいな。きのこのオムレツもおいしそう。

 

それにしても、いつも不満なんだけど、メニューくらい、人数分を持ってくるべきだと思わない? そう、一人につき一冊。だってこんなふうに、二人で覗き込みながらじゃあ、じっくり選べないじゃない。首も痛くなっちゃう。

 

え、お先にどうぞ、ですって? あらやだ、そんな意味じゃないの。誤解しないで。私はあくまで自分の意見として言っているだけなんだから。常日頃から感じていることなの。メニューは、テーブルに一冊、じゃなくて、人数分を用意するのが本当のサービスじゃないか、って。

 

だって、ひどいところなんか、六人で行っても、持ってくるメニューは一冊だけ、なんてこともあるのよ。みんなで頭を突き合わせて、一冊のメニューを見ている姿を想像してみて。自分のペースでページをめくることもできないし、そんな状態で選んでも、どことなく欲求不満が残っちゃうものなの。

 

食べたいものをじっくり選ぶ行為も、食事の楽しみの一つに含まれるのに。こういう心配りのないお店っていうのは、「お客様においしい料理を提供したい」と、本当に思っているのかどうか疑わしいわよね。自分を客の立場に置き換えて考えたら、いかに不親切極まりないかが、わかりそうなものだけど。

 

え、ところで何にするか決まったのか、って? そうね。早く決めなくちゃ。あなたはエビのクリームパスタにするのね。じゃあ私は――やっぱりピザにするわ。チーズピザとミニサラダ。ドリンクも頼むでしょ。コーヒーでいい? じゃあ決まりね。

 

――お店の人、なかなか来ないわねえ。今日は金曜日だし、忙しいのはわかるけど。

 

こういう時、つくづく思うんだけど、お客にオーダーを聞くタイミングって、相当難しいものだと思わない? だって、まだ決まってもいないうちに「お決まりですか」なんて早々と来られるのも、あせっちゃって嫌なものだし、こんなふうにとっくに決まったのに、延々と待たされるっていうのも、イライラするものでしょう。かといって、よくファミレスに置いてあるような呼び出しベルっていうの、あれじゃあ雰囲気がぶち壊しだものね。本当に難しいわ。

 

要はね、雇用する側の、スタッフの揃え方の問題だと思うの。スタッフの人数がだぶついていると、彼らはやることがないものだから、つい早めに客のところに行っちゃうし、逆に働く人間の数が少ないと、こういうふうにお待たせすることになってしまう。雇う側が、店の状況を見越して、いかにスタッフの人数を正確に揃えるか、ということが大切なのよね。多く使えばいいというものでもないし、あまりに少なくてもいけない。私だったらどうするかしら。

 

あ、やっと来たわ。頼みましょう。えーと……。

 

 

 

「それではご注文を繰り返します」

 

――ねえ、あの「ご注文を繰り返します」っていうフレーズ、いつから猫も杓子も口にするようになったのかしら。私が昔、喫茶店でウェイトレスのアルバイトをしていた頃は、あんなこと言わなくてはいけない、なんて決まりはなかったわ。たくさんの注文があったので確認しないと不安だ、とか、部分的に聞き取れなかった、とかいう場合ならまだしも、せいぜい一つか二つの注文で、大げさに「繰り返します」も何もないものよね。

 

まあ、どうせマニュアルで決まっているのだろうけど、いくらマニュアルといっても、働いている人たちは、感情も意思もある生身の人間でしょう。もうちょっと、それぞれが自分の頭でものを考える、ということができないものかしら。

 

たとえば、その時その時の状況によって、「今回はいちいち注文を繰り返すまでもない。その分早く、お客様にゆっくりくつろいで頂こう」とか、気の効いたことを考えるような子がいたら素晴らしいと思うんだけど。無理かしらねえ。

 

そもそも、あの「ご注文を繰り返します」って言葉、オーダーを間違えないように、というのが目的なはずなのに、実際あんまり意味はないのよね。だって考えてもみて。ロボットみたいに早口で「○○がお一つ、××がお一つ、以上でよろしいですか」って言われたって、料理の名前なんか、今日初めてメニューを見た客が覚えているわけないじゃない。それが正しいのかどうかなんて、聞いてもわからないわよ。客のほうは、惰性で「はい」と言っているだけじゃない? そんな無駄なやり取りをするために、いつまでもウダウダとテーブルに張り付いているくらいなら、きちんと注文を一度で間違いなく受けられるよう、意識して仕事をするほうが、ずっといいのに。いちいち「確認いたします」なんてやっていないで、「かしこまりました」と、一言言ってサッと引っこむ。それが本当のプロの仕事よ。そうじゃない?

 

それにね、いつも不思議に思うんだけれど、客の注文が終わると、どうしてさっさとメニューを持って行っちゃうのかしら。ここも、さっきウェイトレスさんが「お下げします」って持って行っちゃったでしょ。どうしてなのかしらね。メニューは常に席に置いてくれていたほうが、追加注文がしやすいのに。そう思わない?

 

だってほら、私たちって、ついお店で長時間話し込んじゃうことが多いじゃない。そんな時、「じゃあ追加でケーキでも頼む?」「そうね。もう一杯コーヒー飲んでから帰りましょうか」なんてパターンがよくあるでしょ。そういう時にも、そばにメニューが置いてあれば、スムーズに注文ができるけど、そうじゃないと、「やっぱりいいか」なんてあきらめちゃうことも多いのよね。

 

だって、いかにも忙しそうにパタパタ動き回っているウェイトレスさんを呼び止めるのって、結構勇気がいるのよ。「すみませーん」と、声をかけたはいいけど、気付いてもらえなかった時の気恥ずかしさといったらないし。

 

店の売上を上げたければ、メニューは下げずに客の近くに置いておく。これは鉄則だと思うけどな。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

あの、「いらっしゃいませ」っていう挨拶の声だけど、小さくて聞こえないのは論外としても、あまりに大き過ぎるのもだめよね。まるで怒鳴るみたいにして、「いらっしゃいませ!」なんて言うお店があるけど、どうかと思うわ。

 

確かに、声を張り上げれば店に活気が出て、スタッフたちのテンションも上がり、気持ちがいいかもしれない。でもそれは、あくまで店側の勝手な都合というものでしょう。客のほうは、せっかく静かに食事や会話を楽しんでいるのに、他の客が入ってくるたびに、いちいち「いらっしゃいませえ!」と叫ばれるのはうるさくてかなわないわよ。迎えられるほうだって、ただひたすら大声で叫ばれたって、別に嬉しくもなんともないしね。

 

「いらっしゃいませ」という挨拶は、そもそも店で働く人たちの士気を高めるためにあるものではなく、お客様をお迎えするために使う言葉でしょう。なのに、その言葉を口にすることによって、かえってお客に不快感を与えてしまったら、意味がないどころか、むしろ逆効果なわけよね。

 

それに、心のこもっていない、形だけの「いらっしゃいませ」なら、黙っていてもらったほうがずっとマシだわ。

 

えっ、じゃあ、心のこもった「いらっしゃいませ」とは具体的にどういうものか、って? ああ、よく聞いてくれたわ。聞いてもらえる? 

 

私が考えるに、要素は三つあるの。まずは言い方そのもの。当たり前だけど、ぞんざいに言ってはダメ。丁寧に発することね。店で働いている人間にとっては、日に何度も口にする言葉でも、お客にとっては、多くの場合、その場所で初めて受ける言葉だもの。

 

次に、挨拶をする人の顔の向き。お客のほうに必ず視線を向けること。えっ、それも当たり前じゃないか、ですって? そう思うでしょ。でもね。今度よく見てみてちょうだい。結構、あさっての方を見ながら、「いらっしゃいませ」なんて言っている店員さん、多いのよ。あっちを向きながら、口だけで「いらっしゃいませ」と言われても、本当に歓迎されている気にはなれないでしょ。

 

最後は表情、やはり笑顔が大切ね。私ね、ちょっときつい言い方になるかもしれないけど、笑顔を上手に作れない人は、この仕事をする資格はないと思っているの。もちろん顔立ちによって、笑顔がいまひとつ冴えない人、というのも確かにいるのよ。それは神様から授かったものだから、本人の責任じゃない、仕様がないこと。でもね、要は気持ちの問題なのよ。いつも笑顔を意識していれば、必ずそれが相手に伝わるものなの。コツは口だけでなく、目まで意識して笑うことかな。ちょっと月並みだけど、笑顔のキレイな人は、それだけで立派な才能なのよ。

 

ところで、さっきから気になっているんだけど、ほら、今通り過ぎていった彼女、そう、ショートカットの――、すごく感じがいい人だと思わない? 

 

おそらく二十代後半くらいかしらね。あのくらいの年頃の女性は、一番この仕事をするのに向いているのよね。あまり若過ぎると、当然ながら経験も少ないし、プロとしての自覚も足りないから、客あしらいが全くうまくできない。かといって、あまり年を取りすぎてしまうと、どうしてもお客に対して偉そうな態度が出てしまう場合が多い。これは、別に偏見じゃないのよ、それが事実なの。もちろん個人差はあるけど、確率の問題ね。働くスタッフの年齢層を、どのように揃えるか――これも、客商売をやっていくためには、大事なことよ。

 

え、じゃあ男性の場合はどうなのか、ですって? うーん、はっきり言ってもいい? それこそ偏見じゃないか、と言われればそれまでなんだけど、年を重ねても素敵な人って、女性よりも男性のほうに多い気がするの。あくまでも私の個人的意見だけど。むしろ、若い男性のサービスは、どうしても肩に力が入った感じがして、落ち着かないのよ。年配男性のほうが、和やかないいサービスをしてくれるわ。

 

そういえば、もう何年か前の話だけど、どこかのホテルのラウンジでね。私、若いウェイターに「奥様」と呼ばれたことがあるの。あの時は、驚いたと同時に、強烈な不快感を覚えたわ。もちろんその時私は既に結婚していたから、奥様と呼ばれても別段おかしくはないし、間違ってもいない。でもだからといって、若い男性に、あえて奥様と言われたい、と願う女性はいないわ。この気持ち、女性ならわかってくれるでしょう? 

 

で、どうしたのかって? もちろんそのホテルの支配人にクレームを言ったわよ。別に自分が嫌な気分になったから、文句をぶちまけた、というわけじゃないのよ。彼は自分がまだ若いから、妙齢の女性に対して、奥様という呼称を使うのは、あまり素敵なことではない、ということを知らなかっただけなの。だから、その若いホテルマンの将来のためにも、きちんと事実を告げてあげたほうがいい、と思ったのよ。だって、知らないことほど怖いことはないものね。

 

 

 

「お待たせいたしました」

 

あら、あなたのパスタ、おいしそうじゃない。どうぞ気にしないで、お先に食べて。冷めちゃうわよ。といっても、一人だけ先には食べづらいものよね。私もそうだもの。

 

どうしてこう、料理によって出てくるタイミングに差があるのかしら。違うものを頼んでいるのだから、ある程度遅い早いがあるのは仕方がないけど、同じテーブルの料理を同じタイミングで出すというのは最低限のサービスでしょ。店側はそのことに、最大限の努力と気遣いをしてほしいものだわね。ああ、やっと私のピザがきたわ。

 

 

 

「これでご注文の品はお揃いですか」

 

全く。また意味のない常套句ね。あれもいらない言葉よね。そう思わない? だって、注文が揃ったかどうかなんて、お客に確かめるより前に、自分たちが責任を持つべきことでしょう。それが仕事なんだもの。お客に直接最終確認を求めるなんて、責任放棄に等しいわ。

 

あら、せっかくのお料理を前にごめんなさい。でもね。別に怒っているわけじゃないの。だって、少しはお客の身にもなってみてほしいのよ。タイミングによっては、料理を口に運ぼうとしたちょうどその時に、横から「これでお揃いですか」と聞かれることがあるんだもの。あれって、もう最悪よ。こっちは口をアングリさせたまぬけ顔で、「はい」なんてうなずかなきゃいけないんだもの。質問されれば何か答えなくてはいけない、と思うのが、人情でしょう。よけいなことを言わないで、さっさと置いていってくれればいいのに、と心底思うわ。

 

とにかく、うわべだけの決まりきった言葉にとらわれすぎて、本当のサービスというものが、どういうものなのか、それをわかっていないどころか、考えようともしない人が多すぎるのよ。

 

えっ、もうわかったから、早くあなたの話を聞かせてよ、ですって? そうそう、今夜はそのために付き合ってもらったんだものね。本当にねえ――、結婚した時には、十年後、まさかこんなことになるなんて考えてもみなかったわ。彼、やっぱりもう家に戻る気はないみたい。女がいるのかどうかって? それはわからないの。友達のアパートに居候しているらしいけど、場所も教えてくれないし。彼が言うには、女がどうとかじゃなく、ただもう一度人生をやり直したいんですって。いい年した男がばかみたいでしょ? 私と一緒にいるのがもう耐えられないみたい。

 

原因? そうねえ、決定的なことは、これといって何もないのよ。あの日まで本当に穏やかに暮らしていたし。そりゃ、いろいろと小さないさかいはあったけど、彼が本気で離婚を考えているなんて、思いもしなかったから。結局私たちは、一緒に生活していくにはあまりにも合わなかった、そういうことなのよね。結婚する時は、彼のことが好きだから、ずっと一緒にいたいって、ただそれだけで、つくづく若かった、と思うわ。でも、もう彼のことはいいの。私も疲れちゃった。ただね。これからどうやって生きていったらいいのか、それを思うとね――

 

 

 

「お冷はよろしいですか」

 

もう。話をしている最中に、急に話しかけてくるんだもの。何を話していたかわからなくなっちゃったわ。

 

あのね、コーヒーのお代わりとかもそうだけど、店の人がふいに客のテーブルにやってきて、話しかけるという行為、このことについて、どうしてみんな何とも思わないのかしら。突然人の会話に割り込むなんて、非常に無礼なことだと、私はいつも腹立たしく思うのよ。だってそうじゃない? こちらがせっかく会話を楽しんだり、大事な話に熱中したりしているのに、それを邪魔されちゃうんだもの。

 

お客様が席に座っている以上は、その空間はあくまでお客様のもので、従業員が自分たちの都合で勝手に出入りしていいものではないはずなのよ。

 

お水をついで回ること。コーヒーのお代わりを聞いて回ること。これは本当のサービスじゃないわ。なぜなら、さっき私たちは、お水なんかちっともほしくなかった。それよりも私は、あなたとの会話を邪魔されたことが、とても不快だったわ。お水をほしいと思っている人に提供するのが、本当のサービスというものでしょ。呼ばれもしないのに、ズカズカと踏み込んでくるのは、単なるサービスの押し付けでしかないのよ。

 

 

 

「食器をお下げいたします」

 

お皿を下げるタイミング。これも非常に重要なことよね。

 

これは、私がまだ高校生くらいの頃、当時好きだった彼と初めてレストランでデートをした時の話なんだけど、二人でいろんな話をして盛り上がっていたら、お店の人が「こちらお下げします」って、彼のお皿を下げようとしたのね。その時彼、お店の人に向かって、「まだ食べるのッ!」て、金切り声で叫んだの。そのあとも彼は、何事もなかったように話し続けていたけど、私、もういっぺんで彼のことが嫌いになっちゃってね。私も若かったし、何だか、その態度がどうにもスマートじゃない気がして嫌だったのよ。

 

確かに、その時彼のお皿には、まだ少し野菜が残っていたし、あれはお店の人の明らかなミスだったと思う。まだ食べようとしているのに、お皿を下げられそうになる。そういう時って、思わずその人の本性が出ちゃうんだと思うの。私は、お店の人の無神経な行動のせいで、せっかくのデートが台無しになってしまったことがとにかく悲しかったわ。

 

こういう仕事についている人には、お客様にサービスしているのは料理や飲み物だけではない、素敵な時間や雰囲気といった、目に見えないけれども、すごく大切なものも、同時に提供しているのだ、ということを忘れてほしくないの。

 

たまたま目に付いた時に、お皿を下げるんじゃなくて、客が下げてほしいと思ったときに下げる。それがプロの仕事よ。誰だって、食べ終えてフォークを置いたと同時に、まるで待ち構えていたようにサッとお皿を下げられちゃったら、あまりいい気持ちはしないものでしょ。ああおいしかった、と充分満足感を味わい、ナプキンで口を拭き、連れの人と一言二言会話を交わし、ああそろそろお皿が邪魔になってきたな――、と思う頃に下げてほしいわけ。

 

もちろん、お昼休みの時などは別よ。時間に余裕がないときは、食べ終わった皿なんかさっさと下げて、一秒でも早くコーヒーを持ってきてほしい。そうしたお客のニーズに合わせてサービスをする。それが本当のサービスなの。

 

ああ、どこかにそんな最高のサービスを提供してくれるお店はないものかしらね。そういうお店を見つけたら、私、毎日でも通っちゃうわ。

 

えっ、そんなことより、レストランは、料理の味が最も重要なんじゃないか、ですって? あのね、レストランにとって、料理の味がおいしいのは、空気がここにあることくらい、当たり前のことなの。逆に言えば、ちょっと味がいまひとつだとしても、そのお店のサービスが最高であれば、客は満足するものなのよ。その逆は絶対に許されないわ。どんなにおいしい料理を出すお店でも、無愛想な店員に失礼な態度を取られたら、すべてがぶち壊し。よくスーパーなんかの壁に、お客が記入した、ご意見表が貼られてあるじゃない。あれに書かれた内容を見てもわかるでしょう。味の文句なんかどこにもないわ。どこどこの店員のあの態度は何だ、こんな失礼なことを言われた。みんながみんな、店員の接客態度について文句を書いているはずよ。味というのは、あくまでその値段に見合ったものでしかないし、結局は個人の味覚の問題だということを、客は知っているのよ。

 

 

 

えっ、そんな細かいことばっかりいちいち気にしていて疲れないのか、って? それが全然なの。私ね、こういうことをあれこれ考えていることが一番楽しいんだもの。ただ文句を言っているだけ、なんて思わないでね。クレームにも、ただのわがままと、価値のあるいいクレームがあるのよ。

 

えっ、何ですって? 自分でお店をやればいいのに、っていうの? 私に向いているって? 

 

まあ――、私ね、実はこういう仕事が大好きなのよ。だって私が人生で一番最初にした経験した仕事が、ウェイトレスだったんだもの。この仕事ってね、以外とクリェィティブな仕事なのよ。

 

あの頃はまだ若かったから、お客様にまともなサービスもできなかったけど、今の私なら、もっと上手にやれるかもしれないわ。

 

でも、ありがとう。そう考えたらなんだか元気が出てきたみたい。私ね、本当のこと言うと、彼が家を出ていってから、まるで幽霊みたいに暮らしていたの。もう三十過ぎて、なんの資格もコネもなく、仕事もなく、あるのはまだ手のかかる子供だけ、なんて状態で、一体これからどうやって生きていけばいいのか、途方に暮れていたの。でももしかしたら私にもできることがあるのかもしれない。私、お客様にサービスすることが心から好きなんだってことに、今気付いたわ。あなたのおかげよ。希望を与えてくれて本当にありがとう。

 

 

 

あら、ここもすいぶん混んできたみたいね。そろそろ出ましょうか。

 

そうそう、接客はね、お客様がお帰りになる時が一番大事なのよ。そのお客が、また訪れてくれるかそれとも二度と来ないかが、この時にかかっているんだもの。お客様の背中に向かって、「ありがとうございました」と声をかけるのがベストなのよ。

 

さて、ここのお店はどうかしらね。

 

 

 


この本の内容は以上です。


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