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大学時代

地元が嫌で、実家が嫌で、地元と実家を離れるためだけに大学受験をしました。

 

入る大学なんてどこでもいいのです。

 

とりあえず入れそうな所を選んで、果たして私は地元と実家を離れる事に

 

成功しました。

 

 

入学式当日、嫌になって途中で帰りました。

 

そもそも最初から大学に通う気さえありませんから、入学式に少し出ただけでも

 

自分には十分やりきった感はあります。

 

出席しただけでも大したものなのです。

 


連続飲酒開始

果たして大学生になった私は入学式を途中で帰って以降、当然学校へは行きませんでした。

 

では毎日何をしていたのか?

 

当時オートバイブームで、私も400ccに乗っていたこともあって、毎日近所の山に上ってました。

 

そこに行くと、平日でも誰かしらライダーがいました。

 

近所の高等専門学校の生徒や平日休みのライダーさん。

 

そして土日になると沢山のツーリングライダーやトウモロコシ屋のおっちゃん。

 

私は飽きもせずに毎日毎日この山に上りました。

 

オートバイに乗っている時だけが幸せでした。

 

そしてほとんどアルバイトも何もやっていなかった私は貧乏です。

 

当然虎の子のお金はガソリン代に消えていきます。

 

それでもアルコールだけは買わなければなりません。

 

食べる物は基本的に白米だけです。

 

後はひたすら芋焼酎の1升瓶を飲む毎日です。

 

ひたすら毎晩意識が無くなるまで飲み続けます。

 


ルール

ただし、私の中にもルールがありました。

 

それは、日の高いうちには飲まないというルールです。

 

なぜだかこれだけは絶対にやってはいけないという強い強い思いがありました。

 

これをやったら一発で廃人になってしまうような強い恐怖が私の中にあったのです。

 

いま思うとこのルールだけは一度も破らなかった為に今も生きていられるのだなと思います。

 

日中はオートバイで頭の中を脳内麻薬で満たし、夕方からは芋焼酎でラリる毎日。

 

いくら日中は飲まないと言っても四六時中二日良いですから、毎日ラリっているようなものです。

 

それでもルールだけは守りました。

 


退学

こんな生活は長く続く訳がありません。

 

3年間大学に在籍はしていましたが、とうとう退学の日がやって来ました。

 

それはそうです。

 

行っていないのですから・・・・

 

そうなると、またあの嫌な地元と実家に戻らなければなりません・・・

 

そんな時、また転機がおとずれます。

 


飲み屋

地元に帰って私を待っていたのは兄貴が始めるという焼き鳥屋でした。

 

焼き鳥屋をオープンするというのです。

 

もちろん私はそこでアルバイトをすることになります。

 

兄貴は当然のようにアル中です。

 

お客に出すお酒よりも自分がカウンターで飲む焼酎の量の方が全然多い

 

のですから困ったものです。

 

そういう私も焼き場でチビチビやりながらやっていましたが。。。

 

そして夜中に仕事が終わるとこれからが本番です。

 

兄貴と一緒に真夜中の街に繰り出します。

 

朝までやっている居酒屋に行って毎晩のように兄貴と2人で

 

一升瓶を空ける毎日です。

 

もう転がり落ちるように酒に溺れていきました。

 

 

 



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