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ふたつの名前を持つ少年

ふたつの名前を持つ少年

2015年9月7日 シネ・リーブル神戸 にて鑑賞

 

都合の悪い過去を生き延びろ!

 

ポーランドのユダヤ人少年が、ナチスの迫害から逃れ、たったひとりで戦禍を生き抜いた、という実話を基にしたお話です。

少年の名はスルリック。お父さんは街のパン屋さんでした。しかし、平和な暮らしも、ナチスドイツがポーランドに侵攻してきたことによって一変します。ナチはユダヤ人狩りをすすめてゆきます。住み慣れた家を追われ、ナチから逃げる一家。どうしても息子だけは生き残らせたいお父さんは、スルリックに、教え諭します。

「今日から名前を変えろ、何がいい?」

スルリックは、強い、いじめっ子の名前を言いました。それが「ユレク」でした。

「そうだ、お前は今日からユレクだ、いいな」

そしてお父さんはユレク少年に語り諭します。

「いいか? 父さんの名前も、母さんの名前も忘れていい。だけど、これだけは忘れるな、ユダヤ人であることは絶対に忘れるんじゃないぞ!」

この言葉はユレク少年が聞いた、お父さんの最後の言葉となります。

8歳の少年はたったひとり、森へ逃げ込みます。

もうすぐ冬がやってくる。幼い少年の命は、厳しい自然の中で耐えていけるのか? 食べ物もない、やがて吹雪が襲ってくる。寒さの中、彼は一軒の農家にたどり着きます。少年を救ってくれたのは、その家にひとりで住むヤンチック夫人。彼女は暖かいスープと寝床を与えてくれました。それだけではなく、彼女は8歳のユレクが、これからひとりで生きていけるよう、さまざまな知恵を授けてくれました。

やがてユレクは、ヤンチック夫人のもとを離れ、少しづつ森の中で生活する術を、体で覚えてゆきます。

時には近所の農家の前で「物乞い」をし、あるいはその農家で働いて食事をもらいます。

ユレク少年が学んだことは「一つの農家で長居をするな」ということでした。一つ所で暮らすよりも、放浪し続けることの方が、ユダヤ人だとバレない、ナチに見つかりにくい、のです。こういったことをわずか8歳の少年が体得してゆく、徐々に成長して行く姿を淡々と監督は描いてゆきます。

ユレク少年は、生き延びるためには嘘もつく、機転を効かせる、危険を察知する、そして働く。

どんどんたくましく、賢くなって行くユレク少年。

彼はやがて、大きな地主の家で、農作業の手伝いとして、住み込みで働き始めます。しかし、ある日、牛をつないだ歯車に手を挟まれる大怪我を負います。

街の病院へ担ぎ込まれるユレク。しかし、担当の外科医は、少年をユダヤ人だと見破ってしまいました。

「ユダヤ人に手術はしない」と外科医は冷たく言い放ちます。少年は治療も受けられぬまま、病院の廊下に放置されてしまうのですが……

本作で強く印象に残ったのは、ユレクとお父さんの別れ際のシーンでした。

お父さんがユレク少年に求めたことがあります。それはユダヤ人であること、ユダヤ教徒である「誇りと尊厳」をわすれないことです。

それほどまでに、ユダヤ人であることのアイデンティティは、強烈なものなのだ、と思い知らされるのです。

我々日本人は、よく無神論者であると言われます。ハロウィンやクリスマスを大騒ぎして楽しむかと思えば、大安吉日、友引、仏滅を意識します。また、占星術やタロットカードなど、あらゆる種類の占いは、もはやファッションの一部であり、人が亡くなると、お葬式には数珠を持ち、僧侶が読経を唱えます。

まるで都合の良い時に、都合の良い宗教行事をとっかえひっかえ利用している、実に無節操極まりない民族のようですが……

本作においては、(すくなくとも舞台となるポーランドにおいては)人間と神との関係を、改めて認識し直す必要があると感じさせられます。

人間などは、神の前では、実に取るに足らない存在であり、神は絶対的、全宇宙的なスケールでこの世を支配している。

だからユレク少年は、見ず知らずの農家で、物乞いをする時に「神を祝福する」言葉を唱えます。

物乞いをされた家の家主としても「神様を祝福する少年」を邪険に扱うわけにはいかなくなるのですね。

この辺り、自分の「ちっぽけな命」を生き延びさせるために、ユレク少年が神様を実にうまく「方便」として使う、そのしたたかさ。少年がひとりで生きてゆく、生き延びることの過酷さと「リアル」を感じます。

さて、このユレク少年。映画のHPを見ると、驚くべきことに、ペペ・ダンカート監督は、双子の子役を使って「ひとりの」ユレクという少年像を描きあげております。

オーディションには一年以上かけ、候補者700人から選び抜いた、という逸材の二人です。

また、ユレク少年の運命を左右するドイツ親衛隊(SS)将校。どこかでみたなぁ~、と思っていたら、ブラッド・ピット主演の「イングロリアス・バスターズ」やスピルバーグ監督の「戦火の馬」にも出演していた、ライナー・ボックというドイツ人俳優さんでした。

日本では戦後70年の節目、とされますが、ヨーロッパ、特にドイツやユダヤ民族にとっては、アウシュビッツに代表される「絶滅収容所解放70周年」の記念イヤーに当たるわけです。そういう年にこの作品が、日本でも公開されたことは、意義深いことだと思います。

本作はドイツ・フランスの合作映画。ドイツは徹底してナチズムの「忌まわしい過去」と向き合い続ける姿勢をとります。

日本では過去の戦争に関して「将来に渡って謝罪し続けること」を避けようという空気があります。一つ間違えばそれは、美しいとされる未来のために、臭い過去には蓋をしておこう、さらには、都合の悪い醜い過去は、いっそのこと書き換えてしまおう、という姿勢につながってゆくかもしれません。

ナチスによって都合の良いスケープゴートにされてしまったユダヤ民族。

本作は、そのなかで、奇跡的に生き延びた小さな命の記録です。

わずか8歳の少年が、戦争という極限状況のなか、機転を利かせながら、たくましく、したたかに生き延びた、というのは、神様がユレク少年に、歴史の語り部という役割を背負わせた、のかもしれません。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   ペペ・ダンカート

主演   アンジェイ&カミル・トカチ、エリザベス・デューダ

     ライナー・ボック

製作   2013年 ドイツ、フランス合作

上映時間 107分

予告編映像はこちら

「ふたつの名前を持つ少年」予告編


ヴィンセントが教えてくれたこと

ヴィンセントが教えてくれたこと

2015年9月7日 シネ・リーブル神戸 にて鑑賞

 

結局「いい人」で片付けるのか?

 

この映画を見ながら、武田鉄矢氏のお母さん、武田イクさんのエピソードを思い出していた。

武田鉄矢氏曰く「うちの母ちゃんは、骨がきしむほど働いてた」という。貧しい生活を笑い飛ばしながら、たくましく生きた、昭和の母の姿がそこにはあった。「母に捧げるバラード」のモデルとなった、母イクさんには、講演会の依頼が次々と舞い込んだ。当初は著名な教育評論家の前座だった。しかし、その型破りな教育論は話題を呼び、あまりの人気ぶりに、後には評論家の方が前座を務めることになったそうだ。イクさんはいう。

「善悪はわからんとです。その時は悪い行いかもしれんけど、後で良いことになる時があるとですよ」

更には、我が家には教育方針がない、とまで言い切る。武田鉄矢氏の父親は相当な大酒飲みであったそうだ。酒が入ると、当然気が大きくなる。給料日ぐらいは「ええカッコ」もしてみたい。給料全部を友人たちに大盤振る舞いしてしまう。酔っ払って家に帰り着き、カラの給料袋を前に、イク母ちゃんは激怒する。武田家では激しい夫婦喧嘩が日常茶飯事であったという。そういう親の姿を、我が子たちに、ナマで晒して見せたイク母さん。

「親が間違った生き方をしてみせたら、子供はそれを見て、ああ、親の真似をしなければ良いんだとわかる。親が生きた教科書ですばい」

前置きが長くなったが、本作「ヴィンセントが教えてくれたこと」はまさに、不良親父のヴィンセント自身が生きた教科書そのものだ。

ある日、ヴィンセントの隣に母子家庭が引っ越してくる。子供は12歳の少年オリバーだ。この子は新たに地域の小学校に転入することになる。ちびっこで新入りの転校生オリバーは、格好のイジメ対象だ。だが、後にオリバーには心強いボディーガードが付くことになる。隣に住む独居老人ヴィンセントだ。

ヴィンセントは、酒と女とギャンブル漬けの毎日。ある日、銀行の窓口で宣言される。「残高はマイナスです」

口座を解約するにも、銀行に金を返さねばならない。隣に越してきたシングルマザーのマギーは病院の技師。毎日のように帰りは遅い。12歳のオリバーを一人にしてはおけない。

マギーの提案もあり、ヴィンセントはオリバーの世話を「ビジネス」として請け負うことになった。

まあ、そこは不良じじいである。いじめられっ子オリバーに、喧嘩の仕方を教えたり、競馬で大穴を当てたり、子供相手に世の中をたくましく生きる術を体で教え込んで行く、というのが本作の内容である。

予告編で見る限り、かなりぶっ飛んだオヤジの話かな、と思っていたら、これが想像以上にマイルドな仕上がり。正直、やや拍子抜けした。

ワルでダーティーといえば、ちょうど公開中の「テッド2」の方が「ワル度」や「ダーティさ」のアルコール度数は、はるかに高い。放送禁止用語や「F⚫️CK」言葉も連発する。

さて、頑固じじいが、少年に世渡りのたくましさを教え込んで行く、というストーリーなら、格好の秀作がある。クリント・イーストウッド監督の「グラン・トリノ」である。

本作は残念ながら「グラン・トリノ」の味わい深さには追いついていない。

本作において、拍子抜けするのは、ヴィンセントがワルぶるのには、原因があり、しかもそれが明快でありすぎる。根は善人なのだ、というところに落ち着いてしまうのである。

なぁ~んだ、人間って案外単純なのね、という「あっさり感」にがっかりしてしまうのである。

ヴィンセントがヴェトナム戦争に従軍したこと。認知症の奥さんを、できる限り良い施設に入れて、余生を送らせようとしたこと。

これらはラストシーン、オリバーの学校での学習発表会「僕の聖人」というテーマで披露される。

なんと、ヴィンセントは聖人に祭り上げられるのだ。

もちろんこの映画には、それゆえの爽やかさと、後味の良さがある。

ただ、僕の主観では、ヴィンセントという人物像は、まだまだ、さらなる深みや、人物の陰影を描き出せたのではないか?と思った。本作には人物像の謎がなさすぎるのである。

例えば、ジャン・レノ主演の「LEON」という格好の例がある。

いたいけな少女の願いを聞き入れた殺し屋レオン。

彼の人物像は謎だらけだ。彼がなぜ殺し屋になったのか、監督はあえて情報を観客に提示していない。そのためより謎が増している。冷酷で有能な殺し屋でありながら、毎日ミルクを二本買い求め、観葉植物をこよなく愛する、物静かな独り者。その人物像をジャン・レノという俳優は、多面体でできた鏡のように、様々な角度から人物を映し出して見せてくれる。

ビル・マーレイという、いろんな演技の「引き出し」を持った、キャリアのある俳優を使うのであれば、更なる人物像の深掘りをやっても良かったのでは……、と、ちょっと残念に思うのである。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   セオドア・メルフィ

主演   ビル・マーレイ、マリッサ・マッカーシー

製作   2014年 アメリカ

上映時間 102分

予告編映像はこちら

「ヴィンセントが教えてくれたこと」予告編


ロマンス

ロマンス

2015年9月10日 シネ・リーブル神戸 にて鑑賞

 

「私を待ってる人はどこ?」

 

予想していた以上に大変「上質な」仕上がりの作品だった。

落語の「下げ」のような「オチ」、ラストシーンにも好感が持てた。

以前鑑賞したタナダユキ監督作品、蒼井優主演の「百万円と苦虫女」よりも、僕はこっちの方が好きだ。

主人公の北條鉢子(大島優子)は小田急電鉄の特急「ロマンスカー」のアテンダント、車内販売員である。列車の中でワゴンを押し、乗客にお弁当や飲み物を販売する。丁寧な接客と、今日は何が売れるのか?を敏感に感じ取るセンスの持ち主。売り上げの成績は会社内でもトップを争う。

私生活では、アパートメントで、ヒモのようなだらしない男と同居中だ。ある日、鉢子が仕事に出かける時、郵便ポストに手紙が入っていた。別れて久しい母親からだった。母は父と離婚後、男漁りを始めた。

当時、小学生だった鉢子の世話もおざなりにし、部屋に男を連れ込んでいた。そんな暮らしに嫌気がさした鉢子は、早くに家を出て自活を始めていたのだ。

鉢子は手紙をバッグに入れ、仕事に向かう。

その日のこと、ロマンスカー車内で鉢子は、ワゴンから物品を万引きした男、桜庭(大倉孝二)を捕まえた。

事情を聞くと桜庭は、映画プロデューサーだという。

鉢子は偶然この桜庭に、母からの手紙を盗み読まれてしまう。

手紙の内容からは、鉢子の母が自殺しかねないような雰囲気が読み取れる。

「これ、まずいよ、アンタのお母さん探しに行こう」と桜庭はさっさとレンタカーを借りてしまう。これで思い出の場所を巡って母親を探そう、というのだ。しかたなく鉢子も、この怪しい映画プロデューサーと、母親探しの旅に出かけることになってしまう。

本作はいわゆるロードムービーの形式をとる。

タナダユキ監督は、以前も「百万円と苦虫女」において「女の一人旅」を描いた。今回は男女カップルでの旅。そこで起きる出来事を描いてゆく。

本作を見ながら、「女は、嘘の二つや三つは、アクセサリーのように身につけているのだなぁ~」と妙に感心してしまった。この辺りが、女が女を観察する、女流監督ならではの視点であると思った。

また、キャスティングがこれまた絶妙だ。ひょろりと背の高い、怪しい映画プロデューサーに大倉孝二。そして背の低い大島優子。二人が並ぶシルエットは大人と子供ぐらいの差がある。まさに凸凹コンビなのだ。

そんな大島優子演じる北條鉢子は、映画プロデューサー桜庭を「おっさん」と呼ぶ。当の「おっさん」実は本物の映画プロデューサーであった。出資者を募り、製作した映画が大コケ。多額の借金を抱えている。「金返せ!!」と怒鳴り込んでくる出資者から逃げ回っている境遇である。こういう人、きっと実際にいるんだろうなぁ~。

かつて大きな映画賞を取る作品を作りながら、倒産してしまった映画会社もある。映画界に生きるタナダユキ監督なら、そんな話ゴマンと聞いていることだろう。

さて、大島優子という人は、もちろん誰もが知るところの、AKB48というアイドルグループ出身。僕が思うに彼女は天才肌ではなく、大変な努力家なのだろう。

AKBの生みの親、秋元康氏は彼女を評して、

「あれだけ努力していると、普通の人では手が届かない、透明な天井や壁に手が届いてしまうんです。それが何かは見えない。だけど手にコツコツ当たって、次の場所へ行くのを阻んでいるのがわかる。それを感じて彼女はもがいているんです」

大島優子は子役出身のアイドルとして成功を収めた。彼女には、アイドルに欠かせない、あるセンサーのようなものを身につけている。

同じアイドルとして「嵐」の二宮和也が語った言葉を、僕は印象強く覚えている。

「今、自分に何が求められているか、一瞬で空気、読めるんですよ、アイドルって」

その二宮くんの言葉通りの瞬間を、僕はあるテレビ番組で目撃したことがある。それはアイドルグループAKB48が、まだそんなに売れていなかった頃のこと。メンバーが、いろんな職業にチャレンジする、というバラエティ企画番組だった。

僕が目撃したのは、大島優子と数人のAKB48メンバーが、ラーメン屋さんの店員として働くという企画だった。

普段は劇場で歌ったり踊ったりしているメンバーである。それがいきなりラーメン屋さんの店員になってこい、という無茶振り企画なのである。

「なんで、アイドルが、こんなことやんなきゃいけないの?」とばかりに、メンバーは店の中で、何をして良いのやら、まごまごしていた。

店はすでに営業を始めている。お客さんもちらほら入ってくる。

テレビロケのキャメラはすでに回っている。

その時である。

大島優子は突然、伝票とボールペンをもって、お客さんの方へ駆け寄り、笑顔で接客を始めたのだ。

「いらっしゃいませー!!、ご注文は? ハイ、**ラーメンですね、店長!**ラーメン一丁、おねがいしまーす!!」

もう、ラーメン屋の店員を何年もやっているかのような、手慣れたテキパキとした対応だった。そんな優子を、他のメンバーたちは、しばし呆然と見つめ、やがて各々、ようやく自分が何をしたら良いのか、ラーメン屋さんの店内で行動を始めるのだった。

こういう臨機応変の対応が取れる大島優子。AKB48では、何をやらせても優等生だったらしい。

そういう人を女優さんとして使うか? また使えるか? というのは、実は意外に難しいところなのだ。彼女は、本作だけではなく、テレビドラマなどでも懸命に「演技しよう」「役になりきろう」と努力する。しかし、あえてそれを求めない監督さんも多いのである。

その俳優さんが持つ「欠点」や「弱点」さらには「毒」の部分もひっくるめて、作品世界で俳優の人間性や存在感をさらけ出してほしい、と監督は思うのだ。

映画やドラマのキャスティングは、「この役ならこの俳優がいい」という役の「近似値」を狙う。それがいざ撮影が始まると、脚本に描かれた人物像と俳優の化学反応が起きる場合がある。それは脚本で描かれた人物像を超えた、ある種、奇跡の存在となる。近年では李相日監督の「悪人」における妻夫木聡のような場合である。

本作で印象的だったのは、大島優子の相手役、怪しい映画プロデューサー役の大倉孝二である。この人の「間」の取り方がいいのだ。

ときおり、セリフを噛んじゃったのでは? と思える部分でさえ、それ自体が味になっている。

タナダユキ監督はそれを面白い、とおもって、そのシーンを使うのだ。

そして必死で演技しようとする大島優子の「演技していない」素の部分を実に丁寧に探し出して、作品の中に取り込んでいる。

主人公の鉢子がときおり口ずさむ歌。行方知れずになったお母さんが好きだった曲。谷村新司、作詞作曲、山口百恵の「いい日旅立ち」

♫~ああ、日本のどこかに、私を待ってる人がいる~♫

偶然と必然がないまぜになったかのように、鉢子と、さまざまな乗客の人生を乗せて、きょうもロマンスカーは発車する。乗客にはそれぞれに目的地があって、ロマンスカーに乗るのだ。

鉢子に目的地は見つかるのだろうか?

今日の日が、また良い旅立ちの日でありますように。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   タナダユキ

主演   大島優子、大倉孝二、西牟田恵

製作   2015年 

上映時間 97分

予告編映像はこちら

「ロマンス」予告編

 


天空の蜂

天空の蜂

2015年9月27日 イオンシネマ明石 にて鑑賞

 

蜂のひと刺しに、群衆は目を覚ますか?

 

主人公の木原(江口洋介)は、自衛隊最新鋭ヘリコプター「ビッグB」の設計者。彼は仕事に没頭するあまり、妻と息子二人との、ふれあいの時間を犠牲にしてきました。

でも、もうじき、ひと区切りつくだろう、と思っています。なぜなら心血注いで作りあげた、まるで「我が子」のように愛おしい「ビッグB」が今日、自衛隊に納入されるからです。

彼は妻と息子二人を連れて、引き渡し記念式典へ向かいます。会場は自衛隊基地。子供達にとって、そこは珍しいものばかり。二人の息子は巨大な格納庫に潜り込み好奇心から、つい「ビッグB」機内へ入り込んでしまいます。その時、突然、ヘリコプターのローターがゆっくりと回り始めるのです。

回転は、みるみる早くなる。操縦席には誰もいない。だけど動いている! なんで?! 

やがて最新鋭ヘリコプター「ビッグB」は、二人の子供を乗せたまま、地面からじわりと、その巨体を持ち上げます。

異変に気付いた木原は、とっさに次男を助け出します。

あとは長男の高彦くん(田口翔太)だけ。

「タカヒコ!! 飛び降りろ、飛び降りるんだ!!」

懸命に叫ぶ木原を地面に残し、高彦くんを乗せた無人ヘリ「ビッグB」は無情にも遠ざかってゆくのです。

やがてヘリコプターを乗っ取った犯人(綾野剛)からメッセージが届きます。

「日本に存在する、全ての原発を即時停止させろ。さもなくばビッグBを、福井の高速増殖炉「新陽」の真上に墜落させる」

犯人は自らを「天空の蜂」と名乗り、遠隔操作でヘリコプターを操っていました。

現地では、原子力プラントの設計者、三島(木本雅弘)を中心に対策本部を設置。ビッグB設計者の木原も加わります。

警察は犯人の割り出しを進めます。やがて捜査線上に一人の女(仲間由紀恵)が関わっていることが判明。

一方テレビでは、高速増殖炉「新陽」の上空で、ビッグBが今まさにホバリングしている姿が映しだされます。

もし、燃料切れとなれば、あのビッグBは、少年を乗せたまま、炉心めがけて猛烈な勢いで墜落してしまう。

燃料切れまで、あと8時間。

さあ、政府および原子力機関は、突然降りかかった、この国家存亡の一大事に、どう立ち向かうのか? 

そして高彦くんの運命は? 破滅までのカウントダウンは、刻一刻と、容赦なく迫ってくるのです……。

とまあ、こんなぐあいで、もうハラハラドキドキなんですね。

堤幸彦監督らしく、こういう作品撮らせたら、やっぱり「いい仕事してきますねぇ~」と唸りたくなる出来です。堤監督の秀でた点は、ちゃんとヒューマンドラマが描ける、ということ。

ちなみに僕の堤監督作品のなかでイチオシは、貫地谷しほり、竹中直人共演の「くちづけ」 なんです。こういう作品も撮れる監督さんなんだ、とびっくりしますよ。

さて、高彦くんは仕事一辺倒の父親、木原に、反抗のそぶりを見せてます。

式典会場の待合室。つま先でコツコツと、執拗に床を叩く高彦くん。

引き渡し式で神経質になっている父親、木原。

「高彦、うるさい、それやめろ!!」ときつくあたります。

このつま先の「コツコツ」実は父親である木原が、高彦くんに、自ら教えていたモールス信号だったのです。

「ボ・ク・ハ・コ・コ・ニ・イ・ル」コツ、コツ、コツ……。

高彦くんは、そのつま先で、密かに父親宛に、屈折した心の叫びを発信し続けていたんですね。このシーンで、僕のような、いい年した中高年オヤジの涙腺は爆発炎上。それこそ原子炉格納容器などより、いともたやすく破壊されてしまったのでした。

さて、電力を作るための方法として、原子力を選んでしまったのは、果たして良い選択であったのか? という素朴な疑問や「本当に大丈夫なのか?」という懸念を、本作が表明しているのは明らかですね。

原作はヒット作を連発する東野圭吾氏が1995年に発表。あの阪神大震災があった年です。

すでに原子力発電への、深い問題意識や、危機意識をもちあわせていた事に敬意を表したいと思います。

阪神大震災時、被害の大きかった神戸市東部の海岸地域、あそこは工業地帯なんですが、もし仮にですよ、そこに原発が建設されていて、稼働中であったなら……。今、神戸市に住んでいる身としては、考えただけでもゾッとします。

東野氏は、その手腕を発揮して「エンターテイメントとしての小説作品」として本作を発表しました。市民運動として声高に「原発反対」を叫ぶ手法も、当然ありでしょう。東野氏は小説家としての立場と手段で、世に問いかけることを試みました。

小説や映画などの表現方法は、例え話をするならば、薬を飲みやすく包む「オブラート」の一面があるのです。

苦くて飲みにくい粉薬や、舌や喉にへばりつく錠剤。あれはなかなか飲みにくいですよね。僕も苦手です。

同様に、思想信条や、科学技術、原子力利用の是非、更には複雑怪奇な力学が絡む、政治問題という名の「粉薬や錠剤」は、僕のようなボンクラな頭では、なかなか吸収に時間がかかります。

しかし、これらを「小説」というオブラートに包んで、ポイと口に入れ、水で流し込めば、その薬効成分は、やがて体内の隅々まで効能が広がってゆくのです。

それは自然と生命が、何億年もかかって作り上げた、生命維持の巧妙なシステムによってです。

しかし……。

その何億年という生命の営みの象徴である、DNAをいともたやすく傷つける方法があります。

放射能です。

日本のほぼ真ん中に位置する原子力発電施設が、万が一、木っ端微塵に破壊されたらどうなるか?

東は東京から、西は中部地方や四国まで、日本列島の主要都市は、ほぼすべて立ち入る事すら出来無くなる、と本作では想定しております。しかも、燃料のプルトニウム239というヤツは、強い放射線を放つそうです。

その放射能の半減期は約二万四千年に及ぶといわれています。日本列島が邪馬台国と呼ばれ、卑弥呼のいた時代から現代に至るよりも、はるかに長い悠久の時間、住むことはおろか、近づくことさえできないのであります。はぁぁぁ~、と気が遠くなりますな。

さて、この映画の最大のキーワードがあります。

それが「沈黙する群衆」です。

無関心で、黙って見過ごしていた、その些細なことの積み重ね。

それが日本人の中で積み重なって、いわば「無言のピラミッド社会」が形作られてしまったのでしょう。しかし、一旦大きな自然災害などで、それがガラガラと崩れてしまった時、結局「沈黙は金」なんかじゃなかったんだ、「やっぱり声を挙げるべきだったんだ」と日本人は悟ったのではないでしょうか。

あまりにも巨大な代償を払って……。

僕個人の主観として、本作は「BRAVE HEARTS 海猿」以来、久々の傑作アクション大作だと思いました。

 見るものをハラハラさせ、時に涙を誘い、観客を感動に誘うのです。そして、観終わった後、ふと考えさせてくれます。今のままでいいのだろうか? 僕たちが明日からできる事はないだろうか? 

映画を見終わり、劇場を出た後、僕を含め多くの人たちが行う「ひとつの儀式」がありますよね。

そう、携帯電話の電源をオンにすることです。

ここで、ちょっと想いを馳せてほしいのです。

「そもそもこの、ケータイの電気は、どこから来たの?」

「もしかして原子力で作った電気?」

あるいは、つい、この間までは危ないとされて、今は危なくないらしい、ナントカ海峡とやらを通り、タンカーで運ばれてきた原油を、大量に燃やして作った電気なのか?

ほんの少し、心の片隅に、小さな小さな「?」を抱えてほしいものです。などと、エラそーにキーボードを叩いていますと、パソコンが電池切れなので、この辺でおしまい。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆☆

音楽 ☆☆☆

総合評価 ☆☆☆☆

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作品データ

監督   堤幸彦

主演   江口洋介、木本雅弘、仲間由紀恵、綾野剛

製作   2015年 

上映時間 138分

予告編映像はこちら

「天空の蜂」予告編


ピース オブ ケイク

ピース オブ ケイク

2015年9月30日 ミント神戸 にて鑑賞

 

多部ちゃん、次は「18禁」挑戦してみる?

 

田口トモロヲさんが監督さんでしょ? 多部未華子ちゃんと、麗しの綾野剛様が共演でしょ? もう、アタシみたいな「おカマ」としては放っとけないわよ! この映画。

ってわけで観てきたのよぉ~。

よかったじゃなぁ~い、松坂桃李くん「オカマの天ちゃん」役。ハマってたわよねぇ~。やっぱり、元々、そういうお店の子だったのよ、あの子!! 

元AKBの光宗薫ちゃん、綺麗だったわよねぇ~。さすが神戸コレクションのグランプリ獲っただけのことはあるわよ。今回は綾野剛さまの、同棲相手で、元カノっていう設定なの。うらやましいわ、ホントに。

それ以上にうらやましいのは、多部未華子ちゃんよ! 

綾野剛様とベッドで、あ~んなことや、こ~んなことまでヤッて、挙句によぉ~、お風呂まで一緒に入っちゃうんだからァ~。どう思うぅ~、アンタ達?

デビュー作の「HINOKIO」 で、多部ちゃんがランドセル背負ってる時から見てるアタシとしてはさぁ~、アンタもそういうことヤる、お年頃になったってことね。いろんな経験がいい女を磨く道具なのよ、きっと。

多部ちゃん、アンタはどんどん磨かれてる。

そんな、多部未華子ちゃん演じる梅宮志乃は、いろんな男と付き合ってきたけれど、恋というには、どれも本気になれない、中途半端な付き合いばっかり。結局男と別れて、仕事も辞めて、庭のついた安アパートの一階に引っ越してきたの。

仕事も恋も、ここからやりなおそう、なぁ~んて思いながら、彼女、縁側でぼーっと庭を眺めるわけ。

んで、ここがミソなんだけど、この縁側、隣の部屋と繋がってる。

その隣の縁側にいたのが、綾野剛様演じる京志郎だったのよぉ~。

この時、志乃に物凄い圧力の風が吹くのね。「ヒトメボレ」という逆らえない風が吹くのを志乃は感じるのよ。

でも、京志郎には同棲相手の成田あかり(光宗薫)っていう女がいたのよ。いい男はやっぱり早いもん勝ちなんだからね、志乃ちゃん。

んで、ちょっとがっかりした志乃ちゃんは、友達のオカマの天ちゃん(松坂桃李)の紹介で、レンタルビデオ屋さんで働くことになったわけ。んでさぁ~、まあ、ありがちな展開なんだけどぉ~、そこの店長がなんと、志乃ちゃんの隣に住んでる京志郎さま、ってわけよ。

さあ、こんなとき、アンタ達ならどうするのよぉ~? 

せっかくレンタルビデオ屋さんだしさぁ~、京志郎さま、時折レンタルしちゃったりする? なぁ~んてね。でもその先に待ち受けているのは……。

分かるわよねぇ~、フフフ。そのとおり。

愛と欲望渦巻く、三つ巴の修羅場なのよ~!!!

ってわけで、この作品、全編にわたって、惚れたハレタ、ラブラブシーンのオンパレード。

監督さんの田口トモロヲさんは、あのNHK「プロジェクトX」のナレーションで一躍、大メジャーな人になっちゃったわよね。

でもこの人、それだけじゃない、実はパンクバンドもやってるのよ。

せっかくだから、この映画にもちょっと「パンクっぽい」ところも見せて欲しいわよねぇ~、なんて思ってたら、さすが田口監督、良く分かってらっしゃるじゃない。

アングラ劇団の芝居のシーンがあるんだけど、これがもう、支離滅裂で、思いっきりパンクしちゃってるわけ。

そんで、そんで、もうひとつ。

このアングラ劇団の、座長役をやってるのが峯田和伸さんなのよ。アタシこの人大好き!! 

主演した映画「ボーイズ・オン・ザ・ラン」 の大ファンなの。

本作の主題歌も加藤ミリヤさんと一緒に、激しく愛を歌ってるわ。

ちなみに音楽は大友良英さんが担当。

みんな知ってるでしょ? あの大ヒット作「あまちゃん」の曲を作った人なのよ。「あまちゃん」つながりでいうと、あの「クドカン」こと宮藤官九郎さんも、後半ちょろっと友情出演してるから、見逃しちゃダメよ。

おかまの天ちゃん、今度一緒に飲みましょうよ。ちなみにアタシもアッチの方は「ネコ」なんだけどね。残念ねぇ~。まあ、こんな話、わかる人だけわかりゃいいのよぉ~。せこくPG-12指定してるしさぁ~。なんなら18禁にする? 多部ちゃんオッケー? やっぱ事務所NGかしらん。

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天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)

物語 ☆☆☆

配役 ☆☆☆☆

演出 ☆☆☆☆

美術 ☆☆☆

音楽 ☆☆☆☆

総合評価 ☆☆☆

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作品データ

監督   田口トモロヲ

主演   多部未華子、綾野剛、松坂桃李、光宗薫

製作   2015年 

上映時間 121分  映倫PG-12

予告編映像はこちら

「ピース オブ ケイク」予告編



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