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 ありさは小学三年生。顔の両わきに結んだおさげがよくにあう女の子です。

  ありさは、毎日お友達のえりちゃんと一緒に学校に行き、一緒に帰ってくるのです。

  かどのケーキ屋さんの前で、二人はいつも、

 「バイバイ、ありさちゃん」

 「バイバイ、えりちゃん、また明日ね」

  何度も手をふり合いながら、さよならをします。

 

 カタカタカタ……ありさは、さくら色のランドセルをゆらしながら、家に向かって走り出しました。 

「ただいまあ」 

玄関の戸を開けると、 

「お帰りなさい」 

 奥からお母さんの声がむかえてくれます。 

 

 ありさは家に帰ると、いつもまっさきにすることがあります。今日もありさは、自分の部屋の横を通りすぎ、ろうかを歩いて一番奥にある部屋へと向かいました。

  そして、ふすまをそーっとそーっとほんの少しだけあけると、そのすきまから部屋の中をのぞきました。

  そこからは、向こう側を向いて寝ているおばあちゃんの背中が見えました。

  ありさのおばあちゃんは、もうだいぶ前――そう、ありさがまだ幼稚園に通っているころから、ずーっと寝たきりの状態が続いているのです。

 「おばあちゃんはね、病気で起きあがることができなくなってしまったのよ」

  お母さんが、ありさにそう教えてくれました。

 「コンコンコン……」 

 突然、おばあちゃんが苦しそうにセキをしました。おばあちゃんの丸い背中が大きく動きます。 

 ありさはなんだかこわいような気持ちになって、そっとふすまをしめました。 

 そして、お母さんのいる台所にとんでいきました。 

「ねえ、お母さん。おばあちゃん、まだぐあい悪いの?」 

「どうして?」 

「だってセキが出ているよ。すごく苦しそうだよ」 

「このところ、急に寒くなってきたでしょう。おばあちゃんね、カゼひいちゃったみたいなの」 

「よくなるの?」 

「そうね。早くよくなってくれるといいわね」 

 ――うん、本当に早くおばあちゃんの病気がよくなればいいのに……。

  ありさは、そう心の中で思いました。 

「ありさ、宿題あるんでしょ。早くやってしまいなさいよ」

 お母さんはそう言うと、急いでお水をおぼんにのせて、おばあちゃんのところへ運んでいきました。 

「はーい」 

 ありさは自分の部屋に行って、ランドセルをおろし、机の上に教科書やノートを広げました。今日は国語の本読みと、算数のプリントが二枚もあるのです。算数は、今日新しく習ったばかりの計算問題です。 

「あーあ、本当に早くやっちゃわないと大変だ」 

 でも机に向かいながら、ありさはいつのまにかおばあちゃんのことを考えていました。 

 

 ありさは、元気だった頃のおばあちゃんをあまり覚えていません。 

 でもたった一つだけ、はっきりと覚えていることがあります。 

 あれはまだ、ありさが幼稚園に入る前の、とても小さかったころのことです。 

 そのころ、おばあちゃんはふとんの上でなら、まだ起きあがることができました。

  ありさは、初めて買ってもらったクレヨンで、おばあちゃんの顔を書きました。おでこや、目のまわりや、ほっぺた――、顔じゅうにシワがいっぱい広がったおばあちゃんの顔。

  ありさがその絵をおばあちゃんのところに持っていくと、おばあちゃんは顔をぐいっと前につき出すようにして、じーっと絵をながめました。そして、

 「とってもじょうずだねえ。ありさちゃんは、大きくなったら絵かきさんになるかもしれないねえ」

 と言って、太いごつごつした指で、ありさの頭を何度も何度もなでてくれました。

  ニコニコ笑った、おばあちゃんのシワだらけの顔は、ありさの書いた絵にそっくりでした。

 (そういえば、あの絵はどこにいっちゃったんだっけ……)

  ありさは、えんぴつをつまんでグルグル回しながら、ぼんやり考えました。 

 

 夕方になりました。まどの外が、まるでえのぐでぬりつぶしたようなオレンジ色にそまっています。 

 ようやくありさが、二枚目のプリントにとりかかろうとしたとき、ガラッと部屋の戸があいて、お母さんが顔を出しました。 

「ありさ、ちょっといい?」

 「なあに?」

 「おばあちゃんのセキがね、ひどくなってきたの。わるいけど、病院に行っておばあちゃんのおくすりをもらってきれくれないかしら」

 「えっ、ありさ一人で?」

 「お母さん、夕ごはんのしたくがまだ残っているの。それから、なぎさにミルクをあげなければいけないし」

  なぎさは、先月生まれたばかりのありさの妹です。ありさは、スヤスヤ眠ったり、大声で泣いたり、ありさが動かすおもちゃをじーっと目で追いかけたりするなぎさが、とてもかわいいのです。 

「うん、わかった。ありさ行ってくる」 

 ありさは、算数のノートをぱたりととじました。 

(あとは帰ってからすればいいや) 

「うけつけのお姉さんに名前を言うのよ。そうすれば、かんごふさんが、くすりを出してくれるから」

 「はあい」

 

ありさは、お母さんからおさいふと、水色のしんさつ券をうけとり、コートをもって外に出ました。しんさつ券には、「おおはしいね」とおばあちゃんの名前が書いてあります。 

 いつのまにか空は、オレンジ色からうすいねずみ色に変わっていました。

  ありさは家を出ると、学校に行くときとは、反対の方向に歩き出しました。

  いつもえりちゃんとあそぶ公園のところをまがると、ゆるい坂道があります。この坂道のつきあたりに、おばあちゃんが通っている病院があるのです。

  おばあちゃんが元気に歩けたころは、おばあちゃんが自分でこの坂をのぼって病院に出かけていたのですが、今は、誰かがおばあちゃんのかわりにくすりをとりに行かないといけないのです。 

  坂をのぼっていくと、背中からピューッと強い風がふいてきました。

  ありさの体が風におされて、フラフラとよろけました。坂道のりょうがわには、大きな木が何本もたっていて、えだやはっぱが風にゆらゆらとゆれました。

  坂を歩いている人は、ありさのほかに誰もいません。ありさは何だかちょっぴりこわくなって、立ち止まってしまいました。

  その時です。ありさの足に何かがコツンと当たりました。見ると、消しゴムほどの大きさの白い石ころがころがっています。ありさはなにげなくその石ころをけりました。

  すると何ということでしょう。その石ころが、キラキラッと光ったのです。

 「わっ!」

  ありさはおどろいて、石ころが落ちたところまで走っていき、もう一度その石ころを、かるくけってみました。

  するとまた、石ころはキラキラと光りながら地面に落ちました。

 「何だろう、これ。なにかの宝石かな」

  ありさは、そのふしぎな石ころをひろい上げて、まじまじと見ました。

  でもどこから見ても、そのへんにあるただの石ころにしか見えません。

  ありさはおもしろがって、石ころをポンポンけりながら坂道をのぼっていきました。

  そして病院につきました。お母さんに言われた通り、ありさはちゃんとおばあちゃんのおくすりをうけとることができました。

  くすりの入ったふくろをもって外に出ると、あたりはますます暗くなっていました。

  でも、あのキラキラ光るふしぎな石ころがあればこわくありません。ありさは、また石ころをポンポンけりながら家に帰りました。

  キラキラ、キラキラ。ありさにけられるたびに、石ころはきれいな光をはなちました。

  やっと家の近くまできたところで、ありさは、つい石ころを思いきり強くけってしまいました。

 「あっ、やばっ!」 

 石ころはどこか遠いところに落ちて、見あたらなくなってしまいました。 

「あーあ、せっかく宝物入れにしまっておこうと思ったのにな」 

 ありさは、ちょっとがっかりしました。でも、しかたがありません。 

「お母さん、おくすりもらってきたよー」 

 と、大きな声でいいながら家の中に入ると、 

「お帰りなさい」 

 お母さんが台所から顔を出しました。なぎさを背中におんぶしています。

 「ありがとう、本当に助かったわ。ありさがこんなにきちんとおつかいができるなら、また、たのんでもいいかしら?」

 「うんいいよ。ありさ、これからいつでも、おばあちゃんのおくすり、もらってきてあげるよ」 

 ありさはお母さんの言葉に大きくうなずきながら、自分がちょっぴり大人になったような気がしました。 

 

 それから何日かしたあと、ありさはまたお母さんにたのまれて、おばあちゃんの病院におくすりをもらいに行くことになりました。 

 この前と同じように、風が強くて寒い日です。 

 ありさがマフラーをしっかりまいて歩き出すと、何かがコツンと足元に当たりました。 

「ん?」 

 見ると、そこには石ころがころがっていました。 

「まさか…」

  ありさは石ころをコツンとけってみました。

  するとどうでしょう。石ころはキラキラと光ったのです。

 「やっぱり、あの石ころだ!」

  ありさは、また石ころをポンポンけりながら、坂道をのぼって病院へ向かいました。

  それからというもの、いったいどうしたわけでしょう。

  ありさが病院に行こうとするたびに、あの石ころがどこからともなく、ありさの足元に現われるようになったのです。

  それはまるで、ありさのことを待っていたかのように思えるのでした。

  ポーンポーン。

  石ころはキラキラ光りながら、いつも必ず病院と家の間を、ありさと一緒に過ごしてくれるのでした。 

 そんなことをくり返すうちに、ありさはこの石ころが、えりちゃんと同じように大切な友達のように思えてきました。 

 

 秋が過ぎ、もうすぐ冬になろうとしています。 

 ありさの家には、数日前から親せきの人たちがたくさん集まっていました。 

 ありさにはその理由が何となくわかっていました。おばあちゃんの病気が、ずっとずっと悪くなって、死んでしまうかもしれないのです。 

 日曜日の朝。ありさは、ザーザーという雨の音で目をさましました。 

 ありさが、ベッドから出ようと体を起こしたとき、 

「ありさちゃん、もう起きてる?」 

 親せきのおばさんが、部屋に入ってきました。 

「あっ、おはようございます」 

 ありさがあいさつすると、おばさんは、ありさの顔を見ながら黙ってうなずきました。 

 そして、 

「ありさちゃん、よく聞いてね。おばあちゃんね。けさ死んじゃったのよ」

 と、低い声で言いました。

  ありさはなんと答えていいかわからなくなりました。心の中にどっしりと重いものが落ちたように感じました。

 (おばあちゃんが死んじゃった……。死んじゃうって……どういうことなんだろう?)

  ありさは、おばさんに連れられて、おばあちゃんの部屋に行きました。

  寝ているおばあちゃんの顔に、白い布がかけられていました。誰かがそっと布をとると、おばあちゃんの顔は、まるでスヤスヤと眠っているように見えました。

 「ありさ」

  お母さんが、ありさの肩に静かに手をかけて言いました。

 「ありさが小さい時に書いたおばあちゃんの絵ね、おばあちゃん、枕の下に入れてずっと大切に持っていたのよ。ほら」

  お母さんが、しわしわになった紙をありさに見せました。

  ありさが書いたおばあちゃんの顔――。なつかしいその絵を見たとたんに、ありさは胸のあたりで、何かがくずれ落ちたような気がしました

 そして、ありさの目から涙がポロポロとこぼれおちました。

 「この絵も、おばあちゃんと一緒に天国に送ってあげようね、いいでしょう?」

  ありさは、お母さんの言葉の意味がよくわかりませんでしたが、黙ったままコクンとうなずきました。 

 

 大人の人たちが、忙しそうに家の中をバタバタと動き回っています。

  おばあちゃんが死んだので、お通夜や、おそうしきの準備など、しなければいけないことがたくさんあるのだそうです。

  外を見ると、雨はやんでいました。

  ありさは何もすることがなくなって、庭に出ました。空気が冷たくて、ほっぺたが痛くなりました。 

 その時です。足元にコツリと何かが当たりました。 

 下を見ると、あのふしぎな石ころが転がっていました。ありさは、思わず石ころをひろい上げました。 

 そして、 

「おばあちゃんね。死んじゃったんだって」

  石ころに向かって、そう話しかけました。

 「だからね、もうありさ、病院に行かなくてもよくなっちゃったんだ」

  すると、石ころがありさの手の中で、キラキラと光りました。

  でも気のせいでしょうか。今日は、石ころが何だか元気がないように見えました。

 「ありさ、どうしたんだ」 

 庭につっ立っているありさの姿を見つけて、お父さんがえんがわをおりて、出てきました。 

「お父さん、おばあちゃんは死んじゃったんだよね。死んじゃう、ってどういうこと?」 

 ありさは、ずっと誰かに聞きたかったことを、お父さんに聞いてみました。

 「そうか。ありさには人が死ぬ、ということを、まだちゃんと話していなかったんだよな」

  お父さんは、ありさの頭に静かに手をおいて、言いました。

 「おばあちゃん、もういなくなっちゃったの?もう会えないの?」

 「いいか、ありさ。よく聞きなさい。お父さんもお母さんも、そしてありさも、なぎさだってそうだ。生きているものは、いつか必ず死ぬ。人間だけじゃなくて、動物も同じだよ」

 「うん、わかるよ」

  ありさは、去年死んだハムスタ―のモモのことを思い出しながら、うなずきました。

 「でもね。死んでしまっても、その人が本当にいなくなってしまうわけではないんだよ。おばあちゃんは、これからも家族みんなの心の中にずっといるし、そしていつか必ず会える時がくるんだ。」

 「いつ会えるの?」

 「そうだなあ。ありさやなぎさが大人になって、それからもたくさんたくさん時間がすぎたら、いつか会えるさ。必ず会えるんだよ。おばあちゃんは、みんなより少しだけ先に、別のところへ行ってしまっただけなんだよ」

 「おばあちゃんは、今どこにいるの?」

 「天国というところに行ったんだよ」

 「天国ってどこにあるの?」

 「それは誰にもわからないんだ。お父さんにもわからない。なにしろ、まだお父さんも行ったことがないんだからね。でもきっと――」

  お父さんはふ―っとひとつ大きなため息をつくと、雨がやんだばかりのくもった空を見上げました。 

「この空のどこかにあるんだと思うよ。うん、きっとそうだと思う」

 「ふうん……」

  ありさもお父さんと同じように、空を見上げてみました。

 「でもおばあちゃん、一人ぼっちでさびしくないかなあ……あっ、そうだ!」

  ありさは、手に持っていた石ころを、ぎゅっとにぎりしめました。

  そしてそれを、思いきり空に向かって放り投げました。

 「ありさのかわりに、おばあちゃんのそばにいてあげてね。お願い」

  石ころはキラキラした光をはなちながら、空の中に吸い込まれて見えなくなっていきました。 

 

  おばあちゃんが死んで、一ヶ月がすぎました。 

  お父さんの言った通りです。おばあちゃんは、今もありさの心の中にちゃんといます。

  「死んでしまってもその人が本当にいなくなるわけではない――」

  お父さんの言った、その言葉の意味が、ありさは本当にわかりました。

  えりちゃんの家に遊びに行った帰りのことです。ありさはちょっとより道をして、おばあちゃんの病院に続く坂道を歩いてみました。

  でも、もうあの石ころがありさの足元に現われることはありませんでした。

  あのふしぎな石ころはいったいなんだったのでしょう。

  もしかしたら――あれは、地上に落ちてきた星のかけらだったのかもしれない。

  ありさはふと、そんなふうに思いました。

  あの日、あのふしぎな石ころも、おばあちゃんと一緒に空に帰っていったのでしょうか。

  ありさは立ち止まって空を見上げました。一番星がキラリと光っていました。 


この本の内容は以上です。


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